2016年01月24日 20時34分

私的昭和の鉄道/関東(4)総武流山電鉄。

現在の流鉄株式会社。2008年(平成10年)までは総武流山電鉄を名乗っていました。

1980_07_12総武流山鉄道5

この鉄道は常磐線「馬橋駅」と千葉県流山市の中心「流山駅」を結ぶ5.7キロの私鉄で、私が訪れたのは昭和55年(1980年)7月12日でした。

1980_07_12総武流山鉄道

総武流山電鉄の写真は今日UPしている5枚が全て。まずはクハ50形。後ろにモハ100形がいるはずの2連。当時の国鉄常磐線は乗車率200%越えの超混雑路線として知られており、にも関わらず旧式の電車が顔を出すこの駅は、一見別世界という感さえありました。

1980_07_12総武流山鉄道2

流山駅の側線に停車中の「銀河号」。首都圏新都市鉄道株式会社(つくばエクスプレス/TX)開通前は3両編成も走る路線で、乗客も多かったはず。というより朝夕の混雑は、小規模な鉄道としてはなかなかのものだった記憶です。

1980_07_12総武流山鉄道3

「流馬号」も3両編成。今は全編成にそれぞれの愛称がついていますが、全国的に見れば間違いなく少数派。名鉄のパノラマカーの様な一つの形式まるごとの愛称はあるとは思うものの、この鉄道は少数派というよりここだけなのかなあ?

1980_07_12総武流山鉄道4

くどいと言われそうですが、『昭和』な電車から見た『昭和』な点景。一度乗り直しに行こうかな。



ADVERTISEMENT

電子書籍「稲見駅長の鉄道だよ人生は!!」
稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ―各駅停写の旅―

カレンダー

2016年1月
« 12月   2月 »
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!