2012年01月18日 21時20分

筑波観光鉄道(1)。

「筑波観光鉄道」という会社名より「筑波山ケーブルカー」の方が通りが良いですね。

私はこのケーブルカーに、平成14年1月19日(土)に乗車しました。
その前日の1月18日(金)、東京で会議があり1泊したので、その余勢を駆ってこの日、筑波を目指しました。

当時は『つくばエクスプレス』の開業前だったこともあり、取りあえず「東京駅八重洲口」から「筑波山」行きの高速バス(関東鉄道ではなくJRバス)に乗り込みました。

「東京駅八重洲口」からの発車は09:10、「筑波山」到着は10:50でした。
バスの終着は「筑波山」と名乗っていても、ケーブルカーの乗り場に近い訳ではなく、廃線となった「筑波鉄道(関東鉄道)筑波駅」のあったところで、現在は紛らわしいということでその場所は「筑波山口」と名称変更となったようです。
何れにしろ私は、その「(旧)筑波山」停留所からケーブルカーの始点である「宮脇駅」(上段写真)までタクシーで移動し、11:20発のケーブルカー(下段写真)で「筑波山頂駅」を目指しました。
余談ですが、最初は高速バス「筑波山」(路線バスでは『筑波駅』停留所)からバスを乗り継ごうと考えていたのですが11:25発まで35分待たねばならず時間の都合で諦めました。

またケーブルカーの「筑波山頂駅」は、当時、私が現地で入手した観光パンフレットには単に「山頂」と記載されており、今回の話題を書くために自身の記録帳を見直していて、単に「山頂」とだけ書いてあるのに気付きました。あるまじき失態です。

ところで車両の愛称名は写真にあるのが「もみじ」で、もう一両は私の乗車当時は「つつじ」でした。
2両とも今は塗装が変更され、「つつじ」の方は今は「わかば」を名乗っています。

2012年01月17日 21時08分

高尾登山電鉄(2)。

高尾山ケーブルは、その公式HPによれば全長1キロ。
高低差が271メートルで、最急勾配は31度18分。この31度18分はケーブルカーで『日本一』の急勾配で、と言うことは、日本の“鉄道”の営業路線での最急勾配となるでしょう。
確かこの上段写真の辺りが『最急勾配通過中』で、良く見ると「行き違い箇所」を通り過ぎた所から、グッと坂がきつくなっているのが見て取れます。

一方、車窓に目を向ければ、目の前に広がっているのは、冬の寒々しい景色ながら、それはそれは雄大なものでした。この時、私が何を考えていたかと言うと『ケーブルカーは“麓(ふもと)”側が特等席』というごくごく当たり前のことでした。

そして到着した下段写真の「高尾山駅」(駅舎の「驛」の表示に時代を感じます)は山小屋風で、しかも堂々と佇んでいました。
写真ではあまり人が写っていませんが、この瞬間を結構、この位置で待った記憶が蘇りました。

ここから高尾山薬王院まで暫く歩き、ちゃんとお参りしてから帰路につきました。
さてこの高尾山で私は何をお願いしたのでしょうか?
決して「今年も鉄道の旅が楽しめますように」といったことではなく、「家族と自身の健康」だったと思います。初詣に限らず、神社仏閣での参拝時、私はいつもこう願いを込めており、やはり家族と自身の健康が無ければ、“趣味”を楽しむなどということは到底あり得ません。おっと危ない!結局は自分が“鉄道”を楽しむための『家族の健康祈願ですか?』と言われてしまいそうです。

ところで1月も半ばになってから言うのも何ですが、このブログを読んでくださっている皆さんにとって、今年が良い1年であることを祈っています。

2012年01月16日 21時05分

高尾登山電鉄(1)。

昨年の2月9日の『立山黒部アルペンルート(5)黒部ケーブル「黒部湖駅」』の話題以来の「ケーブルカー」の登場です。
暫く「ケーブルカー」にご乗車ください。

まずは高尾登山電鉄。「高尾山ケーブル」と呼んだ方が、通りが良いかも知れませんね。

この高尾山ケーブルに、私は平成14年1月21日に乗っています。
私の手元の記録帳ではこの日、中央本線高尾駅からの足取りが残っています。
まず中央本線高尾発10:20、高尾山には向かわず、四方津着10:40。ここで「鉄道」の範疇ではないコモア・ブリッジ(このブログでは平成22年10月31日にUP)に乗り、この後、四方津発11:16で高尾着11:45。
京王電鉄高尾線に乗り換え、高尾発11:48で高尾山口着11:50。
(着発時刻は私の手元の時計によるもので、実際のダイヤと異なる場合もあります)

数分歩いて高尾山ケーブル「清滝駅」発12:00。
「高尾山駅」着12:05頃。

この日は天候に恵まれ、1月も下旬でしたが高尾山薬王院への初詣で客もまだまだ多く、『高尾山ケーブルカー』は真冬の閑散期と思い込んでいた私の予想は見事に覆されました。
※ケーブルカーは平成20年に新しい車両となりましたが、私はまだ見ていません。

