2016年08月21日 15時15分

遠州鉄道で撮り鉄(6)30形の吊り掛けサウンド。

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折り返し11:48発なので、結構慌しい。と、何だか2両を増結するかのような雰囲気が…。

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30形と1000形は連結出来ない形式なので、昼からの増結準備だったようです。やっぱりね。

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慌てて駅外に出て駅舎の写真を1枚。その後速やかかに電動車25に乗り込みましたが、その「25」の乗客はほぼ同好の方と思われます。

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時間があれば車庫で休む電車も撮影したのですが、11:48発の電車で折り返す関係で時間が無く、車内からの1枚でお茶を濁した次第です。

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遠州西ヶ崎駅で電気機関車ED282とホキの撮影はお約束。到着して出発までのあっと言う間にかろうじて撮影。この駅では進行方向でホームの右側に着きましたが、そういう運用なのでしょう。

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積志で交換。んっ?右側通行?この写真だと良く分かりませんが、私の乗った電車は右側に向かい、ホーム反対側の電車は左側に向けて発車しました。

この駅からは列車交換を注意していたのですが、どうやら右側通行と左側通行が混在しているようでした。

2016年08月20日 20時13分

遠州鉄道で撮り鉄(5)続・さぎの宮駅。

本命の撮影は終わりましたが、この後30形が新浜松から折り返してくる電車に乗り込み音を楽しむ予定だったため、その出発時間までもう少しこの場で粘ることにしました。

などと私が主語で書いていますが、本当のところは「撮り鉄初心者」で「乗り鉄」である私の為に、同行者が「乗り」も組み入れた完璧なスケジュールを立ててくれていたのです。

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まずはさぎの宮発11:02の西鹿島行き。

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後追いで一枚。青空が気持ち良いですね。

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横位置。さぎの宮11:06発の新浜松行き。

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この場所での〆はさぎの宮11:18発の新浜松行き。たまにはこんなのもありかな?という1枚。

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吊り掛け電車の30形はさぎの宮発11:26。

モーターのある30形(25)ではなく、モーターのない30形(85)に乗車。何でかと言えば、25が混んでいたから。85はそれに比べ空いており、ほんの少し遠いところで唸りを上げるモーター音を楽しみました。

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西鹿島到着。同じホームの向こうに電車が止まっている終着駅の風景。

2016年08月19日 20時10分

遠州鉄道で撮り鉄(4)さぎの宮駅で30形を撮る。

この日の最終的な目的は大井川鐡道のビール列車。ここ数年、毎年呑み(乗りではありません)に出掛けているのですが、ただそれだけでは勿体ないので、浜松工場の「新幹線なるほど発見デー」とスケジュールがあった年はそこに出掛けてからであったり、そうでない年は天竜浜名湖鉄道の「転車台・鉄道歴史館見学ツアー」に参加したりした後、集合場所の新金谷に向かっていました、

で、今年は同じく参加する鉄友さんに「前半戦はどうします?」と『同行したい』という下心ありありで聞いたら、「遠州鉄道で30形を撮って、大井川でジェームス・川根路を撮影の予定です。ご一緒しませんか?」とのありがたいお言葉。二つ返事でありがたく連れて行ってもらえることになりました。

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ということで10:38に「さぎの宮駅」で下車。定番のお立ち台でまずはさぎの宮10:42発進浜松行きで肩慣らし。

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続いて新浜松駅で見かけた30形を撮影。定期列車ではなく回送でしたが、単線で12分間隔なのに更にこんな電車が走れるなんてある意味、凄い。

さて先に「30形を撮影」と書きましたが、狙いの30形はこれではありません。

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10:54過ぎ、新浜松に向かう本命の30形の編成/モハ25+クハ85が登場。この電車の運転は遠州鉄道の公式ウェブサイトでも鉄道ファン向けにわざわざ紹介されるほどで、この日の多くの鉄道ファンがこの地にやってきていました。

