2012年01月29日 18時19分

南海電気鉄道・鋼索線(1)特急「こうや1号」。

今回から関西のケーブルカーです。以前にも中部・関西以西のケーブルカーについてこのブログで書いていますが、これで未紹介の各ケーブルカーについて全てUPし、私のケーブルカー“乗り歩き”は一旦終了です。

さてまずは南海電気鉄道・鋼索線です。一般的には「高野山ケーブル」ですが、正式には『高野山』の文字は線名には入っていません。

その高野山ケーブルに乗車したのは平成15年11月1日で、名古屋を6:40発の「のぞみ39号」で新大阪まで行き、大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り継ぎ、南海難波(なんば)発8:10の特急「こうや1号」(今回の写真)に乗車。高野線の終点『極楽橋』を目指しました。
※ホームの行き先案内は「高野山」の文字が大きく、その横に小さく「極楽橋」と表示されていたのには、乗客サービスとしては至極当然と受け止められ、違和感はありませんでした。
実際、極楽橋で『下車』する乗客は殆どいないはずです。

参考までに南海電鉄のHPでも今回の私の目的である「高野山ケーブル」は、「鋼索線」(もしくは高野山ケーブル線)といった独立路線扱いされていません。
どういうことかと言えば、高野線の延長上に「ケーブルカー」と記載はされてはいるものの、高野線の終点「極楽橋」駅に発着する全列車が“直通”する形に掲載されています。

2011年02月10日 8時01分

立山黒部アルペンルート(7)関電トロリー「扇沢駅」

私が立山黒部アルペンルートを踏破した平成6年(1994年)は、
関電トロリーが開業して30周年にあたり、
扇沢の駅にはその記念横断幕が掛けられていました。
ところでこのルート、
昭和29年…「立山ケーブル」
昭和30年…「高原バス」(全通は昭和39年)
昭和39年…「関電トロリー」
昭和44年…「黒部ケーブル」
昭和45年…「立山ロープウェイ」
昭和46年…「立山トンネルバス」が開通して全線開業。
となっており、この一枚の横断幕は
結構意味合いがあるものと思っております。

そんな歴史はさておき、「関電トロリー」(立山トンネルバスも同じ)で
思い出したことが1点。
狭いトンネルを突っ走るバスの運転手さんの運転技術には
驚かされました。
本当はそんなにスピードは出ていないのでしょうが、
何せ壁が近く圧迫感があり、もしも私が運転したら間違いなく、
間違いなく壁にぶつけていると思いました。
それと、トンネルの真ん中の信号所で対向車と行き違ったのですが、
何台も連なったバスが“交換”する光景は「鉄道」と違って
車両が連結されていないだけに不思議な感じでした。

(皆さんの感想をお聞きしたいこと)
それは「立山トンネルバス」のこと。
平成8年に“電化”され「立山トンネルトロリーバス」となっています。
トロリーバス化された後に私は乗っていませんが、
これを乗った路線としてカウントしておいて
良いものかどうかについてです。
非電化の路線が電化されても、当然の事ながら元々線路があるため、
それは全く気にしていなかったのですが、こうした場合は想定外。記録ホルダーの立場では、やはり乗りに行くべきなのでしょうね?

2011年02月09日 18時20分

立山黒部アルペンルート(6)関電トロリー「黒部ダム駅」

昨年の6月14日、このブログでも
この「関電トロリー」をUPしていますが、
その時は、平成6年当時の話しはUPしていないので
2度目の登場をお許し下さい。

「立山黒部アルペンルート」もしくは「黒部ダム」の公式HPの
車両写真と見比べていただければ良いのですが
この車両、実は今は走っていない旧車両200型です。
如何にも昭和を感じさせるデザインは、
まるで『ブリキおもちゃ』の様な愛らしさです。
(そう思うのは、私だけ?)
ところで先回UPした300型は、
200型から車体デザインの変更だけではなく、
VVVFインバータ制御方式など当時の最新技術が取り入れられています。

