2016年02月21日 20時13分
昭和52年(1977年)2月17日のスタートは札幌市電から。
すすきのを6:52に乗り、西4丁目に7:35に到着。
この後、札幌の地下鉄を完乗し、9:21にさっぽろ駅に到着。
続いて札幌発8:58の急行すずらん2号で苫小牧へ。そのすずらん2号は定時なら乗れなかったのですが、9:34と遅れての出発だったことで乗れました。冬の北海道では列車の遅れは想定内のため、すずらんに間に合ったことでこうした選択をしたはずです。
苫小牧発11:14(実際には11:27)の4937Dで富内線日高町駅へ。到着は14:02(定時)。「12月25日祝SLホテルオープン」の横断幕があり、前年の年末に79616(9600形)+寝台車を使った宿泊施設がオープンしていた様ですが、この頃は脇目も振らずに乗り鉄をしており、今思えば泊まればよかったなどという感想となりますが、後の祭り。
この写真を撮影後、冬場も通行止めにならない国道274号線日勝峠(日高地方と十勝地方を結ぶ)をヒッチハイクで越えて富良野に抜け、その日は旭川に泊まっています。
それにしても北海道の方は本当に親切でというか、当時はヒッチハイクで旅する若者も多かった時代なので、多分ドライバーも慣れていたものと思います。
2月19日の勇網線(中湧別~網走)常呂駅。昭和49年2月10日に中湧別~常呂間を乗っていたものの、その時は勇網線全線を乗っていません。理由は…、雪害で中湧別から乗って列車が常呂で打ち切りになったためです。
昭和49年当時はまだ全線完乗など考えていなかったのでそれほどのダメージは無かったのですが、昭和52年にこの駅前に立った時は、結構メゲた気分した。
で、定刻13:12(実際には13:17発)の925Dで勇網線完乗。
相生線と言っても兵庫県ではなく北海道の美幌~北見相生を結んでいた線。その起点である美幌駅。
15:47発の727Dに乗り北見相生駅着16:53。そもそもこの相生線は釧路まで結ぶはずだったということでこの日は阿寒湖まで行き、翌2月20日に釧路まで抜けました。