2013年09月10日 21時42分

第6回 NPO法人名古屋レール・アーカイブス資料展

私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスの資料展が今年も名古屋で行われます。

今回のテーマは「平成を迎えて四半世紀 あのころは 昭和末期の鉄道風景」。できればちらし第6回資料展 PDFをご覧頂きたいのですが、ファイルサイズが1.78Mありますので会期・会場などは最後にテキストでも書きます。

展示内容は名古屋を中心とした昭和50年代・60年代の懐か しい列車や想い出深い出来事など昭和末期の鉄道風景で、それを写真と所蔵資料で紹介しています。

この写真は私が昭和を写した一枚。

昭和57年12月12日に撮影したもので名鉄羽島新線(現在は羽島線)の新羽島駅。開業翌日の撮影(乗車)で、駅には開通を祝う看板類が誇らしげに掲げられていました。

●新羽島発16:48、新岐阜着17:10

(展示会)

●2013年9月12日(木)~9月18日(水)

10:00~19:00(最終日は16:00まで)

●名古屋・サカエチカ ギャラリーチカシンA室

●地下鉄栄駅(東山線)東改札の北、名鉄瀬戸線栄町駅南

開場時間中は、NPO法人名古屋レール・アーカイブスの会員がいつも皆様をお待ちしております。

(私は15日(日)の夕方16:00~19:00頃は会場にいる予定です)

 

2013年09月10日 20時26分

ベルリン市内観光(1)。

2013年6月17日(月)は一日ベルリン市内観光。

海外「鉄」も「鉄」だけでは勿体ない。

一度は行ってみたい観光地は世界中どこにでもある訳で、折角ベルリンに行ったのなら訪れてみたい場所は少なからずありました。というのは表向きの理由で、実は帰りの飛行機(フランクフルト発上海行き)の当初の搭乗予定日(6月18日)の便が欠航となり、1日遅れの6月19日(水)出発となったためで、ベルリンの宿泊をこれ幸いに1日延長したというのが本当の理由です。

その代わり帰国後の20日(木)以降の週末の予定は大きく変わりましたが…。

「鉄」旅が“旅”となったこの日、まず向かったのはホテルから歩いて行ける「ベルリンの壁」。

話しは少し巻戻ってこのブログの2010年7月2日UPの「1991年にシベリア鉄道に乗った目的」。この中で私はソビエト連邦が崩壊する直前のユーラシア大陸を「旅」したことを書いています。でもソ連崩壊を語るならばその前に起こった東西ドイツの統合を抜きにすることは出来ません。私はソ連を訪れた後、統一されたドイツも「旅」しています。当時、(旧)西ドイツには、(旧)東ドイツから多くの人々が流れこんでいると聞きました。しかし、西側に必ずしも仕事があった訳ではなく、例えばデュッセルドルフの街では若いホームレスもいて、厳しい寒さを逃れるため公衆トイレで寝ている姿をこの目で見ています。(その場に通訳がいたのではないのですが、驚いている私にそう教えてくれた人がいました)。

そして2013年6月17日(月)、私はベルリンの壁(イーストサイドギャラリー)の前に立ちました。そのことは本当に感慨があり、一方でここが今やメジャーな観光地となり…といった難しい話しはこれ位にしておきましょう。

こちらは「ユダヤ人犠牲者記念館」(写真は記念碑)。

※展示室の中には入っていません。

ドイツ・ベルリンと言えば「ブランデンブルク門」。

最後に5つの博物館が集まる「博物館の島」。その中でベルガモン博物館に行きました。館内は広く、また見所も多く、時間に余裕をもって出かけたいところです。(自らの反省の念を込め…)

2013年09月09日 20時14分

平成25年6月16日(日)の晩御飯。

ところで昨日UPした話にはまだ続きがあります。

Sバーンの車内での出来事なのですが、飛びっきり可愛い黒人女性と本当にイケメンな男性の、絵に描いたようなカップルが途中で乗り込んできました。女性はまるでファッション誌から抜け出たようなお洒落さで思わず見とれてしまったのですが、その女性から突然話しかけられました。

