2012年07月21日 23時40分

北海道「鉄旅」2007,塘路~網走。

5年前のことをいろいろ思い出し、昨日の「くしろ湿原ノロッコ号」の続きを書くことにしました。単なる思いつきです。

平成19年(2007年)10月6日、「くしろ湿原ノロッコ号」の車内で、自由席220円也の「細岡」~「塘路」間の乗車券を購入。ペラペラの薄紙の乗車券なので、いつもならなんてことはないのですが、「9330」の列車番号が印字されていればその価値は別です。などと思うのは私の趣味の問題で、一般の観光客には何の価値もないでしょう。ところで今日の写真は、「標茶」駅で撮影したもので、「川湯温泉」発の「釧路」行きです。

平成19年10月期の「くしろ湿原ノロッコ号」は、「釧路」発11:08分、「川湯温泉」着13:18。折り返しの下り列車は「川湯温泉」発13:41、「標茶」着14:34、同発14:42、「釧路」着15:58となっていました。

この日の私の行動は、『ノロッコ』を「塘路」で下車した後、カヌーツアーの事務所で荷物をピックアップし、街中を抜けたところにあったパスタ屋さんで昼食(こんなところといったら失礼ですが美味しくて驚いた記憶があります)をとり、釧路湿原を見渡す場所(もちろん線路も見えていましたが、その時間に列車は走りません。ただ湿原の景色はGOODでした)まで散歩し、「塘路」発14:20の4736D「網走」行きの乗客となりました。

その列車は「標茶」着14:41で、写真の「くしろ湿原ノロッコ号」と交換したのです。

 

そして、「緑」で写真の8737Dと交換。ところで私の乗車した4736Dの列車番号は「摩周」までの番号で、「摩周」からは8736D。そしてこの「緑」からは4738Dとなりました。「摩周」~「緑」間は互いに季節列車なのですが、それにしても通しで3つの列車番号を持つ列車は、特に調べたわけではないのですが珍しいのでは無いでしょうか?

2012年07月20日 21時48分

北海道「鉄旅」釧路湿原。

名古屋で中日新聞夕刊を購読されている方しかわからない話でとりあえずお詫びします。本日(7月20日)の夕刊の10面に北海道『湿原巡り』が特集されていました。(中日新聞の夕刊では毎週金曜日に『旅』の特集があります)その記事に触発されて今日のブログを書くことにしました。

その北海道の『湿原巡り』の“代表選手”と言えばやはり「釧路湿原」であり、「鉄」的には「くしろ湿原ノロッコ号」でしょう。

私が「くしろ湿原ノロッコ号」に乗車したのは今から5年前の平成19年10月6日。ただこの列車の乗車が主たる目的だったわけではなく、平成22年(2010年)3月20日のこのブログで書かせていただいた釧網本線でJR北海道が試験運転していた『DMV』に乗るのが目的でした。少々話しがずれますが、そのDMVは体験乗車するための競争率が非常に高く、もともと乗るのは諦めていたのですが、確か9月頭にJR北海道に電話で問い合わせた時に10月7日なら1席用意が出来るとの話しがあり、二つ返事ならぬ一つ返事で「GO」の返事をしました。(写真は「細岡」駅ホームから撮影した「くしろ湿原ノロッコ号」です)

そしてDMVとセットで旅の目的にしたのが「釧路湿原(釧路川)」をカヌーで下ることでした。

この写真はその時(10月6日)にカヌー上で撮影したもので、もう何年前のことかすっかり忘れてしまいましたが、実はカヌーイストの野田知佑さんがカヌーで釧路湿原を旅するテレビを見て、 一度体験したいと思っており、『DMV』乗車決定の勢いで出かけることにしました。

 

