2015年11月07日 20時40分

サハリン(樺太)鉄道旅(34)静けさの中で。

2015_09_02~08 サハリン紀行_483

1日2往復の夜行列車だけが出入りするノグリキ駅。(貨物列車の運用は不明)

2015_09_02~08 サハリン紀行_499

午前の2本の列車到着後は夕方まではひっそり。売店(店内の撮影はNGでした)もあるのですが、商売として成り立っているのかを心配してしまうほどです。。

2015_09_02~08 サハリン紀行_500

たった一つ、壁面の真ん中にまるでそこだけ「何かあるぞ」とその存在を主張しているような切符売り場も静まり返っています。

私たちも暫くしてこの駅を去りました。ネットで検索しても「昼間に見るものがない」「やることがない」とかの言葉を見かけたノグリキの町。そこはそれ4人で動いているのでこの駅前かそれとも町中にはカフェもあるだろうから、ゆったりとした時間を楽しむことが出来るだろうと思っていたものの…。この続きに乞うご期待。

2015年11月06日 20時37分

サハリン(樺太)鉄道旅(33)オハへ向かう長距離バスに連絡。

ノグリキ(Ноглики)に10:00着。

2015_09_02~08 サハリン紀行_473

実際にはほんの少し早着の列車から乗客たちが降り立ちます。

2015_09_02~08 サハリン紀行_476

一足早く着いた普通列車との並び。

2015_09_02~08 サハリン紀行_482

ノグリキ駅から先にも線路は続いています。貨物線とのことで、ここから更に遠くの町を目指しているわけではなく、町の外れにあるこの駅からもう少し町に近づいた場所にある貨物駅が終点だそうです。

2015_09_02~08 サハリン紀行_486

ノグリキから更に200キロ北上した先にあるオハ(Оха)へ向かうバス。

2015_09_02~08 サハリン紀行_487

立っている方も見受けられ、もっとも途中のバス停で降りる方もいるのでしょうが、終点までは5~6時間かかるそうなので、座っていても大変そうです。

2015_09_02~08 サハリン紀行_497

走り去るバス。泥はねのついた車体と相まって何だか冒険への旅立ちの如く。日本でも昭和30年代位までは舗装されていない土の道路がまだまだ多く…、などと思い出話しが書けるほどの年齢になった私にとって珍しいというよりはどこか懐かしい気分でこの場に立っていました。

2015年11月05日 20時35分

サハリン(樺太)鉄道旅(32)マッシュポテトの朝食。

2015_09_02~08 サハリン紀行_465

列車内では車掌さんがいろいろなモノを売っています。

2015_09_02~08 サハリン紀行_426

また各車両にはサモアールという給湯器がついています。1991年のロシア号ではこれでカップ麺を作り食つなぎましたが、今回は車掌さんから買ったカップ入りの何か?

2015_09_02~08 サハリン紀行_466

「BiG BON」って何よ。ということになりますが正解はマッシュポテト。

2015_09_02~08 サハリン紀行_469

同行の方が車掌さんの販売していたものの中から朝食になりそうなものを見繕っていてたまたま見つけたとのこと。

ノグリキ到着まで20分ほどだったのですが、腹が減っては戦が出来ぬとばかりに頂くことにしました。

そのお味は、、、想定外のGOOD。期待していなかったと言ったら叱られそうですが、いやいやそれでもあえてこうして書きたくなるほどの満足度。

因みにというほどのことはありませんが、私はこの車内に日本茶のティーバッグと紙コップを持ち込んでいます。サモワールのあるロシアの夜行列車だからそうしたのですが、他の国の鉄道でこの設備があるところはあるのでしょうか?

2015年11月04日 20時32分

サハリン(樺太)鉄道旅(31)サハリン号の寝台(上段)。

2015_09_02~08 サハリン紀行_453

サハリン号の上段。日本の2段寝台とほぼ同じ感じです。パッと見、寝台がフラットで万が一寝返りでもしようものならベッドから落ちてしまいそうですが、この写真でマットの下に金属のバーのようなものが写っていますが、実際にはそれを引き出して立てて使うようになっていました。