ここまで書くともう殆どネタバレですね。そうっ!車内検札。いきなり身分証明書を取り出してそれを私に見せ、何かドイツ語で話しかけられましたが当然、チンプンカンプン。そうすると英語で「チケット プリーズ」と言われ、「インターシティホテルベルリン」で発行された「パス」と提示したのですが、どうもこのパスには馴染みが無かったのか顔を少ししかめて「えっ?」という表情を見せ、男性と何か話しをしてそれからパスを返されました。

一応、いざという時に備えてパスポートも用意したのですが、結局その必要はありませんでした。車内検札は何度か経験があるのですが、これほどの若い美人に出会ったことはなく、、、それはそれとしても「えっ?」とされた時にはこっちが「えっ?」と何も不正はしていないのに妙にドキドキしてしまいました。心臓に悪い出来事でした。

さて晩御飯はホテルの近くのパスタのお店でトマトサラダとカルボナーラ。

パスタの良さはドイツ語のメニューでも何となく料理が分かる事。美味しかったです。

 

2013年09月08日 19時46分

ベルリンのもう一つのトラム、デュワグカー。

ベルリン市内からS3系統で「ラーンスドルフ(Rahnsdorf)」に向かっている時、高架線から駅前の駐車場でフリーマーケットをやっているような風景が見え、そのマーケットを一周するように走る2両編成の小さなトラムが走っているのを見かけました。

ということでヴォルタースドルフの帰りに「Rahnsdorf」の一つベルリン市内寄りの駅、「Friedrichshagen」(フリードリッヒシュハーゲン)で下車。

ヴォルタースドルフの2軸単車が標準軌だったのに比べ、ここは1000ミリゲージ。それにしてもヴォルタースドルフのゴータといいこのデュワグといい、電車たちが本当にいい味を出しています。LRTであったり近代化されたトラムの車両がデザイン的に優れているだけではなく、バリアフリー等も含め都市交通として良いことづくめであることは認めますが、最近はこんな風景も残っていてほしいと贅沢なことを思っています。でもこの贅沢な風景もいつかは過去のものになってしまうのでしょう。

88系統は「Schöneicher-Rüdersdorfer Straßenbahn GmbH」(シェーナイヒャー・リューダースドルファー路面電車有限会社)の運営で、「S Bahnhof  Friedrichshagen」~「Alt-Rüdersdorf」(アルト・リューダースドルフ)間14.1キロを結ぶ路線。

平日の日中は20分間隔ですが日曜日は30分間隔。私が高架から見た電車は結構偶然だったようです。時間としては午後4時半過ぎでまだまだ明るい時間でしたが、時差ボケのピークが近づいている予感があって88系統の乗車を諦めました。

※“路面電車有限会社”というのは味も素っ気もないですね。“シェーナイヒャー・リューダースドルファー電気軌道”といった方が良さそうです。

そして再びSバーンの乗客となり、3つ目の駅「Wuhlheide」(ヴールハイデ)に停車して「えっ???」と急いでシャッターを押した1枚。DLの牽く遊覧鉄道のような感じでしたが、さて真相や如何に?土・日だけの運転かもしれませんね。

2013年09月07日 21時18分

ベルリン・ヴォルタースドルフの2軸単車トラム(3)ドイツの森を走る。

「ヴォルタースドルフ水門」の近くにあった売店で0.5ユーロを払ってトイレを借り、「Rahnsdorf Bahnhof」に戻ることにしました。

この写真は14:34に「Woltersdorf, Schleuse」電停近くから到着する電車を狙ったもの。

そして車庫のある「Thälmannplatz」(テールマンプラッツ)まで電車に乗り、そこで車庫を覗いたのですが、日曜日とあって屋内の電車は見えず。残念でした。

諦めて日中に電車が行き違う(そう言えばJR西日本米子支社では「待ち合わせ」と車内アナウンスを変えたそうですね)「Berliner Platz」(ベルリナープラッツ)に向かいました。何とも長閑(のどか)な単車のある風景と出会えました。

