2014年11月21日 17時21分

祝!!日本レコード大賞 企画賞!おめでとうスギテツさん。

スギテツさんが東海道新幹線開業50周年を記念してリリースしたCDアルバム「走れ!夢の超特急楽団」が見事『第56回輝く!日本レコード大賞 企画賞を受賞しました。名目は「企画賞」ですが、いくら企画が良くてもその音楽が素晴らしくなければ頂ける賞ではありません。それにしても自分が買ったCDがこうして賞を取ると、不思議なことにまるで自分も一緒に栄えある立場に立った気分です。こういうのをファン心理と言うのかも知れません。

スギテツ CD 

そのスギテツさんがタイムリーなことに、今日の「4U」に出演。

おめでとうスギテツさん

出番が終わったところで早速、挨拶に伺いました。

ところで岡田さんと杉浦さんに挟まれているのはアナウンス部長の佐藤啓。実はこのアルバムに出演しているのです。どこに出ているのかって?

同じくアルバムに出演している「鉄」友の東海ラジオ源石アナウンサーが「このしゃべりが出来るのは名古屋では佐藤アナだけだ!」と絶賛してくれたそれは是非このアルバムを聞いて下さい。

10月12日

ところでこのアルバムには JR東海の方で編成されている「JR東海音楽クラブ」の皆さんも参加されています。

写真は10月12日にリニア・鉄道館で行われた「東海道新幹線50周年トリビュートコンサート」の模様ですが、東海道新幹線の節目の年にこのアルバムに参加された全ての方たちにとって今年が本当に良い年であったと思います。

また年明けの2月2日(月)にはウィンクあいちで「リサイタルツアー2015 〜新幹線の車窓から〜 名古屋公演」も行われます。

スギテツさん、おめでとうございます。そしてこれからの更なる活躍を期待しています。

2014年11月20日 20時42分

和歌山・奈良探訪の終わりに(1)105系電車。

帰路は五条発17:59に乗り、まずは吉野口へ。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_160

考えてみれば「ボンネットバスで行くさよなら五新鉄道」は思いっきり昭和なツアーでした。それを終えて昭和の電車で家路につくなんて、まあ4扉ロングシートでも許しちゃおうと思いました。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_161

「吉野口」で近鉄に乗り換え。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_163

駅の外に出て夕闇の中の吉野口駅を撮影。

ということをしなければ実は少し早く家に帰ることが出来ます。その場合は、

五条発17:59、吉野口着18:11

吉野口発18:16、橿原神宮前着18:32

橿原神宮前発18:39、大和八木着18:45

大和八木発18:49、近鉄名古屋着20:29

こんな感じだったはずです。

2014年11月19日 20時41分

ボンネットバスと五新鉄道(7)さよなら五新鉄道。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_152

この場所が専用道の入り口と言うか出口です。

ここでバスを一旦止めて最後の撮影会です。でも…。

バスの後ろにはオートバイが停まっています。このバスを追っかけて撮影してきた人が、そこに放置してこの辺りで撮影しているはずでした。当然、写りこむ場所だったため怒声が飛んだのですが誰もそこには戻りませんでした。そもそもバス専用道であり、オートバイは「車」です。

最後にそんな残念なこともありましたが、それはさておきこのツアーの満足度は200%。これがあったからこそ今回の和歌山・奈良探訪を決めたのですが、「来て良かった」と心底思っていました。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_157

最後になりましたが、運転手さんも車掌さんも本当に素敵な方たちで、また参加者の方もマナーが良く、皆さんに感謝しつつ名古屋に戻るため「“五條”駅」で下車しました。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_159

廃線跡巡りは数度経験したことがありますが、未成線巡りは初めて。もっとも考えようによっては数日早い「葬式鉄」とも言える訳で、「鉄」か「バス」か、「廃線」か「未成線」か…等々少々ややこしいツアーでしたがそんなジャンル分けのできない旅はもう二度となさそうです。

サヨナラ五新鉄道。

でもこのボンネットバスはこれからも走り続けます。一層のご愛顧を!(by 奈良交通)

2014年11月18日 20時39分

ボンネットバスと五新鉄道(6)リクエストストップ。

その昔、「田舎のバスはおんぼろ車…」という歌が流行りましたが、Wikipediaでは1955年発売とありましたから私が生まれた頃の話しだったんですね。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_133

「田舎のバス」は当時、勿論ボンネットバスで、ただ戦後と言う言葉がまだ現役の時代にあって、その歌は“田舎”を揶揄していたのは間違いないのでしょうが、ただ一方でそれ以上の愛情があったと子ども心に感じていたような気がします。で、正にこの光景は「田舎のバス」です。でもこの日乗ったバスはもう一世代後の車のはずです。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_137