中日新聞夕刊でもカヌーの写真が出ていましたが、それは釧路湿原ではなく「厚岸」の湿原でした。それはそれとして1枚目の写真に戻りますが、カヌーのコースはおおまかに言えば釧網本線の「塘路」から「細岡」の区間です。本来は「細岡」から出発地の「塘路」へは送迎車で戻るのですが、たまたま「くしろ湿原ノロッコ号」を「細岡」駅(定刻11:37発)でキャッチできることがわかり、で駅まで送ってもらい列車で戻ることにしました。

そしてその「くしろ湿原ノロッコ号」の車窓には釧路湿原の風景が広がり、写真で分かって頂けますでしょうか?カヌーも見ることができます。正にこのカヌーに乗って私も湿原巡りを楽しんでいましたが、列車の乗客の方たちはカヌーに向かって手を振り、カヌーの方たちも列車に手を振っていたのが印象的でした。

結果論としては、たった一区間ではありますが「くしろ湿原ノロッコ号」も手に入れることができた幸せな瞬間でした。

「旅」は素敵です。

 

2012年07月19日 22時37分

名古屋・鉄道散歩(3)地下鉄桜通線高岳。

最初にお断りです。名古屋地下鉄散歩と題してみたのですが、気が変わったので『名古屋・鉄道散歩』と変えてみました。中身が変わるわけではないのですが…。

さて今日は桜通線の「高岳」駅です。名古屋市営地下鉄の“都心”にある駅の一つと言えるとは思いものの、この界隈に通勤するか住んでいる人で無ければ、あまり利用する駅ではなさそうな気がしています。

 

壁画のタイトルは「森のかくれんぼ」。デザインは宮脇正雄氏、製作は谷川清喜氏。縦2メートル50センチ、横18メートルの堂々たる作品です。寄贈者はこの駅からというよりは東山線の「栄」と「新栄町」のほぼ真ん中にある中部電力株式会社です。

この作品の特徴ですが、解説によれば「森」に暮らす動物で、木々の間に隠れる(というかパズルのように組み込まれた)約400匹の動物を探すのが楽しみと思われました。重ねガラスでその様を表現されているのですが、蛍光灯や駅の改札などの映り込みが多く、動物探しは実物の壁画を見る分には何とかなるのですが、写真ではなかなかままなりませんでした。

 

地下鉄桜通線の壁画散歩もここまで来ると、結構な点数の大型作品を見ていることになり、それ自体美術館や博物館等で鑑賞することはあまり(殆ど?)ありませんし、また駅を転々とするのも面白くなり始めていました。

 

正直言ってこの散歩を初めた頃は、これほどの作品群に出会えるとは思っていませんでした。まあ軽く始めてみたのと言うのが本当の所です。

2012年07月18日 20時20分

名古屋地下鉄散歩(2)続・久屋大通駅

地下鉄「久屋大通」駅には、『人間賛歌』の他にも“壁画”があります。

一つがこの「子供とひまわり」で寄贈者は安田海上火災保険株式会社(現・株式会社損保ジャパン)で、完成したのは平成元年9月です。その絵はタイトル通り、『子供』と『ひまわり』が描かれおり、ファンタジーという言葉が似つかわしい、心和むデザインであると私は思っております。さて、この壁画の在る場所は・・・?

もう一枚、こちらの壁画の場所もここでは書きません。この駅を日常的に利用している人でも、意外とその存在に気付かず前を通り過ぎているような感じです。前に書いたかもしれませんが、これらの「久屋大通」駅の壁画も、私が写真を撮っていたことで“ヘエーっ”といっている人の声を確かに聞きました。

さて下段の壁画のタイトルは『ラプソディー・イン・ブルー』。エカチェリーナ・ゲツォワ(ブルガリア)作で寄贈者は「三越」。

ところで『ラプソディー・イン・ブルー』と言えばアメリカの作曲家/ガーシュインのオーケストラ曲として知られています。その曲は何度か聞いたことがある(すいません。「仕事」で…、です。)ものの、そのタイトルの意味を考えたことはこれまでありませんでした。