「黒部ダム」~「扇沢」間、6.1キロを16分で結ぶこのトロリー、
私が生まれて初めて乗ったトロリーではなく、
以前、ヨーロッパで乗ってはいるのですが、
それが日本で初めてとなればやはり感慨はありました。

乗ってみての感想は、正直、覚えていません。
乗客が多かったのと、同行者もいて落ち着いて『堪能』できるような
状況ではなかったかと思います。
※「ディーゼルエンジンのバスと形は同じでも
走行音の静けさには驚かされました」と
想像で書くのは簡単ですが、やはりここは正直に…。

「黒部ダム」公式HP内のコンテンツ「日本唯一のトロリーバス」は、
私のようなメカ初心者には分かりやすい内容と思います。
お勧めです。

2011年02月09日 9時08分

立山黒部アルペンルート(5)黒部ケーブル「黒部湖駅」

全線で0.8キロ、駅間標高差373メートル、
最大勾配31度の黒部ケーブル「黒部湖駅」です。
起点から乗車して、下っていく感覚はちょっと不思議な感じです。

「黒部平駅」発13:00のケーブルは、
何もない(当たり前ですが)コンクリートの筒の中を
ひたすら「黒部湖駅」目指し「黒部湖駅」には13:05到着。

そう言えば思い出したことが一つ。
乗客の方達が、このケーブルの中だけはあまり会話を
されていませんでした。
分かるような気もしますが何故だったんでしょう?
ところでこの話し、覚えていてもしょうがないことを時々思い出す
“年配者”の習性でしょうか?

俗に言われている“「地下鉄」のようなケーブルカー”という表現が
ピッタリ過ぎて『恐れ入谷の鬼子母神』(おそれいりやのきしもじん)と
思わず若い人には辞書を引いても理解不能な言葉が
思わず頭に浮かんでしまいました。

そんなことはどうでも良くて、
間違いなく『絶景』の真っ只中を走るケーブルが
全線地下はあまりにも勿体無いのですが
“自然保護”“雪害防止”の観点からの選択なので致し方ないですね。
せめて珍しい「地下ケーブルカー」ということだけを
ひたすら楽しみましょう。

2011年02月05日 18時00分

立山黒部アルペンルート(4)黒部ケーブル「黒部平駅」

写真は、日本では“唯一”の「全線地下」を走るケーブルカー
『黒部ケーブル』の「黒部平駅」です。

(参考)
青森県の「青函トンネル竜飛斜坑線」は全線地下とは言えないそうです。
何故なら「青函トンネル記念館駅」は一見、地下駅に見えますが、
実際には建物の中にあって“地下”ではないからとのこと。
よって「全線地下」は『黒部ケーブル』だけだそうです。

さて、平成6年7月6日、「弥陀ヶ原ホテル」を出発した私は、
バスで「室堂」に向かい、暫し散策(取材の下見です…)。
昼食後に、「室堂」発12:15の“立山トンネルバス”で「大観峰」へ。
※当時“立山トンネルバス”は、現在の様なトロリーバスではなく、
普通のディーゼルエンジンのバスが走っていた。

「大観峰」発12:40のロープウェイで「黒部平」へ。
そしてこの写真の「黒部平駅」に至るということですね。ふうっ。

余談ですが、この訪問時、このルートの『広報担当者』から、
そのロープウェイが輸送能力の問題から「立山黒部アルペンルート」の
ボトルネックとなっており、
ハイシーズンともなると乗客の行列が出来る“名所”だと聞きました。
この『待ち』があるかどうかでこのルートの
所要時間が変わるとも仰っており、
今もそんなに状況が変わっているとも思えないので
“ケーブルカー”&“トロリーバス”の『乗り鉄』の方は
訪問時にはその辺りのことも考えてスケジュールを
組立てたることをお勧めします。