ここは「Rahnsdorf Bahnhof」から少し「Woltersdorf, Schleuse」に向かったところ。

87系統はこの辺りは森の中を走っており、最初にここを走った時は、この先に人が住んでいるとはイメージできないほどでした。(写真はぶれています。しっかり構えたつもりだったのですが…)

まあ若干大袈裟ですが、本当に「あれっ?」と思うほど自然が豊かで、電車の右側に続く道路はサイクリングを楽しむ人だけではなく、ランニングする方ともすれ違いました。それにしてもここでカメラを構える人は珍しくないようで、「こんにちは」(グーテンターク)と声を掛けられました。

2013年09月06日 21時01分

ベルリン・ヴォルタースドルフの2軸単車トラム(2)プチ観光。

この水門の正式名称までは確認しませんでしたが、恐らく電停名と同じ「Woltersdorf, Schleuse」であろうと信じています。(この書き方はマスコミの一員とは思えない傍若無人ぶりですね。我ながら呆れています。)

さてここからの地名は『Google マップ』を参考に書きます。写真の奥に見えるのはフラケン湖で、手前というか写真では写っていない私の後ろにカルク湖があり、そこを短い運河が繋いでいるのですが、2つの湖に標高差がある(カルク湖の方が標高が高い)ため、水門を作って船が行き来できるようになっています。今は船がいるブロックに水を溜めている真っ最中です。おっと「標高差」と言うより「水位の差」といった方がわかりやすいですね。

因みにこの方式を閘門(こうもん)式運河といい、まあパナマ運河の超ミニ版だと思ってください。

そして運河の水位がカルク湖と同じになると、カルク湖側の水門が開き、船が顔を出し始めました。

その時、運河にかかる橋は跳ね上げられ、ご覧のような状況になり当然の事ながら車は通ることは出来ません。一方、歩行者は右側に見える歩道橋を渡って行き来できるので何の支障もないのですが、それが実はそうでもなく、この橋の跳ね上げと船の往来を見物する人で鈴なりとなっていました。まあ人の事は言えませんが…。

写真は『カルク湖』と言いたいところですが、ここはほんの入り口で、ここから更に数百メートルほど進むと湖が広がっているはずです。

さてそこにいたハクチョウ。人に慣れているのでしょうが悪戯好きです。靴を噛まれている人の名誉のために書きますが、ハクチョウにちょっかいを掛けたわけではなく、ハクチョウから積極的にアプローチされていました。(笑)

ところでヨーロッパは内陸部に運河が発達しており、思わぬ山間部でも「船」を見かけることがあります。また狭い区間では信号機を見かけたこともありました。ヨーロッパの人は飛行機・高速鉄道・高速道路といった高速の移動手段とは別に、自転車よりも遅そうな小型船の旅も楽しんでいるようです。

2013年09月05日 19時20分

ベルリン・ヴォルタースドルフの2軸単車トラム(1)ゴータカー。

平成25年6月16日(日)、ナローの蒸気機関車の次の目的は2軸単車のトラム。日本の営業路線では函館市電30形「箱館ハイカラ號」(2010年10月31日に乗車)が直ぐに思い浮かびますが、何とベルリンに全車両が2軸単車の路線があるというのを数年前に聞き、いつか行ってみたいと思っていました。

ベルリンS3系統「エルクナー(Erkner)」行きに乗り「ラーンスドルフ(Rahnsdorf)」駅で13:33に下車。駅前に停まっている電車を見た時の嬉しさはとても表現しきれません。お察しください。(右側に写っているのはS3系統の電車です)

電停の名前は「Rahnsdorf Bahnhof」。さながらラーンスドルフ駅前と言ったところでしょう。

また車体にある路線系統の表示では『87系統』となっていますが、この路線の運営は「Woltersdorfer Straßenbahn GmbH」(日本語に直訳すると『ヴォルタースドルフ路面電車有限会社』といった感じです。なお同鉄道の公式HPを参照しています)で、ベルリン市電の系統番号が振られてはいますが、私鉄のようでした。

