2015年07月21日 19時59分

立山黒部アルペンルートを通り抜け(1)立山ケーブルカー。

「立山黒部アルペンルート」のスタートは『立山ケーブルカー』。立山駅~美女平間、1.3キロ7分の旅です。

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10:20発は予想を超えて満員。120人乗りなのでもう少し余裕かと思っていたのですがまあこれは観光地にとってはありがたいことです。

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定刻に出発!車両の一番先頭か一番後ろに乗りたいと思いつつ、残念ながらそうはならなかったものの、この程度の写真が撮れる場所を確保しました。及第点。

車内で「今時だなあ」と思ったのが一点。携帯で動画を撮っている人の多さ。私の隣にもそんな方が立っていました。

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空の荷台。トンネルの中で撮影すると実用品もオブジェ、芸術に見える。…そんな訳ないか。

荷台部分をピタッと止めたかったのですが揺れる車内では流石にそれはやはり無理で、まあ雰囲気の流し撮りもどきです。

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ところどころで絶景がチラッと見えますが、1994年(平成6年)7月5日に乗った時はもっと視界が広がっていたような記憶があります。そしてこの写真には荷台の先にチラッと保線担当と思われる方たちが写っています。こうした方たちがいて私たちは安心して観光することが出来るわけです。仕事とはいえ“感謝”。

※このケーブルカーの初乗り時は「立山開発鉄道」という会社でした。今は立山黒部アルペンルートの内、立山駅~黒部湖間の交通機関を運行する立山黒部貫光株式会社になっています。

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ケーブルカーの交換は私の年齢でもワクワクする瞬間です。何度もシャッターを押した中から、景色の広がりのあるこの写真を選んでしました。

こんな写真を撮っていないで、もっと純粋に絶景を楽しもうよ!と自問自答。でも止められない習性。

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そして美女平駅に到着。

2015年07月20日 20時49分

立山砂防工事専用軌道。

2015_06_14-立山黒部アルペンルート_8平成27年6月14日(日)。立山駅周辺を散歩中。

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書き忘れていたのですが、この日のメインイベントは市内軌道線はともあれダブルデッカーエキスプレスではなく実は『立山黒部アルペンルート』の通り抜け。立山駅ではケーブルカーの予約を電車の到着時刻9:44から最短での接続となる10:00発ではなく10:20発としてこうして立山砂防工事専用軌道ウォッチングをしていました。

といってもこの日は日曜日なので立山砂防工事専用軌道は動いていません。

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静かな線路。でもこうして見ているだけでも心が躍ります。

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この看板から砂防工事だけではなく、専用軌道の保線、補修も行われていることが伺えます。

世界でも有数の景観だと私が確信するこの軌道は、1度だけ、2008年(平成20年)7月16日に乗っています。実施日が平日のため、それまで休めそうな時期を狙って何度も応募していましたが、予想通り何度も落選する苦渋の日々を過ごした後の歓喜の1日でした。

その時の体験は2010年8月12日からこのブログでUPしています。

今回は短い時間でしかも線路だけの訪問でしたが、当時を思い出すには十分でした。

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そして立山駅に戻りいよいよこの日の本命に挑戦です。それにしても観光バスで来る人が多いのにはビックリ!中国からの観光客が多いとは聞いており、確かにその通だったのですが、世界中から来ていると言っても過言ではないほど様々な国の方がおられ、色々な言語が飛び交っていました。

2015年07月19日 20時29分

富山地方鉄道ダブルデッカーエキスプレス/立山駅到着。

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2015年(平成27年)6月14日。9:44、立山着。その到着を待っていた9:44発の電鉄富山行きが出発しました。

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14760形のこの編成は「立山あーとれいん2015」のヘッドマークがついており、立山町のウェブサイトによれば車内には立山町の魅力を伝える写真が展示されているとの事。(2015年6月14日現在)

電車の運転時刻はウェブサイト/立山町⇒立山あーとれいん⇒時刻表で確認できます。

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「やっぱり京阪だ!」と言いたくなる『テレビカー』のエンブレム。きっちり残されています。

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立山駅の構内をこの位置から始めて撮影しました。名鉄からキハ8000系が乗り入れていたなんて今や知る人のほうが少ないでしょう。

