2016年01月04日 9時03分

サハリン(樺太)鉄道旅(73)海にいる人。

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西海岸線を行く。

海際を行く。

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冬になれば波の花がこの鉄路を洗うのだろう。

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窓枠を額縁に例えてみる。

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14:48。ロシアの作家チェーホフが来ることのなかったと言われるチェーホフの町が見えてきました。青空が見えているのに鉛色の重々しいイメージが私の心象風景となっているのはここが北の地だからでしょうか?

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海に入っている人。9月初旬とは言え、すでに水温は低いと思われ、何をしているのかが気になりました。

2016年01月03日 20時38分

サハリン(樺太)鉄道旅(72)海苔巻きの味。

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南駅側から見たホルムスク北駅。

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道路側から見た駅舎。

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貨物列車が停車中。どれ位の頻度で運転されているのでしょうか?

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チェーホフ(Чехов)行きの列車が出るまでの時間を使ってホームで昼食。

スーパーで買った海苔巻。韓国の海苔巻き・キムパのようです。ただ酢飯ではなくいわゆるご飯。キムパならその通りなのですが、やはり醤油が欲しい。そう言えばスーパーには醤油も売っていたっけ。そういう人が買うものであって調味料を持たない私達向きではなかったようです。

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いよいよ乗車。お客さんは結構多い。

これから往路ホルムスク北(北真岡)~チェーホフ(野田)間の距離44.7キロ。

復路チェーホフ(野田)~ホルムスク南(真岡)間47.6キロ(昭和14年の時間表参照)の旅が始まります。

●北駅13:30発の列車が3:25着の5分停車なのを失念していてちょっと焦ってギリギリで撮った写真。恥ずかしい。

2016年01月02日 20時29分

サハリン(樺太)鉄道旅(71)ロシアの踏切事情。

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ホルムスクのロシア正教会は改築中。

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12:50過ぎ、ホルムスク北駅(Холмск-Северный)まであと一歩と言うところで踏切の警報が鳴り始めました。

※(68)でUPした踏切です。

気動車が通過。この気動車は南駅までの送り込み回送で、折り返しチェーホフ(野田)行きとなり、これから私たちが乗ることになります。

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そうそうっ、サハリンの踏切で特に交通量の多い道路でたまに見かけた車止め。警報機がなり暫くするとこうして金属板が持ち上がり、

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列車が通過すると板が降りて車が通ることが出来るようになります。板の上がっている角度を見ればわかりますが、これなら警報を無視してまで通ろうとする車はいないでしょうね。

2015年12月30日 20時23分

サハリン(樺太)鉄道旅(70)入港~接岸。

定期的に運航日が決まっているわけではなく、運ぶ貨車があれば出航すると聞いていたこの連絡船。

出会えればラッキーというまるでドクターイエローのような存在。

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岸壁に近づいてきました。

沖合にこの船がいることに最初に気付いたのが丁度12:00頃で、これからの私達の予定に全く影響しない時間での入港。本当に私達の今回の旅は運が良い。まして車をチャーターできずに路線バスで来たから出会えたこの瞬間です。

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間もなく接岸。

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これで接岸。撮影を始めて僅か10分の出来事で、多分このブログを呼んでいる方も「えっ!たった10分」と驚いてもらえると思っています。

DSC07830_鉄道歴史博物館

参考までにこの船に積まれるのはロシアのブロードゲージ1520ミリの貨車。

鉄道歴史博物館提供の写真でその様子が垣間見られますが、以前日本からサハリンへの「鉄道愛好家」向けツアーが何度か実施された際、ここの見学も組み込まれていたそうです。

で、陸揚げされた貨車はここホルムスクで1067ミリの台車に履き替え、サハリン各地に散っていきます。

逆にサハリン各地から戻ってきた貨車は逆の手順で1520ミリの台車に履き替えてロシア本土に戻っていきます。日本では消えてしまった鉄道車両の航送を、日本から一番近くでやっているここロシア。船のダイヤが決まっているのなら乗ってみたいものですね。

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海を臨む公園の向こうに船がいる風景。素敵です。

2015年12月29日 20時21分

サハリン(樺太)鉄道旅(69)鉄道連絡線が到着。

さて、ここホルムスク(真岡)から北の町チェーホフ(野田)にこれから乗り鉄するのですが、私達は列車の始発となる「ホルムスク南駅」ではなく「ホルムスク北駅」(Холмск-Северный)から乗ることにしました。

