2010年07月25日 18時06分

明知鉄道気動車体験運転 明智への道Ⅱ

「木曽路はすべて山の中である」としたのは
島崎藤村の『夜明け前』ですが
木曽路の手前、東美濃路も結構な山の中です。

写真は、JR恵那駅ホームから、右方向に分岐する
明知鉄道を臨んだものです。
駅を出てすぐに差し掛かる
33パーミルの上り勾配がはっきりとわかります。

国鉄・旧明知線(今の明知鉄道)は、
山中に鉄道を敷設するため
当時の技術的な限界の範囲内とはいえ
連続する急勾配、急カーブで乗り切らざるを得ませんでした。
※私・個人的には、スケールは小さいかも知れませんが
 日本有数の山岳鉄道の要素を持っていると思っています。

時代が変わり車両の性能が格段によくなった今でも、
殆どの区間は時速40~50キロ程度という低速です。

2010年07月25日 9時00分

明知鉄道気動車体験運転 明智への道

明知鉄道明智駅10:30集合ということで
まずは千種駅発8:06の特急「しなの」に乗車。
恵那には8:41の定刻に到着。

そして恵那駅で購入したのが
「DMV実証実験走行記念明知鉄道1日フリー切符」。
明知鉄道がこの3月に行った「DMV実証実験」を
記念して発売した乗車券です。
※残りが少なくなっており現在発売しているのは、
 「恵那駅」だけと聞きました。

この切符を持って
恵那駅発9:27の明智行きに乗りました。

ところでこの明智行き、恵那を3分延発しました。
理由は、名古屋からの快速が9:25着で
その接続待ちをしたからです。
実は、『2分の乗り継ぎ時間なら明知鉄道は
出発を待ってくれる』のではと思ったのですが、
万が一を考え、私は「しなの」を選択したのです。
*この快速電車で来た参加者の方に話しを聞いたら
 普段は中津川行きのこの電車、
 昨日は「ナイスホリデー木曽路」塩尻行きとして
 運転されており、千種駅の乗車時に既に立っている人も多く
 結局恵那まで座れなかったそうです。
 ※乗客の大多数の目的地は「原野駅」。
 恐るべし!ウォーキングブーム。
 「特急料金の1150円は無駄ではなかった!」と
 前向きに考えることにしました。

2010年07月24日 19時38分

明知鉄道気動車体験運転

本日、岐阜県の明知鉄道で
「アケチ14」を運転してきました。

たまたま明知鉄道のHPで
「気動車体験運転参加者募集」を見つけ応募、
運よく高い倍率を勝ち抜いた結果です。
※今回の募集は7月24日、25日、8月1日、22日の
 4日間。で、今日はその初日。

今回の参加者は13名。
最年少は13歳から最高齢は77歳とものすごく幅広く、
実は77歳の方以外にも71歳の方もいて
オールドパワー炸裂。
その方たちが「子供のころからの夢だった」と仰っており、
本物の気動車の運転というのは『年代を超える』と
思った次第です。

正直言って、夏休みなので子供たちに交じってやるのは
少々気恥ずかしいと思っていましたが
全くの杞憂に終わりました。

2010年06月29日 18時34分

山陽本線 上郡駅

山陽本線上郡駅でこんな看板を見つけました。
6月19日に若桜鉄道に向かう途中のことでした。

『JR上郡駅利用促進協議会』が立てたもので
『「姫路⇔上郡⇔岡山」駅間の直通ダイヤを
復活しましょう』と書いてあります。

上郡⇔岡山間は以前から直通ですが
姫路⇔上郡間の今は、日中は赤穂線からの
姫路方面行きと相生での接続となっており、
乗換えを強いられ確かに不便でしょう。

昭和50年代、播州赤穂と姫路方面を結ぶ列車も
上郡(岡山)と姫路方面を結ぶ列車も両方とも直通で、
乗り替えは不要だったと記憶しています。
今のJR西日本の経営方針では
多分、どちらの直通利用客が多いかを計算し
姫路⇔相生間の運転本数を調整していると思われます。

今の上郡⇔相生間は
国鉄時代より電車の本数は増えていると思われますが
上郡の人にとって姫路に直通しない現実が
きっと耐え難いことなのでしょう。

2010年06月29日 9時09分

若桜鉄道若桜駅

若桜鉄道の締めはこの人形です。

若桜駅の今は使われていない集札口に、
駅員さんの人形が立っています。
※改札口にも駅員さんの人形が立っています。

若桜鉄道の国鉄時代からある駅には
駅員さんだけではなく、
地元のおじさん、おばさん、子供たちの人形達が
ベンチに座ったりして私達を出迎えてくれます。

多分、地元の方が若桜鉄道への愛情を込めて
作ったものを展示していると思われますが
訪れた人の心を『ほっと』させることだけは
間違いありません。

一畑電車の話しをUPした時に、
地元の子供達が『一畑電車』をテーマに
駅のベンチに絵を描いていた話しをしましたが、
今回も地元あっての「鉄道」という気持ちが
ヒシヒシと伝わってきました。
もしも、若桜鉄道を訪れることがあったら
この人形達に一言声をかけていただければと思いました。

2010年06月28日 18時02分

旧・国鉄若桜駅

若桜鉄道、旧の国鉄若桜線は
昭和53年10月16日に
335D郡家発10:15、
若桜着10:50で乗破しました。

写真は、その時に写した駅舎ですが、
基本的に今の駅舎と変わっていません。
違いを捜せば、今は出入り口の三角屋根の所に
大きな時計があり、写真右端の部分に
電話ボックスがあります。
あと、屋根などが塗り直されてきれいに
なったことでしょうか。