2011年02月05日 8時03分

立山黒部アルペンルート(3)立山ケーブル「美女平駅」からの眺め。

「美女平駅」からは絶景が望め、思わずこんな写真を撮っていました。

ところで仕事で「鉄」をしておいて何ですが、
このケーブルの乗車日である平成7年7月5日から、
私はケーブルカーの乗車記録をつけ始めました。
昨年の10月8日にUPした「丹後海陸交通」や
そのうちUPしようかと思っている「箱根登山鉄道」のケーブルは
大学生の頃に乗ってはいるのですが、記録をとっておらず
改めて乗り直しています。
この「立山ケーブル」、実は私にとって「ケーブルカー」完乗への
『第一歩』という記念すべき路線でした。

さて、私はこのブログで「立山ケーブル」という名称を使っていますが、
『鉄道要覧』では、後日ここでUPする予定の
「黒部ケーブル」も含め線名は“鋼索線”となっています。
正式名称となれば“鋼索線”を使用すべきでしょう。
一方、「立山黒部アルペンルート」の公式HPでは
それぞれ『立山ケーブルカー』『黒部ケーブルカー』となっており、
この線名を使うことも考えたのですが、
好みの問題と言う事でお許し下さい。

また「立山黒部アルペンルート」と言えば、
その知名度は高いと思いますが、この名称は昭和45年からで、
意外なこと(と言えるかどうかはわかりませんが)に、
このルートの全通は翌昭和46年で、
一足早い“名称”のお披露目でした。

(余談)
社名の「立山黒部貫光」にある「貫光」って一体なんでしょうか?
少なくとも辞書には無い言葉です。
今回のブログを書くにあたり公式HPを見てみました。
それによれば「貫」とは時間のことで、
「光」は宇宙空間、大自然を意味し…、
思いのほか壮大で高邁な理念に基づく
「造語」であることはわかりました。
以前、取材時に聞いているはずなのですが思い出せないので
調べ直した次第です。
人間は忘れる動物である・・・。

2011年02月04日 18時17分

立山黒部アルペンルート(2)立山ケーブル「美女平駅」。

平成6年7月5日、富山地方鉄道の「電鉄富山駅」発12:51に乗車。
「立山駅」着13:53.
立山開発鉄道「立山駅」発14:00に乗車。
写真の「美女平駅」には14:07に到着しました。
わずか7分間の出来事でしたが、風景の良さはじっくり楽しめました。

『立山黒部貫光』のHPによれば、
この立山ケーブルの開業は昭和29年(私の生まれた年。
それだけでも親近感が湧くと言うものです)ですが、
今の「立山駅」は開通当時「千寿ヶ原」という駅名で、
昭和45年に「立山駅」と改称されています。
※富山地方鉄道立山線の現「立山駅」も同じタイミングで
「千寿ヶ原駅」から改称されています。

そうっ、「千寿ヶ原」と言えば昨年8月21日にUPした
『立山砂防軌道』の「千寿ヶ原連絡所」を思い出します。
ケーブルの開業時は、同じ名前だったんですね。

(余談)
写真に写っている男性ですが、ちゃんとブログ掲載の「承諾」を取っています。
私が連絡しなかったら、多分、本人が見ても自分とは気付かなかったかも。何せ16年の年月が流れています。

2011年02月04日 8時02分

仕事「鉄」で『立山黒部アルペンルート』へ。(1)

立山黒部アルペンルートを仕事「鉄」で踏破したのは、
平成6年の7月5日~6日です。

その年、富山側からですと「室堂」の少し手前、
広大な湿原が広がる弥陀ヶ原高原にある「弥陀ヶ原ホテル」が改築され、
これに伴い旅行代理店やマスコミ関係者の招待宿泊があり、
私も番組の下見を兼ねてそれに参加しました。

写真は、立山ケーブルの富山側の起点「立山駅」で、
今は、この先、黒部湖までの交通機関全てが
『立山黒部貫光』になっていますが、
当時、立山ケーブルは『立山開発鉄道』の路線でした。
(平成17年に『立山黒部貫光』と合併。現在に至る)
また、車両が現在のモノではなく、初代のものである点が
たかだか十数年前であっても時代を感じさせ、また懐かしいですね。

1.3キロの距離、駅間標高差502メートル、
平均勾配24度を7分で結ぶこのケーブル、
写真でも分かるように麓側に“貨車”が連結されていることが
多いのが特徴で、山男達のリュック等を運んでいました。
(「今も、」ですので「運んでいます」が正解ですね)

