2019年07月29日 23時01分

祝!名鉄豊田線開通40周年。

1979年(昭和54年)7月29日、今から40年前の今日、名鉄豊田線が開業しました。そしてその日から名古屋市営地下鉄と名鉄豊田線が相互直通運転を始めました。

ということでいろいろな記念グッズの発売もあったのですが、私はこの「名鉄豊田線・地下鉄鶴舞線相互直通運転40周年記念乗車券」だけ購入しました。まあハードルが低かったこともありますが…。

こちらは開通1年後に発売された「名鉄100系ローレル賞受賞記念入場券」。

これは私が買ったものではなく。頂き物。それはともかくこの時、既に私は働いていたのですが、その当時、ニュース等で「豊田新線」という表現をしていたと思います。それが開通して暫くの後、「新」が取れたと思っていたのですが、「豊田新線」は通称で、最初から正式名称が「豊田線」だったと今回、初めて知りました。ちょいと恥ずかしい。

(小ネタ)

上豊田駅の料金。開業時から上豊田駅は無人駅だったのですが、当時は自動改札機が無かったため、ホームに入るための入場券は必要ではなく、こんな「0円」表記となっています。

知人から聞いた解説です。

2019年07月27日 8時46分

碧南レールパーク(5)三河旭広場(三河旭駅)

碧南レールパーク終点の三河旭広場(旧三河旭駅)。

この場所にあった鉄橋の基礎をそのまま利用したモニュメントがあります。逆側から見ると空へ飛び出していくような感じになっています。

元々の三河旭駅がどんな規模の駅だったかは知らないのが残念ですが、今は(近所の保育園)子供たちが遊ぶ公園となっています。

子供向けの遊具だけでなく、大人が楽しめる遊具もあり、廃線跡巡りではなく、新たな廃線跡の利用方法として面白いと思いました。ただこれは市街地の廃線跡というのがキーワードでしょう。

機会があれば一度行くのをお勧めします。ただ三河旭広場から碧南駅への戻りの交通機関は碧南市のくるくるバスがあるのですが、本数が少ないので健康増進で往復歩きでしょうか?

2019年07月26日 8時24分

碧南レールパーク(4)棚尾広場(旧棚尾駅)

棚尾広場(旧棚尾駅)。プラットホームはかつての石積みをそのまま利用しているとのこと。

線路(白線)の幅は1067ミリ。その間に書かれた「TANAO ST」の文字が、私のイメージでは反対向きですが、大浜口広場から来た際の公園の入り口にあたるので、、それで「T」を先にしているような気もします。

前の写真から少し公園の中に入ってみました。線路が分岐しており、その先の赤い建物(?)が何となく電車が停まっているように見えます。

ここまで来て思ったのは、それぞれの駅が、公園としての一定の役割を果たせるスペースがあること。例えばですが、最初に訪れた大浜口広場をともかく玉津浦広場に続きこの棚尾広場にもトイレがあり、それは利用者にとってはありがたい存在と思います。

2019年07月25日 23時51分

碧南レールパーク(3)玉津浦広場(旧玉津浦駅)

旧玉津浦駅。ここで二手に分かれていますが、左が本線(三河線)で、右がここで分岐していた臨港線の跡になります。白線の分岐が無ければ1959年(昭和34年)に廃止となった臨港線の事は私はきっと知らないだろうし、市民の記憶からの消えていたのではないでしょうか?

単に三河線の廃線跡を公園にしたのではなく、碧南の歴史を公園にしたのだと実感した出来事でした。

ホームです。多分場所は同じでしょうが、かつてのホームの再利用ではなさそうです。

2019年07月24日 20時38分

碧南レールパーク(2)大浜口広場(旧大浜口駅)

碧南レールパークの碧南駅側の起点、大浜口広場(旧大浜口駅)。

白い2本の線が、かつての線路のあった場所だそうです。

白い線路の先にあるモニュメントは実物のレールと線路。

見た感想を先に書きますと、市民にすっかり浸透しているようでランニングされている方、普通に歩いている方、犬の散歩の方、それぞれがそれぞれで楽しんでいました。

正直言って、廃線跡の利用なので大した整備はしていないだろうと勝手に思い込んでいました。しかしそうではなく、隅から隅までちゃんとした『公園』であり、こんな施設が近所にあったら嬉しい!と思えるほどでした。