1991~ロシア号2

一方こちらは1991年のシベリア鉄道ロシア号の上段。そんな支えは無く落下の恐怖を克服するため、ホテルのバスルームで洗濯物を干すために持参していたロープでガードしていました。同室の方からは「稲見さん、ロープが体に食い込んでいましたよ」と言われたことがあり、今回はどうなることやらと思いつつ“進化”したベッドに安堵した次第です。

2015_09_02~08 サハリン紀行_462

さて往路の私の居場所は下段。(帰りは上段)

到着までの暫しの時間、惰眠をむさぼっていました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_459

大自然と言う言葉が相応しい風景の中、未舗装の道路を行く1台のトラックと追いつ追われつ。どこまで行くのかな?何故か気になります。

2015年11月03日 20時29分

サハリン(樺太)鉄道旅(30)北緯50度を超える。

2015_09_02~08 サハリン紀行_429

朝霧を遠めにひたすら目的地ノグリキを目指す「サハリン」号。

2015_09_02~08 サハリン紀行_435

ノグリキまで123キロとなったティモウスク(Тымовск)に到着。旧日本領から北緯50度の国境を越えて旧ソ連領に入ったこの列車での最初の停車駅です。

7:39到着の7:54発で15分の停車時間があります。時間があるので暫し散歩。

2015_09_02~08 サハリン紀行_433

一番後ろの車両から全編成の見通し。

2015_09_02~08 サハリン紀行_436

移動して機関車からの全編成見通し。

2015_09_02~08 サハリン紀行_439

駅前にはティモウスク駅で降りたお客さんを乗せたバスが出発を待っていました。以前は日本の地方の小駅でも列車に接続するバスの姿を見かけた記憶がありますが、そんな光景は最近は減ったが気がします。

2015_09_02~08 サハリン紀行_443

鉄道歴史博物館の館長さんの撮影された写真に対抗してワンちゃんの写真。到底館長さんの域に達する事はありません。(当り前!)

2015年11月02日 20時23分

サハリン(樺太)鉄道旅(29)1列車に乗る!

夜の9時46分のユジノサハリンスク駅。

2015_09_02~08 サハリン紀行_406

闇に浮かぶ光。何となく幻想的な感あり。町全体に明かるさがあるわけではないので、駅舎の向こうの漆黒がより際立ちます。

2015_09_02~08 サハリン紀行_407

ユジノサハリンスク22:30発ノグリキ(Ноглики)行き1列車/急行「サハリン」号。

出発の30分前に乗車が始まりました。613キロ11時間30分の旅の始まりです。否が応でも気持ちが高ぶってきます。

PDF乗車券

乗車に当たってはこのプリントしたPDFの乗車券+パスポートのチェックを受けます。国際列車ではないにも関わらずパスポートを見せるのは不思議な感じですが、夜行列車ではそれがルールのようでした。

さてこの乗車券の矢印の部分に注目。ユジノサハリンスクの出発時間とノグリキの到着時間が書いてありますが、それぞれ「15:30」と「3:00」。不思議ですね。でも不思議ではないのです。

ロシアの鉄道は全てモスクワ時間で運行されており、サハリンとは7時間の時差があるためこのようになっています。参考までに駅構内に貼り出されていた時刻表はサハリン時間で掲示されており、この乗車券でやっとここがロシアであることを知らされました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_410

寝台車は快適で、乗車後暫くして眠りにつき、目覚めたときには既に夜が明けていました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_422

朝日が見え始めた7:08頃。森の木々の間から太陽が見え隠れ。まるでアートのごとくで思いもかけぬプレゼントをもらった気分。

2015_09_02~08 サハリン紀行_425

丁度その頃の寝台車の通路。まだ乗客の多くは眠りについていたようです。

2015年11月01日 20時10分

サハリン(樺太)鉄道旅(28)夜行列車に乗る前に腹ごしらえ。

2015_09_02~08 サハリン紀行_399

並木に夕日があたりいい感じ。

2015_09_02~08 サハリン紀行_401

この日の昼食が遅かったので晩御飯は少し時間をずらすことにしてしばし街歩き。

並木道はやはり心を癒してくれます。ところで写真には写っていませんが、ユジノサハリンスクの街に信号のある交差点はそれほど多くはありません。その代わり信号の無い横断歩道は至る所にあり、それもあるだけではなく車は「ほぼ」というより「必ず」停まってくれます。日本でも法律上はお横断歩道の一時停止はあるのですが、それはそれとしてなかなか停まってくれないのが現状です。それに比べてこちらのマナー(法律遵守)の良さは驚きです。

