2019年02月02日 17時19分

ウィラル・トラム博物館(3)収蔵品。

お約束?のジオラマあり。非電化ローカルの雰囲気が私を虜にする。

モデルとなっている場所があるのかないのかが分からない。今更ながら博物館の方に聞けばよかったと思う。

疾走する電車はこの博物館にいるのは間違いありません。何せ自分の目で見ています。

そう言えば最近、鉄道模型の展示を見るたびに流し撮りに挑戦しているけど旨く行くことはまあ、ない。

味わい深い電車の宝庫。

名古屋市内にこんな場所があったら、定年退職をしたら間違いなくボランティアで働いている。

乗り物博物館にある古いカメラ。私にとっては許容範囲。

こちらはバスのコーナー。狭い場所にあまりにもぎっしり置かれているので、全容を撮影するのはほぼ無理です。

でもここまでの写真を見ていただければ、私がTransportを「交通」ではなく、「乗り物」としたのは許していただけると思います。

2019年02月01日 16時51分

ウィラル・トラム博物館(2)倉庫街の博物館。

博物館に到着。着いたところは倉庫街の一角?

この建物はどこからどう見ても歴史的建造物としての倉庫ですが、これがウィラル乗り物博物館&トラム博物館Wirral Transport Museum & Heritage Tramway。

ところでこの博物館ですが、原則土曜日・日曜日のしかも午後1時からの開館。行くにはなかなかハードルが高い博物館です。もっともボランティアスタッフの運営による保存鉄道ではよくあるパターンなので驚くということはありません。

また1時開館というのが、それはそれで何かと制約になるわけで、前日乗った夜行列車でわざわざロンドンまで乗り続け、そこから戻ったのは先に書いた通りです。

入場無料。

これまで見たことがない自転車。

第2次世界大戦を描いた映画で出てきたようなオートバイ。

2019年01月31日 16時18分

ウィラル・トラム博物館(1)2階建て電車に乗った!

9月15日の旅(鉄活)の目的地はリバプール市内にあるウィラル乗り物博物館&トラム博物館Wirral Transport Museum & Heritage Tramway。

私自身はその存在を今回同行の鉄友から訪問の提案を受けるまで知りませんでした。ただその資料を見せられて、「行きましょう」と二つ返事。互いに路面電車が好きというように、趣味趣向が同じであることは一緒に旅をする上でやはり大きな要素だと思います。

※この博物館ですが、英語表記はWirral Transport Museum & Heritage Tramwayで正解なのですが、和訳は稲見作です。まずTransport Museumは、実は収蔵物に合わせて「乗り物」としています。Transport Museumは交通博物館とした方が良いのかもしれませんが、これは私の感じたままの表現です。またHeritage Tramwayを直訳すると「路面電車遺産」で今一つ、分かりにくさが漂います。この後、謎解きがされるのですが、実態としてはその博物館への足としての歴史的古典動態保存電車といったところ。ただ電車そのものが博物館と一体であろうとも思われたのでトラム博物館としてみました。ただこれが正解とは思っていません。ご了承ください。

さてマージーレイルMerseyrail(昨日の記事で書いた地下鉄の本来の名称です)のハミルトンスクウェアHamilton Square駅で下車。少し歩いた場所で、ウィラル交通博物館&トラム博物館に向かう電車が待っていました。

 

2階建て電車のまずは1階に乗車。

魔除け?とか言いたくなる飾り。ここリバプールって海賊の町だったのでしょうか?ビートルズゆかり地であることは知っていましたが…。

始点の停留所を出て直ぐに交換できる信号所に到着。

暫くして反対側から2階建て電車が登場。

そして交換。この電車が博物館への足であることは間違いありませんが、公共の交通機関ではないのでこの光景はきっとアトラクション。撮っていてワクワクドキドキが止まらないアラカン世代。

2019年01月30日 13時13分

マンチェスターとリバプール。

如何にも巨大ターミナルを感じさせる光景。

アリーヴァ・トレインズ・ウェールズArriva Trains Wales(撮影時の運行会社)の175形気動車。ウェールズの都市とバーミンガムを結ぶ列車であることは間違いないと思う。それにしても一つの線路上を複数の鉄道運行会社の列車が走る光景は、頭でわかっていても慣れることはありません。

