中京テレビ

2010年09月21日 18時27分

名鉄犬山線・布袋駅の思い出

昨日(9月20日)の中日新聞の朝刊34面に
「解体間近 名鉄最古の布袋駅舎」の記事がありました。
(中日新聞を購読されていない方、申し訳ありません)

内容は、布袋駅の鉄道高架事業で
この駅が9月下旬に取り壊されることになり
「布袋駅舎保存会」の会員らが
大正時代の面影を残す建物の一部を取り外したというもの。

実は私もこの「布袋駅」には、保存会の方とは
違った深い思い出があります。
で、今回の写真は「確かに布袋駅だが、何でこんな写真」と
言いたくなるような不思議な構図ですよね。
これは放送した番組の一部分を静止画にしたもので、
それゆえこのような写真になっています。

時代は遡って今から20年以上前、
私は担当していた番組で
この布袋駅でロケ(撮影)をしていました。

番組名…「火曜サスペンス劇場」『最終電車を待つ女』
    火曜サスペンス劇場は正に毎週火曜日の夜、
    9時から放送のサスペンスドラマで、
    今ならCBC(TBS系列)の「月曜ゴールデン」や
    メ~テレ(テレビ朝日系列)の「土曜ワイド劇場」の
    日本テレビ版が当時、あったと思ってください。
    ※既に「火曜サスペンス劇場」という
     番組名そのものを知らない方も多いのでは?
放送日…平成元年12月26日

2010年09月12日 18時58分

快速「そよ風トレイン117」2号車乗降扉

快速「そよ風トレイン117」2号車
『ウィンディスペース』乗降扉です。

扉は開放され、ここから『そよ風』を取り入れており
飯田線の心地よい風を、心行くまで楽しめそうです。
※飯田線の沿線を知っているから余計にそう思います。

今年は、この電車が運転され始めてからとにかく暑い日が続き
豊橋近辺では“生温かい”というより“熱風”だったでしょうが
新城以北ではさぞかし気持ちよい『そよ風』だった
ことでしょう。
まあ、雨が降ったら降ったら大変だったでしょうが…。

実際に乗っていないので、この扉の場所に立ったら
どんな感じになるのかは分かりませんが一点。
安全対策もあって格子の間隔を狭くとっているのでしょうが
もう少し間隔を広げられないだろうかと見た時は思いました。
※特に上段。

何れにしろトロッコ列車ではなく、
「電車」でトロッコ気分を満喫し“風”を楽しむのは
面白いアイデアと思いますし、
JR東海にも電車をどうやって活用するかという点で
遊び心を持った人がいるものだと感心しました。
この電車が少しでも飯田線の利用客増、収入増に繋がればと
切に願っています。

2010年09月12日 9時00分

快速「そよ風トレイン117」を見かけました。

既に古い話題で恐縮です。
(書くのを止めようかとも思いましたが書くことにしました)

8月の出来事でしたが、名鉄電車に乗ろうとして
豊橋駅の3番線に急いでいたら
突然、1番線に停車中の快速「そよ風トレイン117」が
私の視界に入ってきました。
●この快速の豊橋駅着は15:01。全くの偶然でした。

「飯田線秘境駅ツアー」の大ヒットに気をよくして
今や急行「飯田線秘境駅号」も運転される飯田線。
※「秘境駅ツアー」は5月6日からこのブログでも紹介。

JR東海が、更に思いもよらぬ力技を発揮し、
「鉄」の方に人気の117系を大改造した車両を
飯田線に投入してきました。

既に各方面でこの車両は紹介されているので
改めて述べるまでもありませんが私なりに一言。
と言っても、豊橋駅で偶発的に出会っただけであり
しかも車庫に戻る直前で時間も少なく
単に私の印象と思ってください。
●豊橋駅1番線を15:06に出ていった。

1)117系の改造…目の付け所に拍手。
2)2両目(2号車)のウィンディスペース
  …木製ベンチは、なかなか良いと思うものの
   ベンチの枠にもう一工夫あればなお良かった。
3)指定席部分の広大なテーブル。
  …日本でこれほど大きな座席間テーブルを
   見たことがあっただろうかと言いたくなるほどで
   お弁当を広げても、十分な余裕があり
   これは花丸をあげたいと思った。
   全席指定で、かつ「ゆったり」を楽しむ電車は
   かくあるべし!

