2015年12月03日 20時54分

サハリン(樺太)鉄道旅(53)豊原駅(昭和3年発行「樺太の鉄道旅行案内」から)。

今日は「豊原駅」。今のユジノサハリンスク駅です。

豊原駅正面

昭和3年発行の「樺太の鉄道旅行案内」にあった「豊原駅」(現ユジノサハリンスク)。樺太の中心地だけあり、堂々たる雰囲気を持っています。

豊原駅ホーム

その頃の豊原駅プラットホーム。ひょっとすると私達が夜行列車に乗り、そして降りたのはその時代をそのまま伝えているホーム…とか考えるとそれだけでワクワクします。

樺太庁鉄道

樺太庁鉄道旅客列車。8620のナンバーが見えますが、鉄道省8620形ではあるものの所謂8620形のトップナンバーではなく樺太庁鉄道のトップナンバーだそうです。理由は不明とのこと。そして2等車の車内。

樺太庁鉄道事務所

樺太庁鉄道事務所。

名古屋で言えば日本国有鉄道名古屋鉄道管理局の局舎でしょうか?もっともこの写真の撮影時はまだ国鉄になる前ですので表現が難しいですね。

サハリンの由来/アイヌ語由来

さて「樺太の鉄道旅行案内」には『サハリン』の名前の由来が書いてありました。それによりますとこの地の先住民族/アイヌの方達が「サハリン、モジリ」=「平原にして波の起伏するが如き状態の国」と呼んでいたからだそうです。諸説あるサハリンの地名の由来ですが、こうした発見が出来たのはサハリンに出かけたからですね。

Южно-Сахалинск-жд-вокз

最後にロシアになってからの豊原駅/ユジノサハリンスク駅。樺太時代の駅舎はいつまで使われたのでしょう?

    

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    プロフィール

    稲見部長稲見眞一
    <自己紹介>
    昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!