2012年07月29日 19時59分

大井川鐵道「生ビール列車」(1)。

名古屋・鉄道散歩をしばし中断します。

「カンパーイ!!」。さてこの「カンパーイ!!」の写真は一体この日、何回目の「乾杯」だったのでしょうか?私は昨日(7月28日)、大井川鐵道の『大井川納涼 恒例!!生ビール列車』を楽しんできました。

大井川鐵道は昨年の10月8日に行ったばかり(このブログでは昨年の10月27日~11月22日掲載)だったのですが、縁があるとはこういうことなのでしょう。

今年の6月に、“リアル”「鉄」友のAさんから「大井川鐵道でビール列車が走っているのを知っていますか?」と聞かれ、「エッ!知らない」と答えたら、「毎年、仲間内でビール列車に乗っているのですが、参加しますか?」と聞かれ、「是非!」とお願いし、その決行日が昨日(7月28日)でした。

おやっ?どうして“リアル”などという言葉を私はわざわざ、しかも括弧付きでつけているのでしょう?その理由はAさんが募った20名の参加者に訳があります。実は「グリー」や「mixi(ミクシィ)」のSNSや、何と「PC-VAN」(パソコン通信と言っても今の若い人には通じない…)の友人たちが殆どで、私のように日頃“リアル”な付き合いしかしていない方が少数派でした。

 

(参考)

大井川鐵道の『生ビール列車』は7月17日~8月18日の間に9回開催され、旅行代金は6000円。(大人)

列車は「新金谷」~「千頭」をお座敷車・展望車で往復するもので、料金には「金谷」~「新金谷」間の“乗継列車”の運賃も含まれており、往復3620円の運賃を除くと2380円が生ビール・レモンサワーの飲み放題と写真の「おつまみ」の料金となります。

持ち込みは自由で、「おつまみ」の上にちらっと見えているものだけではなく、 みんなが様々な『おつまみ』を持ち込んでいました。

列車の定員は110名。昨日は満席(間違いないと思います)のようで、その内の20名が我がグループでした。

2012年06月26日 22時24分

富山ライトレールの楽しみ方(2)。

富山ライトレールの前身、JR西日本『富山港線』の更に前、国鉄『富山港線』の時代にこの路線と言ってよいかどうかさておき、とにもかくにも乗っています。

昭和53年(1978年)9月27日の水曜日、夜の9時過ぎに仕事を終えた私は、一旦自宅に戻り、名古屋駅へ急ぎました。そして6月5日にUPした「昭和53年の富山地方鉄道」に書いたのと同じ「名古屋」発23:49の高山本線の急行707D「のりくら6号」の乗客となりました、そして「富山」には9月28日の4:36着。しばし時間をつぶして「富山」発5:30の富山港線の始発121Mに乗り5:46に「岩瀬浜」に着きました。

折り返しの上り始発電車は「岩瀬浜」発6:15。その時間を利用して乗車記念の入場券をちゃんと購入。でも“駅のスタンプ”は私の手元に残っておらず、スタンプがそもそも無かったのか、それとも私が押し忘れたのか、今は闇の中です。

それにしても昭和53年のというかこの前後は休みという休みはほぼ「鉄道の乗りつぶし」にあてており、今とは比べるべくもない“充実した”『鉄道の日々』を送っていました。自分でも呆れるほどです。当時のスケジュール帳を見ていて「若かった」としみじみと今、思っています。

 

等という感傷はさておき、所要時間20分前後で走っていた国鉄「富山港線」の途中駅数7が、富山ライトレールとなってその数は11に増えたものの、所要時間は22分~24分と国鉄時代に比して決して引けを取りません。それもLRT化の効果と言ってよいと私は思っています。

2012年06月19日 23時17分

北陸鉄道小松線。

この6月10日までUPしていた「富山地方鉄道」「加越能鉄道」は昭和53年9月11日に乗ったのですが、その後北陸本線で「津幡」まで移動し、9月12日は七尾線「津幡」~能登線「蛸島」に乗車。翌13日は七尾線「輪島」から「金沢」に抜け、北陸鉄道浅野川線に乗り、更に北陸本線「小松」駅を起点にしていた北陸鉄道「小松線」(「小松」~「鵜川遊泉寺」)に乗車しました。

