2013年12月12日 19時28分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡りとオスプレイ。

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「オスプレイ」が飛んでいる姿は廃線跡巡りの途中でも見ることがありました。

今の沖縄を象徴する一枚かもしれません。

2013年12月11日 19時22分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡り(7)その名も軽便橋。

沖縄県北谷(ちゃたん)町北前にあるその名も軽便橋。

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普天間川にかかる人道橋で、この橋も多くの方が訪問され、ネットにアップされています。

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軽便橋の名は、もともとここに沖縄県営鉄道の「佐阿天原橋梁」が架かっていたことによるものだそうで、今の橋は1988年(昭和63年)に掛けられたそうです。

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大山駅と北谷駅の間にあり、この橋の南側にある道路は何となく線路跡を感じさせます。

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最後の写真は嘉手納線の終点「嘉手納」駅があったと思われる場所。

嘉手納町役場が目印となっています。

今回は、朝9時にレンタカーでホテルを出発し、糸満~与那原~嘉手納とほぼ1日がかりでゆっくりと見て周りました。

廃線跡巡りと言っても、どちらかといえば車でノンビリ沖縄の風を感じる旅といった方が相応しい時間を過ごしました。廃線跡を巡る方は多くいらっしゃいますが、どんな感じで周っているのかを聞いてみたくなりました。

2013年12月10日 20時45分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡り(6)宜野湾市立博物館。

廃線跡巡りの途中で「宜野湾市立博物館」に立ち寄り。

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ここには『軽便鉄道』の客車の車輪が、入り口を入ったすぐ左側に展示されています。

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案内看板によれば、宜野湾市内にあった「大山駅」の近くの建設現場で“発掘”(昭和58年7月29日に発見)されたもので、ここまで完全な形で残っていたのは私の個人的な感想ですが、「奇跡」だと思っています。

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762ミリゲージの車輪は本当に可愛く、こうして形で今も見られることに感謝したいです。

地味な博物館ですが、沖縄観光のついでに寄られても良いでしょう。

2013年12月09日 20時44分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡り(5)嘉手納線の古レール。

2013_11_07沖縄軽便鉄道_104沖縄県営鉄道の廃線跡巡り。

その線路があったと思われる道路を通り、嘉手納線の終点・嘉手納を目指します。

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沖縄県浦添市の「大平特別支援学校前」バス停の前に古レールが屋外展示されています。

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沖縄県営鉄道で使われたレールが唯一屋外で見られるということで、HP検索で結構な数がヒットします。

ただ11月7日(木)時点では草が茂り、何とかレールを確認できた程度でした。

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このレールの横にあった案内看板も字がかすれ少し見にくい状態ではありましたが、1991年(平成3年)に道路の改修工事から出土したとありました。

その「出土」という表現が何とも歴史遺産が見つかった感ありで面白いと思いました。

2013年12月08日 20時29分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡り(4)D51に立ち寄り。

沖縄県那覇市の与儀公園。シーサーがちゃんとお出迎え。

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ここにD51が静態保存・展示されています。

そのナンバーは「222」。ぞろ目は何となく縁起がいい気がします。

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沖縄でD51が走ったことはなく、これは沖縄の子供たちのためにということで贈られたもので、保存状態は思ったよりも良さそうです。

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このD51222の主?は野良猫。私がここにいたのは15分ほどでしたが、ずーっとこの場所に鎮座し、周りをゆっくりと見渡しつつ、時折私をチラッとうっとおしそうに見ていました。

※うっとおしいではなく、うっとうしい(鬱陶しい)が正解ですね。漢字変換されなくて気が付きました。

2013年12月07日 21時12分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡り(3)ここが那覇の起点だった。

沖縄県営鉄道那覇駅があったのは、今は「那覇バスターミナル」のある場所。

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私が初めて沖縄の地に足を踏み入れたのは昭和51年(1976年)3月。2泊3日の船便で降り立った彼の地はまだ右側通行の時代でした。

そしてここを起点にコザ市(現・沖縄市)に行ったりもしました。その当時は、ここに沖縄県営鉄道の駅があったなど知る由もありませんでした。

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「駅」が生まれ変わった後も、以前と変わらずあるのが「仲島の大石」。

(解説)琉球石灰岩でできた岩。高さ約6メートル。周囲約25メートル。岩の上にアコウなどの植物が自生している。岩の下部に海水に削られてできたノッチがあり、元は海岸にあったことが分かる。【県指定史跡】、【県指定天然記念物】(参照:琉球新報社沖縄コンパクト辞典HP)

検索するとパワースポットと言う言葉も出てきました。

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バスターミナルらしい風景を探すも良い場所が見つからずで、結局「那覇バスターミナル」歩道橋で落ち着きました。

