2015年11月10日 20時25分

明知鉄道開業30周年(3)松茸三昧。

1日乗車券込みで5000円のきのこ列車。

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席に着くと既に配膳済み。

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中を開ければそこはきのこの舞い踊り。ロージ茸、平茸、イクチ茸、舞茸…。

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何と松茸!

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こちらもマツタケ!

ご飯は驚きのおひつが空になるまでお代わりし放題。

私は計3杯頂きました。

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もう一発まつたけ!

明智駅着は13;33なので乗車時間は53分と短めですが、30分ほどで完食。十分にきのこ三昧出来ました。大満足。リピーターが多いとも聞いていますが納得です。

2015年11月09日 20時21分

明知鉄道開業30周年(2)きのこ列車に乗車。

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平成27年10月24日(土)の恵那駅。

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明知鉄道恵那駅構内の明知鉄道お土産コーナー。なかなかの充実ぶりです。

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さて今回の「きのこ列車の旅」は、今年の1月31日に「トワイライトエクスプレスの旅」を誘ってくれた鉄道ライターの伊原薫さんからのお誘いで実現したもの。ところで私たちの座る場所はどこなのだろうと思っていたら、改札口の手前に申込者の代表者の名前を書いた「今日のグルメ列車座席表」が張り出されており、成程納得。それにしてもこの日は驚きの“食堂車”3重連。

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12:40発の列車はかくして堂々の4両編成。しかも満席です。そもそもきのこ列車は早々に満席となる大人気ぶりで、「乗りたい!」と思っても早めに予約しないと乗れません。ということで実は私、きのこ列車に初参戦。…どころか何と明知鉄道の食堂車に初めて乗りました。(嬉)

※この列車は食堂車だけではなく一般車もついている“急行”というのが面白い発想ですね。“食堂”専用列車ではなく沿線住民の足も確保しているのが素敵です。プラス月曜日運休と言うのもご愛嬌です。

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このアケチ6形から先が食堂車です。

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先頭車は恵那駅のホームにかかっていない。(笑)

「4両編成だから撮影したら絵になりそうだね」等と話しながら乗車。4両編成は流石にそうそうは走りませんから「農村景観日本一」の中を走る姿は、確かに車外から見てみたいものです。

(追伸)名鉄資料館が特別開館します。

普段は平日のみ開館で、なかなか行こうと思っても行くことが難しい名鉄資料館が11月15日(日)に特別開館します。この日は予約も不要。特別展として「名鉄の電気機関車(デキ)写真展」も行われています。特別開館は年に数回ありますが、これまで私のスケジュールと合わず、結局有給休暇を取って行きました。さてデキの写真でも見に行こうかな。

2015年11月08日 16時24分

明知鉄道開業30周年(1)C1274。

暫くサハリン(樺太)鉄道旅のシリーズをお休みし、明知鉄道開業30周年を記念して暫く明知鉄道について書きます。

明知鉄道の前身、国鉄明知線が全線開業したのは今から約80年前の1934年(昭和9年)6月24日。

その後、1985年(昭和60年)11月16日に現在の明知鉄道が誕生し今年で30周年を迎えました。記念行事は11月14日(土)に行われますがその詳細は明知鉄道のホームページでご確認下さい。

残念ながら14日に明知鉄道に行けない私は、その代わりと言っては何ですが「明知鉄道開業30周年セット」を注文しており自宅に届けてもらうようにお願いしています。

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さて2週間前の10月24日(土)、30周年に先駆けて私は明知鉄道を訪問しています。目的は「きのこ列車」への乗車で、恵那駅発が12:40ゆっくり目の時間だったこともあり、とりあえず恵那駅から歩いて10分ほどの恵那市中央図書館で静態保存されているC1274にご挨拶。

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屋根の下にあることから状態は上々。

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地元の方の愛情を感じるピカピカのナンバープレート。

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この機関車は昭和25年から明知線で活躍してきた地元ゆかりの1両。

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恵那駅と恵那市中央図書館の間にある古屋慶隆氏の銅像。大井町(現在の恵那市)出身の衆議院議員で明知線の開業に尽力されたそうです。

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銅像の隣にある石碑。こちらは「浅見与一右衛門顕彰碑」。

浅見氏は岩村出身の岐阜県議会議長~衆議院議員で、岐阜県で最初の電気鉄道「岩村電気軌道」(大井駅/現在の恵那駅~岩村駅)を開業させた功績が顕彰されています。

そもそもこうした保存蒸気機関車や銅像等の存在があまり知られていないのが残念ですが、折角の明知鉄道開業30周年ですので一度訪問されては如何でしょうか?