2010年10月25日 9時08分

青函トンネル記念館からの帰りはバスで。

私のブログでは多分、初登場のバスです。

青函トンネル記念館から函館へは
三厩村の村営バスで津軽線三厩駅へ。
その後、津軽線、海峡線と乗り継ぎました。
そしてこのバスがなかなか良かったです。
※始発の「灯台」出発時の乗客は私一人。
乗車料金は1乗車200円均一で、
それが如何にも『村営』を感じさせました。
また「灯台」を出たバスは「龍飛漁港」バス停経由で
「三厩駅」に向かうのですが、「龍飛漁港」の「龍」に注目!
「竜」では無かったのです。
で、あとで調べたら、地名は「龍」を使っていると知りました。
例えば「龍飛崎」だったりします。
自身の浅学を恥じた次第です。
それはさておき、東北らしい漁村を抜けていったり
風情があり、乗客も地元の人しかおらず、
こんな経験が出来たのも『ケガの功名』だったかもしれません。

(三厩村営バス)
「灯台」発12:05
「三厩駅」着12:42

(津軽線)
三厩駅発13:03
蟹田駅着13:44
●蟹田駅前の“食堂”で遅めの昼食。
 帰る目処もたちやっと食事をする気になった。
 親子丼を食べたことを書きながら思い出した。

(津軽海峡線)
蟹田発14:39
函館着16:46

そしてANAで帰名。

私のブログを見ていただいている方は
「トラブル」「悪天候」が結構あることで、
話しとしては楽しんでもらえているのでは思っていますが
実は「家族」との「トラベル」でも結構トラブルのある私です。

2010年10月24日 18時16分

青函トンネル記念館/体験坑道

海面下140メートルにある体験坑道です。

ここは実際に作業坑として使われていた一角が
展示ゾーンになっており、写真の様な人車も展示されています。

見学時間は大体30~40分程度で、
今朝UPした往路・復路のケーブルの時間内でも
一周することはできますが、一本遅らせても良いかも。

この人車の他にも掘削に使われた機械・器具もあり
「鉄」として、世界に誇るこのトンネルの
完成までの道筋を知ることは有意義だと思いました。

なお、青函トンネル記念館の屋外にも人車等の展示があり
記念館の外も楽しめます。
余談ですが、当時“階段国道”でブームとなっていた
国道339号線は、この記念館の直ぐ横にあり、
単に、記念館と灯台だけが見所ではありません。

まあ、こういったことが書けるのは
「吉岡海底駅」のアクシデントのおかげですね。
人生は前向きに考えましょう。

2010年10月24日 9時08分

竜飛斜坑線、いよいよ出発。

線路らしきものの上に何か鉄板?
ケーブルの出発前はこの板は線路を塞いでいます。

そして出発時間が近づくとこれが開き始め、
全開になるといよいよ出発です。
※この一連の動作がもの凄く「期待感」を高めてくれました。
 テーマパークのアトラクションみたいだとは思いましたが
 こちらは『演出効果』を狙った作り物ではなく
 “本物”です。ドキドキ感というか高揚感に違いあり!
 と、思うのは“鉄”分の多い私だけでしょうか?
この装置の存在理由を聞いたのですが忘れてしまいました。
記念館の方、申し訳ありません。

(往路)
青函トンネル記念館発10:38
体験坑道着10:47

(復路)
体験坑道発11:15
青函トンネル記念館着11:22

ところで、ケーブルカーは起点が麓にあって
登っていくというのが一般的だと思うのですが
起点から下っていくのは私にとって初めての体験でした。

なお、私の乗った起点から下っていく他のケーブルカーは、
所謂『鉄道』ではありませんが、
高知県祖谷(いや)温泉の「ホテル祖谷温泉」や
オーストラリアの観光施設のケーブルなどがあります。

2010年10月23日 18時09分

青函トンネル記念館「青函トンネル竜飛斜坑線」。

正式には“財団法人”青函トンネル記念館
「青函トンネル竜飛斜坑線」。

●軌間…914ミリ
●全長…778メートル
 ※平成14年当時の記念館のパンフレットには
  『日本一短い鉄道』とありましたが
  現在、記念館の公式HPでは
  『日本一短い私鉄』となっています。
●所要時間…下り⇒9分、上り⇒7分(平成14年当時)
 ◆青函トンネル記念館~体験坑道
 ※記念館公式HPに記載の所要時間は8分ですが
  上り、下りの平均をとっているのかもしれません。
●車両の愛称…もぐら

本論とは外れるかもしれませんが、
青函トンネル記念館を見学するには
1)記念館入館料…400円(当時)
更に竜飛斜坑線に乗るには
2)体験坑道乗車券…900円(当時)
が必要で、この「乗車券」と銘打っているのが
「観光施設の遊具の鉄道」ではない「鉄道」たる由縁ですね。
(やや無理やりな解釈か?)
なお、乗車券の裏面は「体験証明書」になっており
海面下140メートルまで行ったことが証明されています。

(追伸)
ここからこのブログのカテゴリーが「北海道・東北」から
「トラム・ナロー・鋼索」に変わります。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!