2013年12月06日 21時08分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡り(2)南大東島の風が吹く。

ゆいレール「壷川」駅から少し東にある「壷川東公園」。

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ここには私が以前から狙っていたあれが…。

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会いたかったよ!KATO。

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沖縄本島から東へ360キロの南大東島から、さとうきびを運んでいた機関車がはるばるやって来ました。(距離は南大東島HP参照)

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貨車のように見えるこちらは元蒸気機関車。足回りが確かに蒸気なのですが、案内看板が無ければ通り過ぎてしまうような気がします。

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今にも走り出しそうな絵(写真)が欲しかった(撮りたかった)のですが、まあご愛嬌という事で。

2013年12月05日 22時36分

沖縄軽便鉄道・廃線跡巡り(1)糸満線&与那原線。

沖縄には「ゆいレール」が登場する前にも鉄道がありました。しかしその鉄道・沖縄県営鉄道(=沖縄軽便鉄道=けいびん=ケービン)は昭和20年(1945年)に終焉を迎えました。

もっともそれ以外にも鉄道は存在していましたが、今回はケービンに絞った話です。

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写真は、那覇市内の壷川東公園に屋外展示されているその路線図です。皆さんには位置関係の確認用と言うことで…。

でその廃線跡巡りは11月7日(木)に行きました。

(参考文献)

「歩いてみよう!おきなわ軽便鉄道マップ」(おきなわ散策はんじゃ会編 発行:ボーダーインク 2008.0808)

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参考文献を見ながらとりあえず南端の糸満線「糸満駅」(地図では「いとまん」)を目指しました。大体この辺りに「糸満駅」があったはずですが、これが『駅』という分かり易さはなく、どちらかと言えば糸満の街を見てきたと言ったところです。

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ここは津嘉山(つかざん)駅付近(今の沖縄県島尻郡南風原町津嘉山)の廃線跡。そんな感じがあります。

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ここは与那原線の終点与那原(よなばる)駅があった場所の近く。沖縄県島尻郡与那原町の中心地近くで、駅があったのはこの位置から少し左に入ったところのはずです。なお、沖縄県営鉄道の「与那原駅」は来年度(2014年)に復元の予定です。

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“らしい”遺構が残っているのが那覇市国場(こくば)にある川というより溝?に残るレンガ。

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雰囲気がありますね。

2013年12月04日 20時03分

ゆいレール2013(7)那覇空港点景。

ゆいレール展示館から那覇空港への戻りに少し撮り鉄。

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まあこんな写真も撮れるという程度です。

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高架橋の隙間から見えるモノレール。

その間に丁度1編成2両分が入ることが確認できたので撮ってみました。

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おまけの一枚は開業の翌年、平成16年(2004年)5月15日に乗りつぶしに出かけた際の1枚。沖縄の海とゆいレールを込みのショットが撮影したかったのですが、高い場所からの見下ろしでなければ無理なのは分かったものの簡単に行けそうな、また入れそうな場所を見つけられず、首里駅で下りた後“観光”した首里城で何とかこの場所に出会えました。手前のビルが大きく入っており、良い鉄道写真とはいえませんが自分としては記録写真的な意味で『良し』としています。

明日からは「沖縄県営鉄道(沖縄軽便鉄道)」廃線跡巡りをUPします。

2013年12月03日 20時00分

ゆいレール2013(6)ゆいレール展示館。

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今回、どうしても来たかった場所のひとつがここ「沖縄都市モノレール株式会社」の本社。というよりその中にある「ゆいレール展示館」。那覇空港のコインロッカーにとりあえず荷物を全部入れ、カメラだけを持っていきました。(10分弱歩くため)

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お約束のシーサーのお出迎えです。

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平日しか開館していないので、「鉄」ちゃんには訪問のハードルの高い鉄道系博物館・資料館の一つです。この点は皆さんのご賛同が得られると思っています。

ゆいレール開業以降に那覇に来たのは今回で3度目なのですが、平日の日程にしたのはこの「ゆいレール展示館」のためと言ってもいい位です。

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私はここにこれがあるのを知らなかったモノの一つ、「沖縄県営(軽便)鉄道」嘉手納線の古レール。鉄くずになる寸前のレールを個人の方が保管し、ここに寄贈されたそうです。思わずレールにすりすりしそうになりました。(んなわけはないか…)

因みに沖縄にかってあった路面電車の古レールも展示されています。

『凄い』の2乗、3乗…いったいどれほどの表現をすれば私の気持ちが分かってもらえるでしょうか?

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ここにあるのだと感動しもう一つのもの。

「なは」のヘッドマーク。

これ以上書く言葉が見つかりません。

本当に来て良かったと感じていました。

※私の所要時間は1時間強でした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!