2012年07月23日 20時56分

名古屋・鉄道散歩(4)地下鉄桜通線車道駅。

「湿原巡り~鉄旅」から地下鉄桜通線の「壁画散歩」に戻ります。今日は「車道」駅です。

タイトルは「エメラルドウィンド」。チーフデザイナーは川崎智子氏で、製作は旭硝子です。寄贈者は名古屋で『布地』の専門店と言えばここ!と言える「大塚屋」です。(車道駅の出口の目の前にあります)この店は家族と連れ立って何度か行ったことがありますが、いつも私は荷物係のため地下鉄を利用したことはありません。

それはさておき、壁画の解説には「透明な緑の風…あたたかな布地…宝石のようにきらめく大切な時…」とあり、まさにその通りの世界がガラスアートで表現されていました。

桜通線の「中村区役所」~「今池」間が開業した平成元年(1989年)は、“バブル景気”の真っ只中で、“バブル崩壊”後は、正に「バブル」という言葉が示す通り、あまり良いイメージは持たれていませんが、私の個人的感想としては、「バブル」の時代だったからこそ地下鉄という『文明』の中に壁画という『文化』が誕生したと思っています。それが無機質になりがちな「駅」に潤いを与え、「旅の手段・目的」ではない「日常の足」を少しだけ「現実」から「夢」へと誘って(いざなって)くれていると言ったら大仰でしょうか?いやっ、少しだけ足を止める瞬間を大切にしたい気持ちが今、湧き上がっています。

「実利優先」。「石橋をたたいて渡る」どころか「石橋をたたき過ぎて壊してしまい、それでも壊れたのだから渡らなくて良かった」と言うのが“名古屋人気質”と揶揄されたことがありました。でも地下鉄の駅構内に芸術作品をこれだけ並べているのは全国でも名古屋市営地下鉄だけではないでしょうか?独自の文化を名古屋から発信しようとした尾張藩七代目藩主徳川宗春の伝統を引き継いで…、等と書くのは少々どころか相当に思い入れが強すぎかもしれませんが、でもそれほど誇りにしたいと私は思っています。

 

2012年07月19日 22時37分

名古屋・鉄道散歩(3)地下鉄桜通線高岳。

最初にお断りです。名古屋地下鉄散歩と題してみたのですが、気が変わったので『名古屋・鉄道散歩』と変えてみました。中身が変わるわけではないのですが…。

さて今日は桜通線の「高岳」駅です。名古屋市営地下鉄の“都心”にある駅の一つと言えるとは思いものの、この界隈に通勤するか住んでいる人で無ければ、あまり利用する駅ではなさそうな気がしています。

 

壁画のタイトルは「森のかくれんぼ」。デザインは宮脇正雄氏、製作は谷川清喜氏。縦2メートル50センチ、横18メートルの堂々たる作品です。寄贈者はこの駅からというよりは東山線の「栄」と「新栄町」のほぼ真ん中にある中部電力株式会社です。

この作品の特徴ですが、解説によれば「森」に暮らす動物で、木々の間に隠れる(というかパズルのように組み込まれた)約400匹の動物を探すのが楽しみと思われました。重ねガラスでその様を表現されているのですが、蛍光灯や駅の改札などの映り込みが多く、動物探しは実物の壁画を見る分には何とかなるのですが、写真ではなかなかままなりませんでした。

 

地下鉄桜通線の壁画散歩もここまで来ると、結構な点数の大型作品を見ていることになり、それ自体美術館や博物館等で鑑賞することはあまり(殆ど?)ありませんし、また駅を転々とするのも面白くなり始めていました。

 

正直言ってこの散歩を初めた頃は、これほどの作品群に出会えるとは思っていませんでした。まあ軽く始めてみたのと言うのが本当の所です。

2012年07月18日 20時20分

名古屋地下鉄散歩(2)続・久屋大通駅

地下鉄「久屋大通」駅には、『人間賛歌』の他にも“壁画”があります。

一つがこの「子供とひまわり」で寄贈者は安田海上火災保険株式会社(現・株式会社損保ジャパン)で、完成したのは平成元年9月です。その絵はタイトル通り、『子供』と『ひまわり』が描かれおり、ファンタジーという言葉が似つかわしい、心和むデザインであると私は思っております。さて、この壁画の在る場所は・・・?