写真は「小松線」の終点、「鵜川遊泉寺」駅です。写っているのはモハ3000形のトップナンバー3001号で、写真で見てとれる通りその車両長は短く(Wikipediaによれば全長14.82メートル)、その小さな電車が1時間に1本程度、5.9キロの道程(みちのり)を15分強で往復していていました。

この小松線は、私が乗車した後も何とか8年間踏ん張り続けましたが、昭和61年に刀折れ矢尽きました。

写真では雑草が目立っており、一見、鉄道としては息も絶え絶えといった感がありますが、それでも線路の部分はきれいに整備されているのが見て取れ、北陸鉄道の保線の方の努力が伺えました。(地方鉄道の終焉間近を見てきた私の感想です)

3001号の車内の写真が1枚残っていました。改めて見て、背もたれが木製であることがとても驚きでしたが、昭和53年当時であってもこれは相当に珍しかったので撮影したのではと思っています。

ところで今回の写真は、実はプリントしていないようです。たまたまネガを整理していた時に、3コマだけのものが出てきて、「オヤッ」と思ってスキャンしたらこの写真でした。 手元にプリントで残っている「小松線」の写真は、起点の「小松駅」のもので、それは逆にネガが行方不明です。

2011年12月03日 18時11分

リニモ車両基地見学会(7)見学会を終えて。

写真は2005年の3月18日に撮影したリニモです。
(万博の開催年だけは平成の年号より2005年の方が私には馴染んでいます)
この写真のようなリニモとゴンドラの組み合わせを撮影された方も多いと
思われますが、これは万博開催前に業務打ち合わせで会場に向かった際、
開業直後のリニモに乗り、万博塗装の第9編成を(偶然)撮影したものです。
(ところでこの編成、ここを去った今、どうなっているのでしょう?)

このリニモ。その先端的な技術はともあれ、愛知万博終了後は
「折角作っても・・・」と、その存在意義が問われ続けています。
もっとも作る前から『需要予測』についての疑義があったのも事実です。

今回、久しぶりに乗車し、確かに藤が丘駅の乗り換えは不便ですが、
乗り心地も良いですし、10分間隔の利便性も都市交通としては及第点です。
ただ如何せん、足として使う必要のある人が少ないのが現状でしょう。
その分析はネットで検索すればいくらでも出てくるでしょうから私が
ここで触れるまでも無いほどその前途は明るくありません。
その他にも細かいことですが、全線が地下か高架であり、駅の入り口に
辿り着いてもそこからホームまでの導線が長く、またエスカレーターの
設置準備はされていても、その部分にはまだ何もない駅もあります。
(エレベーターは設置されています)
一方「浮上式鉄道」ということで一般的な電車よりも電気代などの
ランニングコストもかかるような気もします。
またマナカが使えないのも残念です。

それでも今回『車両基地見学会』に参加し、少しでも多くの方にリニモを
知ってもらい、もっと多くの方に利用して欲しいという想いが、説明を
して下さった方たちの丁寧な対応ぶりから伺えました。
『走るパビリオン』と言われ注目を浴びた「リニモ」を“パビリオン”で
終わらせない方策は無いものでしょうか?難しい課題ですね。

2011年12月02日 18時09分

リニモ車両基地見学会(6)リニモ浮上!

見ようと思っても普通では絶対に見られない『8ミリの世界』がこの2枚の
写真です。

右側が“浮上”状態で、左側が“着地”状態です。
赤い矢印の上の部分に注目!何となくでもよいのですが、この違いに
お気付きいただけましたでしょうか?
リニモが浮いたその瞬間、参加者が一斉にどよめきました。

今回、リニモの“8ミリの浮上” は先に書いたとおり「愛・地球博記念公園」駅に停車中に乗車した状態でまず体感しているのですが、
参加者の歓声は、この目の前で実際に浮上し、着地した時の方が
大きかった印象です。

リニモの“浮上”“着地”は、余程集中していないと気付き難いと
私は思っており、今回も往路の「藤が丘」での“浮上”、
「愛・地球博記念公園」での“着地”は『これだな???』という
「気のせいでは無かろう」というレベルだと感じており、『体験時』には
乗務員さんの「アナウンス」があったので実感できたと思いました。

それが実際に目の前で軌道から車体が浮き上がり、そして着地する模様を
見ていると流石に「オーッ」と思ってしまい、それは全参加者にとって
共通の出来事だったようです。

