2010年10月18日 9時00分

別府国際観光時代の「ラクテンチケーブル」。

「別府国際観光」が経営していた
「別府ケーブルラクテンチ」という遊園地への足だった
「ラクテンチケーブル線」です。
これに乗ろうと思うと「別府ケーブルラクテンチ」の
入園券が必要で、乗車運賃が入園料に含まれていました。
(「岡本製作所」の経営に変わっていますが多分、同じ?)

(乗車日時)
●平成14年5月11日(土)
 ◆「雲泉寺」(下駅)12:20
  「乙原」(上駅)12:23

(このケーブルの概要)
●全長:253.5メートル
●勾配:55.8パーミル(約30度)
●車両定員:65人
●制動機:スイス ギゼライベルン式
※当時、ケーブル乗り場に掲げられていた看板から抜粋。

2両の車両には愛称があり、
写真の車両が「ぱんだ」号で、
もう一両は「はくちょう」号でした。

実のところ、昨日まで書いていた四国のケーブルの前日に
このケーブルに乗っています。
(ややこしくてすいません)

この年の5月10日(金)に、福岡市の福岡放送で会議があり、
そのまま帰るのも勿体無いので九州・四国のケーブルを
完乗することにしたのです。
(出張ついでの『乗り鉄』には、家族も割りと寛容だった)
で、福岡市天神の「福岡バスセンター」から
西鉄バス「とよのくに号」で別府に出て、
このケーブルを目指しました。

(余談)
写真での判読は難しいと思いますが
「お願い」の看板の右半分に
“乗車定員”のことが書いてあり、
そこには「乗車定員が大人で65名で満員です」とあり、
このケーブル以外で、乗車定員について
“満員”と書かれた例を私は知りません。

2010年10月17日 8時01分

八栗ケーブルからの讃岐平野

ケーブルカーの楽しみは、私の場合、
上りも下りも一番麓(ふもと)側の席で風景を楽しむこと。

上りならまずは狭かった視界が徐々に広がり
風景が眼下に見え始めます。
そして街並みが遠く小さく見えるようになってきた次の瞬間、
下っていくケーブルカーとすれ違い、
あっという間にその距離が広がっていくのが好きです。

大してスピードは出ないケーブルカーも、
すれ違う時だけは「こんなに速かったっけ?」と
スピード感を感じます。
この感覚は、所謂鉄道とは一味違うケーブルカーならではと
言っても過言ではありません。
たまりませんね。
本当にケーブルカーに乗ってよかったと瞬間です。

勿論、山頂側に乗ることもありますがどちらかと言えば
例外といえます。
但し、その場合の楽しみもやはり「中間点でのすれ違い」。
後は駅の到着時の“達成感”のようなものでしょうか?

この八栗ケーブルは、規模は小さいながらも
私の思いを十分満足させてくれました。

PS.ケーブルカーの面白さ・楽しさに
もっと早く気付けば良かったとその頃思っていました。

2010年10月16日 17時07分

「八栗ケーブル」は四国霊場第85番札所への足

平成14年5月12日、屋島ケーブルの乗った後、
琴電の琴電屋島発7:46に乗り、
2駅目の八栗下車7:50。

ここから八栗ケーブルの乗り場まで、
歩くのには少々距離があるのでタクシーを利用。
何と、「八栗登山口」発8:00に間に合い
そして「八栗山上」着は8:04でした。

15分間隔の運転なので、そんなに急いで乗ることも
無かったのですが、とりあえず乗れるものなら乗るのが
私の「乗り鉄」パターンです。

(八栗ケーブルの概要/八栗ケーブルのパンフレットから)
会社名…四国ケーブル株式会社
    ※思いっきり壮大な社名ですね。
全長…660メートル
高低差…167メートル
運転速度…時速12キロ
所要時間…約4分

車両を正面から撮っていましたので分かりにくいですが
前面にはボンネットがあり、
例えは難しいですが、旧型電気機関車のEF55型の
流線型のエンドを少しシャープにしつつ
ブリキの“おもちゃ”のバスのような
愛嬌のある表情にした感じということで如何でしょうか?

更に扉が「折り戸」で、益々バス感覚です。

ところでこのケーブルは四国霊場第85番札所
五剣山八栗寺への足となっています.
写真の左上に「団体改札口」とあるのは
団体のお遍路さんが多いという証でしょうね。

最後に…、写真に乗車券をつけたのには訳があります。
下山時、駅員さんに「乗車券を記念に下さい」と
申し出たところ、裏に「印」を押してくれたのですが
何を思ったのか、『無効』ではなく『見本』の「印」を
押されました。

2010年10月16日 9時00分

屋島ケーブル「屋島山上」駅

写真は朝7:20過ぎの屋島ケーブル「屋島山上」駅。

一匹の犬が出迎えてくれました。
というか、誰もいない駅前に所在なさげな犬が
「お座り」している構図は、ただそれだけで
もの凄く哀愁を感じさせます。

あまりにも侘しい風景なので、
犬が動かないか待っていたのですが全く動く気配が無く、
撮り直しを断念しました。(作り話ではありません)