もう一枚、こちらの壁画の場所もここでは書きません。この駅を日常的に利用している人でも、意外とその存在に気付かず前を通り過ぎているような感じです。前に書いたかもしれませんが、これらの「久屋大通」駅の壁画も、私が写真を撮っていたことで“ヘエーっ”といっている人の声を確かに聞きました。

さて下段の壁画のタイトルは『ラプソディー・イン・ブルー』。エカチェリーナ・ゲツォワ(ブルガリア)作で寄贈者は「三越」。

ところで『ラプソディー・イン・ブルー』と言えばアメリカの作曲家/ガーシュインのオーケストラ曲として知られています。その曲は何度か聞いたことがある(すいません。「仕事」で…、です。)ものの、そのタイトルの意味を考えたことはこれまでありませんでした。

“ラプソディー”という言葉は日本語では“狂詩曲”と訳されており、この壁画はそのタイトルから、作家はどんな『青色』を基調にその「イメージ」を広げたのだろうかと考えていたら、壁画につけられた解説には「人間中心の未来都市。そこでは、人々はよりいっそう青空の下の集いを希求・・・」とありました。などと言うのは勿体の付け過ぎで、実際の所は、壁画タイトルの下に解説が掲示されています。

2012年07月17日 21時49分

名古屋地下鉄散歩(1)久屋大通駅

「壁画」というタイトルにこだわり過ぎるのも何かなあと思い、「名古屋地下鉄散歩」というタイトルに変えることにしました。

さてここは地下鉄「久屋大通」駅。桜通線ではなく名城線の方です。壁画のタイトルは『人間賛歌』。この壁画は名古屋の地下鉄では唯一、軌道内の壁に描かれており、制作は安藤幹衛氏で制作協力として2名の方のお名前+中部二科会の14名のお名前がありました。寄贈者は「セントラルパーク」で、完成年は平成元年。

平成11年に「中部の駅百選」の第1回目の選考でこの駅が選ばれた理由の一つにこの壁画の存在があったと聞いたことがありますが、今回、国土交通省中部運輸局のHP内で「中部の駅百選」を捜したのですが、何故かそのデータを見つけられませんでした。そこにあるであろうというのは単なる私の思い込みだったのでしょう・・・。

 

ところで(名古屋市)交通局ニュースVol.176(平成20年12月発行)によれば、この壁画の“テーマ”について以下のように書かれていました。

そのまま転載しますが『現在地球上には50億人の人々が暮らしています。そこには、地上に生をうけたものの生きる喜びを歌い上げた人間讃歌が鳴り響いています。この壁画は、人間讃歌―人生の讃歌をテーマに、モチーフをメキシコにとり制作されました。』とあり、この文章を読んでから改めて壁画『人間賛歌』を目にすると、見慣れた風景もまた違って見えてくるのが不思議です。

 

2012年07月16日 23時07分

もう直ぐ夏休み。「夏 特割 ドニチエコきっぷ」の季節。

「夏 特割 ドニチエコきっぷ」の季節がやってきました。すでに一昨日の土曜日から使えるようになっていますが、まだ私は使っていません。

このきっぷをどう使うかはこれから考えますが、と言っても選択肢は限られており、都心に所要で出かけるか地下鉄散歩にでかけるかのどちらかです。

ということで明日から地下鉄桜通線の壁画シリーズを何と5月1日以来となりますが書くことにしました。(やや強引な展開です)その後、6月21日~22日の2日間は「新瑞橋」の展示にも触れましたが、それはそれとして「夏 特割 ドニチエコきっぷ」の使い方の提案としてお読みいただければ幸いです。

※私の「地下鉄散歩」も基本「特割 ドニチエコきっぷ」の時だけです。

※写真は、駅の柵内の安全な場所で、ノーフラッシュ撮影しています。

 

名古屋市営地下鉄では東山線の東部と鶴舞線のほんの一部を除き、車窓を楽しむことはありませんから、こうした“特割”時期でなければ、通勤・所要以外で地下鉄には乗ることはまずありません。(私の場合)

実は、今年の夏の「特割」の使い方として、桜通線以外の「駅の壁画」巡りを考えています。何せ桜通線ではその「壁画」のおかげで全駅下車を達成しました。

 