やはり車両基地見学会は得難い体験の連続となりました。

2011年12月01日 18時08分

リニモ車両基地見学会(5)パンタグラフ(?)を発見。

一般の営業運転時に、リニモで一番まじまじと見る事が難しいのは
きっと車両に電気を供給する電車線と車両側での集電装置及び走行台車の部分でしょう。

走行台車はモジュールと呼ぶそうですが、1両あたり5組(左右で1組、
計10台)ついており、それを間近に見ることができました。(上段写真)
また写真では分かりにくいかも知れませんが、コンクリート部分の手前に
碍子の上にある『電車線』(この用語の使い方はリニモの資料によっています。所謂 “架線”にあたります。)が見えます。
そしてモジュールの一番左の部分から下に“足”の様に伸びているのが
集電装置で、それを斜めからUPにしたのが下段写真です。

下段写真では『電車線』が無いので、集電装置の構造がより分かり易いかと
思いますが、“普通”と言うと御幣があるかも知れませんが、
電車のパンタグラフより、どちらかと言えば第三軌条の集電靴
(コレクターシュー)の方がイメージに近そうです。

JR東海の超伝導リニアでは非接触型の集電ですが、同じ磁気浮上式
(浮上の仕組みは異なりますが…)でもこちらは最高時速100キロと
言うことで接触型となっていると思われます。

この「集電装置を確認したかった」というのも私が今回のイベントに
応募した理由(2)となるのですが、やはり普段見られない(見にくい)ものが見られるのは楽しいですね。

※走行台車の詳しい解説は「リニモ」のHPに詳しく出ていますので
そちらをご参照ください。

2011年11月30日 18時00分

リニモ車両基地見学会(4)分岐器は本体ごと移動。

今回の「車両基地見学」では、私の入っていたA班はまず「リニモ」の
概略を知るビデオを鑑賞し、その後、「運転司令室」見学をし、
続いて屋外での「リニモ」の『浮上・着地』を間近で見、
更にご覧の「ポイント」の切り替えを見学しました。

リニモのポイント切り替えをまじまじと見たことは今回が初めてで、
実は、今回の見学会で「愛・地球博記念公園」で、ポイントの切り替え
(というより“移動”の方が相応しいですね)を乗務員さんの解説付きで
見てはいたのですが、ここ車両基地内ではより近くでそれを実感したことに
なります。

東京モノレールなどで“構造物本体”が動く大掛かりなポイント
切り替え(移動)は何度も見ているのですが、ここまでの至近距離で、
しかも側面から見るのは感動もので、金網越しではあるものの、
参加者の皆さんは盛んにカメラのシャッターを押していました。
勿論、私もその一人でした。

私は“普通”の線路でも、ポイントが切り変わる様を見るのは
『好き』な方だと思いますし、7月の北海道では2箇所でポイントを動かして
一人悦に入っていました。この「ポイント切り替え」という行為は
大袈裟に言えば「人生のターニングポイント」の選択をしているような気分で、
一度切り替わればそのレールの上を走るしかないことになります。

その選択に間違いがあれば鉄道では大事故ですし、個人の人生でも
大きな分かれ目です。もっともそんな大それたことを『ポイント切り替え』を
見る度に考えていることはなく、まずは珍しいものを見た気分でした。

2011年11月29日 17時58分

リニモ車両基地見学会(3)リニモの居場所は一目瞭然。

「運転司令室」のリニモ運行状況のモニター画面のUPです。

上段写真は「藤が丘」駅と「はなみずき通」駅の区間の表示ですが、
“赤い”線の部分が今、正にリニモがいる場所です。つまり、画面中央の
クロスしている場所が「藤が丘」の渡り線部分で、写真でそこが
“赤い”ということは「八草」発「藤が丘」行きの編成が本線から
ポイントを渡り、「藤が丘」に入線しようとしていると言うことになります。