この「屋島山上」駅から、絶景のビューポイントまでは
少々距離があるとのことで、
折り返しのケーブル(「屋島山上」発7:35)で
早々に引き返しました。

その後、この屋島ケーブル/屋島登山鉄道は
平成16年に休止、平成17年に廃止されました。

屋島山上までの道路の開通・
『屋島』の観光地としての地盤沈下など
乗客激減(半端ではなかったようです)が廃止の原因とは言え、
最終的には親会社の経営難によって
このケーブルの命脈が尽きたと言えます。
(廃止まで確か20分間隔だった。よく頑張ったと思う。)

もしも、四国霊場第84番札所の南面山屋島寺が
このケーブルの『屋島山上』駅からもっと近かったら、
状況は変わったかもしれないと思ってはみたものの
その最終日、「Wikipedia」によれば電気系統の故障で
終日運休だったとのこと。
何だかこのケーブルの最終日を
象徴しているような寂しさを感じました。

2010年10月15日 9時05分

屋島ケーブル「義経」号

(屋島ケーブルの概要:駅にあった表記から抜粋)
全長…860メートル。
最急勾配…24度。
秒速…2.52メートル

車両にはそれぞれ「義経」(1号、写真の車両)、
「弁慶」(2号)という愛称が付けられており、
この写真をご覧頂いたとおり
とてもスマートとはいえない如何にも無骨な
「昭和のケーブルカー」を感じさせます。
ただ、私はこの形(デザイン)は決して嫌いではなく、
好ましくさえ感じています。
●少々懐古趣味的なマニアック(?)な話しになりますが
 今回、改めてこの写真を見てどこか身近なところで
 見ていたというか乗っていたような記憶が???
 思いだしました!昭和の時代に名古屋の街を走っていた
 市電の1500型に似ていると…。多分、私だけ…?
 ※この文章を書くため、
  「名古屋の市電と街並み」(トンボブックス)を
  参照し、型式名を確認しました。

ところで私が屋島ケーブルを訪れた平成14年頃
「高松琴平電気鉄道(琴電)」が
会社存亡の危機にあったことは知っていましたが
地元の住民ではない私には、
このケーブルが琴電の子会社で、親会社の経営問題が
後にこのケーブルの廃止にかかわるとは
思ってもみませんでした。

2010年10月14日 18時00分

屋島ケーブルは廃止の2年前に乗りました。

平成14年5月12日、この日まず向かったのは
通称/屋島ケーブル(屋島登山鉄道)でした。

琴電の「高松築港」発6:30、「瓦町」着6:34
「瓦町」発6:42、「琴電屋島」着6:56

で、屋島ケーブルの「屋島登山口」に着いたのが朝の7時。
ケーブルの始発は7:35でしたので
随分早く着きすぎてしまいました。
※写真をご参照ください。
7:35発も土日祝祭日のみのダイヤです。 

ところが…。
この日の始発は7:15でした。
では、写真の始発7:35とあるのは何故?
ご丁寧に、“次の発車は…”の次に『35』の行燈まで
存在しています。
どうしてこのような事態になったかは
その頃は分かっていたのでしょうが、
廃止され、かつ私の記憶が蘇らない今では
それを探る術(すべ)すらありません。

かくして私は
屋島登山口発7:15
屋島山上着7:20で、
すんなり屋島ケーブルを乗り終えました。
●他にもお客さんがいましたが、何となく同好の士??

2010年10月13日 8時59分

日本一の叡山ケーブルは霧の中

平成13年6月6日、衣替えの時期なのに
とても半そでではいられない寒い日でした。
比叡山は雨が降ったり止んだりで、
ところどころで深い霧に包まれました。
坂本ケーブルと一対の話しです。

写真は、叡山ケーブル(京福電気鉄道鋼索線)の
「ケーブル比叡」駅に停車中の車両です。
車両の後ろが白くつぶれていますが
これは“霧”のせいで単に飛んでいるだけです。
というか、外はそれ位『真っ白』。
そのため、ブログにUPして何が写っているかが
分かる写真はこれ1枚しかありません。

13:41に『ケーブル延暦寺』駅で降り、
比叡山延暦寺を巡り出したら雨が上がったので
バスに乗らずに歩いてロープウェイ乗り場を目指しました。
しかし、人っ子一人いない遊歩道を
しっかりと冷たい雨に打たれガックリ…。
15:12発の叡山ロープウェイに乗り
肝心の叡山ケーブルは
「ケーブル比叡」駅発15:30、
「ケーブル八瀬遊園」駅着15:39。
更に叡山電鉄叡山本線「八瀬遊園」駅発15:50に乗って
這這の体(ほうほうのてい)で出町柳を目指しました。
※叡山ケーブルの「ケーブル八瀬遊園」は、
 私が乗った翌平成14年、「ケーブル八瀬」に改称。
※叡山電鉄の「八瀬遊園」は同じく平成14年に
 「八瀬比叡山口」に改称。
時代の流れを感じずにはいられません。

お題の日本一の話しをし忘れていました。
このケーブルは全長1.3キロなのですが
その高低差561メートルは日本一。
つまり比叡山をケーブルで横断すると
2つの日本一を体験できるのです。これはスゴい!
でも天候を考えて出かけることをお勧めします。

(おまけ)
個人的にですが、“叡山ケーブル”は
『京福』というよりは『叡山電鉄』の
鋼索線の方といった方がしっくりくる気がするのですが…。

2010年10月12日 18時07分

坂本ケーブルは「乗車券」に魅力あり!

