2017年04月02日 13時58分

台湾/烏樹林糖廠(1)2度目の烏樹林。

台湾/台南市新営駅からタクシーで15分ほどのところに「烏樹林糖廠」があります。

ここでは廃線跡を利用した観光列車が、平日も運転されています。

このブログでは2014年11月29日(土)に出かけたここ烏樹林糖廠の旅を2014年(平成26年)12月30日からUPしています。つまり今回が2度目の訪問。

その理由は同行者のリクエストによるもので、まあそれも良いかな?とやって来た次第です。

勝利号。自走式客車。先回はこの車両に乗っていますが今回は見るだけ。

構内には静態保存の車両も多数あり、グルッと回っても飽きることはありません。

14:30発の観光列車に乗車。広い道路では車を待たせてナローゲージの観光列車が威風堂々の通過。結構爽快です。「そうかい」などと言う突っ込みは無用です。

片道は約20分で、終点で少し停車し往復で約45分のミニトリップ。

2016年06月09日 20時32分

台湾鉄旅/苗栗鐡道文物館(4)気になった車両たち。

今日は展示されていた車両の中からお気に入りを抜粋。

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CT152。

日本でいう8620形。

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DT561。

1920年(大正9年)のアメリカ製。スタイルがとってもアメリカンなのですが、大正時代にアメリカ製の1067ミリゲージを輸入したということでしょうか?

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R6。1960年(昭和35年)の日立製。アメリカの機関車かと思ったら日本製でビックリ。思い込みはいけませんね、

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製糖鉄道(台糖公司虎尾糖廠)の線路巡回&公務車。こんな車両に乗って台湾の風に吹かれてみたい。

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同じ762ミリゲージのナローでも大きさが違う。こちらは台湾東部の幹線/台東線が現在の1067ミリゲージに改軌される前に活躍していた機関車。愛嬌のある表情がGOOD。台湾鉄道の工場で作られた貴重な車両だそうです。

ここでの見学時間ですが、さっと見るだけなら30分。ノンビリ回って1時間ほどでしょうか。私は40分ほどここにいました。

なかなかここに足を運ぶ機会は無いかもしれませんが、2~3回目の台湾鉄旅ならお勧めです。

2016年06月08日 20時30分

台湾鉄旅/苗栗鐡道文物館(3)苗栗駅。

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8:24に苗栗到着。この日の朝一番の鉄活は苗栗鐡道文物館見学です。

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苗栗については事前の知識がなく(勉強して行けよ!)、乗車するお客が思いのほか多いのに驚きましたが、普悠瑪号が停車するのだからそれはそうだろうと納得。

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橋上式駅舎で自由通路のある今時の駅。通路はガラスの部分が大きく、明るくかつ外の見通しが良いのが特徴。

右の奥にあるのが目的の苗栗鐡道文物館がある場所です。

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今は駅から案内表示に従って5分も掛かりませんが、橋上式になる前、この施設は駅の反対側にあるためグルッと大回りをしなければならず、確か徒歩で10分以上掛かったとか聞きました。

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到着。何ともオープンな博物館。

2015年10月22日 19時55分

サハリン(樺太)鉄道旅(20)雪との戦い!アンドレイ館長渾身の鉄道写真Ⅱ。

SONY DSC

2009年2月17日撮影。

鉄路を守る鉄道員の努力は世界中、変わるものではありません。館長はそんな姿も追っています。

ФРЭС-2_鉄道歴史博物館

2004年2月6日撮影。

どれだけの雪の壁なのか気が遠くなります。

DSC02266_鉄道歴史博物館

2005年12月23日撮影。

9月に出かけた私にサハリンの冬の厳しさの実感はありません。北海道の冬から察する事は出来るもののやはりこうした写真を見ると改めで「道」を守ることの難しさを実感します。