2010年09月05日 19時05分

名古屋市営地下鉄 これが「踏台」

ホームと線路の間にあって、
ケーブル類の下にあるのが多分、「踏台」。
今朝の「踏台」表示の反対側にあったのがこれです。

写真では分かりにくいですが1段だけで、
皆さんなら分かっていただけると思いますが
線路面とホームの間は結構な高さがあります。

それを『途中1段だけ』で上がるのは
なかなか体力がいることでしょう。
それでも“ある”と“無い”では大違い、
特に『咄嗟』の場合は必需品であることは間違いなし。

でも、この駅でも「踏台」は何箇所もあるわけではなく…。

「東山線」「名城・名港線」は、ホーム面の高さが低いので、
まあ、踏台がなくてもホームに上れそうですから
その両線では見かけないですね。

今日は鉄道施設の中でも、もの凄く裏方の話しで失礼しました。

2010年09月05日 8時07分

名古屋市営地下鉄 駅の踏台

乗車位置を示す「8 優先席」の表示板の下に
「踏台」の文字を見つけました。

この表示は、私の知る限り、名古屋市営地下鉄の全ての駅で
見かけるものではないと思うのですが、
如何でしょうか?

駅で、線路の下に降りる必要があった場合等に、
ホームに上がる際に使われるモノですが、
ならば何故、全ての駅にないのでしょう?

この写真がどこの駅かはさておき、
他の駅にもあるのか私なりに探索してみようか
思っています。

2010年09月04日 19時03分

名古屋市営地下鉄の不思議

以前、漫才師の春日三球さん・照代さんのコンビが
「地下鉄の電車はどこから入れたの?
それを考えていると一晩中寝られない。」という
漫才で一世を風靡しましたが
私にとって「一晩中寝られない」地下鉄ネタが
名古屋市営地下鉄のこれ(かな?)。

電車の中で「運転士さん」「車掌さん」がいる場所の
正式名称はなんなのでしょうか?というものです。

名古屋市営地下鉄の場合、“立ち入り禁止”なのは
運転士さんのいる『運転室』で、
車掌さんがいる『乗務員室』は、立ち入っても良いと
言うことなのでしょうか?
※英文では、「Crew’s cabin」と書いてあるので
 やはり『乗務員室』が正解?

この場所の名称そのものは会社によって
大抵はこのどちらかで呼ばれていると思いますが、
両方の併記は無いのでは?

誰かこの2つの名称を使っている
謂れ(いわれ)を教えて下さい。

もっともシェイクスピアの戯曲「ハムレット」の
『生か死か」というほど大袈裟なモノではありませんが…。

2010年08月31日 18時24分

国・私鉄完乗の日の記録(名鉄の乗車券)

既に日付と発行No.以外の印字が薄れて見にくいですが
55.-8.24の「新名古屋」~「内海」間乗車の
記念すべき宝物(私にとっては)です。
運賃の『590円』が読み取れますでしょうか?
◆「新名古屋」という表記ももはや懐かしいですね。

この日、新名古屋発10:52
内海着11:59の電車に乗っています。
◆知多武豊まで急行で、そこから各駅停車と
 私の手元のノートには書いてあります。

全線完乗(その時点での)は、絶対に地元で!と
前から誓っていました。
(実は「ジリジリ」待っていたわけではなく確信犯)

そしてその時点で記録用に集めた乗車券808枚、
入場券が1023枚。
参考までに手元の乗車券の運賃の合算は
68万2700円でした。
なぜこんな数字があるかというと
新聞社さんから事前に上記の数字を調べておいてほしいと
リクエストがあったからです。

この日以降の30年間は何の計算もしていませんが
一体いま何枚の乗車券・入場券があって
はたまた乗車券の運賃の合算は?