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今回の乗ったダブルデッカーエキスプレスの乗車券と特急券。どうせ乗るならダブルデッカーとも思いましたが、今回は普通の座席にしました。因みにダブルデッカーが満席だったわけではありません。単なる私の気分の問題で、名古屋に帰ってからどうせだったら乗っておくべきだったと思ってもどうしようもありません。

どうでもいい話ですが、富山地方鉄道の特急はお初で、乗っていてプチ優越感。

2015年07月18日 20時24分

富山地方鉄道ダブルデッカーエキスプレス/電鉄富山出発。

京阪3000系は、私の好きな電車の代表格です。名鉄のパノラマカーも好きなのですが、何せ身近すぎてその価値を見出せない一面もありました。

一方京阪3000系について言えばその昔、京都の四条大橋で京阪と京都市電が平面交差していた時代に、堂々たる編成が大通りを横切る姿は未だに忘れていません。

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富山地方鉄道10030形の並び。やっぱり旧京阪カラーに馴染みがあると言ったら怒られそうですが、実は富山地鉄色もすっかり地元に溶け込んでおり、違和感はいつの間にかなくなっていました。

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ダブルデッカーエキスプレスは3両編成なので、電鉄富山駅での先頭車の停車位置はこんな関係になります。

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ダブルデッカーの車両にはこんなイラストがあります。

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また車内にはこんなエンブレムも。富山地方鉄道の大きな期待感を実感できます。それにしてもこの車が富山に来てもう2年近くなるんですね。早いものです。

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8:54に電鉄富山を出て穀倉地帯を行く電車。富山平野の典型的な風景です。(だと私は思っています)

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でも少し時間が経てば常願寺川を渡る橋は絶景ポイント。富山市という県庁のある大都市からわずか40分足らずのこの景色に出会えるのは富山ならではと言えるでしょう。

2015年07月17日 19時17分

祝!我らがDJ「鉄道ダイヤ情報」通巻400号。

鉄道ダイヤ情報

『DJ』の通称で親しまれている「鉄道ダイヤ情報」が通巻400号を迎えました。その400号と創刊号の表紙を比べてみれば…。編集長曰く、400号ということでそこはこだわったそうです。

ところで「鉄道ダイヤ情報」は昭和47年(1972年)11月に「最新SLダイヤ情報」として発刊され、当初は年に2回の発行。創刊当時、蒸気機関車の撮影を趣味にしていた人たちにとって、正に待ちに待った雑誌であり、特に貨物列車も含めた全列車の“ダイヤ情報”は驚きでした。そして私自身もこの雑誌の情報を使って撮影をしていました。

さて久しぶり(って、多分43年ぶり?)に「最新SLダイヤ情報」創刊号を開いてみれば、終焉間近とはいえまだ全国に蒸気機関車が走っていてビックリ!また梅小路蒸気機関車館の記事もあり、「そんな昔からあっったんだ」とか思いがけない発見もありました。(単なる私の知識不足…)

一方、マミヤのレンズ交換式二眼レフの広告も懐かしく、昨日は400号より創刊号を結構読んでしまいました。

2015年07月16日 20時57分

富山地方鉄道市内軌道線(7)富山駅界隈で撮影。

富山トヨペット本社前から一旦富山駅近く(新富町で下車)に戻り、暫し撮影タイム。

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7000形の行き違い。絵になります。

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富山駅近くの配線が変更され、こんなアングルでの撮影が可能となりました。

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富山駅前改め電鉄富山駅・エスタ前電停。

かつての人で溢れていた光景がなくなりました。

そんな時代の写真をUPしようかとも思ったのですが、ここは暗い話題(乗客の大幅減)とかでこうなったわけではないですし、明るい未来へのステップによる時代の変遷と考え、昔を懐かしむのを今は思いとどまりました。

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市内軌道線の最後は富山地鉄ホテル9階エレベータホールから撮影した電車。この写真が撮りたくて今回はこのホテルの上層階を予約しました。(電車の重なり具合は、自分の中では今一歩)

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3両の電車が一同に会するチャンスは何度でもあるのですが、なかなか思う位置関係では電車が走ってくれない。

これも自分の中では今一歩ですが、この日のベストな写真です。

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最後に駅前の全景。こんな風景を見る日が来るとはほんの少し前でも思いもよりませんでした。