正に「やりたい放題」と言う言葉がこれほど似合うツアーを私はかって体験したことがありません。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_142

一般道ではなく専用道だからこそですが、人気が出た理由がよく分かりました。

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道路と道路の交差点に「遮断器のある踏切」があるという事実は、実はこの日、初めて知りました。

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かって現役だった遮断器の名残りが今もありました。

そんななんやかやで今日は「リクエストストップ」を題してみました。

2014年11月17日 20時37分

ボンネットバスと五新鉄道(5)続・撮影会。

何と「専用道城戸駅」にはトイレがあり、そこで用を済ませゆったりした気分でいよいよ帰路の撮影会の始まりです。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_119

ますはトンネル2題。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_124

こうした撮影場所の選択は一応定番スポットを奈良交通が設定しているのですが、それ以外の(どこで撮影するかと言った)細かいところは参加者任せ。そこで「ボンネットバスマニア」の方の登場です。8月にボンネットバスがここを走り始めた時から、何度かここを撮影されていた様で、この路線の撮りバススポットを熟知されており、私はバスが停まった場所でひたすら撮影し、そして楽しんでいました。皆様に感謝×2乗です。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_129

この写真に写っている柵は使用済み枕木を利用しているとのことで、これも「未成線」ならではと言えそうです。

2014年11月16日 20時34分

ボンネットバスと五新鉄道(4)専用道城戸駅。

どんな参加者がいるのだろうかとある種の心配があったこのツアー。

実際には、(筋金入りの)ボンネットバスマニア、私と同類っぽい鉄道マニア、写真が趣味と思しき方、普通の家族連れ、「鉄」とは遠そうなカップル、(鉄子とは一人参加の若い女性と言った感じでした。

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ということで撮影会の会場は次々に登場します。この茅葺き屋根とボンネットバスの組み合わせが撮影できる場所は超絶人気スポットとのことで、それは撮影していて直ぐに分かりました。

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専用道の終点「専用道城戸」駅。ここは敢えて“駅”と言わせて頂きます。

ここで記念プレートも出て「撮影会」が始まりました。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_90

ボンネットバスはバックシャンですね。私たち参加者にとっては再考の『モデルさん』です。

(注釈)バックシャン…最近この言葉を使う人を見ませんが「後姿の美しい女性」の意味です。あっ、正しくは「…の」ではなく「…も」ですね。

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“ボンネット”バスである所以(ゆえん)のボンネットの中身はエンジンです。当たり前すぎて面白くない文章ですが、雨降りだとこのイベントは無いとのことでしたので、私はそれなりに価値があると思っています。自己満足。

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「バス専用道」を偲ぶと書かれた石碑。いつからあるのでしょうか?“偲ぶ”(しのぶ)とうことは最近作られたのでしょうか?。

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「路線バス専用道 一般通行を禁止します」の大看板。「ここは専用道だ!」とデカデカと主張していました。

2014年11月15日 20時23分

ボンネットバスと五新鉄道(3)バスツアーは撮影ツアーだった。

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26名限定のバスツアー。応募したきっかけは8月に行われた同じ行程のバスツアー「ボンネットバスで行くさよなら五新鉄道」の情報がネットで上がったことによります。更に情報通の方が暫くして『9月にも開催されるかもしれない』と書かれ、それで一応奈良交通のHPをマークしていました。そして見事参加という事に相成りました。抽選ではなく、先着順だったことが幸いでした。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_48

車掌さん(というより「案内人」という言葉の方がピッタリです)の話しではネットオークションにも出ていたそうで、私は2000円で参加しましたが高額入札の参加者もいたようです。

そうまでして参加したいツアーであることは乗車して直ぐに分かりました。今日ここまでにUPした2枚の写真は「撮り鉄」風ならぬ「撮りバス」風。どうやって撮ったのかって思いませんか?

実はこのツアーは『ボンネットバスをバス専用道にある絶景ポイントで停めて撮影する』いわゆる撮影会だったのです。

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このトンネル内に残る距離標(キロポスト)も、バスのドアの位置をそれに合わせて停め、参加者が交代で撮影したモノです。(トンネル内での下車はNGとのことでした)

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それにしてもこの専用道は本当に絶景の中にあったんですね。知りませんでした。沿道に大勢の「撮りバス」の方がいましたがそれも納得!の一言です。

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バス(撮影)ツアーだからとも言える一枚。もう少し柿が色付いていると良かったのですがそれは贅沢という事でしょう。