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この電車は、モーターから車輪に動力を伝える方式が吊り掛け駆動という昭和の時代は当たり前に見られたものの、今は本当に数少なくなったタイプの電車で、外見よりは、車内に響くその豪快なモーター音が人気です。

2016年08月18日 20時08分

遠州鉄道で撮り鉄(3)新浜松駅。

浜松駅に10:07着。青春18きっぷではなく、マナカで乗ってきた残念な私。

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313系R101編成とはここでお別れ。

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遠州鉄道の新浜松駅は徒歩数分。この日は何かイベントはあるようで、その準備が行われている中を歩きます。

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「あかでん1日フリーきっぷ」(1000円)を買って早速ホームへ。

おっ、30形(モハ51+九派1)が停車中。何と幸先の良いことよ。しかしその電車には乗らず2000形2001編成の新浜松10:24発西鹿島行きに乗車。

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遠州鉄道は全線単線にも関わらず何と12分間隔。頻繁に対向列車と行き違います。八幡駅でも交換。

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遠州鉄道は、昭和51(1976)年6月2日と昭和61(1986)年10月5日の2回乗っていますが、その違いは高架化前と後です。自動車学校前駅で高架を降り、私の知る風景が戻ってきました。

※昭和61年は曳馬までしか乗っていません。

それよりお恥ずかしい話しですが、助信駅~上島駅間が高架になったのを知りませんでした。鉄道誌をちゃんと読んでいないことが露呈しました。

2016年08月17日 20時06分

遠州鉄道で撮り鉄(2)313系がいつもと違う???

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313系R101編成。

乗車しているのはクモハ313 3013。

昨日の写真では、乗務員室窓の向かって左側の所に、車内を見渡すミラーが写っています。

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東海道本線のいつもの313系では見かけない注意書きあり。

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ワンマン運転設備がある。

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転換クロスシートではなく固定クロスシート。

この他にも押ボタン式半自動扉もあり。

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この写真は、本当は豊橋駅から乗り込む予定の鉄友が、弁天島駅で私の乗った電車を待ち受けて撮影してくれました。

よく見れば2両+2両+4両の計8両編成。しかも前5両で5基のパンタグラフという豪華さ。

東海道本線の新快速で支線用のワンマン対応車に乗るとは思っておらず。こういう不意打ちは楽しいですね。

いつもならこの区間では多分、寝るかスマホを見ている私ですが今回だけは特別でした。

2016年08月16日 20時50分

遠州鉄道で撮り鉄(1)313系に乗って浜松へ。

2016年8月6日(土)。今夏の最初で最後のお楽しみデー。遠州鉄道・大井川鐡道で撮り鉄し、その後は恒例「ビール列車」。さあ今日も一日忙しいぞ!

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まずは金山8:33発の東海道本線新快速で浜松に向かいます。で、この写真を見て何だかこの313系って???あれっ?と思った方は313系の『通』です。私は外形では気付かず乗ってから気付きました。詳しくはまた明日。

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刈谷駅で普通電車豊橋行きに接続。で、この写真ですが、私は先頭車の一番先頭のシートに座っています。に乗っています。が、普通電車の先頭は更に豊橋方です。

普段使わない路線なのでよく分からないのですが、私にとってこうした感じの停車位置は経験が無いですね。

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愛知御津近く。ノンビリした田園風景。すいません、ただ撮っただけで特に意味はありません。

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豊橋駅は9:25着。名鉄電車を横目に更に先へ進みます。JR在来線で豊橋を越えるのは1年ぶりかな?