2015年10月21日 19時53分

サハリン(樺太)鉄道旅(19)絶景!アンドレイ館長渾身の鉄道写真Ⅰ。

サハリンの鉄道を知り尽くしたアンドレイ館長撮影の渾身の鉄道写真。撮影日順ではないのはご容赦下さい。

またこうして私のブログでの紹介を快諾された館長さんにはただただ感謝です。

DSC01465_鉄道歴史博物館

2007年6月21日撮影。

日付から季節感と景色の関係が分かります。

撮影地は恐らく西海岸の路線と思われますが、断崖絶壁とはこういうところをさす言葉だと実感しています。

SONY DSC

2008年8月13日撮影。

DSC08846._鉄道歴史博物館

2005年1月28日撮影。

DSC01832_鉄道歴史博物館

2005年11月15日撮影。

DSC07737_鉄道歴史博物館

2006年9月2日撮影。風景&13両の客車から、東海岸をサハリンからノグリキへ向かう列車と思われますが確証はありません。

ст.Ноглики-пас.перрон_鉄道歴史博物館

2005年3月30日撮影。

撮り鉄の方が見たら撮影に出かけたくなる風景・光景ばかりではないでしょうか?

ではこれらの写真は行けば撮影出来るものでしょうか?ひょっとしたら出来るかもしれませんが、現実的には極めて「困難」ではないかと私は思っています。

まずどこに行けばどんな風景に出会えるかを知るのは、撮り鉄情報が出てこないロシアにあっては相当に難しい作業と言えます。また衛星写真等で見当を付けたとしても、そのポイントに辿り着く道があるのか無いのか?というハードルも待ち受けています。

一方で本数は少ないながら旅客列車の運転時刻はサハリン州鉄道のHPや現地で知ることができますが、DHタイプの重厚な機関車が牽く貨物列車のダイヤは公表されていません。

言わずもがなですが、これらの写真はサハリンの鉄路の全てを知り尽くしている館長さんだから撮影できたものであり、この写真を最初に見た時の感動をこの場に及んで旨く表現できない自分を歯痒く感じています。

2015年10月20日 19時51分

サハリン(樺太)鉄道旅(18)D-51-4牽引の観光列車。

ユジノサハリンスク駅構内で保存されているD-51-4号機。

かつては観光列車としてD51牽引の列車が運転されていました。それに乗る日本からのツアーもあったと聞いていますが、私は残念ながら行く事は出来ませんでした。今日は鉄道歴史博物館のアンドレイ館長撮影の写真で振り返ります。

DSC00123_鉄道歴史博物館

2005年5月5日撮影。ロシアのブロードゲージの客車の台車を1067ミリに履き替えているとのことで客車が一回り大きいのが印象的です。

DSC04711_鉄道歴史博物館

2006年5月6日撮影。ユジノサハリンスク駅。

DSC04738_鉄道歴史博物館

同じく2006年5月6日撮影。館長さんに撮影地までお聞きする余裕が私に無かったのが残念です。

DSC03958_鉄道歴史博物館

最後は2004年6月16日撮影の廃車体。アンドレイ館長はこうした悲しい記録もちゃんと撮っておられました。

2015年10月19日 20時48分

サハリン(樺太)鉄道旅(17)館長さんと固い握手。

 

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ところで展示室の入り口には横に描かれたサハリンの鉄道地図があります。

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その地図では日本の稚内と橋で結ばれています。

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またサハリンの西海岸にはロシア本土と結ぶ海底トンネルがあります。

壮大な夢物語といえばそれまででしょうが、その地図がここサハリンの鉄道歴史博物館の入り口に掲げられているという事は、島であるサハリンの「切なる願い」がそこにあり、日本の4つの島が鉄路で繋がっていることとも無縁ではなかろうと思いました。

こうしておよそ3時間弱も博物館に滞在し、楽しい時間を過ごしました。そして最後に館長さんから思いがけない申し出あり。

実は博物館で過ごした最後の30分ほどは館長さん自身が撮影したりスキャンした画像データを見せてもらいながら、サハリンの鉄話で盛り上がっていました。そしてその画像データの一部をコピーしても良いとのお言葉。また「サハリンの鉄道の歴史、サハリンの鉄道の今を紹介する」ことを条件に、私のこのブログでの使用もOKとの言葉を頂きました。もっともその使用方法の責任の重さについてはヒシヒシと感じています。

※明日からその一部を紹介します。「提供:鉄道歴史博物館」の文字が入れてあります。

※帰国時の船内で館長さんと親交のある方と知り合ったのですが、「彼(館長さん)はサハリンの鉄道を本当に愛している」「あなた方(同行者全員)の(サハリンの)鉄道への愛情が本物だと伝わったのでしょう」とされており、今回の旅はやはり同行の方に恵まれたと思った瞬間でした。