私は今回の再訪時に、当時の記憶が全く無かったため、
この写真を探し出して、
今の写真と見比べてみました。

樽見鉄道の樽見駅のように、久しぶりの訪問時に
ガラッと変わっていたりすると
「あれっ」と感じることもあるのでしょうが
今回はその変貌を実感することは無かったです。

2010年06月28日 9時04分

若桜鉄道SL体験運転 修了証明書

全てのイベントが終了後、
全員が集まって「修了証明書」授与式です。
※写真左下のバッジは体験運転時に着用したもの。

何と若桜鉄道の原社長からこの修了証が
一人一人に手渡されました。
かつ、名前と「あなたはC12167号機の体験運転
第1回目を修了したことを証明します。」の文章を
「以下、同文」にすることなく、参加者全員に対して
丁寧に読んで下さいました。(ちょっと感動!)

実は今回、岡山県の『井原鉄道』の方が
見学に来ていたのですが
井原鉄道ではこれまで『子供向け』の体験運転会を
開いたことがあるそうですが、
これから大人向けの運転会を開こうと考えているとの事。

そこでリピーターが多い若桜鉄道の「手法」を学び
“大人に満足”してもらうにはどうすれば良いかを
勉強しているとの事。(参加費用と内容のバランス)
「近々始めたい」としていましたので
私も「その節は参加したい」とアピールさせてもらいました。

(裏情報)
若桜鉄道の体験運転会を、大体5回以上続けると
「ベテラン」ということで
この体験運転会の『午前の部』に参加できるように
なるそうです。(この情報はHPには出ていません)

この『午前の部』は、運転に慣れた参加者向けということで
申し込み自体は通常通り行うのですが、
『午前の部』への参加希望があるかないかの
問い合わせがあるそうです。(大体5~6名の受付)
これに参加すると、私の参加したコースにプラス
まず、運転時間が長くなったり、
転車台まで走らせたり、触れる機器が増えたりだそうです。

リピーター対策として秀逸と思いつつ、
慣れない人と分けることで、慣れない人に接する時間も増やせ
かつ、そのリピーターの人たちが午後も残り、
この体験運転会のボランティアスタッフ的な動きもしており、
様々なメリットがあると感じました。

SL体験運転、最高です。
圧縮空気と侮る無かれ。
その楽しさは経験してみないと絶対に分かりません。
今年中の再チャレンジを心に誓った私でした。

2010年06月27日 18時16分

若桜鉄道SL体験運転 転車台

いよいよSL体験運転、最後のイベントです。

C12が転車台に入った所で、
「ターンテーブルを回す方、いますか?」の声がかかり
思わずダッシュしました。

C12は全長11メートル強なので
転車台の直径は15メートルほどでしょうか。

これを人力で回すわけですが、
機関車空車重量が39.54トンなので
重さは多分、40トンくらい。本当に回るのか?
※石炭と水を積まないので実際の重さも
 空車重量に近いそうです。

4人がかりでしたが、意外と簡単に回り始めたのには
少々びっくり。
難しかったのは最後、これから入線させる線路に転車台の線路を
合わせるいわば微調整。
勢いをつけて回すことは出来ないので
ゆるゆると動かすのですが、思いっきり力をいれても
かえって動かない。でも、最終的にはOKがでました。

今回は、C12が転車台のほぼ中央に止められたので
簡単な作業だったそうですが、
これが少しでもずれると結構な重労働となるそうです。
※運転士の腕が問われるとのこと。

何事も奥が深い!と実感しました。

2010年06月27日 9時03分

若桜鉄道SL体験運転 走行線

SLの運転が出来る走行線のこれがほぼ全て。

実際には、写真の少し左側がスタート地点です。

撮影の仕方次第ですが、細かいことを気にしなければ
カメラを縦位置にし望遠のUPで
この線の中央付近を走るC12を狙うと
後ろの山並みの緑と蒸気機関車の黒のコントラストが
結構いい感じでした。(単機回送的雰囲気…、私だけ?)

ところでこのC12167号機ですが、第二次世界大戦の末期
昭和19年8月31日から昭和21年11月6日まで
鳥取機関区に配属され、実際の若桜線を走っていたそうです。

それから西日本を渡り歩き平成19年8月8日に
ここに戻ってきました。

167号機もこんな運命が待っているとは
よもや思っていなかったでは?

石炭を積むことも、煙を上げることもありませんが、
それでも汽笛、ドラフトは一端(いっぱし)。
老後の余生を、まずは自らが産業遺産として
はたまた現役時代を過ごした若桜への恩返しに
これからも活躍してほしいと
走る姿を見ながら感じた次第です。

2010年06月26日 19時06分

若桜鉄道SL体験運転 カーブでの動輪

SL体験運転会で、C12の起点はカーブになっていました。
以下は、私の個人的なこだわりです。

私が以前から興味があったことの一つに
動輪とレールの関係は
「カーブでどうなっているか?」でした。

写真で、右側の動輪踏面と左側の動輪踏面の
レールと接している場所の違いが
分かっていただけるでしょうか?

右側の動輪踏面は、レール端の内側(奥)にありますが
左側の動輪踏面はレール端からはみ出ています。

動輪は完全に固定され、左右にずれる事はないので
この写真のようになるのは当たり前ですが
実際に目の当たりにすることは少ないのでは?
※電車のボギー台車のような2軸では
 このような現象は無いと思います。

やはり蒸気機関車のように
台枠に固定された車輪が3軸以上であったりすると
こうなるわけですが、こんなに分かりやすいとは
思いませんでした。

今回のSL体験運転の収穫の一つでした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!