2015_09_02~08 サハリン紀行_403

されはさておきとりあえずWi-Fiの使えるカフェで一休み。そうっ!ユジノサハリンスクのカフェやレストランではかなりの確立で(フリー)Wi-Fiが使えます。日本でもそんな時代が来て欲しいものです。

2015_09_02~08 サハリン紀行_404

晩御飯はカフェで出て向かいにあったカフェテリアへ。

何だか日本の大衆食堂のような感じですが、一口食べればそこはロシア。

2015_09_02~08 サハリン紀行_405

ボルシチ、ピロシキとロシア三昧。

2015年10月31日 20時08分

サハリン(樺太)鉄道旅(27)D-51-4。

ユジノサハリンスクが近づいて来ました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_382

道路は夕方のラッシュ時を向かえ、踏切ではプチ渋滞。それにしても線路の位置と停止線の位置が離れすぎ。

2015_09_02~08 サハリン紀行_384

ユジノサハリンスク駅の駅名看板を込みにして一枚。

2015_09_02~08 サハリン紀行_388

左側の客車は何処へ?それとも単なる入れ替え?

国鉄福知山線で塚口~尼崎港を走っていた列車ってこんな感じだった記憶あり。

2015_09_02~08 サハリン紀行_389

夕方というか夜の6時半過ぎでも明るかったので、D-51-4を撮影に行きました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_395

まるでこの日の運用を終えて一休みしているような感じ。

2015_09_02~08 サハリン紀行_394

もう一度走ってくれないかなあ。(熱望)

2015年10月30日 20時06分

サハリン(樺太)鉄道旅(26)ユジノサハリンスクへの戻り。

10月27日にUPしたサハリン(樺太)鉄道旅(25)からの続きです。

緯度の高い北の大地。

2015_09_02~08 サハリン紀行_372

17:50頃でもこの明るさがあり車窓を楽しめます。もう少し季節が進むと日の入りは早くなるのでしょうね。

2015_09_02~08 サハリン紀行_373

気動車の列車では車掌さんはドア扱いはしないようです。運転士さんがこのミラーで車掌さんの合図を確認して出発していました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_374

乗降ドアをよく見ると少しだけですが隙間がありました。年代モノの車両だけにある程度は仕方が無いのでしょうが冬場の寒さを想像すると…。

2015_09_02~08 サハリン紀行_375

車内には「WiFi」のステッカーがありましたが携帯電話でその電波をキャッチする事は出来ませんでした。

2015_09_02~08 サハリン紀行_377

車内の照明。何となく昭和のノスタルジー。

2015_09_02~08 サハリン紀行_378

改めて車内の椅子。キ10系~20系に近い感じ。

 

2015年10月27日 20時03分

サハリン(樺太)鉄道旅(25)終着駅。

Ново-Деревенская(ノヴォデレヴェンスカヤ)に17:45の定時到着。

2015_09_02~08 サハリン紀行_362

本数が少ないから出来るのか?それともロシアの中でもサハリンだけか?もしくは雪のない季節だからか?などなど判然としませんが、今回の旅で乗ったサハリンの全列車は日本並みの定時運行です。おかげでデジカメの撮影時間を確認すればどの駅の写真かが分かるわけでまるで日本にいるような感じでした。

2015_09_02~08 サハリン紀行_363

ここでも森の中に向かう人たちがいました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_366

ノヴォデレヴェンスカヤの先にはまだ線路が残されています。もっともここに列車が走ることはあまり期待できそうに無い状況とのこと。でも線路はそのままなので…と淡い願望。

2015_09_02~08 サハリン紀行_370

お約束の記念写真。同行者がいるとこんなことも出来ます。もっともここからの戻りは17:45発なので10分しか時間がなくせわしない時を過ごしました。

2015_09_02~08 サハリン紀行_371

これから戻る道。終点にも関わらず駅の周りにはあまりにも何もなく、何だか不思議な感じです。日本なら秘境駅として人気を集めそうですね。もっとも全駅下車はやめた方が良さそうです。



ADVERTISEMENT

電子書籍「稲見駅長の鉄道だよ人生は!!」
稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ―各駅停写の旅―

カレンダー

2021年2月
« 7月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!