比叡山延暦寺への足という最も日本らしい交通機関にも係わらず
ヨーロピアン風の美しいデザインの車両です。

そして「縁」と「福」と書かれた硬券の乗車券。
坂本ケーブルのHPによれば
『第253世天台座主・山田恵諦猊下、白寿の折のご親筆』との
ことで、乗車券の左のところその銘があります。
購入した時に、“流石”と思いました。
いい記念にもなっています。
因みに車両の名前も「縁」と「福」になっており、
写真の1号は「縁」です。

ところでこの写真でもう一つ注目してほしいものが…。
当時はあって、今は無いものがあります。それは架線。
今回、このブログを書くために坂本ケーブルのHPを見て
大ビックリ!!何と、安全運行のために架線レス化との事。
一方で、パンタグラフは工費削減のため残しているとあって
それはそれで今の姿は面白いかも知れません。

今回の坂本ケーブルの写真と話しは以上!です。

実のところこの日は天候が悪く、
ケーブルカーが動き出してからは『五里霧中』。
日本一の長さを堪能するには「窓外の絶景」という
メインディッシュがあってのこと。
ところがその絶景は何と「視界ゼロの白一色」。
同じ白でも雪の方がまだ視界が利くであろうと思うほどの
状況で、ただただ耐えに耐えた11分でした。

終点の「ケーブル延暦寺」は白の絵の具で塗りつぶしたと
言っても過言ではないほどで写真は撮ったのですが
何が写っているか識別できないほどでした。

2010年10月11日 18時54分

坂本ケーブルは日本一

天橋立・鞍馬と京都が続いたので、次はお隣の滋賀県へ。

写真は比叡山鉄道、通称「坂本ケーブル」の
「ケーブル坂本」駅です。
●比叡山鉄道の全長2025メートルは日本一!
 11分乗車します。
●乗車日は平成13年6月6日。
 「ケーブル坂本」駅発13:30に乗車。
●この日は、京阪石山坂本線の終点「坂本」駅から
 バスでこの駅まで来ました。歩ける距離ではありますが
 直ぐにバスが来たので利用しました。

毎度文化財話しで恐縮ですが、この「ケーブル坂本」と
山を登った「ケーブル延暦寺」の駅舎は昭和2年の
開業当時の姿をそのまま残しており、2駅の駅舎とも
国の『登録有形文化財(建造物)』となっています。

勿論、乗った時はそんな事とは露知らず…。

ところでケーブルカー関係の『登録有形文化財(建造物)』は
私が調べた限り、この2駅舎と
南海の高野山ケーブル「高野山駅舎」の全部で
3つしかありません。
ケーブルカーの駅舎は、開業当時から変わらない姿を
今に残しているところも多いと思いますが、
やはり建物の“見た目”の優美さ等も文化財に登録する条件に
あるのでしょうか?

話しを戻してこの駅舎、
「是非、ご自分の目でその良さをご確認してください」と
言いたいところですが、私の記憶からは
スッポリと抜け落ちています。
申し訳ありません。
「乗り鉄」なんてそんなものと自嘲気味に思ったりしています。

2010年10月11日 9時00分

鞍馬山ケーブルの帰りは「きらら」

平成16年1月11日の鞍馬山ケーブルの帰り、
叡山電鉄の鞍馬駅に着いてデナ21の向こうに
見える電車に小躍り。

何とデオ900形パノラミック電車「きらら」が
駅に入ってくるではないか。
折り返し時間は殆ど無いはずと思い
あわてて切符を買ってホームへ。
たった3枚だけ写真を撮って車内に乗り込みました。
(写真は901+902の編成)

その当時と今の時刻が変わっていないとするならば
鞍馬に13:30着で、発が13:33。
「きらら」狙いの人なら事前に調べて出かけるのが
普通なのでしょうが、何せ今回はケーブルが目的。

僅か3分間の偶然で、私は「幸運」を引き寄せました。
「たまにはこんなことも無いとやってられないね。」などと
心の中でその時、思ったかどうかは覚えていません。

ところであれほどケーブルが混雑していたにも関わらず
「きらら」の鞍馬出発時はガラガラ。
乗り込んだ時点で車内の写真も撮っているのですが
はっきり言って誰も写っていません…。

なんだかなあ・・・。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!