2012年12月25日 20時49分
今日はクリスマス。私は仕事が終わった後、内科に立ち寄って家に帰りました。
だから何というほどのこともなく、特段待ち合わせる相手もいないのでそのようなことになるのですが、それはさておき「今日は待ち合わせ」という人もいたでしょう。
携帯電話どころか、ポケットベル(すでに死語!か?)も無かった時代の話しです。駅で待ち合わせをしたものの、相手が待てど暮らせど現れず、1時間ほど待ったところで待つのを諦め「何かの理由があって遅れている…のだろう」と思い、それでもひょっとしたら来てくれるかもしれない…。と、そこからの立ち去り際に『駅の伝言板』に一言、「2時間待ちました。今日はこのまま帰りますが、気にしないでまた連絡をください…」などと相手を思いやるメッセージを残す。という世界がありました。待った時間が誇張されているのはそんなこともあったのではという妄想で、私の実体験とは異なります。
その『駅の伝言板』はもう遺物かと思いきや、名古屋市営地下鉄ではどっこい生きています。写真は通勤で毎日乗降している名城線「八事日赤」駅のもので、その存在は開業当時からあるにも関わらず、初めて見ました。(写真に撮影したのが最初という意味ではなく、本当に初めて「見」ました)
今や誰も使う人がいないのか、「東山線では、平成24年12月25日(火)~28日(金)及び、平成25年1月4日(金)は、平日の運行時刻を変更して運転します。」のお知らせがど真ん中に貼られていました。昭和の時代には男女に限らず、友人・知人、家族の連絡にいつも使われ、この伝言板では書いて『月日』を書き入れるようになっていますが、“昔”は時間も書くようになっていて、一定の時間が過ぎると消され、新しい伝言が書けるようになっていました。アナログだからこそ心が繋がった時代があったと言いたい58歳です。