2016年08月15日 20時35分

T氏がかつて「鉄ちゃん」だった頃(5)私にとって垂涎の記念券。

さよなら魚沼線

まずは「さよなら魚沼線乗車券」。

昭和59年(1984年)に廃止されたこの線に、私は昭和53年(1978年)5月8日に乗っており、このブログでは昨年(2015年)4月25日にUPしています。それにしてもこのような乗車券が発売されていたのは驚きでした。

熊谷線廃止1

東武鉄道熊谷線廃止記念乗車券。

熊谷線廃止2

昭和58年5月31日まで有効と書かれており、その通り!と思った次第。

熊谷線廃止3

蒸気機関車の列車に乗ったことは当然ありませんが、こちらの気動車は乗っています。

名古屋暮らしの私から見て、埼玉県という場所は、気持ち的に意外と遠かったりします。そういえば千葉県の房総半島も遠かったのですが、今は、名古屋~品川~羽田空港~高速バスのルートがあるので以前よりは身近な印象です。

小坂鉄道1

最後は昭和57年10月1日発行の「全線改軌20周年記念」切符。

小坂鉄道2

ナロー時代の小坂鉄道は、今も「小坂鉄道レールパーク」で保存されている蒸気機関車や客車で知ることが出来ます。

今回紹介したT氏の数々のコレクションはまだほんの一部です。昭和の時代は遠い昔になってしまったことを実感しつつ、一方で堪能させてもらいました。(T氏に多謝)

2016年08月14日 20時33分

T氏がかつて「鉄ちゃん」だった頃(4)乗車券あれこれ。

指定席特急券硬券

新幹線指定席特急券に見えないけど「指定席特急券」。

指定席特急券硬券裏面

裏面に指定席が書かれているパターンは、少なくとも私のコレクションにはありません。

何を凄いって思ったかというとこの列車が「新幹線」だからです。「桶川」駅の発行ですが、こうしたスタイルの発券が一般的だったのでしょうか?

周遊券

周遊券シリーズ。

東北周遊券が1年違いで値上がりしており、そういう時代だったことを改めて実感です。

もう1点、「十和田湖」駅の途中下車印。十和田湖駅は国鉄の『駅』でしたがバスの駅で、バスだけでは無く鉄道の乗車券も発売していました。

私はここを昭和48年(1973年)9月11日に通っていますが周遊券に途中下車印はありません。多分、バスの『駅』で途中下車印を押してもらう発想が私には無かったのでしょう。

2016年08月13日 20時29分

T氏がかつて「鉄ちゃん」だった頃(3)東北・上越新幹線上野開業。

T氏のコレクションで一番心惹かれたのが東北・上越新幹線上野開業の試乗券。

東北・上越新幹線試乗記念

乗車日は昭和60年3月10日。開業の4日前ですね。

東北新幹線 試乗案内状

仰々しい招待状。こうしたものを見たのが初めてですので、いつも形態で配布されるものかどうかの判断が出来ませんが、もしもこうした書状が届いたら、それだけで気分が高揚しそうです。

東北新幹線 パンフ1

こちらはパンフレットです。

東北新幹線 パンフ2

「良くぞ取っておいてくれました」と声を掛けたくなるほど史料価値の高い内容です。(私個人の意見です)

こうした資料類ですが、意外と残すのは難しいです。やはり家のスペース問題が大きいのですが、私自身、今思えば貴重な歴史資料となり得たモノでも、その殿堂入りは写真やグッズを優先して処分した可能性があります。記憶に残っていないのが返って幸いで、もしも覚えていたら悔やんでも悔やみきれない事態に身悶えしていたかも知れません

2016年08月12日 16時50分

名駅物語~地名になった駅の130年~

KITTE名古屋2

名古屋の新名所/KITTE名古屋。

KITTE名古屋1

そのアトリウムで「名駅物語 地名になった駅の130年」と題して、名古屋駅の開業から今年までの歩みを写真、地図、資料類で振り返る展示が始まりました。

KITTE名古屋3

私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスでは、この展示に所蔵写真、地図、資料類の提供で協力させていただいています。

1942 鉄道温故資料 初代駅舎 名古屋鉄道局

130年前の開業時の写真。名古屋駅の歴史を語る際には必ず登場する1枚ですが、当時の写真はこれしか残っていないとされています。今回は1942年に発行された「 鉄道温故資料」という本に掲載の写真です。

2016 名古屋駅

こちらは今年の姿。この2枚の写真を繋ぐ名駅のドラマは是非、会場でお楽しみ下さい。

8月21日(日)までの開催で入場無料です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!