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別れ際に館長さんと固い握手。

奇跡の出会いが生んだ正に奇跡のひと時であり、かつ至福のひと時でした。

さてここを確実に見学する方法ですが、事前に館長さんに電話するようになっているようで、入館方法と電話番号は展示室の入り口にロシア語で書いてありました。で、間違いないと思います。ただロシア語で電話と言うハードルをどう越えるかが最大の難関とも言えます。

もっとも運がよければ私達のように展示場で出会えるかも知れないませんが…。

2015年10月18日 20時44分

サハリン(樺太)鉄道旅(16)鉄道歴史博物館の展示室。

本シリーズ(12)でUPしたD51の丁度裏手に当たる位置に鉄道歴史博物館の展示室がありました。

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車両展示場で出会った館長さんが案内してくれたのですが、そうでなければ行きつけなかったかも?そんな場所でありかつ建物であり、しかも展示室はこの2階にあります。

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中には樺太~サハリンの鉄道の歴史を語る写真や鉄道用具が所狭しと並べられており、あらかじめ「樺太」の鉄道の歴史を少しで良いので学んでいくとロシア語の案内の内容が分からなくてもある程度は理解できます。

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用具の類も何となく用途が分かります。

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館内の写真は個別に紹介はしませんがまあ雰囲気ということでご容赦を。

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なおこれらの展示については館長さんからずーっと説明を聞きながら周っており、元鉄道員だから詳しいのではなく、本当に鉄道愛に満ち溢れた方だと感じました。

さて私達はロシア語の説明が分かったのでしょうか?実のところさっぱり。でも歴史の話をしている時に年号は手で数字を示したりして、それと写真等を紐付ければそこは何となく通じるものがあります。またこちらが日本語でこれは何?とか聞くとそれはそれで返事があり、その内容も何となく分かったりして、いやっ正しいかどうかは別にして気持ちが大切だと!言い切ることが日露友好なのです。

以心伝心。

2015年10月17日 20時41分

サハリン(樺太)鉄道旅(15)鉄道歴史博物館/ナローの雄。

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サハリン北部のノグリキ~オハの間に2006年まで全長で233キロのナロー(750ミリゲージ)の鉄道がありました。

※オハ─ノグリキ狭軌鉄道線(Узкоколейная железная дорога Оха—ноглики)をロシア語のHPを検索し、翻訳ソフトで表示された内容を参照しています。

ここに展示されているナローの車両はそこで活躍してもので、ナローゆえのその大きさからかとてもそんな長距離を走っていたとは思えません。

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博物館の車両展示場の入り口にいて私達を出迎えてくれたナローの蒸気機関車と記念写真。

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日本のものでないことはわかりますが、それはさておき私が気になったのは連結器です。

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リンク式といえば確かにその部類に入るのかもしれませんが、真ん中にバッファー(?)があって両サイドで車両を繋ぐタイプは初めて見ました。

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ところで蒸気機関車の後ろにはシールド工法でのトンネル掘削で使われる巨大なコンクリートの壁面。ロシアのブロードサイズのトンネル工事の際に実際に使っていたものを移設したそうです。2つの大きさのギャップが面白かったです。

2015年10月16日 20時19分

サハリン(樺太)鉄道旅(14)鉄道歴史博物館/除雪車。

雪国という場所柄でしょうか除雪車が多数展示されています。

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ロータリー式除雪車。完璧とも言える保存状況。これは日本の国鉄タイプで日本統治時代の生き残りでしょうか?

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一方、ジョルダン車(広幅除雪車)ですが、小樽鉄道博物館にいるジョルダン車より一回りほど大きく感じ、ロシアのブロードゲージ(1520ミリ)用の車両の台車を履き替えて使っていていたのではと思えるほどの迫力あり。(本当にそうかも知れませんが確かめていません)

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いい面構えをしています。

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一方、線路の上の部分はまるでササラ電車風。竹製ならぬ鉄製ブラシが力強い。

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ウイングのアームもまるでボディービルダーの筋肉ムキムキの腕の如し。

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クレーン車も一味違います。この他にも工事、保線用車両がいろいろいて日本の同様の博物館とは趣が異なります。しかも一両ごとに特色があり私は萌えまくり。

時間がいくらあっても足りない~などとこの時点で思っていましたが、まだまだこれは序の口でした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!