ところで新潮社から「旅別冊 鉄道ファン大全」(平成24年6月21日発行)が発売されています。その中で松本典久さんが『幅も広ければ奥も深い、無限に広がる“鉄道趣味”』と題して「鉄道趣味路線図」を記されています。「乗り鉄」「駅弁」・・・「撮り鉄」・・・本当にこれでもかというジャンルがあるのを改めて感じた次第ですが、駅ナカ“美術”は『駅舎めぐり』に入れてよいものかどうか考えてしまいました。「鉄道本流」ではないのは分かっているつもりですが…。

2012年07月01日 21時07分

名鉄神宮前駅北側の踏切廃止。

名鉄「神宮前」駅の北側にあるJR東海/東海道本線『御田踏切』・名古屋鉄道『神宮前1号踏切』が今日から廃止されました。今日の夕方、たまたま名鉄神宮前駅近くに車で行く用事があり、ついでにこの写真を撮りました。(JR側から撮影)

トラ柵のみならず、仮設のガードレールも設置され、如何にも行き止まりの風情で、昨日までここに『踏切』があったとは思えない状況です。

話しは今朝に戻りますが、我が家では中日新聞を購読しているのですが、この踏切廃止のニュースは何と1面!しかもその写真の大きさは正に“トップニュース”と言っても過言では無い扱いとなっていました。名古屋で長く暮らす者としてはその扱いは「成程」と思いました。

ご存知の方が殆どでしょうが、この踏切は職員が常駐し、手動で遮断機が上下されていました。それは単に希少価値と言うだけではなく、その動作する回数が半端ではなく多かったのが特徴で、職員の方は踏切を利用する歩行者・自転車の利用者・車などの動きに常に注意を払う必要があり、『半開き』という独特の形態もあって、その仕事はプロ中のプロであると私は思っていました。一方、職員さんの動きや、遮断機の上下に合わせ、特に自転車の利用者で慣れている方の踏切の渡り方などは見ていて飽きることのない存在でした。もっともこの踏切での事故もあり、今回の廃止は止むを得ないでしょう。

2012年06月26日 22時24分

富山ライトレールの楽しみ方(2)。

富山ライトレールの前身、JR西日本『富山港線』の更に前、国鉄『富山港線』の時代にこの路線と言ってよいかどうかさておき、とにもかくにも乗っています。

昭和53年(1978年)9月27日の水曜日、夜の9時過ぎに仕事を終えた私は、一旦自宅に戻り、名古屋駅へ急ぎました。そして6月5日にUPした「昭和53年の富山地方鉄道」に書いたのと同じ「名古屋」発23:49の高山本線の急行707D「のりくら6号」の乗客となりました、そして「富山」には9月28日の4:36着。しばし時間をつぶして「富山」発5:30の富山港線の始発121Mに乗り5:46に「岩瀬浜」に着きました。

折り返しの上り始発電車は「岩瀬浜」発6:15。その時間を利用して乗車記念の入場券をちゃんと購入。でも“駅のスタンプ”は私の手元に残っておらず、スタンプがそもそも無かったのか、それとも私が押し忘れたのか、今は闇の中です。

それにしても昭和53年のというかこの前後は休みという休みはほぼ「鉄道の乗りつぶし」にあてており、今とは比べるべくもない“充実した”『鉄道の日々』を送っていました。自分でも呆れるほどです。当時のスケジュール帳を見ていて「若かった」としみじみと今、思っています。

 

等という感傷はさておき、所要時間20分前後で走っていた国鉄「富山港線」の途中駅数7が、富山ライトレールとなってその数は11に増えたものの、所要時間は22分~24分と国鉄時代に比して決して引けを取りません。それもLRT化の効果と言ってよいと私は思っています。

2012年06月24日 21時10分

地下鉄桜通線「久屋大通」駅の展示と言えばこれ!

