2012年12月20日 22時45分

10月27日、「筑豊本線」に乗る。

15:45頃、『若松渡場』に到着。下船した後、『渡場』の前にあった地図でJR「若松」駅を確認。15分ほど歩けば行き着けそうだったので、今にも泣きだしそうな天候の中、取り敢えず向かうことにしました。その時、バスが丁度通りがかったのですが、恐らく「若松」駅方面に行くのだろうとは思ったもの、それをやり過ごすことにしてしまいました。後悔!小雨が降り始め、それも傘をさすかどうかが悩ましいレベル。結局、洞海湾の景色はほどほどに見つつの早足を選択しました。

「若松」駅には15:55に到着。15:56に「折尾」行きがあるのは知っていたので、それに『間に合うかどうか』が微妙な時間だったのですが、改札口に到着すると、駅員さんの『乗りますか?』という問いかけのオーラ(言葉で聞かれたわけではありません)を感じ、無札(切符を買わず、下車駅で清算)乗車をすることにしました。

最初に「若松」に降り立ったのは昭和53年(1978年)1月28日。528Dで9:03着。折り返し、9:24発の127D「香月」行きに乗車し、香月線を乗りつぶしました。重厚というか歴史の重みを感じさせてくれる駅舎も今は昔の1枚です。

ところで筑豊本線そのものを最初に乗ったのは「折尾」~「二島」間。昭和46年3月23日の722レで、6:18に乗車して6:24下車という僅か6分間の出来事でした。写真はその「二島」駅で停車中していた『D50205』の運転席に座っての記念写真で、当時の機関士が乗せてくれました。この時の旅行は高校2年生の終わり、高校3年生になる前の春休みで、およそ大学受験の緊張感のない学生だったことがばれてしまう1枚です。非鉄の同級生との2人旅で、鉄道を使った旅ではありましたが、「鉄」の旅ではありませんでした。

思い出はそれ位にして、平成24年10月27日の6463Dは「折尾」に定時の16:15着。「若松」~「折尾」間は非電化ですが、筑豊本線はここから「桂川」までは『福北ゆたか線』ということで電化されており、お隣のホームには817系の2653H、16:22発の「博多」行きが停車していました。

    

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    プロフィール

    稲見部長稲見眞一
    <自己紹介>
    昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!