2015年11月07日 20時40分

サハリン(樺太)鉄道旅(34)静けさの中で。

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1日2往復の夜行列車だけが出入りするノグリキ駅。(貨物列車の運用は不明)

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午前の2本の列車到着後は夕方まではひっそり。売店(店内の撮影はNGでした)もあるのですが、商売として成り立っているのかを心配してしまうほどです。。

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たった一つ、壁面の真ん中にまるでそこだけ「何かあるぞ」とその存在を主張しているような切符売り場も静まり返っています。

私たちも暫くしてこの駅を去りました。ネットで検索しても「昼間に見るものがない」「やることがない」とかの言葉を見かけたノグリキの町。そこはそれ4人で動いているのでこの駅前かそれとも町中にはカフェもあるだろうから、ゆったりとした時間を楽しむことが出来るだろうと思っていたものの…。この続きに乞うご期待。

2015年11月06日 20時37分

サハリン(樺太)鉄道旅(33)オハへ向かう長距離バスに連絡。

ノグリキ(Ноглики)に10:00着。

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実際にはほんの少し早着の列車から乗客たちが降り立ちます。

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一足早く着いた普通列車との並び。

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ノグリキ駅から先にも線路は続いています。貨物線とのことで、ここから更に遠くの町を目指しているわけではなく、町の外れにあるこの駅からもう少し町に近づいた場所にある貨物駅が終点だそうです。

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ノグリキから更に200キロ北上した先にあるオハ(Оха)へ向かうバス。

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立っている方も見受けられ、もっとも途中のバス停で降りる方もいるのでしょうが、終点までは5~6時間かかるそうなので、座っていても大変そうです。

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走り去るバス。泥はねのついた車体と相まって何だか冒険への旅立ちの如く。日本でも昭和30年代位までは舗装されていない土の道路がまだまだ多く…、などと思い出話しが書けるほどの年齢になった私にとって珍しいというよりはどこか懐かしい気分でこの場に立っていました。

2015年11月05日 20時35分

サハリン(樺太)鉄道旅(32)マッシュポテトの朝食。

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列車内では車掌さんがいろいろなモノを売っています。

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また各車両にはサモアールという給湯器がついています。1991年のロシア号ではこれでカップ麺を作り食つなぎましたが、今回は車掌さんから買ったカップ入りの何か?

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「BiG BON」って何よ。ということになりますが正解はマッシュポテト。

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同行の方が車掌さんの販売していたものの中から朝食になりそうなものを見繕っていてたまたま見つけたとのこと。

ノグリキ到着まで20分ほどだったのですが、腹が減っては戦が出来ぬとばかりに頂くことにしました。

そのお味は、、、想定外のGOOD。期待していなかったと言ったら叱られそうですが、いやいやそれでもあえてこうして書きたくなるほどの満足度。

因みにというほどのことはありませんが、私はこの車内に日本茶のティーバッグと紙コップを持ち込んでいます。サモワールのあるロシアの夜行列車だからそうしたのですが、他の国の鉄道でこの設備があるところはあるのでしょうか?

2015年11月04日 20時32分

サハリン(樺太)鉄道旅(31)サハリン号の寝台(上段)。

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サハリン号の上段。日本の2段寝台とほぼ同じ感じです。パッと見、寝台がフラットで万が一寝返りでもしようものならベッドから落ちてしまいそうですが、この写真でマットの下に金属のバーのようなものが写っていますが、実際にはそれを引き出して立てて使うようになっていました。

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一方こちらは1991年のシベリア鉄道ロシア号の上段。そんな支えは無く落下の恐怖を克服するため、ホテルのバスルームで洗濯物を干すために持参していたロープでガードしていました。同室の方からは「稲見さん、ロープが体に食い込んでいましたよ」と言われたことがあり、今回はどうなることやらと思いつつ“進化”したベッドに安堵した次第です。