驚きの単車トラムの車内。標準軌だけあって車内は思いのほかゆったりしています。

さてこの87系統は、「Rahnsdorf Bahnhof」と「Woltersdorf, Schleuse」(ヴォルタースドルフ・シュロイゼ)間、5.6キロを結んでおり、私が行った日曜日の昼間は、20分間隔で電車が走っていました。13:39に「Rahnsdorf Bahnhof」を出発し、16分間の夢の時間はあっという間に終わり13:55に現実に戻りました。

写真は終点で、電停名の「Woltersdorf, Schleuse」は直訳すると「ヴォルタースドルフ水門」となります。後ろに写っている青い歩道橋のよようなところに“水門”がありました。

※翻訳は、ネットでいろいろ検索した結果(Google翻訳、エキサイト翻訳、Yahoo!翻訳他)を参照し、私の視点で選択しています。今回の「Schleuse」=「水門」はエキサイト翻訳です。参考までにGoogle翻訳では「堰」、Yahoo!翻訳では「水路」と出てきました。

また地名についてはGoogleマップに表示されるカタカナ表記を参考にしています。

2013年09月04日 19時11分

シュトラールズントからベルリンへ、ドイツ鉄道の旅。

平成25年6月16日(日)。この日の午前中はベルリンへの移動。

シュトラールズント中央駅発8:14、エルスターヴェルダ(Elsterwerda)行きRE18309列車。ロストックからシュトラールズントまでの列車のあまりの混み具合に恐れをなし、この日は一等車にしました。

シュトラールズント出発時点で、一等車の乗客は私だけ。しかし2等車の車内は満席に近く、荷物の大きい旅行者にとっては止むを得ないとは思いつつ良い選択をしたとも思いました。

一等車を独占していたのをいいことにこんな写真を撮ってみました。勿論セルフタイマーです。それにしてもまだまだ重ね着をしていますが、この数時間後に『灼熱』のベルリンに着こうとは考えてもいませんでした。(2階建て客車の2階の席ですので、車体のカーブと私の体の関係にも注目!)

そして列車は11:28の定時にベルリン中央駅に到着。その足でベルリン東駅(Berlin Ostbahnhof)までSバーンで移動し、駅に直結のインターシティホテルベルリン(InterCityHotel Berlin)にチェックイン。このホテルに宿泊するメリットは滞在日数分(宿泊日数ではありません。今回は2泊3日でしたので3日分です)のベルリン市内の交通機関の無料パスが付いてくることで、部屋に入れなくてもフロントで「チェックイン」の手続きさえすればもらえます。ベルリンでは市内の交通機関をたっぷり使う予定があったのもこのホテルを選んだ理由の一つです。

※ドイツ国内の主要都市にはほぼインターシティホテルはあり、どこでも同様のサービスがあります。

2013年09月03日 20時01分

ナローの蒸気機関車・リューゲン軽便鉄道(14)心象風景

もう一日だけリューゲン軽便鉄道にお付き合いください。

駅員さんのいる風景。

途中駅での整備。

森の中を抜け、

私も連結器につながれてここにいたのかもしれません。

今や日本では乗ることのできない非電化ナロー。いつかまたここで客車に揺られてみたい。

2013年09月02日 20時07分

ナローの蒸気機関車・リューゲン軽便鉄道(13)シュトラールズントにて

シュトラールズント中央駅構内で見かけたカフェの看板。

「DONER EXPRESS」が店名のようですが、ベースの絵はどこからどう見ても新幹線0系。車輪の数は…、など突っ込みどころはあるのですが面白いので全ては笑って許せました。ドイツにあってICEでないのは何故?ひょっとしたらICE登場前からここにあったのかも知れませんね。

この日の晩御飯は、駅構内のパン屋さんで購入。お約束(シュトラールズントの駅前でもイチゴのスタンドを見かけたので)のイチゴのデザート(パン)も買いました。

シュトラールズントへ戻ってきたのは午後5時過ぎだったので市街地のカフェまで足を延ばしても良かったのですが、何せこの日もそうですがここのところ「雨」の予報が出ていても傘をささずに乗り切ってきました。雲行きも怪しかったのでそろそろ予報が当たるころだろうと思い、この選択をしたのですが、ホテルに入って30分後、突然の豪雨と雷で、外食にしなくて良かった思いつつ、自分の運の良さに感謝しました。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!