“ラプソディー”という言葉は日本語では“狂詩曲”と訳されており、この壁画はそのタイトルから、作家はどんな『青色』を基調にその「イメージ」を広げたのだろうかと考えていたら、壁画につけられた解説には「人間中心の未来都市。そこでは、人々はよりいっそう青空の下の集いを希求・・・」とありました。などと言うのは勿体の付け過ぎで、実際の所は、壁画タイトルの下に解説が掲示されています。

2012年07月17日 21時49分

名古屋地下鉄散歩(1)久屋大通駅

「壁画」というタイトルにこだわり過ぎるのも何かなあと思い、「名古屋地下鉄散歩」というタイトルに変えることにしました。

さてここは地下鉄「久屋大通」駅。桜通線ではなく名城線の方です。壁画のタイトルは『人間賛歌』。この壁画は名古屋の地下鉄では唯一、軌道内の壁に描かれており、制作は安藤幹衛氏で制作協力として2名の方のお名前+中部二科会の14名のお名前がありました。寄贈者は「セントラルパーク」で、完成年は平成元年。

平成11年に「中部の駅百選」の第1回目の選考でこの駅が選ばれた理由の一つにこの壁画の存在があったと聞いたことがありますが、今回、国土交通省中部運輸局のHP内で「中部の駅百選」を捜したのですが、何故かそのデータを見つけられませんでした。そこにあるであろうというのは単なる私の思い込みだったのでしょう・・・。

 

ところで(名古屋市)交通局ニュースVol.176(平成20年12月発行)によれば、この壁画の“テーマ”について以下のように書かれていました。

そのまま転載しますが『現在地球上には50億人の人々が暮らしています。そこには、地上に生をうけたものの生きる喜びを歌い上げた人間讃歌が鳴り響いています。この壁画は、人間讃歌―人生の讃歌をテーマに、モチーフをメキシコにとり制作されました。』とあり、この文章を読んでから改めて壁画『人間賛歌』を目にすると、見慣れた風景もまた違って見えてくるのが不思議です。

 

2012年07月16日 23時07分

もう直ぐ夏休み。「夏 特割 ドニチエコきっぷ」の季節。

「夏 特割 ドニチエコきっぷ」の季節がやってきました。すでに一昨日の土曜日から使えるようになっていますが、まだ私は使っていません。

このきっぷをどう使うかはこれから考えますが、と言っても選択肢は限られており、都心に所要で出かけるか地下鉄散歩にでかけるかのどちらかです。

ということで明日から地下鉄桜通線の壁画シリーズを何と5月1日以来となりますが書くことにしました。(やや強引な展開です)その後、6月21日~22日の2日間は「新瑞橋」の展示にも触れましたが、それはそれとして「夏 特割 ドニチエコきっぷ」の使い方の提案としてお読みいただければ幸いです。

※私の「地下鉄散歩」も基本「特割 ドニチエコきっぷ」の時だけです。

※写真は、駅の柵内の安全な場所で、ノーフラッシュ撮影しています。

 

名古屋市営地下鉄では東山線の東部と鶴舞線のほんの一部を除き、車窓を楽しむことはありませんから、こうした“特割”時期でなければ、通勤・所要以外で地下鉄には乗ることはまずありません。(私の場合)

実は、今年の夏の「特割」の使い方として、桜通線以外の「駅の壁画」巡りを考えています。何せ桜通線ではその「壁画」のおかげで全駅下車を達成しました。

 

ところで新潮社から「旅別冊 鉄道ファン大全」(平成24年6月21日発行)が発売されています。その中で松本典久さんが『幅も広ければ奥も深い、無限に広がる“鉄道趣味”』と題して「鉄道趣味路線図」を記されています。「乗り鉄」「駅弁」・・・「撮り鉄」・・・本当にこれでもかというジャンルがあるのを改めて感じた次第ですが、駅ナカ“美術”は『駅舎めぐり』に入れてよいものかどうか考えてしまいました。「鉄道本流」ではないのは分かっているつもりですが…。

2012年07月15日 20時37分

富山ライトレールの楽しみ方(11)。

最後に富山ライトレールに戻ります。車内には「傘の無料貸出し」もあって、この辺りは日本的な乗客サービスでしょう。名古屋の地下鉄にも“友愛の傘”があります、、、そういえば最近あまり見かけない?どこかの駅にはあったような?

