2016年05月17日 20時34分

阿里山森林鉄道(9)撮り鉄の下見。

阿里山国家森林遊楽区の代表的な楽しみ方のルートを紹介。

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阿里山森林鉄道の「阿里山駅」を起点に鉄道の沼平線「沼平駅」を目指します。そして神木線の「神木駅」を目指して歩き、そこから列車で「阿里山駅」に戻ります。私達はこの日、このルートで動いています。

勿論列車のルートにも遊歩道はありますので歩くことも可能ですが、阿里山⇔沼平はともかく、神木⇒沼平、神木⇒阿里山のルートは、急な遊歩道を延々と登り続けることになり、相当にハードです。

さて私達が3月22日に阿里山に来た理由。それは3月23日(水)に桜咲く沼平線をかつて阿里山森林鉄道で大活躍をしていたシェイ式蒸気機関車が走るという情報があったから。

ネットで正式にその情報が出たのは確か3月に入ってからでしたが、昨年の実績なども含めて間違いなく走るという確信がありました。

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ということでまずは下見を兼ねて阿里山を15:00発の沼平線沼平行きに乗車。

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山の中を快調に駆け上がって生きます。

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沼平駅に入線。

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駅前には「森林鉄道」らしい古木のオブジェとも言える駅名標。木を伐採して運び出す手段として作られた森林鉄道ですが、今はその豊かな自然は保護の対象であり、こうした駅名標は自然景観を楽しむ観光地らしい佇まいです。

2016年05月16日 20時32分

阿里山森林鉄道(8)桜咲く阿里山。

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恐ろしく深い霧の中を突き進むワゴン。美味しいお茶は寒暖差と霧が作る。とか以前取材先で聞いたことがあるような…。それにしてもこの写真はまだましな方。

ところで対向車線はひっきりなしに大型の観光バスが走っており、流石オンシーズンの阿里山。大陸からの観光客が多いそうです。

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ここが阿里山国家森林遊楽区の入り口。ここで入山料を払います。日本ではあまり聞かないシステムですが、富士山や上高地とか阿里山の雰囲気からすると世界遺産白神山地がイメージに近いものを感じますが、そうした自然保護地区に入るのに「入場料」(入山料)がいると考えると分かり易いかも知れません。日本ではそんな入場料を取ろうものなら議論が巻き起こりそうですが、海外では例えばアンコールワットなどままあります。

※阿里山国家森林遊楽区についてはネットで検索し、ご確認下さい。説明すると長くなるのでご容赦を。M(_ _)m

何れにしてもここを通過しないと阿里山を楽しむことは出来ません。

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少し歩くとそこが阿里山の中心、阿里山駅。

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桜の出迎え。これがこの季節、多くの人がここを訪れる理由です。

が、とにかく10度を下回る気温とこの天候で気分は滅入るばかり。

2016年05月15日 15時22分

阿里山森林鉄道(7)いざ阿里山に向けて出発!

奮起湖は私達にとっては阿里山までの通過点でしかありません。

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車庫(博物館)の横から、今は列車が走ることの出来ない線路がまだまだ続きます。

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振り返れば山に吸い込まれるように続く線路。去年、再開すると言われていたのが、またもや土砂災害が出て復旧の目処が立たない現状。

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奮起湖から阿里山界隈の地図。奮起湖と阿里山を赤色の四角で囲ってみましたがこれが大体の位置関係。線路と道路は平行しておらず、一箇所だけ近づくところがあるようです。

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さて奮起湖から阿里山に向かう直通バスは13:00発。列車から降りて阿里山に向かうお客さんは一杯いるのに何故かバス停にいるのはマイクロバス。

「立って行くのか?」とか構えていたらよもやの定員着席乗車。(山道を行くので安全の確保のため?)

案の定、満席でバス停にいた半分以上の人が乗れない!

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どうなる俺達!と思ったら近くに止まっていたワゴンの運転手が溢れた人たちに声を掛け始めそれに乗ることに。

地元の旅行社のマークが車体に書いてあり、その会社が私達のような人を拾って商売にしているようで、かつ協定料金があってそれでの運用のようで思ったほど高くもなく、所謂白タクではなさそうでした。まあ何はともあれ阿里山に無事に着けることだけは分かりました。

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お茶の産地として知られる阿里山の風景を楽しみながらワゴンは快適に飛ばします。値段は高いがマイクロバスよりは快適だったかも。結果オーライ。