地下鉄桜通線「久屋大通」駅の展示と言えばこれを語らないわけにはいきません。

この写真の右端の下には『地下鉄桜通線・名城線・久屋大通駅 S=1:100』とあり、少なくとも縮尺は100分の1ということのようですが、見た感じはもっと小さいように思えました。それにしてもこのモデルはとても面白く、一番上の層(地上)には市バスが走り、その下には名城線のホームがあって、そこには乗客もちゃんといます。またB4には当然ながら桜通線が走っています。“B4”と書きましたが、これは『紙』の大きさではなく(「当たり前」と怒られそうです)、地下4階のことで、20.2メートルの深さにあることがちゃんと分かる様になっています。

中でも私の興味を引いたのは「名鉄瀬戸線」の場所。桜通線の電車も走っているのでその位置関係に納得で、ここでふとよく聞く“都市伝説”のパターンが蘇りました。

「地下鉄を作る時、その後に建設予定の『地下鉄』がある場合はその工事のための事前準備をしておく」ということです。ここからは憶測の域を出ず、少なくとも放送局のブログでこうしたことを書くのは相当に憚られるというか適切でないのは承知の上ですが、今回だけはお許しを…。

1)名城線建設時に、桜通線の線路・ホームなどにあたる部分をあらかじめ掘削していたのだろうか?

2)名鉄瀬戸線の「栄町」乗り入れは昭和53年(1978年)で、桜通線の開業は平成元年(1989年)です。瀬戸線の建設時には桜通線の工事の準備をしていたのでしょうか?

私には真偽のほどはわかりません。でもモデルを見ながらそんなことを考えるとちょっと楽しくなりませんか?

もっとも立体交差の駅ならどの駅でもこうしたモデルが成立するかと言えばそんなことはなく、ここには2つの鉄道事業者による3つの路線があるのがポイントでしょう。

もしも、、、名古屋駅の立体モデルがあったら見てみたい・・・。

 

2012年06月23日 23時21分

地下鉄桜通線「久屋大通」駅の楽しみ。

この4月23日から5月1日までシリーズで書いていました「地下鉄桜通線の壁画」(第一弾のつもりです)の続きと言いますか、昨日の「新瑞橋」の続きとも言えないでもないですが、今日は地下鉄桜通線「久屋大通」駅のホームの話しです。

この壺の存在に気付いたのは、少なくともこの駅が開業した平成元年ではありません。そもそも私が桜通線の「中村区役所」~「今池」間を乗車したのは平成3年9月4日で、地元でありながら乗るまでに随分時間が掛かっています。

更に言えば私がここ桜通線の「久屋大通」駅を利用するようになったのは、平成6年の「野並」開業後です。

話しを壺に戻しますが、ちゃんとその前に立ち、しっかりと見たのは多分、平成10年頃だったのではないでしょうか?その時は味わいのあるその気品ある雰囲気に、桜通線の開業を祝して、著名な陶芸家の方から寄贈を受けたのであろうと思いつつ近づいたのですが、その解説を読み、もっと奥の深い話しに驚いた記憶があります。

説明版には「この志野花器は、地下鉄桜通線の建設中に桜通り(呉服町)の地下20m付近で出土した粘土を用いて、山口重信氏(東海伝統工芸会会員)が制作し、桜通線の開通記念として本市に寄贈されたものです。 平成元年9月」(全文です)とあり、ただの“開通記念”(…表現が難しいです)で置かれたものではなく、ちゃんと桜通線と縁があり、このホームにある意味があると私は思っています。とはいうものの、この志野花器の前に立ったのは10年以上ぶりで、この写真を撮影するためでした。

参考までに、『呉服町』というのはこの駅の直ぐ西側の場所で、そもそも名古屋の“土”でこんなに素晴らしい陶器ができるということに感動と驚きを覚えたことをここに書かせていただきます。

2012年06月22日 20時54分

地下鉄「新瑞橋」駅の展示の楽しみ方。

いきなり本題ですが、「新瑞橋」駅の展示では『色灯式信号機』と『灯列式信号機』が自由に楽しめます。私は最初、子供向けかと思いましたが、決してそうとは言い切れず侮れません。例えば『色灯式信号機』の各色のボタン(「進行」「注意」「停止」)を押すと下の写真の様に、ちゃんとそれぞれに対応した“色”灯が表示されます。

この場所で、 大の大人が一人で試すには少々どころか相当に勇気が要ります。というほどのことはなく、ここは新瑞橋駅にあってもそれほど人通りは多くはなく、一人でゴソゴソしていても単に展示物を見学しているのであろうレベルで、あまり気にされないと思われます。私も堂々と“体験”していました。

1時間でも2時間でも楽しめるというほど大規模な展示ではありませんし、車両や模型があるわけではなく、とても“地味”な存在と言えますが、もっと多くの方に知ってほしい場所の一つです。(とは言うものの、私がちゃんと見たのがこの4月が初めてなので大きなことは言えませんが…)



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!