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さて往路の私の居場所は下段。(帰りは上段)

到着までの暫しの時間、惰眠をむさぼっていました。

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大自然と言う言葉が相応しい風景の中、未舗装の道路を行く1台のトラックと追いつ追われつ。どこまで行くのかな?何故か気になります。

2015年11月03日 20時29分

サハリン(樺太)鉄道旅(30)北緯50度を超える。

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朝霧を遠めにひたすら目的地ノグリキを目指す「サハリン」号。

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ノグリキまで123キロとなったティモウスク(Тымовск)に到着。旧日本領から北緯50度の国境を越えて旧ソ連領に入ったこの列車での最初の停車駅です。

7:39到着の7:54発で15分の停車時間があります。時間があるので暫し散歩。

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一番後ろの車両から全編成の見通し。

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移動して機関車からの全編成見通し。

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駅前にはティモウスク駅で降りたお客さんを乗せたバスが出発を待っていました。以前は日本の地方の小駅でも列車に接続するバスの姿を見かけた記憶がありますが、そんな光景は最近は減ったが気がします。

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鉄道歴史博物館の館長さんの撮影された写真に対抗してワンちゃんの写真。到底館長さんの域に達する事はありません。(当り前!)

2015年11月02日 20時23分

サハリン(樺太)鉄道旅(29)1列車に乗る!

夜の9時46分のユジノサハリンスク駅。

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闇に浮かぶ光。何となく幻想的な感あり。町全体に明かるさがあるわけではないので、駅舎の向こうの漆黒がより際立ちます。

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ユジノサハリンスク22:30発ノグリキ(Ноглики)行き1列車/急行「サハリン」号。

出発の30分前に乗車が始まりました。613キロ11時間30分の旅の始まりです。否が応でも気持ちが高ぶってきます。

PDF乗車券

乗車に当たってはこのプリントしたPDFの乗車券+パスポートのチェックを受けます。国際列車ではないにも関わらずパスポートを見せるのは不思議な感じですが、夜行列車ではそれがルールのようでした。

さてこの乗車券の矢印の部分に注目。ユジノサハリンスクの出発時間とノグリキの到着時間が書いてありますが、それぞれ「15:30」と「3:00」。不思議ですね。でも不思議ではないのです。

ロシアの鉄道は全てモスクワ時間で運行されており、サハリンとは7時間の時差があるためこのようになっています。参考までに駅構内に貼り出されていた時刻表はサハリン時間で掲示されており、この乗車券でやっとここがロシアであることを知らされました。

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寝台車は快適で、乗車後暫くして眠りにつき、目覚めたときには既に夜が明けていました。

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朝日が見え始めた7:08頃。森の木々の間から太陽が見え隠れ。まるでアートのごとくで思いもかけぬプレゼントをもらった気分。

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丁度その頃の寝台車の通路。まだ乗客の多くは眠りについていたようです。

2015年11月01日 20時10分

サハリン(樺太)鉄道旅(28)夜行列車に乗る前に腹ごしらえ。

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並木に夕日があたりいい感じ。

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この日の昼食が遅かったので晩御飯は少し時間をずらすことにしてしばし街歩き。

並木道はやはり心を癒してくれます。ところで写真には写っていませんが、ユジノサハリンスクの街に信号のある交差点はそれほど多くはありません。その代わり信号の無い横断歩道は至る所にあり、それもあるだけではなく車は「ほぼ」というより「必ず」停まってくれます。日本でも法律上はお横断歩道の一時停止はあるのですが、それはそれとしてなかなか停まってくれないのが現状です。それに比べてこちらのマナー(法律遵守)の良さは驚きです。

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されはさておきとりあえずWi-Fiの使えるカフェで一休み。そうっ!ユジノサハリンスクのカフェやレストランではかなりの確立で(フリー)Wi-Fiが使えます。日本でもそんな時代が来て欲しいものです。

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晩御飯はカフェで出て向かいにあったカフェテリアへ。

何だか日本の大衆食堂のような感じですが、一口食べればそこはロシア。

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ボルシチ、ピロシキとロシア三昧。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!