中京テレビ

2018年07月30日 12時49分

チチカカ湖(5)どんぐりころころ。

標高3808mのチチカカ湖。その湖に浮かぶウロス島に立っている。

高度に少し慣れてきたのか歩いている分には体調も良さそう。で、浮島なので歩いていると多少はフワフワするのかと思いきやそんなことはなく、素材ゆえの独特の柔らかさは体に感じますが、しっかりとした大地と言えます。これが海だったり、大型船が航行するようなところであればそうはいかないでしょう。

遊ぶ子供たちの姿は万国共通。それを見ている人たちの笑顔も万国共通。

今、この島の主産業は「観光」だそうです。

それにしてもペルーの色使いは魅力的です。私もこの島でお土産を買っています。

1時間近くこの島にいて、その最後は島の方による歌。

そしてこの場に居合わせた14人の日本人のためにその方達が日本語で「どんぐりころころ」を歌ってくれたのは驚き!「観光」の島と言えど、私には嬉しい思い出が出来ました。

この船はトトラで出来ています。

私もトトラ船に乗り、しばしチチカカ湖を航海。

ドラえもんに出てくるドラミちゃんの頭を後ろから見ている気分。何だか可愛い。

2018年07月29日 12時46分

チチカカ湖(4)ウロス島に上陸。

アンデアン・エクスプローラー号では幾つかのエクスカーションが組まれており、4月27日はガイドさんの案内でチチカカ湖の島巡り。

朝8時半少し過ぎにプーノの港をスタートし、暫くすると葦(あし)原の間を走って行く。航路として整備された場所のようで、プーノを出入りする観光船はここを通るシステムのようです。

ウロス島はテレビなどのメディアで何度か紹介されている葦(あし。トトラ)で出来た浮島。私の中ではチチカカ湖の奥(プーノから遠いという意味)にあるイメージでしたが出航して20分ほどで到着。

トトラで出来た島の一つに上陸。

今どきなのでソーラーパネルに驚くことはありませんでしたが、その前でトトラを使った浮島の作り方の説明をまず聞きます。

そのトトラは食べることも出来るという事で希望者は試食。皮をむいた見た目はサトウキビ。食感はシャキシャキと言いたいのですが、それほどの歯ごたえはなく、味も特にありませんがほんのりした甘味が微かにあると言えばある、、、という程度。誤解されては困るのですが不味いということはありません。チチカカ湖に行く機会があったら、ウロス島で暮らす方が日常的に食べているこのトトラを是非お試しください。

チチカカ湖の海の幸。おっとチチカカ湖は「海」ではあいませんね。「湖(うみ)の幸」と修正。魚の種類は分かりませんが、こうしたものがこの湖で獲れるそうです。

2018年07月28日 12時39分

チチカカ湖(3)給水塔とボイラー。

朝食後の散歩。

この場所は、プーノの港と船便でペルー・ボリビアのチチカカ湖周辺の港とを結ぶ荷物の積替えのためのふ頭にある貨物駅と思われます。かつては列車も多く走り、そのためこうした蒸気機関車時代の給水塔が残っているのでしょう。

私が乗車した「CHILCA号」。こうやって見るとそれほど大きな感じはせず、全長も20メートルはなさそうで、多分18メートル位ではないでしょうか。

他の車両もほぼこんな感じの外観。

こちらは察するにですが、昔使っていた蒸気機関車のボイラー部分。確信はありませんが、形から想像しています。いろいろ面白いものがあって、他の方はともかく鉄道を趣味とする者にとっては興味が尽きません。

鉄道員の皆さん、何か打ち合わせ中のようです。

山にへばりつくように家が立ち並んでいる。プーノの町がアンデスの山に囲まれていることを教えてくれます。長崎に似ている、とはその時の感想。

2018年07月27日 12時31分

チチカカ湖(2)ボリビアとの鉄道連絡線。

アンデアン・エクスプローラー号の隣に停泊中の船。

この後、チチカカ湖の島の観光に出掛けた際の帰路、プーノの港が近づいて来た時にその船を撮影。

時間を朝に戻し、少し明るくなってからその船を探索。

 

中にはレールが敷かれており、つまりこの船は鉄道連絡線。

ここプーノとボリビアのGuaqui グアキとを結んでおり、ボリビア国内の鉄道が1000ミリゲージであることから船内は標準軌との3線になっている。

 

港にいた方によると『動いている』とのことでしたが、とてもそうは思えない感じ。それにしても一体何両の貨車が運べるのだろう?

この日は桟橋と船との間のレールは繋がっていませんでした。やっぱり今は使われていないのかな?

青函連絡船や宇高連絡線とは比ぶべくもありませんが、2つの国の貨物列車直通の需要がこの船で間に合っていたという事なのでしょうか?

ところで何故、狭軌レールはここで切れているのだろう。

2018年07月26日 12時11分

チチカカ湖(1)チチカカ湖に昇る朝日。

南米ペルー、アンデアン・エクスプローラー号の旅を再開です。今回はその2日目。終日エクスカーションとしてのチチカカ湖探訪。

4月27日(金)朝5時半。チチカカ湖に昇る朝日を見るために外にでる。まだ日の出前ですが、オレンジ色に染まり始めた空が列車に一筋の線を描いています。

停車しているのはいわゆる「プーノ駅」ではなくチチカカ湖に面した港の桟橋。アンデアン・エクスプローラー号のHPに「Lake Titicaca Station (Puno)」とあった意味がやっと分かりました。

地図で確認。

焚き火に手をかざしながら日の出を待つ。これもアンデアン・エクスプローラー号のイベントの一つ。

正に「夜明けのコーヒー」。昭和43年(1968)発売の「ピンキーとキラーズ」のヒット曲「恋の季節」の一節にこの言葉があったなんて知っている人は歳が分かる。

午前6時。太陽が顔を見せ始めました。

ご来光。

ご来光と言えば高い山の山頂で見る荘厳な日の出ですが、ここは標高が富士山の山頂3776mよりも高いので、その言葉を使っても罰は当たらないでしょう。

2018年07月13日 17時12分

アンデアン・エクスプローラーの旅(13)カクテルタイム。

ディナーを前に、カクテルタイム。19時から始まるのに合わせ、ジャケットを身に纏いラウンジカーに向かう。この日のカクテルは赤ワインベース。

ここはフラッシュをたかず雰囲気重視。

グランドピアノの伴奏で生歌あり。

日本のクルーズトレインでもこうした大人の時間はあるのでしょうか?

