中京テレビ

2010年05月06日 9時00分

飯田線 秘境駅の旅

報告が遅くなりましたが
5月4日に「JR東海ツアーズ」の
『飯田線秘境6駅探訪の旅』に
参加してきました。
●豊橋発着で「10,800円」。

373系3連の
「魅惑の飯田線 秘境駅号」に乗り
『秘境駅』名付けの親、牛山隆信氏の
ランキング上位の6駅を訪ねるもので
まずは豊橋駅で最初の驚き!
電車が満席なのです。
添乗の方に聞いたところ
何と参加者は165名!
しかも催行したゴールデンウィーク7日間は
すべて満席!
恐るべし!!秘境駅!

何はともあれ9時51分に
電車は出発しました。

2010年05月05日 9時00分

国鉄越美南線の名残

国鉄越美南線が終焉を迎え、
長良川鉄道が開業し
それまでの「美濃関」駅は「関」駅になりました。

名前が変わったということは
それまでの駅名看板は不要となった訳です。
その不要となった看板は
長良川鉄道で一時保管され
追って処分される運命にありました。
当時は、それが「売れる」とは
誰も思っておらず、
好事家の引き取り手を捜していました。

写真の小さな縦長タイプは
縁あって私の部屋の壁に
駅の柱にあった当時のまま鎮座しています。
本当は、駅のホームにドデンと構える
大きな看板がほしかったのですが
妻の了解が到底得られる状況ではなく
断念しました。

「大きな看板が欲しい」オーラ全開の私に
長良川鉄道の方はこう慰めてくださいました。
「趣味が続けられるだけで満足しなさい」と。
納得。

2010年05月04日 7時32分

さよなら越美南線

昨日は長良川鉄道の開業でしたが
今日は国鉄越美南線廃止の記念乗車券です。
昨日の「開業」とセットの話しです。

「さよなら越美南線」と銘打ったこの乗車券。
右下の『名古屋鉄道管理局』の文字に
歴史を感じます。
それにしても「廃止“記念”」は
毎度のことながらどこか抵抗感があります…。
私だけ?

ところで国鉄越美南線は、
廃止の話しが具体化していた昭和50年代後半、
やはり取材で何度か通いましたが
「郡上踊り」の頃を除いて
美濃太田起点では存続が難しいと
感じていました。

何故か?
当時、名古屋(岐阜)起点で郡上八幡に行くには
高速道路のない時代だったにも関わらず
私は速さと利便性に負けて
新岐阜から岐阜バスを
使わざるを得ない状況でした。

長良川鉄道が今も苦境にあることは
変わりませんが、何とか持ちこたえてほしいと
切に願うばかりです。

2010年04月30日 23時44分

JR東海 TOICAカード利用駅

JR東海「TOICA」カードの
利用できる駅が広がっています。

私は、無人駅がどうなっているのかと思っていたら
写真のように降りるときには『出場』に、
乗る時は『入場』にタッチでした。

名鉄のように自動販売機+自動改札機ではなく
想像しなかった形態でした。
まして、「出場」と「入場」が分かれているとは
思いもよりませんでした。

話しは変わって5月2日まで
以前、このブログで書きました
旧中央線・愛岐トンネル群の見学会が
開催されています。
詳しくは愛岐トンネル群再生委員会のHPで
ご確認いただきたいのですが
写真の駅は「定光寺」駅ですので
見学会に参加すると
この黄色と緑色のペアが確認できます。

でも何で2つに分かれているのだろう?

2010年04月29日 9時19分

秘境6駅 探訪の旅

今日からゴールデンウィークです。
皆さんはどんな「鉄」ウィークを
過ごされるのでしょうか?

今年の私の唯一の「鉄」は
写真の乗車票(豊橋~天竜峡)です。

ご存知の方も多いと思いますが
JR東海ツアーズ主催の
「飯田線 秘境6駅探訪の旅」に
参加します。(一人でですが…)
今日から5月5日まで
毎日催行されるものですが
さすが「鉄ブーム」&「秘境駅ブーム」。
何と、4月頭ですでに満席。
キャンセル待ちで「一人なら」ということで
何とか5月4日(火)のチケットを
手に入れました。
臨時列車は373系の3連だそうですが
一体、何人が参加するかが怖いツアーです。
何せ秘境駅はどこも狭い!

2010年04月13日 9時05分

中央線 荷物室

4月11日の「愛岐トンネル群見学会」の帰り、
定光寺駅から16時16分発
3648Mに乗りました。

その電車の中の一こま。
車内の一角を仕切った荷物室です。
以前見たことはある光景ですが
最近は、いつ見たのか思い出せませんでした。
でも、その時は「ご迷惑…」という
文字は無かったかも?

車掌さんの足元の袋には
「木曽福島⇔金山」と書かれており
車掌さんに聞いたところ
駅間の連絡便とのことでした。
因みに足の見えている車掌さんは
この荷物の担当で、
客扱いは、よく見れば
写っている車掌室の中の方が
やっていました。

2010年04月01日 9時06分

C57、お別れ列車名古屋駅出発

関西本線229レ、
15:53定時に出発。
この日のためにピカピカに磨き上げられ
未だかって見たこともないほど
美しいC57139でした。
※このC57は、今でも見られます。
 JR東海の研修所で保存されています。

ところでこの写真を改めて見て、
驚きなのは私が撮影している場所です。

今では絶対にあり得ませんね。
当時はどんな仕切りだったんでしょう?
古き良き時代のひとコマです。

2010年03月31日 9時21分

C57、名古屋駅お別れ列車

やっと見つけました。
昭和44年9月30日(火)
関西本線名古屋口、最後のSL旅客列車。
C57139が牽く229レです。

名古屋駅を15:53に出発し、
亀山着が17:44。
(今なら普通で1時間20分)

「さようなら」の飾りが
郷愁を誘います。

モノクロ写真も郷愁をさそいます。

2010年03月12日 12時35分

D51、加太駅

D51934牽引荷物列車、加太駅出発。

加太越えに向かうため
精一杯のスタートダッシュです。

この加太越えに挑むD51達は
山線用に大型集煙装置に重油タンクを乗せた
重装備仕様と聞いていました。
当時は事の重大さを
あまりわかっていませんでしたが…。

ところで、たった1日でこれだけの本数の列車を
しかも日の短い冬に
名古屋から無理しない範囲で
撮影できたのはやはりよき時代だったと
いうことでしょうか?

2010年03月12日 9時09分

D51、柘植駅出発

関西本線柘植駅のD51牽引の貨物、
亀山方面への出発。

関西本線と草津線のジャンクションである
この駅は一日中、忙しい駅でした。

旅客列車の本数はともかく貨物の本数が多く、
亀山から柘植に向かっての25パーミル勾配を
乗り越えるために必要な後補機のみならず
坂を下る貨物にも後補機がついたため
その連結、解結があったためです。

ところで「坂を下る」貨物も
柘植駅出発では良い「煙」をはいていました。

また駅の構内は賑やかでしたが、
駅前は静かだったと記憶しています。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!