2013年03月11日 20時52分

1991年のドイツ(17)ニュールンベルグ鉄道博物館。

昨日は大井川鐵道に行っていました。「2013 春の大鉄まつり」です。今、写真を整理していますので今週末位から連載します。よろしければご覧ください。

さて1991年のドイツです。シュツットガルトを出て、10月23日はニュールンベルグに向かいました。目的はただ一つ、ニュールンベルグ(ニュルンベルクと書いてあることの方が多いかも?)にあるドイツ鉄道の博物館。

重厚な感じの建物で、如何にも博物館らしさを感じます。

鉄道博物館の定番、模型のコーナーもあり、最近の日本の同様施設から比べればこじんまりとした印象ですが、今から20年前の時代にあってはこうして写真を撮るほどの価値があったのでしょう。

勿論、主たる展示は本物に車両で、こうしたドイツらしさを感じる機関車の姿は惚れ惚れします。と書きつつ、何型式の車両かどうかのメモはとっておらず、『惚れ惚れ』等と言うのはその場しのぎのごまかしであることを正直に告白しておきます。

一応、書いてあるナンバーからは左の蒸気機関車は「ドイツ国鉄05形」であることは分かるのですが、電気機関車の方は分かりません。何れにしても如何にもドイツらしさを感じさせてくれます。その理由を書くのは難しいのですが、要は雰囲気です。

2013年03月10日 21時19分

1991年のドイツ(16)シュツットガルトのケーブルカー。

シュツットガルトの街のもう一つの名物がこれ。ケーブルカー。

当時のメモには「Seilbahnstraße」~「Waldfriedhof」間のケーブルカーとあったのですが、「Seilbahnstraße」は言うならば「ケーブルカー」通りという事で、今思えば駅名とは若干異なるニュアンスかも知れません。

古色蒼然たる車両で驚くべきですが、鉄道のスタッフは鉄道マニアを見慣れているのか、車内では先頭部分の窓を開けてくれたりして、便宜を図ってくれました。日中は12分間隔で、乗車時間は約4分。乗務員が2人乗っていたとメモにありました。

また、こちらの車内の写真ですが、左に座っているご婦人たちには、ドイツ語でちゃんと承諾を得て撮影しています。(「撮影していいですか?」とガイドブックに書いてあったのをそのまま見せた)

それはさておき、外観だけではなく、内装も古色蒼然ですが、いい味を出していると思うのは私だけではないはず。1991年当時でも、この車両は現役で、決して保存鉄道ではありません。

終点はこんな感じで、墓地への足…と聞いたような気がします。

2013年03月09日 21時13分

1991年のドイツ(15)シュツットガルト・ラックレールの威力。

ラックレールの鉄道は登山電車のイメージですが、ここはあくまでも市街電車です。

大体どれくらいの傾斜かと言えば例えば「Haigst」停留所ではこんな感じです。当時、もう少しちゃんと調べておけば良かったと思っても後の祭りですが、「Wielandshöhe」の停留所には123パーミルの案内表示がされていました。

参考までに英語版Wikipedia「Stuttgart Rack Railway」には、最大傾斜は17.5%とありましたが…、123も175もこれ位になると今一つ実感がありません。ただただ急勾配であることだけを感じていました。

ラックレール鉄道で楽しみの一つにポイントの構造があります。この写真を改めて見て感じたのは、線路とラックレールが同時に動くのを動画で撮ってみたいと思ったことです。

ところで電車の山側には貨車がついています。目的は『自転車を積む』というのがドイツらしさですが、比較するには種類は異なるのですが。日本の立山ケーブルカーは貨車が谷側についており、その違いは面白いですね。(このラックレールのトラムは言うまでもなく、今も現役です)

2013年03月08日 21時12分

1991年のドイツ(14)シュツットガルトのラックレールトラム。

シュツットガルトと言えば、ベンツ!