19:30から始まったディナーの写真はありません。撮ってはあるのですが、あまりに出来が悪く…。

その代わり(にはなりませんが)22:30頃に着いたフリアカ駅。この日の最終目的地、プーノまではあと少し。でもそこに到着する前に私は眠りにつきました。

2018年07月12日 17時08分

アンデアン・エクスプローラーの旅(12)標高4335mに到達。

ペルーレイル/アンデアン・エクスプローラー号のHPでは17:45と書いてあったラ・ラヤ峠の観光の開始時間。この写真を撮影したのは17:51でほぼ定時。もっとも時間通り走っていたかどうかは日本に戻ってから確認したこと。一応、日本を出発する時にタイムスケジュールをダウンロードしておいたのですが、それを気にして旅をすることがいかに意味のないことかはその時点で悟っていました。

GPS計測による高度計アプリでは4358メートルですが、同列車の乗務員の方からのインフォメーションでは4335メートルでした。

なぜここで停車しているのか?それはここがクスコ~プーノ間で一番標高が高いからで、クスコ(3400m)から1000m近く高度を稼いでいます。

因みに現在、ペルー国内の鉄道で、旅客列車の走る路線の最高地点がここ。日本の最高地点は小海線の清里~野辺山間(1375m)にありますが、駅ではない正にその地点で停車していると思って下さい。

周りはほぼ真っ暗ですが、デジタルカメラは流石。

ブレブレですが、何とこの暗さの中でお土産屋さんが盛業中。一応灯りはあるのですが、支払いの時は携帯電話を懐中電灯代わりに財布を照らしてお札を数えます。売っているのはアルパカ製品や民芸品です。

ラ・ラヤ峠で停車する列車の目の前には教会があります。この近くに集落があるのでしょう。

ここに10分ほどいて車内に戻ります。どの停車駅でもそうなのですが、列車からの乗降用にステップが用意されます。乗客数が限られているので基本、一箇所だけで対応しています。

2018年07月11日 17時06分

アンデアン・エクスプローラーの旅(11)給水塔と転車台。

シクアニ駅(この駅名で、多分正解)。蒸気機関車が現役時代の名残であろう給水塔が今もあります。

結構ボロボロな感じではあるものの転車台もそのまま残っています。

現在、このクスコ~プーノ間にどれほどの数の列車が走っているかは分かりませんが、これらの設備は多分、使われてはいないでしょう。

サッカー少年たち。ペルーのサッカーは強いと聞いたことがありますが、この標高で走り回っているのは、ただそれだけでも凄いと思う。

民族衣装を身に纏い、颯爽と歩くペルーの人たち。

重い荷物を背負って舗装されていない道を歩く姿は、昭和の時代を生きてきた私にとってデジャブ。

2018年07月10日 17時00分

アンデアン・エクスプローラーの旅(10)シクアニの町で、年に1回のお祭りに出会う。

アンデアン・エクスプローラー号、年に一回のお祭りに出会う。の巻。

16:20頃、アフタヌーンティーの時間が終わり、部屋で寛いでいました。窓外の景色が田園風景から街並みに変わり、踏切をゆったりとした速度で通過。と、その時、思わぬ光景がそこにありました。

ここはクスコからプーノへの途中にあるシクアニの町。

思わずカメラの電源を入れ、速攻で撮影。間に合いました。

あとで聞いたところこの町では年に1回、小学校に通う子供たちが各クラス別に民族衣装を身に着けて練り歩くお祭りがあるとのこと。

3年前のサハリン/ノグリキでも年に1回のお祭りとの出会いがありましたが、こうした出会いが私を旅に駆り立てるのかも知れません。

※ノグリキのお祭りはこのブログでは2015年11月18日~でUPしています。

子どもたちが踊りながら練り歩く姿は本当に可愛い。

パレードに寄り添うように歩く大人の姿もありました。

標高3505メートル。夢幻の世界に踏み入った気分。

2018年07月09日 16時58分

アンデアン・エクスプローラーの旅(9)アフタヌーンティー。

ラクチ遺跡から直ぐのところにあった石垣から飛び出ている石段。上り下りに使うのでしょうが、何せ場所が場所だけに一体何年前からここにあるのだろうと思って撮影した一枚。インカ帝国の時代からあるのでは?などと考えるのが楽しい。

ラクチ遺跡に向かう時は気付いていませんでしたが、列車が見通せる場所を通過。客車の青と白の塗分けは遠目でも印象的です。

ダブルルーフのクラシカルな列車の横を行く人。彼の眼にこの列車はどのように映っているのでしょうか?

ダブルルーフを車内で見上げてみる。凝った造りに改めて職人の技を感じる。

ラクチ遺跡から戻り、15:40頃からアフタヌーンティー。

盛りつけられたスイーツ。インスタをしている人にはたまらない被写体の一つ。となるのでしょうか?



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!