2010年04月12日 18時26分

午前10時過ぎ、
乗車して最初の駅に到着。
多分、スクナとでも
読むのでしょうか?
「SUKNA」と書きます。
1面1線の小さな駅でした。
※側線を除く。
シリグリジャンクションの
次の駅とあって、標高もまだ
ほとんど稼いでおらず周りは
農村の風情でした。
午前10時過ぎ、
乗車して最初の駅に到着。
多分、スクナとでも
読むのでしょうか?
「SUKNA」と書きます。
1面1線の小さな駅でした。
※側線を除く。
シリグリジャンクションの
次の駅とあって、標高もまだ
ほとんど稼いでおらず周りは
農村の風情でした。
ちょっと話しは戻りますが、
ブロードゲージとのクロッシングを
渡るダージリン鉄道。
1676ミリを超ナローの
小さな車両の
低い視点で見るとご覧の通り。
ものすごく広く見えます。
見えるどころではなく
本当に広いです。
日本標準と比べて約60センチ、
30センチ物差し2本分です。
普通にみるより
ダージリン鉄道に乗ってみた方が
迫力を感じました。
追伸:これからは、時間軸に沿って案内します。
ダージリン鉄道のトイレの中は
こんな感じ。
トイレの話しを2日間に渡って
するものではないと
お叱りを受けそうですが、
何を隠そう、日本の昭和の常識、
『垂れ流し』です。
足型の下は、直ぐに路面です。
写真では分かりにくいですが
その路面が異常に近く(当然ですが)
スピードの遅いこの鉄道でも
なかなかの迫力でした。
で、ふと考えました。
民家の前だけではなく
繁華街のど真ん中、
八百屋、魚屋、衣料品店、雑貨屋等々が
立ち並ぶ通りを走るこの鉄道。
「黄害」は大丈夫?
ダージリン鉄道について書かれた
ガイドブック(雑誌を含む)や
あまたある「ホームページ・ブログ」でも
意外と触れられていないのは『トイレ』。
実は、こんな小さな車両ですが
1両ずつ、全ての車両にトイレがあります。
何かの本で、『駅に停車中、出発時間を
気にしながらトイレ…』と
書いてあった記憶がありますが
一体、何だったかと思います。
ご安心ください。トイレはあります。
これが車内です。
私の隣は車掌さんで
車両の通り抜けが出来ないので
一旦来たら、当分一緒です。
私の乗車した2等車のお客さんは、
ガイドさんの話しだと
アメリカとヨーロッパからの
観光客が一組ずつと
インド東部の町、カルコタの
若者集団でした。
この若者集団は、途中駅で車両から降りていて
動き出した列車にびっくりして
飛び乗ろうとしたのですが失敗し、
列車を急停車させていました。
ダージリン鉄道は、
トンネルもなく、
ひたすら道路とともに走ります。
全長88キロ、高低差2000メートルを
ただ上り続けます。
沿道では、列車を見送ってくれる
子供連れもいて和やかな雰囲気です。
私の実体験として
昭和40年代、
軽便の走っていた頃の風景を
思い起こさせてくれました。
なお、この親子は偶然いた方たちで
そのまま撮影させてもらいました。
シリグリ駅を出て、すぐ、
ダージリン鉄道は、国鉄を横断します。
610ミリと1676ミリの
幅の違いを実感してください。
半分以下なんてもんじゃないですね。
ここを渡る時のジョイント音は
不思議な感じで
『最高!』でした。
タタタタンッ、
うまく表現できません。
きっと「音」鉄の方には
たまらないでしょうね。
シリグリ発9:30、ダージリン行き1D。
ニュージャルパイグリを9:00発の
列車です。
定刻ですと、シリグリは9:28着でしたが
10分前には着いていました。
なおSLは、貸切り以外では
ここまで来る列車がないとのことでした。
なお、列車の所定時間は
インド国鉄のホームページを
参照しています。
シリグリ駅のホームです。
右側の黒っぽいのがダージリン鉄道、
左側になんとなく見える列車が
インド国鉄です。
そう、この駅はニュージャルパイグリ同様
広軌国鉄と狭軌の共用駅なのです。
それではいよいよダージリン鉄道にご案内します。
この駅が「シリグリ ジャンクション」駅です。
広々としたロータリーがあって
静かな地方都市の駅というたたずまいですが
決してそんなことはありません。
この写真に写っていないところでは
ダージリン行きや様々な行き先のバス、
オートリクシャーが動き回り
結構、インドの喧騒が味わえます。
前日の夜、バザールへ行きましたが
デリーや観光地と違って
いわゆる市民しかいないので
“安心”して買い物が出来ました。