2016年05月14日 15時20分

阿里山森林鉄道(6)鉄道博物館。

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奮起湖駅を望む。

この場所の左側には車庫を利用した鉄道博物館があります。

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そこにはかつてこの線を駆けた車両たちが展示され、多くの観光客で賑わっていました。この写真では人が写っていませんが、待ちに待った一瞬で撮影したものです。

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恐らく線路の点検等で使われていたと思われる小さな車。これに乗って阿里山を目指したい!と思うのはきっと私だけではないはず。

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昨日UPしたスパイラル線のジオラマ。トンネルと線路が重なりあい凄いことになっていますが、どこかに撮影ポイントはあるのでしょうか?多分、ドローンでも使わないと実感するのは難しそうです。

2016年05月13日 20時15分

阿里山森林鉄道(5)独立山スパイラルループ。

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車庫のある北門駅。

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平野部を暫く走った後、一気に山に向けて駆け上がっていきます。

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幾重にも折り重なるようにして高度を稼いでいく独立山のスパイラルループ。その辺りの風景はもっと楽しめると思っていたら意に反し、木が茂っていて目ではかろうじて追えるものの写真では無理。

※スパイラルループとは=一言で言えば螺旋階段を上っていくような感じに線路が敷かれていること。

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何とかこの写真で線路が写りました。

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急カーブの連続。阿里山の醍醐味。

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現在の終点奮起湖に11:20到着。全線が開通すれば更に1時間10分ほどの旅が楽しめるのですが、これは今後の復旧に期待するしかありません。

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奮起湖の駅で買った駅弁。「中興号」というかつてのこの鉄道の看板列車の掛け紙です。それにしても台湾の弁当は本当に美味しいです。なお駅の中の休憩所?みたいなところで食べればスープとお茶がついてきます。

2016年05月12日 20時13分

阿里山森林鉄道(4)姉妹鉄道。

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機関車は嘉義駅側に付き、列車を押し上げてゆくプッシュプル方式。ということで山側の客車に運転台(?)があります。

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左の窓にカメラが取り付けられていますが何のため?ドライブレコーダーとは違うようで、嘉義駅で取り付けていたように見えました。

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阿里山森林鉄道では日本の2つの鉄道事業者と姉妹鉄道となっています。

1つは黒部峡谷鉄道。2013年に締結されました。

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もう一つが大井川鐵道です。こちらは1986年の締結ですから既に30年の歴史があります。

この2つのマークを日本人ではない人たちも撮っており、それはちょっと嬉しい気持ち。

2016年05月11日 20時10分

阿里山森林鉄道(3)嘉義駅に列車が入線。

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9時発の1次に乗車。やはり1列車と言う響きがいい。

さて広い嘉義駅のホームを阿里山森林鉄道の乗り場を目指して歩きます。それにしても案内看板が目立ちます。

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この日は満席とのことでしたが、パッと見それほどいるように見えません。

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乗り場についてみれば結構人がいる。と言っても1両に20数名の定員でそれが5両ですからごった返すとはほど遠い状況です。

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ナローゲージ。やっぱり良いなあ。

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出発の10分前、8時50分に入線。16年前と代わらない光景。

2016年05月10日 20時05分

阿里山森林鉄道(2)西暦2000年の思い出。

1999年9月21日。台湾中部を大きな地震が襲いました。921大地震、台湾中部大地震、集集大地震とも呼ばれるその地震は死者2000人を超える大災害で、その時、日本からの救助隊が現地で大きな力を発揮し、そのことで日本は台湾の人から大変感謝され、それが東日本大震災や今回の熊本の大震災の台湾からの義捐金等に繋がっています。私自身、台湾の人から震災時の日本の救助隊への感謝の言葉をかけられたことがあります。

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その震災からまだあまり日が経っていない2000年5月21日に私は大きな被害を出して一時不通となった阿里山森林鉄道を訪ねています。

※写真は起点の嘉義駅(阿里山森林鉄道のホーム)

以前からこの鉄道に乗りたいと思いつつ、なかなかそのチャンスは来ず、この時は今と違いインターネット等の情報もなく、台北空港到着時に観光案内所で阿里山森林鉄道が復旧していることをやっと確認して足を運びました。因みにこの日は阿里山に宿泊しているのですが、その宿も空港の観光案内所で手配してもらっています。

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ただ観光案内所での情報では起点の嘉義ではなく、車庫のある次駅「北門」からの出発かもしれないと言うことで、結構綱渡りの状況。最終的には嘉義駅の切符売り場で確認したら「嘉義駅」から出るということが分かったのと座席がまだ空いていることも確認でき、この座席に揺られて13:30に嘉義を出発しやっとホッとすることができました。