シュツットガルトの観光の目玉(だと私は思っています)がメルセデス・ベンツミュージアムです。

1991年10月22日、やはりここは外せないだろうと思って足を運びました。

「ただ、、、」と敢えて書かせていただきますが、私にとってシュツットガルトで最大のアトラクションはかのベンツ博物館よりこちらです。

シュツットガルト中央駅からほど近い「Marienplatz」停留所。トラムにしては明らかに大がかりな車止めが目立ちます。ここから「10系統」は出発し、「Degerloch」を目指します。

この10系統は単線のトラムでしたが、手元のメモでは15分間隔と書いてあり、運転頻度は都市交通の役割を十分に果たしていました。「あれっ」と思いつつ線路の間にあるもう一つの線路の様な存在にお気付き頂けましたでしょうか?

交換駅「Wielandshöhe」でのこの写真で一目瞭然ですね。起点から終点まで『ラックレール』の路線で、そもそも道路に敷かれたラックレールは相当に珍しい存在のはずで、「世界でここだけ!」だったらどんなに楽しいかと思ってここを訪れました。

冒頭の「シュツットガルトで最大のアトラクション」と書いた理由がここにあります。

2013年03月07日 22時17分

1991年のドイツ(13)シュツットガルトは坂の町。

2月28日以来のドイツ話し。

シュツットガルトは坂の町です。

街の中心部を少し離れると、山懐に抱かれた住宅が広がっています。

そこを目指すトラムも、ご覧のように坂を駆け上がってくることが見て取れます。

そのトラムも都心部では地下区間を走ります。ここは「シュツットガルト中央駅」です。旧型の電車が地下駅を通らなくなってどれ位の月日が経っているのでしょうか?今は路線も増え、かつ再編成もされているようで、1991年の路線図と今の路線図を比べてみるとその違いには驚かされます。なお、『LRT整備都市』にはここシュツットガルトの名前はあり、1985年となっていました。因みに写っている電車は土佐電鉄の「シュツットガルト市電」と同型車です。この電車が更に福井鉄道で活躍することになりそうですが、“本場”シュツットガルトでこの写真を撮影していた頃には既に日本の土佐で走っていました。不思議な感じがします。

2013年03月06日 19時57分

さよなら!!東横線渋谷“地上駅”(4)。

東横線渋谷駅と言えばこの風景。

東横線に乗らないまでも、昭和48年の大学入学以来、学生時代だけではなく社会人になっても、渋谷に来ることは何度あったか数えきれません。もっともここ数年はこの風景を見てはいませんでしたが、こうしてこの写真を撮っていて、今はまだ現役であるにも関わらず、既に「懐かしい風景」と感じたのは、きっとそのデザインが私の中で『学生時代の思い出』となっていたのかもしれません。

さて駅舎の外観を撮影した時間から5分ほど巻き戻して独特のカーブを描く外壁から街並みを覗いてみました。何度となく見てきた都バスが停車する風景もこれで見納めなのですね。等と感慨にふけっていたら、私に声をかけてきた人がいました。

「ここから東京タワーが見えるんですよ。」の一言。オッと思って目を凝らしたら確かにビルの間に東京タワーの姿がありました。教えてくれた方に「ありました。ありがとうございます。」とお礼を言い、早速撮影。渋谷駅のホームで東京タワーが見えるのははここだけなのだそうです。

さてさてこうして時間は12時となり、もうここにいられる限界一杯。その後真面目に仕事をしたことは言うまでもありません。

それにしても、「鉄」が絡むといつもより早く起きるのが苦にならないのはどうしてだろう?そして仕事にも集中できる…、おっとこれは書いてはいけない話しですね。忘れてください。

2013年03月05日 22時25分

さよなら!!東横線渋谷“地上駅”(3)。

2月28日の東急東横線「渋谷駅」にあったカウントダウン。東急のマスコットキャラクターの「のるるん」の姿がそこにありました。

名古屋に住んでいる私にとって、東急に「のるるん」というマスコットがいるのをお恥ずかしい限りですが、今回初めて知りました。そこで家に帰り、東急の公式HPを確認したところ、昨年の8月28日に「東横線渋谷駅開業85周年」でお披露目され、名前については11月11日に決まったとありました。

