2016年12月24日 15時32分
平成28年11月6日(日)。
国鉄奥行臼駅舎のある位置から少し手前に来た右側のところに別海村営軌道の自走客車の乗降場があったはずですが、さすがに何も残っていないこともあって、それを思い描くことは出来ません。
さようなら、道東の簡易軌道。
さてここからは現実との戦い。翌7日(月)は通常勤務で朝の出勤時間に間に合わせるべく移動開始です。
今回のルートは
1)釧路空港発20:10のJAL544便で羽田へ移動。
2)品川駅近くのホテルで1泊。
3)明けて7日の早朝の新幹線で帰名。
バス見学会の釧路市博物館への戻りがあと30分早ければ、釧路空港19:05発のADO74便に搭乗出来、それに間に合えば新幹線で名古屋まで戻れるのですがそれはやはりリスクが大きく断念。
で、釧路空港に着いたらADO74便は2時間半遅れ。原因は新千歳空港の雪害で、要は機材の遣り繰りによるものですが、この時点で新千歳空港の様子をネットで調べたら、欠航便を出ている状況でした。
まあ結局、日曜日中には名古屋に戻れなかったということです。
今回の渡道から既に1か月半が経ちました。
こうしてブログの原稿を書きつつ北のナローに改めて思いを馳せています。
最後に今回お世話になった方たちのお名前です。
*釧路市博物館学芸員 石川孝織氏
*釧路製作所 奥山道紀氏
(バス見学会での解説・案内役)
*簡易軌道の研究者/清水一史氏
*簡易軌道の現役時代を撮影していた西村光氏
*浜中町営軌道OB/青田豊氏、井上崎男氏
*別海村営軌道OB/沢田正氏
*浜中町教育委員会の皆さん
*別海町教育委員会の皆さん
*釧路臨港鉄道の会の皆さん
(余談)
釧路に行くと毎回、釧路臨港鉄道の会の方やそのお仲間の方たちと懇親しています。(今回で4回目)
顔馴染みになった方もいれば、今回お初の方や、スケジュールが合わず残念ながらお会いできなかった方もいます。
鉄道だけの旅より人との触れ合いが嬉しい旅。歳のせいかそうした温かみを求めて釧路に出かけているのかもしれません。