2013年02月07日 21時16分

1991年のスウェーデン・ヨーテボリのトラム。

北海からバルト海へ繋がる海峡の町、ヨーテボリ。当時、スウェーデンからドイツに鉄道で抜ける最短ルートは「ストックホルム」~「ヨーテボリ」~「コペンハーゲン(デンマーク)」~「ドイツのどこかの町」でした。その乗り継ぎで下車したヨーテボリ。その頃、スウェーデンのトラムはストックホルムとここヨーテボリで、12:12発の「コペンハーゲン」行きの出発時間まで、まずは駅前で撮影をしました。

と言っても2時間ほどしか時間が無いので、駅から歩いて10分ほどの場所までしか行っていません。800番台の車両は、当時としても少々使い古した感はありました。

新しい車両の方が、車両番号が若く200番台となっていました。

ところで公共交通の考え方なのでしょうが、バス・トラムと乗用車・トラック等の車の走行レーンが分かれているように見えました。ただあくまでも「見えた」というだけで、十分な調査に基づいていない情報をこうして書くのは宜しいことではありませんが、どなたかご存知の方がいればご教示いただきたくあえて書いています。

  1. ばけぺん より:

    稲見駅長さんの印象は間違っていないでしょう。あまり知られていませんが、ヨーテボリは欧州の中でも早い段階から先進的な交通政策が採られていて、他の模範となっていました。詳しくは、鉄道ピクトリアル誌97年10月号に「路面電車活性化への取り組み ライトレールの町 イェーテボリ」という記事がありますので、ご覧になると良いでしょう。

  2. 稲見駅長 より:

    ばけぺんさん、毎度ご乗車ありがとうございます。鉄道ピクトリアルの97年10月号を見ました。和久田康雄さんの記事ですね。その記事によれば一般交通と公共交通は切り分けられ、バスとトラムが専用レーンを共用していることが分かりました。早々に私の疑問を解消していただきありがとうございました。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!