因みに6206名の応募からその名が選ばれたそうです。

さて1番線と2番線の間のホームの定番“撮り鉄”スポットで5分ほど撮影。絶対撮影しておきたかったすれ違いは思いのほか早くパチリ。シャッターを押すタイミングとしてはもう一寸待っても良かったかも知れません。

そして頭端式の駅の醍醐味の一つ、渡り線を行くクネクネ電車は待つこともなくGET。私の後ろで順番待ちをしていた人に場所を譲りました。

まあ名残り撮影も譲り合いの精神が必要ですね。

2013年03月04日 21時45分

名古屋駅の風景が変わりつつある。

名古屋中央郵便局~名古屋中央郵便局名古屋駅前分室のあった建物が、いつの間にか無くなっていました。昨年の秋に「名古屋中央郵便局名古屋駅前分室」は写真の真ん中に写っているJRセントラルタワーズの15階に移転し、窓口は無くなっていましたのでその内に建物は取り壊されるであろうとは思っていたものの、久しぶりにここを通ったら、目の前に忽然とタワーズのビルの全景が目に入り驚きました。

そう言えば、国鉄名古屋駅と名古屋中央郵便局との間を結ぶ通路があったと聞いたことがありますが、その跡はどうなっているのでしょう?

さてこの風景が見られるのもそれほど長い期間ではないはずです。

 

名古屋中央郵便局名古屋駅前分室が移転したタワーズ15階から見た大名古屋ビルヂング。取り壊し工事が進んているのが見て取れます。この風景(取り壊し途中)も期間限定です。

こちらは名古屋市営地下鉄桜通線「名古屋」駅の改札を入ったところにあった壁画。この壁画はもともと東山線の改札近くにあったもので移設されるとは聞いてきたものの、あまりに唐突にこの場に出現しました。

「寄贈 名古屋地下鉄名店街組合連合会 昭和四十二年十一月」の銘板もあり、ひょっとしたらこれまでよりも認知度がUPするかとも思いました。

2013年03月03日 16時36分

名鉄桜駅の桜、蕾(つぼみ)を感じた。

毎年、書いている名鉄桜駅の桜。

昨日(3月2日)はこんな感じでした。蕾(つぼみ)が膨らみはじめ、その膨らみはうっすらとピンクに色付き始めていました。これは気のせいではないはず。

寒い日が続いていますが、昨日・今日と外で日差しを浴びていると太陽の恵みを実感できるようになりました。この蕾も「この寒さももうすぐ終わるよ」と語りかけてくれるような、そんな気がしました。コートを脱ぐ日が待ち遠しい。

2013年03月02日 22時22分

さよなら!!東横線渋谷“地上駅”(2)。

東横線の降車ホームにいる警備員さん。もう何年も東横線に乗っていませんし、また以前乗った時もいつも先頭車に乗っていたので、警備員さんの存在に気付いていませんでした。

この警備員さんの写真を撮っている方もいたので、東横線渋谷駅にとって馴染みのある光景だったのかもしれません。この駅のホームはカーブで見通しの悪いことは間違いなく、列車編成が伸びていくに連れてその必然性があったということなのでしょう。

横浜側からの1枚。ホームの端に立っても、停車中の全電車を撮影することは叶いません。ということで1番線に停車中の電車の先頭を入れ込むことは諦め、こんな感じで撮影してみました。この写真(この場所)の私なりの楽しみ方は、カーブのある駅ゆえに、同じ編成両数でも先頭車の位置が少しずつ異なっているということで、“内輪差”が実感できることです。

そして改札口からホームを見た一枚。『東急東横線発車案内』及び『先発列車の停車駅』ももう見納めです。

それにしても4面4線の巨大駅がまるっと引っ越すというのはもの凄いことだと改めて感じました。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!