話しをポートラムに戻し、この路線をLRTと呼ぶには「電車優先信号」が無いのは今後に期待と言うことになりますが、それ以外は日本でのLRTの在り方の方向性を示してくれたと思っています。

専用線区間の最高時速は60キロで、私の乗車した電車はたまたま乗降にあまり時間がかかっていなかったこともあり50キロ前後でも定時運行でしたが、低床電車の60キロは結構迫力はあると聞いています。

また「信用乗車」ではないのですが、パスカ利用者が多いことも乗降時間の短縮に役にたっていると思われました。とは言うものの『富山ライトレールの楽しみ方(7)。』で書いたことと少しダブりますが、ICカードを導入しても、ICカードリーダーの設置に工夫が無いと乗降時間の短縮につながりません。そんなことも含めてポートラムが「日本のLRTの在り方」という私の感想に繋がっています。

 

ところでトラムと言うか「LRT」って何だろう?と考えることがあります。

都市交通の研究・専門家ではない私の感覚で答えるならば、“普通”の『鉄道』です。「ンーっ」と唸ってしまうほど表現が難しいのですが、ここに書いた“普通”の『鉄道』という表現はまずJRや名鉄とかの地上を走る『鉄道』の事で、その“普通”の『鉄道』とLRTとの違いは単に軌道の敷かれた場所だけではないか?と言う感覚です。まだ分かりにくいですね。

まずLRTの電車のスピードは、短い停留所の間を精一杯出している感じで、それが時速50キロ程度というのが実感です。“普通”の『鉄道』でも駅間が短ければ、そんなものではないでしょうか?また「電車優先信号」は、考えようによっては『踏切』のようだと私は感じています。

 

そうやって考えれば『LRT』は、道路上を走行する『鉄道』と言う私の表現もご理解いただけないでしょうか?

ポートラムのみならず、日本の路面電車そして世界の路面電車に多くの方に乗って頂き、車窓を楽しみ、そして一寸都市交通を考えてもらえれば幸甚(こうじん)です。

 

(富山ライトレール・ミュンヘンのトラム:主な参考資料)

◆「社団法人交通計画協会」発行

1)「ライトレールトランジット」(平成12年4月作成)

2)「都市と交通 通巻66号」(平成18年7月20日)

3)「Light Rail Transit」(平成20年4月)

◆「富山市都市整備部路面電車推進室」発行「富山港線の事業概要」(平成18年4月)

◆国土交通省HP

◆富山ライトレールHP

◆Wikipedia「富山ライトレール 富山港線」

◆ミュンヘン運輸連合(MVV)HP

◆「Schwandl’s TRAM ATLAS DEUTSCHLAND」(2009年版「Schwandl, Robert Verlag」発行)

2012年07月14日 23時28分

ミュンヘンのトラム(9)。

ミュンヘンのトラムの話しは今回でお仕舞いにします。

 

さて海外の鉄道の楽しみ方は、日本国内と同じく人それぞれで、また路面電車と言うジャンルに限っての楽しみ方(好み)も人それぞれ。例えば私が(海外に限らず)路面電車の風景で好きなのは、くねくねと道路の形に合わせて敷かれた線路であり、交差・分岐するところでの架線の絡み合いです。

 

上の写真は少々離れた場所から「ミュンヘン中央駅」を臨んでいます。一見、手前に見えている線路から写っている電車が直進したかのように見えますが、実はこの電車は左側の建物の向こうにある線路から左折してきており、そもそも手前の線路と電車が今いる線路は繋がっていません。