理由は下記のようなこと。

1)帰りのバスの乗車券の購入。

指定席なので一瞬の躊躇はあったものの列車が遅れる事は無かろうと買ったのですが、結果論としてこれは良い判断でした。

2)昼ご飯の買出し

ホルムスクの南駅と北駅の間にバスターミナルがあり、そのエリアが町の中心であっていろいろなお店が並んでいるのですが、鉄道駅の近くには一切お店がありません。(これは断言できます)

そのためスーパーで買出しを終えた私達は、南駅か北駅を目指す必要があり、ということもあって北駅を目指すことにしました。

3)列車に乗るまで時間があった。

ホルムスクに着いたのが10:25。列車が出るのは北駅で13:30。

4)市内の風景を撮影できるポイントを探しながら歩いていた。

などなどです。

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移動の途中で見かけた鳩たち。何故かこの屋根だけにぎっしり。不思議。

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港の見える公園があり、そこで海を見たら一艘の船がこちらにお尻を向けている。

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えっ?ひょっとするとと言う話しになり、しばし様子を見ることに。

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すると船尾が大きく口を開け始めた。

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中にはタンク車がいる!

間違いない!!これはロシア本土のワニノ(Ванино)とホルムスクを結んでいる鉄道連絡線だ!

2015年12月28日 20時17分

サハリン(樺太)鉄道旅(68)旧真岡駅。

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さて旧真岡駅があった場所。

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今はホルムスク南駅(Холмск-кЮжный)となっています。

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このコンクリートの塊が真岡駅の基礎の痕跡といわれていますが、ほぼ同じ場所にあるのに「ホルムスク」ではなく「ホルムスク南駅」を名乗っているのは何故でしょう?

жд вокзал ст.Маока (Холмск) до 1945г_鉄道歴史博物館

サハリン鉄道歴史博物館からご提供いただいた「真岡駅」。キャプションに「Maoka」とあったので、日本時代の写真と思われます。

真岡埠頭

日本時代の真岡には大きな港があり、当時の写真も「樺太の鉄道旅行案内」に残されています。

真岡節踊

「樺太の鉄道旅行案内」にあった「真岡節踊」の写真。真岡節という歌があり、それに合わせての踊りもあったということでしょうが、往時の真岡の町の発展振りがこの1枚の写真からうかがい知ることが出来ると思います。

2015年12月27日 20時14分

サハリン(樺太)鉄道旅(67)入れ替え風景が絶景!

ホルムスクで今回私達が乗り、撮影した路線名については、ロシアになってからの正式な線名調べきれずとりあえず「樺太庁鉄道西海岸線」と仮にさせて頂きます。

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その旧真岡駅があったホルムスク南駅(Холмск-кЮжный)の南側で線路を越える道路橋から撮影。

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海際の側線で入れ換え作業をしているのを発見。入替機が貨物を引き出していく。

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後ろの有蓋車(日本風に言えばワム?)を切り離し、タンク車(日本風に言えばタキ?)を更に引き上げて行く。それにしてもこの風景の中での作業にすっかり魅せられています。

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戻ってきました。時間にして数分の出来事でしたが、その全てが私の中ではスローモーションで動いていました。

2015年12月26日 20時12分

サハリン(樺太)鉄道旅(66)ホルムスク(真岡)に到着。

ホルムスク(真岡)に到着。

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出迎えてくれたのは踏切。体が反応してシャッターを押しました。

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バスターミナルに着いたのは10:25。ユジノサハリンスクから1時間45分の旅でした。まずはホッと一安心。本当はこの日、車をチャーターして、西海岸の鉄路を1日乗り鉄、撮り鉄するつもりだったのですが、その手配を頼んだユジノサハリンスクの旅行社からたまたまこの日は予約が多く、車の手配が出来ないとの回答があり、またホテルでも同様の手配を聞いてみたものの残念!ということになり路線バスの旅になりました。

その結果、撮り鉄は出来なくなりましたが、その代わり乗り鉄を1日楽しむことにしたものです。

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バスターミナルから南に向かい、しばし撮影。丁度貨物の入れ替え作業中。