※この写真に写っているアルファーワン富山駅前のからの眺望も良いと聞いています。

2015年07月15日 20時51分

富山地方鉄道市内軌道線(6)富山トヨペット本社前。

富山トヨペット本社前到着直前の一枚。

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「新富山」の名前が消えてしまい、射水線の痕跡がいよいよなくなってしまったようで寂しいものがありますが、そもそも富山県外(富山市外と言っても良いか?)から来た人にとっては混乱の元になっていたかもしれないので、これは受け入れられる範囲ということになります。(上から目線で失礼します)

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こちらは2012年(平成24年)5月1日の新富山(現在の富山トヨペット本社前)付近です。大体の工事は終わっていましたがまだ旧線は剥がされていませんでした。何れにしてもこの改修工事(溝レールの採用)のおかげで乗り心地は大きく改善され、一時代前の電車といえる7000形に乗っていてもその快適さは実感できるほどでした。

そんな感じで富山トヨペット本社前まで乗ったのですが、富山地鉄市内軌道線のこの界隈のように大きな土木工事というきっかけでも無いとなかなか軌道の大改修は出来ませんが、今も頑張っている全国の路面電車の軌道に溝レールが普及することを願っています。

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ともあれ大学前まで行かず、確かめたいことは終わったのでここから富山駅方面に戻りました。その後のスケジュールにゆとりがあれば富山大橋周辺で撮影を楽しんでも良かったのですが、今日のところはこれまで。終了です。

2015年07月14日 20時49分

富山地方鉄道市内軌道線(5)諏訪川原~安野屋。

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電車内から見た諏訪川原(すわのかわら)電停付近。諏訪川原の向こうには安野屋電停も見えています。

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こうして見るともう別の電停名を名乗る必要もなさそうですが、これは富山大橋の架け替えに伴う安野屋電停の移設によるもので、以前はもう少し遠いところに電停がありました。

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こちらは2012年(平成24年)5月1日の諏訪川原付近。

当時、諏訪川原~大学前間は富山大橋の架け替えに伴い軌道の改修も合わせて行っていたのですが、そのためか配線が輻輳していました。今回はそれがどれ位スッキリしたかの確認をしたかったという理由が私をこの地へと運びました。

2012年の諏訪川原付近は、写真でも分かってもらえると思いますが、一部単線運転をしており、こちらに向かってくる電車が左側を走っています。

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変わってこちらは少し離れた安野屋付近。ここから複線に戻っていました。こうして改めて見ると、短い区間とはいえ結構複雑な運転をしていたものだと感心します。

2015年07月13日 20時48分

富山地方鉄道市内軌道線(4)完乗。

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7:15頃、富山駅に戻ってきました。7:13発の大学前行き(7023、奥の電車)、7:14発の南富山駅前行き(7017、手前の電車)が信号待ちで並んでいました。7000形の並びは如何にも日本の路面電車的で魅力を感じます。2両の電車の前にはその姿を撮影する人がいました。同好の士。親近感を覚えます。

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富山駅に向かう初乗車区間。信号の関係で、富山駅を南富山駅前行きより先に出た大学前行きを待たせて我がセントラムが入線です。

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いよいよ高架下に突入。こうして富山市内軌道線新規開業区間を乗り終えました。同じ富山県の高岡駅然りですが、駅ナカに電停があるのは本当に便利です。富山駅北側の富山ライトレールと繋がる日が待ち遠しいですね。

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セントラムとサントラムの2ショット。低床電車の揃い踏み。その右側のサントラムT102号にこれから乗車し、富山トヨペット本社前(今年の3月14日に「新富山」から改称)まで向かいます。何と中途半端な目的地なことよ。でも理由あり。

2015年07月12日 20時45分

富山地方鉄道市内軌道線(3)いざ初乗り。

富山駅電停を出て渡り線を行きます。

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初めて乗る線は、いくら目の前に見える範囲で「完乗」とはいえ、何故か胸がときめきます。

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新富町方面の電車は3線区間の中線から街に出て行きます。

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乗らねばならないとは言ってもセントラムでのグルリ一周は今回が2回目。(セントラムの乗車そのものは3回目ですが、前は中町で降りています)

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お約束の富山城をパチリ。これを見ずして環状線に乗ったとは言えない。というか自然に目に入ってきます。

さてこの写真を敢えてこのブログでUPする理由。それは路面電車だから「街」を感じることを出来るということも知ってほしいからです。路面電車の価値について昨今、日本でもやっと新規路線開通に向けての検討、具現化に動き出す都市が出始めましたが、単に利便性ではなく、『街との近さがもたらすメリット』も考えて欲しいと私は思っています。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!