2014年02月08日 18時45分

銚子電鉄(1)減便直前の鉄路。

2013_11_11鹿島鉄道~銚子電鉄_61 11月11日、11:56に銚子駅着。

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元営団2000形、現銚子電鉄デハ1000形。営団丸ノ内線塗装で私を出迎えてくれました。

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この電車の車体番号は、銚子側には「2040」と表記され、外川側には「1002」と書かれていました。

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連結器が面白く一枚撮影。

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昭和54年(1979年)1月16日の銚子電鉄。昭和5年新潟鉄工所製のデハ301で、その時代に合っても既に古豪の雰囲気が溢れていました。

ところで今回の北関東・東関東の「鉄」旅ですが、ここ銚子電鉄が最終目的地。ここ数年、もう一度訪ねたいと思いつつ、北海道や九州より何故か心理的な距離が遠く、「行こう!」という決断が出来ませんでした。でも運行本数が11月21日に、33往復から21往復に減便されると聞き、居ても立ってもいられない気分になり、ついに決断しました。でもその後の事故のため、今はその21便から更に減便を余儀なくされています。

 

2014年02月07日 21時37分

閑話休題・300億人達成!

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記念券トリミング

(名古屋市交通局)「市バス・地下鉄乗車人員300億人達成記念バス・地下鉄全線一日乗車券」が一昨日の2月5日(水)に発売されました。私は5日(水)の朝一番で3枚を手に入れましたが、3000枚限定なのでもう売り切れているでしょう。

少なくも「八事日赤」は昨日、売切れの表示がありました。

ここからは私のこの一日乗車券の感想。まずはタイトルが長い!(笑)

でも、この長さがないと今回の記念乗車券の意味がきっと通じないでしょうね。それと乗車人員の増加についての詳しいグラフがコンパクトについているのも面白いと思っています。

記念券トリミング2

肝心の一日乗車券のUPではなく、それ以外の説明部分をUPしていますが、「これからもみなさまとともに名古屋の街を走り続けます。」というのは公共交通らしくていいですね。

ところでこの300億人に「市電」の数字は入っていないようです。素朴な疑問。

2014年02月06日 20時31分

香取駅での出来事。

香取駅到着は10:28。

香取駅発は111:16。

乗り換え時間は48分。(今は)無人駅で、しかも駅前には人家しかない。スマホでネットを見るにも、電池の無駄使いに思え、しょうがないから駅の中に面白い『ネタ』がないものかとうろうろしていたら、時刻表に無い電車(銚子⇒香取⇒成田方向)が到着。

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この写真の撮影時間は10:53。試しに時刻表を調べて頂ければこの時間に電車がないのは一目瞭然です。

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方向幕は「行先」ではなく「試運転」。で、まず目についたのは「訓」の文字。

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続いて「練」の文字。

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10:58に電車はこの駅を去って行きました。鉄道ですから「訓練」の電車があるのは不思議ではありませんが、こんな紙が貼り出されているとは知りませんでした。それともJR東日本だけ???

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11:16に乗った銚子行き電車。停車中の電車のドアから入ったのかそれとも暖かい日だったのでどこかの窓が開いていたのかも知れません。綿毛が一つ、シートについていました。

2014年02月05日 22時18分

鹿島臨海鉄道の旅(5)銚子への道。

2013年11月11日。

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9:41に鹿島臨海鉄道の2度目の完乗を終え、10:12の鹿島線に乗車。

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水郷の風景は本当に素敵です。

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香取駅には10:28着。

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このチケットは乗車前日の11月10日に購入しました。

それは水戸駅での乗り換え時間が8分と短く、ラッシュ時なので改札の外に出るのは時間的に厳しそうだと思ったからですが、もう一つ、JRと鹿島臨海鉄道の間で連絡運輸を行っているのではと思ったからです。

予想は的中だったのですが…。

勝田~水戸~鹿島神宮~香取までは問題なかったのですが、何と成田線区間の香取~銚子間が発券できないとの事。JR~私鉄~JRという“またぎ”が出来るのに何故にほんの少しの区間が発券できないのか、その理由は今も不明です。

2014年02月04日 22時04分

鹿島臨海鉄道の旅(4)がんばっぺ!茨城。

平成25年11月11日の車両にはご覧のステッカーがありました。

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あかげさまで全線開通。平成23年の東日本大震災時に、その路線が寸断され、全線復旧まで約4か月かかったことをこのステッカーを見て思い出しました。

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「鹿島神宮」駅に到着。お約束の駅舎写真。

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そしてこちらは昭和60年(1985年)8月31日の「鹿島神宮」駅。30年経っても私のレベルに進歩がない象徴かも???