ただ阿里山に着いて分かったのですが、当時の「阿里山駅」が地震で崩壊し、線路は使えるものの駅としては使うことが出来ず、列車は阿里山駅を通過し、今の沼平線「沼平駅」を起終点として使っていました。

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ところでこの日の天候は雨ではなかったものの霧が立ち込めて視界不良。窓からの風景が絶望的な中、駅で人を見るとやっと自分が鉄道に乗っていることを思い出す程度。

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途中駅で交換。確か終点(阿里山)までの約3時間半の間に2列車と行き違った記憶があります。

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現在の阿里山森林鉄道の終点、奮起湖駅。阿里山森林鉄道に乗車中の写真はこれで全て。他の写真はまた後日にUPします。

嘉義~奮起湖

さて今回の旅の乗車券。実は今年に入ってからネット予約が出来るようになり、早速それを使いました。

※予約票をプリントアウトし、それを切符売り場でパスポートと共に見せて発券してもらうシステム。

と言っても乗車の2週間前から受付開始なので、観光シーズンの3月下旬は安閑としていられる状況ではありません。案の定、受付初日の帰宅後にネットを繋げたら席が無い!「オーマイゴッ」。

でもそこは痛い目に何度も合っている私は起点を次駅の「北門」にしてみたところ「ビンゴ」。台湾の場合、乗車駅毎で発券枚数を持っている場合があり、何とか乗ることが出来ました。それにしても「嘉義」~「北門」間と席が違うのは何故?とか真剣に悩んでしまいます。

2016年05月09日 20時52分

阿里山森林鉄道(1)乗換駅嘉義への道。

平成28年3月22日(火)。この日の目的は阿里山森林鉄道に乗ること。

●阿里山森林鐵路が正しいのでしょうが、公式サイトのhttp://www.railway.gov.tw/Alishan-tw/でも阿里山森林鉄道を使っていますので、このブログでもそれにならいます。

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高雄から嘉義(かぎ、Chiayi)までは朝7時発の自強号112レに乗車。高雄駅の跨線橋から地下化工事の進み具合をチラ見。

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列車は6:56頃に入線。それにしてもこの時間から行動しているのは鉄旅ならではですね。

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朝食はホテルが用意してくれたボックス。オレンジジュースにヨーグルト、菓子パン。

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それにおにぎりのセット。

実はホテルは朝食付きで予約していたのですが、朝食のスタート時間が7時からだったので、駄目元で何か列車の中で食べられるボックスを用意してもらえないかと前日に聞いたら、「ホテルで調理したものは出せませんが…」とのことでしたが、このセットをチェックアウト時に貰いました。

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嘉義着8:15。

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こちらは2000年5月21日の嘉義駅。駅舎の右側のオブジェの有無などの違いはあるものの駅舎そのものは同じです。知らない人が見ればこの写真を2016年と言ってもきっと疑わないでしょう。

2016年05月08日 14時48分

台湾/旧客の旅(6)西暦2000年の南廻線。

西暦2000年5月22日。この日、私は南廻線を普通列車で旅していました。その時は高雄から13:16発の復興号175レ(日本で言うと準急列車、客車列車)に乗って枋寮着14:53。そこから15:33発の普通列車に乗り継ぎ東海岸の台東(当時の台東新駅着17:32)に向かっています。

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出発地は普快の起点である枋寮駅。

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乗車したのはDR2700型。この車両は台北と高雄を結ぶ台湾のメインルートである縦貫線が非電化だった時代に「光華号」という名称の最高速列車として運用され、正に「華」として君臨していました。縦貫線電化後は普通列車として、2000年当時は枋寮と台東を結ぶ南廻線の普快の運用にも入っていました。

この列車の行き先は「台東新」駅。その駅は台東の郊外にあった南廻線と台東線との接続駅で、枝線となっていた「台東新」~「台東」駅間の廃止後、「台東」に改名されました。因みにですが「台東新」駅を発着し、「台東」駅に入らない列車には「台東」駅との間に無料の接続バスが運行されていました。それは事前に知っていた訳ではなく、「台東新」駅に着いて知りました。

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さて光華号の写真はかつて鉄道雑誌や書籍でも紹介されており、車内の真ん中にあるこのデザインも含め、海外の鉄道車両の中では特に私に強い印象を残しており、また憧れの車両の一つでした。

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2000年に撮影した太平洋。このシリーズの(3)でUPした場所と同じような気がする…。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!