知多新線の節目の年は、私にとっても節目の年。
特に『8月』にとても大きな意味があります。
全線完乗30周年の今年、このブログを始めたり、
「運転鉄」にはまったり、充実の「鉄」ライフです。

(30周年にあたり、一言)
全線完乗時は独身でしたが、今は家族がいます。
今もこうして「乗り鉄」を続けていられるのは
まずは私に対し“適度に”放任主義の家族の理解です。
これを抜きにして私の「鉄」は存在しえません。

またこのブログ、実は「芸能界鉄道研究会 鉄研」の
レギュラー放送終了後に始めたものです。
番組放送中、ブログ「鉄研AD“さゆみん”の鉄子への道」を
読みながらいつかは私もブログを!と思っていました。
※ADに対抗してどうする!(笑)
それにしても“趣味”のプライベートブログ開設を
社内各部署の関係者の方が認めてくれたのは嬉しかったです。

最後に。
本来ならば最初に書くべきですが、
何より、拙文・稚拙な写真に日々お付き合いいただいている
皆様には大変感謝しております。
このブログを書き続ける原動力になっています。
今後ともよろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

2010年08月30日 18時11分

遅まきながら、祝!!名鉄知多新線開通30周年!

「私は乗り鉄です」と言いながら、「乗り鉄」話しを
このブログではあまり書いていないので
これから私にとってちょっと濃い目の
「乗り鉄」話しをさせていただきます。

名鉄知多新線は、今年の6月5日に開業30周年を迎えました。
写真はその記念入場券・乗車券です。

知多新線は、今更書くのもなんですが
昭和49年に富貴~上野間が開通したのを皮切りに
昭和50年に知多奥田まで、
昭和51年に野間まで開業。
最終的に昭和55年(1980年)6月5日に
『内海』まで開業しました。

この内海までの最後の開通区間ですが、
私は開業前の昭和55年4月26日(土)に、
マスコミ向け試乗会が行われた際、“取材”で乗車しました。
(当時私は「報道部」で、ニュースの担当でした)

ところが…。この試乗会は当然開通前ということもあり
また乗車券も購入したわけではないので
「乗った」ことにはなりません。

その後、直ぐにでも行きたかったのですが
なかなか時間がとれず、待望の日まで
ジリジリとしながら毎日を送っていました。

そして8月24日(日)、いよいよその日が来ました。

2010年08月17日 9時00分

国鉄117系引退へ

117系は私にとってはJRというより、やはり国鉄。

昨日、家に帰り中日新聞の夕刊を広げたら
「旧国鉄のエース 引退へ」の大見出しが
目に飛び込んできました。(14面)
そしてその横に控え目な「JR東海117系」の
小見出しがあり、昭和世代の心がわかる記者さんが
書かれた記事と思った次第です。
※中日新聞のWEB版にも出ています。
 購読されていない方はそちらで。

記事を読む限り、要は313系の増備で117系が
姿を消していくということで、
ついにこの話題が一般紙に登場するタイミングになったかと
思った次第です。

ところで写真は、昨日の18:12頃、
熱田駅の留置線から出てきた
2539F金山始発18:14、快速米原行です。
たまたま所用で出かけた帰りに、
熱田イオンの直ぐ南にある跨線橋を渡り終えたところで
丁度ドンピシャのタイミング。
早速、カメラを出して撮影しました。

中日新聞の記事は全くの偶然なのですが
今思おうと、この時私はきっと
117系に呼び止められたのでしょう。

2010年08月10日 18時50分

新瑞橋駅の停止位置表示

昨日までの「停止位置」表示繋がりです。

写真は、名城線新瑞橋駅左回り(八事方面)ホームです。

乗車位置表示は18番で最後尾です。
ここにも「停止位置」表示がありました。

最後尾に『停止位置』とは?
新瑞橋駅は、私が毎日乗換えている駅で
鶴舞線『丸の内』駅の「停止位置」表示を見つけた時に、
この新瑞橋駅にも疑念が生まれました。

名城線右回りに「新瑞橋行き」は存在しますが、
そもそも新瑞橋駅の八事よりに渡り線はありません。

では、この「停止位置」表示は何のため?

ここからは私の推理です。
以前、新瑞橋駅が名城線の終点だった時代に
新瑞橋駅の奥に電車の留置線があり
そこから出てきた電車をホームにつけるためだったのでは。
と、思った次第です。

今は不要と思われますが、実は使っているのでしょうか?



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!