さてヨーロッパの鉄道あるある。週末の工事運休。

9月15日の行動で、このBolton Routeを通ってとあるところに向かう予定があったのですが、代行バスは当てにしていいのだろうとは思うものの、やはり運行時刻に一抹の不安を覚えるのと、そもそもの予定が夜の8時を過ぎての利用のため、今回は体力温存も含めて断念。

まあ突発的に運休されるよりはましと言えばまし。かつて、「行きはよいよい帰りは怖い」ではないのですが、その日の運転について駅員さんに「終日動きます」と確認して出かけた場所で、帰路の列車が夕方以降全列車キャンセルされ、代行バスになった経験あり。

そんな掲示を見つつ、この日の日中の目的地であるリバプールに向かう。が、この日の列車のダイヤは工事運休に関係する線を走る列車が間引かれている状況のようで、私たちが乗ろうとしたリバプール行きはラッシュ時並みの混雑。ホームにも人が溢れていたので写真は撮れず。

結局マンチェスターを離れて約1時間後、リバプール市内を走る地下鉄を降りたところでやっと1枚撮影。これは私にとって海外ではあるまじき行動です。

昭和40年代、「マンチェスターとリバプールManchester and Liverpool」(Pinky & Fellas)という曲が流行りましたが、どんな歌詞だったかは覚えていないものの、今回、その歌詞に出てくる2つの町を超満員の列車で旅したことだけは事実です。

2019年01月29日 17時49分

マンチェスター・ピカデリー駅。

大屋根式のマンチェスター・ピカデリー駅。

時間に余裕があるので構内を少し撮影。

見慣れない車両を見ているだけでウキウキ。

大阪駅が改修されてヨーロッパの大屋根駅舎に近づいたと思ったのですが、この駅を改めて見てみれば、やはり日本にはないスタイルだと思います。この開放感は気持ちが良いですね。

入線するペンドリーノ。ペンドリーノはイタリア製の車体傾斜装置付き高速車両。

ペンドリーノには都市の名前が付いています。

City of Chesterチェスター

City of Wolverhamptonウォルヴァーハンプトン

City of Coventryコヴェントリー

恐らくはヴァージントレインズVirgin Trainsの列車が運行されている都市の名前でしょうが、まあ列車の編成数がそれほど多くないので出来るのでしょう。

日本のN700系ではさすがに無理でしょうが、E5系とかJR東日本の新幹線では何とかならないかな?

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気にはなったものの乗らなかった車両。

この写真を見てまた気になってきた。

2019年01月28日 17時02分

マンチェスター・メトロリンク。

マンチェスターについてまずの作業は、予約していた駅前のホテルに荷物を預けて身軽になること。トランクを抱えて撮影を続けるのはなかなか至難の業。

マンチェスター・ピカデリー駅からホテルへの行きがけの駄賃。駅前でマンチェスター市内を縦横に走るマンチェスター・メトロリンクManchester Metrolinkのお手軽記録写真撮影。まずは高架式の鉄道駅の一階にあるメトロリンクの駅を覗いてみる。雰囲気は地下鉄の駅をトンネル内で撮影している感じ。

あっ!メトロと言っても地下鉄ではなく、実際にはLRT/ライトレールトランジット(軽量軌道交通)です。

駅から顔を出した電車。よく見ると路面交通のLRTでも高床式で、東京の都電と同じスタイル。

低床式でないということは「背が高い」ということ。道路面で近くに寄れば圧迫感を感じます。

駅周辺はさすがに景色の広がりがなく、この写真で一旦撮影終了。何せ駅から100mも歩かない中での撮影という超絶ものぐさでは、これがマンチャスターの街並みの代表する風景です!と言い切れるはずもなく、それでも撮らずにはいられない私の性格です。

2019年01月27日 14時11分

マンチェスターを目指す(3)定時で到着。

ストーク・オン・トレントStoke-on-Trent駅。列車が停車した時、目の前に大きな手が現れた。

「ハンドパワー 来てます 来てます」といった言葉が流行したことを何故か大した脈絡もなく思い出すアラカン世代。

もっともこれを横にすれば、さながら私はお釈迦様の手の中の孫悟空。

マンチェスター・ピカデリー駅に定時到着。

列車のドア。日本で特急列車の出入り口にステップがある光景はすっかり見なくなりましたがイギリスでは建材です。しかもドアを開けるボタンが付いている。所変われば品変わるですが、こうした違いに気付くのも旅の楽しさだと思っています。