また下の写真は「Karlsplatz(カールスプラッツ)」なのですが、ここの交差も相当に複雑で、そうさせている理由の一つが、トラムの方向転換がループ線で行われていることにあります。写真の20系統は、ここが終点であり起点ということで、線路が複線ではなく単線となっているのはそのためと推察しています。

もっともその折り返しループだけではなく、何れにしろトラムの路線図(系統図)を見たとしてもここの線路の謎ときは困難であり、恐らくグーグルアースでも見たとしても一発で理解するのは難しいのではないでしょうか?そんな発見があるのも、たまには日本を離れる理由なのかも知れません。

 

2012年07月13日 22時18分

ミュンヘンのトラム(8)。

『富山ライトレールの楽しみ方(5)。』で、「LRT=低床電車」ではないと偉そうに書いてしまいましたが、「21系統」(専用?私の見た限りですが…)で活躍するP3形はご覧の通りの旧型で、恐らく車歴は40年はいっていると思われます。

車内も今となっては古色蒼然の感ありですが、どこか懐かしいというかレトロモダンな印象を受けました。ところでこの車両ですが、ノンステップの低床車ではありません。それでもR2.2形以降のいわゆる「LRT」としてのトラム車両に交じり、街中を快適に飛ばしていきます。

 

ところで“路面電車”は「遅くて時間のかかる交通手段」なのでしょうか?日本で『車の円滑な通行の障害』であるとして廃止されていったのはその通りでしょうが、そのスピードについてどこまで検証されたのでしょうか?

 

例えば地下鉄桜通線で「桜本町」~「桜山」間の所要時間は約7分。途中、「新瑞橋」「瑞穂運動場西」「瑞穂区役所」の3駅がありますが、実はその同じ区間を昭和40年代の名古屋市電は確か15分程度で走っていたと思います。この比較も単なる乗車時間であれば当然の事ながら勝負になりませんが、地下のホームまでの往復を考えれば、あながち路面電車が遅いとは限りません。

 

ここからは私の個人的な感想ですが、路面電車でどれ位の距離を移動するかによって異なるものの、昭和49年に廃止された名古屋市電がLRT化されたとしたら、一体その所要時間は如何ほどまでに短くなっていたでしょう?劇的とは言わないまでも2~3分は期待したいところです。

P3形の活躍をみるにつけ、「LRT」というシステムを改めて確認した次第です。

2012年07月12日 22時38分

ミュンヘンのトラム(7)。

「ミュンヘンのトラム(4)。」で、電車の最後尾から見る『流れゆく街の風景』の楽しみに触れましたが、今回のミュンヘンで撮影した写真の中から“街並み”を2枚ピックアップしてみました。

と言ってもただ『雰囲気』だけで選んでいるわけではありません。まずこの写真の道路の両側には駐車中の車がずらりと並んでします。ここは駐車OKの道路ではあるのですが、市内を電車で散歩した印象では、所謂「駐車場」というのをあまり見かけず、駐車場所を捜すのが大変ということも公共の交通機関が積極的に利用される理由の一つかも知れません。ところでここに駐車しているのは車『通勤』されている方のようで、毎朝場所取りはあるのでしょうか?ちょっと憶測で書きすぎであると反省はしていますが、実のところは如何なんでしょう。

 

こちらも雰囲気のある石畳の道路です。日本でも路面電車の軌道部分が石畳ということはあっても、車が走れる石畳はあまりないはずで、そもそも路面電車の軌道も含め道路の全幅が石畳と言うのは私の知識の中にはありません。(もしもあったらご免なさい)

ところでここの線路は明らかに『溝レール』でした。ということは恐らく『樹脂固定軌道』も採用されていると思われ、私の推理通りであれば、もう何十年も前からありそうなこの風景も実は、ヨーロッパらしいLRTであると言えます。撮影したのは午前10:30頃ですが、道路に車の姿が少ないのは、都心部では何らかの車の流入制限があるのかもしれません。

 



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!