2019年07月23日 21時16分

碧南レールパーク(1)全長2.3キロの遊歩道。

2004年(平成16年)、名鉄三河線の通称海線区間の一部「碧南~吉良吉田」間が廃止されました。

一方、今年の7月5日の碧南駅。

碧南駅の南方。これぞ廃線跡。そして廃線にはなったもののこの先の旧大浜口駅(三河線/大浜口支線の駅で、“三河線”の駅ではなさそうです)から先、玉津浦~棚尾~三河旭間2.3キロが公園として整備され、昨年(2018年/平成30年)3月から全体が使えるようになりました。

今回は廃線跡巡りとしてこの公園を紹介します。

2019年06月13日 20時59分

瀬戸電(名鉄瀬戸線)を撮りに行った(2)置物。

矢田川橋梁を撮影していたら、瀬戸街道の向こうにJR中央本線が見えたので、電車が来るのを暫く待ってみました。

本当は手前に瀬戸線の電車を入れたかったのですが、そうすると中央本線の電車があまりに小さく存在感が無いので自問自答の上、却下。もっとも私がこの場にいた時、両方の電車が上下同時に並ぶ瞬間はありませんでした。

矢田川橋梁のたもとで準急瀬戸行きを捉える。画角は狭いですが個人的には好きなアングル。

矢田駅直ぐ東側にある人と自転車だけが通る踏切。階段を上っていたその先にあるのですが、その傾斜を生かし、いろいろ置物が置いてあり、思わず撮ってしまいました。

参考までにこうした可愛いものが並んでいました。多分、近所の方のアイデア。

2019年06月12日 23時46分

瀬戸電(名鉄瀬戸線)を撮りに行った(1)矢田川橋梁。

2019年6月5日(水)、天気予報もまずまずだったので殆ど撮影していない名鉄瀬戸線の撮影に出かけました。

行った先はド定番の矢田川橋梁。地下鉄のナゴヤドーム前矢田ではなく、市バスの矢田バス停から歩きました。

11:59頃。予報では晴れているはずが何故青空が見えないのだ。

撮影場所が有名なだけあり、どうやって撮影したところでほぼどこかで見た写真になってしまうのは実力の無さの現れですが、一定レベルはそれなりに納得できそうな写真が撮影できるのもお立ち台の良さだと思います。

2019年05月31日 20時54分

旧名鉄三河線跡ウォーキング(10)5月26日の西中金駅。

2019年5月26日午前5時27分。

「中京テレビ・ブリヂストンレディスオープン」の仕事で中京ゴルフ倶楽部石野コースへの出勤途中。

ここに着くまで朝日を浴びながら走ってきましたが、西中金駅にはまだ陽が届いていません。山間(やまあい)の駅の宿命でしょうか?

国の登録有形文化財らしさは朝ぼらけの中にある。そんな気もしました。

2019年05月30日 20時39分

旧名鉄三河線跡ウォーキング(9)西中金駅。

14:38。猿投駅を出たのが9:15でしたので、昼食時間を含め5時間20分ほどで到着。

三河鉄道/名鉄三河線の廃線区間、猿投~西中金間は8.6キロ。それに対し今回歩いた距離は約12.6キロ(ツアー会社の資料参照)。およそ2万歩。一歩が40センチ強と随分、小幅な印象ですが、歩かずにうろうろ休憩している時間もあったのでまあこんなものですが、老化により歩幅が狭くなるとも言われており、少々心配な数字。

ところでこの写真ですが「西中金ふれあいステーション」の看板がデカデカと出ており、とても駅舎(廃駅ですが)に見えないでしょうね。

毎週土・日の10:00~15:00で、5月11日のこの時間は、5時間歩いた方で賑わっていましたが、普段も賑わっていると嬉しいですね。

三河鉄道が西中金駅まで到達したのは1928年1月22日。その日からこの切符売り場に命が入りました。今ここは現役の切符売り場ではなくなりましたが、2015年から「西中金ふれあいステーション」として、週末だけ人の営みが続いています。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!