そのドアの横にあるのがこの行先表示。

行先と途中の停車駅の表示もあり、考えようによっては親切だと思います。

2019年01月26日 14時09分

マンチェスターを目指す(2)土曜日の朝食。

『we will remember them 1914 1918』と書かれたペンドリーノの先頭車。ポピーの花もあしらわれていますがこれがどんな意味を持っているかは帰国後に調べました。

『Manchester Piccadilly’s First World War Memorial』。1914年から1918年までの間に第一次世界大戦で命を落とした87人の鉄道員への祈りを込めた像がマンチェスター・ピカデリー駅構内にあるそうで、その建立時にこの鉄道を運営しているヴァージントレインズVirgin Trainsも関わっているそうです。ただそれを知るのが遅すぎて、肝心の駅のモニュメントを撮影していません。

一等車の車内。土曜日なので乗客がいない!

窓と椅子の配置の関係で、乗客が車窓を楽しむという考慮がされていないのヨーロッパの伝統。

朝食のバナナ。

朝食のマフィンとコーヒー。平日ならばフル・ブレックファーストのはずですが、土・日はこんな感じ。温かいコーヒーを含め、あれば良し!

2019年01月25日 13時32分

マンチェスターを目指す(1)ユーストン駅。

9月15日。何と朝到着したばかりのロンドン・ユーストン駅からもと来た道を戻ります。

早朝から動く必要が無くなったのと、結果としてこの日行く予定の場所(博物館)が、そもそも午後しか開かないので、ロンドンまで本当にゆっくり寝に来た次第。

ユーストン駅前にあるロバート・スチーブンソンRobert Stephensonの像。蒸気機関車を使った公共鉄道の実用化に成功し鉄道の父と称されるジョージ・スチーブンソンGeorge Stephensonの一人息子で、2人の共同作業で鉄道の普及が進んだそうです。

この像に出会わなければそうしたことは調べなかったでしょうね。

さて最初の目的地はイングランド北西部の町、マンチェスター。世界史で産業革命の歴史を勉強していると出てくる地名ですね。

目指すはマンチェスター・ピカデリー Manchester Piccadilly駅。

「8時丁度の~♪」の列車でも乗れたのですが、ちょっとパツンパツンで急がなければならなかったのでパス。

ゆっくり8:20発の列車にしました。8時発より停車駅が一駅多いので所要時間は4分長くなりますが、これは誤差の範囲。

そしてこの列車を撮影したところでカメラをバックにしまっています。駅員さんからホームでの撮影はNGとの注意があったからですが、ロンドン市内の駅でこうした経験をしたのは初めてで、テロに関連してもろもろの規制が入っているのかもしれません。余談ですが、テロ対策のため、ロンドン市内の駅にコインロッカーはありません。その変わり荷物預かりはあります。

2019年01月24日 11時36分

夜行列車のイギリス代表/カレドニアン・スリーパー(5)ロンドン着。

この列車の名前である「カレドニアン」=「カレドニア」はグレートブリテン島の北部を意味し、そのエリアはほぼスコットランドだそうです。

9月15日(土)、そんなカレドニアン・スリーパーがロンドン・ユーストン駅に遅れることなく到着。(定刻では7:49)

この写真は、この車両のドアの開け方の実演。手動ですが、走っているときはドアロックがかかり開かないようになっているようです。イギリスで初めてこのタイプのドアの車両に乗った時は…、実はガイドブックにちゃんと書いてあったので戸惑うことはありませんでした。今のガイドブックにも書いてあるのでしょうか?

お約束の駅名標撮影。長距離列車の車両が背景だと、より旅情が増します。

これが乗ってきたカレドニアン・スリーパー号。

そしてその隣にいるクラシカルな雰囲気の機関車が気になる。

Jim Martin号。1960年代に作られた私より少し若い機関車。チャータートレインを運行するウェストコーストラインの所属で、特別列車の運転があったのかも知れません。

話はガラッと変わりますが、そもそもこの日、ここロンドン・ユーストン駅までこの列車に乗る予定はありませんでした。本当は朝の5時半に、クルーCrewe駅で下車し、そこから列車を乗り継いで蒸気機関車の牽く特別列車を撮影する予定でした。それが数日前にキャンセルとなり、そのため早朝に起きる必要が無くなったのでこうしてゆったりとした夜行列車の旅を楽しむことにした次第。寝台の利用区間ももともとは下車予定のクルーまででしたが、列車乗車時に乗務員さんに確認したらそのまま乗っても追加料金も発生しないとのことで、ありがたく惰眠をむさぼりました。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!