なお時間経過で話しをすると、渡り線の色はもともと「はなみずき」から
「藤が丘」構内(上の番線)に向かって白く表示されており、
その内「藤が丘」行きが「はなみずき通」を出発すると共に徐々に
“赤い”線が「藤が丘」に近づき、最終的にご覧の通り渡り線を通過し、
この後、「藤が丘」のホームの上側の線が「白」から「赤」に変わりました。
この間、「藤が丘」の画面下側の線とそこから「はなみずき通」へ
向かう渡り線には『色』は表示されず“黒抜き”のままでした。(当然です。そうでなければシステムトラブルでしょう)
参考までに「藤が丘」と「はなみずき通」の間にも1本の“赤い”線が
ありますが、「八草」行きがここを走っている証明となります。

一方下段写真は車両基地内の表示ですが、一番上から2番目の線が
「赤く」なっており、かつ一番下の線も「赤い」のはそこにもリニモがいると
いうことで、解説すると上の3線は留置線であり、下の2線は工場内と
なっており、何れにしろ基地内までシステムで監視されているのは
少々驚きでした。

2011年11月28日 18時10分

リニモ車両基地見学会(2)車両基地を覗いてみれば。

上段写真は、実は帰りのリニモの車内から撮影した車両基地で、
今回、往路の乗務員さんの説明で気付いたと言うのも何ですが、
リニモには防音壁が無いため非常に見通しがよく、こうした写真を
撮影できました。
で、この日、私は1時間ほどこの「車両基地」の中にいました。

ところでリニモに防音壁が無い理由ですが、浮上して走行するので、
レールとの接触がなく、そのため騒音が少なく、結果、一部を除き
その路線の殆どが高架であるにも関わらず防音壁は無くても
大丈夫なのだそうです。成程ね!

下段写真は普段は絶対に見られない「運転司令室」です。
これは私が今回のイベントに応募した理由(1)となるわけですが、
通常、3人の方がこの中で運転状況の『監視』をしているそうで、
正面のモニターには、今、どこをリニモが走っているか?
ポイントはどの番線に繋がっているか?
が、本線のみならず車両基地内も含め一目で分かると共に、
各駅の監視モニターの映像が常時確認できるようになっていました。
まあ、当たり前と言えば当たり前の話しで恐縮ですが、やはりこうして
目の当たりにすると少々興奮してしまいました。

また、「運転司令室」の右側にはパソコンと電話の受話器が並んでおり、
駅や車内の乗客の方からの連絡はそこで対応するようになっています。

たまたまですが、丁度私たちの見学中にどこかの駅からと思われましたが
『問い合わせ』の連絡があり、係りの方が正面のモニター前を離れ、
右側のデスクで対応されていました。ガラス越しのため中の音は外に
漏れていないので詳細な状況は分かりませんでしたが、緊急事態で
ないことだけは担当者の方の表情から読み取れました。

2011年11月27日 15時54分

リニモ車両基地見学会(1)10月29日、回送列車(?)に乗車。

10月29日(土)、抽選に当たったのでリニモの車両基地見学会に
出かけました。
●イベント名…「貸切リニモで行く!リニモ車両基地見学会」

朝9:30、集合場所の藤が丘駅には小さな子供連れを中心に大勢の方が
おられ、私のような『鉄の一人』は殆ど見かけませんでした。
参加者はリニモ1編成の『座席定員』104名で、「藤が丘」10:01、
案内表示では「回送」の列車(上段写真)に乗り込み、
途中「愛・地球博記念公園」では中線に入り、そこで『磁気浮上式』の
“浮上体感”実験をしつつリニモ車両基地の最寄り駅「陶磁資料館南」には
10:25過ぎに到着しました。
(下段写真は私たちを下ろしたあと、「八草」方面に向かう『回送』列車)

因みに私たちが乗車した“スジ”ですが、『愛知高速交通』が行っている
「わくわく貸切Linimo」という貸切体験列車のもので、
パンフレットによれば毎時01、31出発で本来なら「愛・地球博記念公園」
もしくは「八草」まで乗車となっています。
(11:01~16:31発の間で運行可能とのこと)

今回の『車両基地見学会』も基本的にはそれと同様の内容で、
「貸切リニモ」の特典である
1)普段は無人運転のリニモに乗務員が添乗し、リニモの魅力や秘密を解説。
2)「急加速」のデモンストレーション。
3)「着地・浮上」のデモンストレーション。
4)特製パンフレットの配布。
以上は全て私たちも楽しみました。

それにしても家族連れの中での一人は結構さみしいものがありました…。
子供が小さければきっと無理やりにでも連れてきたのでしょう・・・。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!