2014年11月14日 20時21分

ボンネットバスと五新線(2)ボンネットバスに乗車。

奈良県五條市HPからの転載。

≪幻の五新鉄道≫

明治末期、五條市から十津川をつたい新宮市までを結ぶ「五新鉄道」の建設熱が高まりました。昭和12年(1937)から着工され、吉野川横断の橋脚、生子トンネルの貫通まで至りましたが、太平洋戦争が始まり資材不足等の理由で、工事は中断されました。戦後、工事が再開され、昭和34年(1959)に五條-城戸間の路盤工事が完成し、軌道敷設等の工事を残すのみとなりましたが、経済社会情勢等の変化によって、五新鉄道の夢は叶うことなく中断されました。

奈良交通・表面

つまり国鉄和歌山線五条駅と紀勢本線新宮駅を結ぶ鉄道は建設工事が始まったものの結局未成線で終わったということなのですが、路盤が完成していた五条~城戸(読み方はじょうど)間はバス専用道として使用され、国鉄バス⇒西日本JRバス⇒奈良交通と運営事業者が変わりつつも路線バスが通っていました。

奈良交通・裏面

ところがこの区間にあるトンネルが崩落の危険性があることが分かり、今年の9月30日をもって通行終了となりました。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_28

それでその専用道区間を走るバスツアーが行われることになったのです。ただこのボンネットバスは同区間を路線バスとして走った事はないそうで、今回は全くの“企画”です。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_30

運転席も…。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_32

時計と手回し方向幕も…。あまりにも魅力的です。鉄ちゃんじゃなくても十分の「萌え」ます。

ところで最初の写真の「3号車」ですが、バスが3台連なって走ったということではなく3便目の意味です。この日は2回開催されたこのツアーですが、翌29日、30日は3回運行されており、私の参加したツアーの時間が他の開催日の3便目と同じだったことによります。

2014年11月13日 20時16分

ボンネットバスと五新線(1)ボンネットバスで行くさよなら五新鉄道。

平成26年9月28日(日)。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_7

奈良交通主催の「ボンネットバスで行くさよなら五新鉄道」というツアーに参加。出発地は和歌山線五条駅から歩いて10分弱の奈良交通「五條バスセンター」で、出発時間は15:20。

ということで15時頃にここに着けば十分だったのですが、14時にはJR五条駅に着いており、イオン五條店がバスセンターのすぐ隣(写真では直ぐ奥)だったので、その中のミスドで茶をしばいていました。

※茶をしばく…お茶を飲むこと。「茶ーしばく」とも使う。若い頃は使っていたけど最近聞かないから方言なのかな?それとも死語?

※ツアー内容と五新鉄道についての詳細は後日説明。

※「五新鉄道」は「五新線」の方が通りが良いような気がします。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_8

ボンネットバスツアーですが、この日は12:20~と15:20~の2回行われており、1回目のツアーから戻ってきたバスが車庫でしばし休憩していました。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_13

この時間、バスセンターには(高速道路を通らない路線で)日本一距離の長い路線バス、奈良交通の八木新宮線のバスが停まっていました。(15:05発の新宮駅行き)

バスファンならずとも乗り物の旅が好きな人にとって一度は全線通しで乗ってみたいバス路線です。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_19

「平成25年3月1日 八木新宮特急バス50周年」と書かれた文字とそれに合わせて描かれたものと思われるデザインが輝いて見えました。深く考えずにここにやってきたのですが一寸得した気分。

2014年11月12日 20時19分

和歌山線のスイッチバック・北宇智駅(3)昭和の残照。

昨日の続きです。

しかし、最初に和歌山線に乗った昭和50年(1975年)3月30日はそんなことはすっかり忘れ、ただボーっと乗っていたはずです。でなければ何らかの印象が今も残っている…。

かくして今回の和歌山・奈良「鉄」旅で、ここ「北宇智駅」を外せない、外したくないという思いで旅程を組み立てました。

2014_09_28南海高野線&北宇智_180

この写真で、架線柱が不自然に建てられていますが、これが正にスイッチバックがあった証左で、右側の草が茂っているところが引き上げ線のあった場所です。今も線路が残されています。

2014_09_28南海高野線&北宇智_198

2014_09_28南海高野線&北宇智_200

北宇智発13:55の電車からの撮影。出発直後に車内から見た旧駅舎です。恐らくもうここに降りたつことは無いでしょう。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_3

北宇智から1駅、来た道を和歌山方面に戻った五条駅。

2014_09_28奈良交通ボンネットバス_4

都市名「五條市」と駅名「五条駅」の不一致で有名ですが、ややこしいのは五条駅前にあるバス停が「五條駅前」となっていることですが、まあそんな五条駅に降り立ちました。

その駅前には昭和から時間が止まってしまったようなお店が数件あり、今から40年ほど前の「乗りつぶし」をせっせとやっていた頃を思い出していました。皆さんにも是非体感して欲しい。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!