2011年01月30日 18時09分

妙見ケーブルをご存知ですか?(2)

今回、この妙見ケーブルをこの時期にUPしようと
思ったきっかけは、実のところ冬季休業中であるということ。
「ケーブル山上駅」周辺にはちょっとした公園と
ハイキングコースがあるにも係わらず、
冬季休業期間中は土日でも運転されていません。

そんな話しは少しお休みして、
写真は高低差229メートルを毎日(今は…ですが)行き来している
車両で「ほほえみ号」と言います。
写真より実物の方が、多分、色の感じが良くみえるはずです。
小ぶりな車体ですが、昭和35年の開業時からズーっと使われており
既に齢(よわい)50年を超えています。
ということは1月9日にUPしたオーストラリア/シドニー近郊の
「ジグザグレイルウェイ」の気動車と同い年で
向こうでは保存観光鉄道の『ビンテージカー』、
こちらではバリバリの現役車両という違いがあります。

ところで、神社仏閣への足としての鉄道が開通した事例は
枚挙に遑(いとま)がないですが、所謂鉄道線が旅客の減少により
相当数が廃線となっている一方、
多分、一般の鉄道線に比べ、少人数の乗客でも
経営的にはやっていけるであろう
ケーブルカーはまだまだ踏ん張っていると言っても
過言ではないと思っていましたが…。

とはいうものの、本来、安定した需要とも言える参拝客を運ぶことが主力で、
冬という季節要因のある観光路線ではないはずの妙見ケーブルでさえ
この状況ということは、やはり他の地方私鉄同様、
その将来を悲観的に考えてしまうのは私だけでしょうか?

春から秋にかけての観光客+初詣等の参拝客で
経営的に十分という事であればそれはそれで良いのですが…。

2011年01月30日 9時13分

妙見ケーブルをご存知ですか?(1)

能勢電鉄の「妙見ケーブル」です。
このケーブルの終点から更にリフトを乗り継いだ先にある
「能勢妙見山」への参拝の足として昭和35年から
能勢電鉄の路線として運営されています。
●昨年は、妙見ケーブル再開50周年でした。
※写真では、路線の全景は見えていますが
 ケーブルカーが米粒で申し訳ありません。

ところでこのケーブルの線名は『鉄道要覧』には記載されていません。
一方で、能勢電鉄の公式HPの“会社概要”には『鋼索線』と
記載されているので、線名という意味では「妙見ケーブル」ではなく
やはり『鋼索線』が線名なのでしょう。
この点は「Wikipeia」でも触れられています。

これと言った特徴はあまり感じないケーブルで、
「黒川駅」~「ケーブル山上駅」間、0.6キロを
5分ほど結んでいます。
あっ、一つだけ大きな特徴が…。
軌間が広軌の1,435ミリで、
日本のケーブルカーでは「伊豆箱根鉄道/十国鋼索線」と
ここの2箇所だけの珍しいゲージです。(間違いないはず)

私が乗車したのは、平成15年12月14日(日)で
このケーブルに乗るため、私は能勢電鉄の終点「妙見口駅」から
15分ほどの道程(みちのり)を歩きました。
バスもあるのですが、本数が少なくこの選択をしました。
「黒川駅」発12:00
「ケーブル山上駅」着12:05
話しをややこしくして申し訳ありませんが
この日は、この妙見ケーブルに乗車した後、
摩耶ケーブル~六甲ケーブルの順番で乗車しています。

ところで、乗車日にご注目!
ここで“ピン”と来た方は相当の「ケーブルカー通」です。
実は、今年度は12月6日から3月16日まで、年末年始や
能勢妙見山の行事がある2月11日を除いて冬季休業中なのです。

いつからこの『冬季休業』が始まったのかは知らないのですが
やはり正式名称『無漏山眞如寺境外(けいがい)仏堂能勢妙見山』への
冬場の参拝客の減少しているのでしょう。
とにかく、次にこのケーブルに乗れる日は2月11日です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!