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昭和60年のホームでのスナップ。

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そしてこちらは昭和54年(1979年)1月16日の同じホーム。ところで「鹿島港南」から乗車した理由ですが、それはその当時の始発列車が「鹿島港南」発だったからで、僅か1日3往復の列車を効率的に乗るにはそれしか方法がありませんでした。どういうことかというと、列車は「鹿島港南」を起点に「鹿島神宮」を往復しており、「鹿島神宮」からの始発列車(8:38発)に乗った場合、「鹿島港南」着9:07で、同駅での「鹿島神宮」行きの出発は12:01でした。

ただ当時は情報が殆ど無い時代だったのでどうやってバスの時間を得ていたのかが疑問です。多分、前日入りしているので、「鹿島神宮」駅で聞いたのでしょう…。

 

2014年02月03日 22時34分

鹿島臨海鉄道の旅(3)北鹿島駅を知っていますか?

11月11日(月)9:35。「鹿島サッカースタジアム」駅を通過。(通常、停車する列車はありません)

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ところでこの「鹿島サッカースタジアム」という駅名はJR東日本のHPでの表示。一方、鹿島臨海鉄道の大洗鹿島線HPでは「鹿島スタジアム」となっており、更に言えば貨物線の鹿島臨港線の路線図では「カシマサッカースタジアム」とあります。一体どれがどれ???鹿島臨海鉄道に乗っているのだから…。

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一方こちらは昭和54年(1979年)1月16日の「北鹿島駅」。

この駅が今の「鹿島サッカースタジアム」駅で、昭和53年から58年までの短い期間でしたが、国鉄鹿島線「鹿島神宮」駅~「北鹿島」駅(ここでスイッチバック)~鹿島臨海鉄道/鹿島臨海線「鹿島港南」駅間に旅客列車が運行されていました。

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「鹿島港南」駅に停車中の「鹿島神宮」行き。

7:51発のこの列車で「鹿島神宮」を目指したのですが、実はここまでは関東鉄道『バス』できており、枝線にもかかわらず往路と袋で違う交通機関を選択しています。

 

(追伸)

「第3回こども鉄道博士選手権」の経過報告です。

ホームページでの第1次予選を勝ち抜いたこどもたちが集まった第2次予選が、先週の土曜日(2月1日)に行われ、決勝進出の10名が決まりました。2次予選の問題は、こどもたちに知っていてほしい鉄道の知識を中心に数問ですが大人でも手強いものもありました。

それにしてもこどもたちとの「鉄」会話は楽しかった。私がこどもだった半世紀近く前はそもそも「鉄道」の情報を得る手段が限られていましたが、今はネットを含めて情報があふれています。その情報をまたこどもたちはよく覚えているのです。凄い時代が来たものです。

2014年02月02日 21時06分

鹿島臨海鉄道の旅(2)鹿島神宮駅を目指して走る。

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大洗駅で5分ほど停車。ここで水戸行きと交換。昭和60年の記憶がないので何なのですが、大洗駅の南側にこんなトンネルがあるとは思ってもみませんでした。何せ私の大洗鹿島線の印象は、「平野をひた走る」だったからです。

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トンネルを抜けてきた列車が到着。堂々の3両編成です。

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さてローカル線ではありふれた駅が見え始めました。

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でもここは「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前(ちょうじゃがはましおさいはまなすこうえんまえ)」駅。表記文字数で13文字あり、読み仮名数で22文字。その読み仮名数は南阿蘇鉄道高森線にある「南阿蘇水の生まれる里白水高原(みなみあそみずのうまれるさとはくすいこうげん)」駅と並び日本一です。

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参考までにこちらが表記文字数・読み仮名数ともに日本一の南阿蘇鉄道の駅名標です。(2008年撮影)

2014年02月01日 23時09分

鹿島臨海鉄道の旅(1)ほぼ30年ぶり。

ひたちなか海浜鉄道で運気アップした翌日の11月11日(月)。この日の目的地は「銚子電鉄」。

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まずは勝田発08:06の水戸行きに乗車。流石に平日の朝のラッシュ時だけあって電車は混雑していましたが、正直な感想としては「思ったより…」でして、私の荷物が結構乗客の皆さんの邪魔な状態になっていました。

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「水戸」で鹿島臨海鉄道に乗り換え…ですが、右側はE653系を模した売店。で、左側の8:21発の鹿島神宮行きに乗車。

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さてこちらは昭和60年(1985年)8月31日の水戸駅の鹿島臨海鉄道のホーム。

※同年の3月に水戸 – 北鹿島(現/鹿島サッカースタジアム)間が開業。

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参考までに昭和の水戸駅です。いよいよほぼ30年ぶりの乗り直しがスタートです。

ところで勝田から銚子までの移動ですが、鹿島臨海鉄道~JR鹿島線~JR成田線経由が最短距離なのですが乗り継ぎ時間が長く、時間帯によっては「柏」「我孫子」「成田」で乗り換えた方がスムーズな場合もありそうです。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!