機関車は明らかに「日本」ではないのですが、線路の幅が1067ミリと日本と同じなので、何故か親近感が湧いてきます。

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鉄道員が線路を歩く。ただそれだけのことですが、何故か印象に残ります。

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私がここを訪れるまでに持っていたサハリンの鉄道のイメージである「列車本数も限られているので大した事は期待できないだろう」はどんどん崩れていきました。

活気がある!と言うのは言いすぎでしょうが、それでも生きている鉄道を身近に感じていました。

2015年12月23日 20時05分

サハリン(樺太)鉄道旅(64)豊真線廃線跡、そして海が見えた。

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バスは小型の観光バスといった感じ。座席指定というのは成程納得のシートですが少々狭い。1時間に1本程度の本数のある都市間バスであり、2時間ほどかかると聞いていたのでてっきり「大型バス」という思い込みがありました。まあまあそれも旅の醍醐味。サハリンの長距離バスに初挑戦ということでテンション少しUP気味。それにしてもバスも定時で出発。時間通りでことが進むサハリン時間に慣れて来ていました。

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バスに乗って約1時間10分。突然目の前に豊真線の廃線跡である鉄橋が出現。これにはビックリ。まだ残っているとは思ってもみませんでした。

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周りは高原風景。地図で見るとかつて鉄道のあった場所と、このバスが走る道路はほとんど平行しておらず、山越えのために鉄道が物凄く大回りしているような感じでしたが真相や如何に。

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バスに乗って1時間25分の10:05頃。バスが峠を越えたかと思ってから暫くの後、突然海が見えてきました。山の窪んだ所にホルムスクの町もちらと見え、今からそこまで駆け下ります。

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あまりの雄大な景観に圧倒されつつ、それが鉄道にとっては並大抵ではない峠越えだったことを感じさせるに十分でした。

2015年12月22日 20時26分

サハリン(樺太)鉄道旅(63)ホルムスク(真岡)への道。

またまた今日からサハリン(樺太)鉄道旅を再開です。よろしければ画面右側の「カテゴリー」~「海外の鉄道」~「一般的な鉄道」をご覧頂ければバックナンバーを確認できます。もっともプユマ号の話しがサンドウィッチされています。

サハリン(樺太)の旅も残すところあと2日になった9月7日月曜日。この日はサハリン西海岸の鉄道の乗り鉄DAY。ということで西海岸の中心都市ホルムスク(Холмск)をまずは目指します。

かつてユジノサハリンスク(豊原)とホルムスク(真岡)との間には日本時代に作られた旧豊真線(南部横断線)がありましたが、今はそれぞれの末端部(ユジノサハリンスク側はこのシリーズの(22)~でUPした路線)を残して廃線となっており、今回はバスで向かいます。

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時間は朝の7時27分。町の象徴ともいえるレーニン像。朝日を浴びてすっくと立っています。

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ユジノサハリンスク駅。駅正面には「ВОКЗАЛ」の文字。因みにバクザールとは「駅」という意味で、何ともストレートなことよ。

もしも市内で道に迷ったら『「バクザール」と聞けばここに戻れるので、この言葉は覚えてください』というのが今回の旅のリーダー・白川さんの教えでした。勿論順守。使う事はありませんでしたが。

その「バグザール」の両隣には時計があり、左側がサハリン時間、右側がモスクワ時間で、この2つの時計の存在こそいま私たちがロシアにいる証となっています。

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鉄道駅の前にあるバスターミナル。ここから郊外へのバスが出発します。

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7:00-19:00。これがここの窓口の開いている時間のようでした。

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私達が乗るのは8:40発のホルムスク(Холмск/真岡)行き。左側が往路のバス乗車券で右側は復路のバス乗車券。復路はホルムスクのバスターミナルで買いましたが、注目なのは指定席であること。辞書ソフトでは「Место」=「場所」「席」と出てきたので間違いないと思います。

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516系統のバスが来ました。えっ?小さい。本当にこのバスで良いの?座席指定だよね???

※真岡の読み方…樺太の真岡は「まおか」と読みます。栃木県に「もおか」市があるので紛らわしいですね。因みにパソコンの変換では「まおか」と打っても「真岡」は出てきません。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!