2015年04月04日 20時09分

渓湖糖廠の五分車(16)のどかな農村風景を行く。

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濁水駅の駅舎というより小屋と言った方が似つかわしい建物の横にはこんな看板がありました。

ここはかって「渓州」「王功」「漢寶」に向かうジャンクションだったという証左でしょう。サトウキビの出荷の最盛期の時期にここは一体どんな状況だったのでしょう。考えただけでもワクワクしてきますがそれを見る事はもう出来ません。

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改めてき346号が折り返していた方面を除いてみましたが、パッと見は2方向への分岐だったので、恐らく1本の線路は撤去されたのでしょう。左側の線路の先には「線路」を遮断する方向に遮断機が見えていますが、どのように使っていたのでしょう。気になりました。

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家族連れに見送られ10:38に出発。

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キャベツ?の収穫風景も見られるのどかな田園風景が続きます。

2015年04月03日 20時07分

渓湖糖廠の五分車(15)出発準備完了。

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客車の先頭に機関車が戻ってきました。

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連結作業は無条件に萌えます。

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ご近所の方でしょうか?家族連れの方がやってきました。この方たちは列車の出発時間までいて私たちを見送ってくれました。

そこにいた子供がとにかく可愛く、手に持っていた蒸気機関車のおもちゃを突然、線路の上で走らせ始めた時には、ツアー参加者の格好の撮影対象となっていて、それを見ていたご家族の方も、ニコニコの笑顔で見守ってくれており、ささやかですが日台の民間交流気分でした。

2015年04月02日 20時05分

渓湖糖廠の五分車(14)濁水駅で機回し。

平成26年12月1日(月)。

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舗装道路の併用軌道上でストップ。オートバイが通り抜けていったのできっとここは公道なのでしょう。撮影に夢中になるのは危険な行為と知りました。(笑)

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早速機回しです。

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多分、その先も線路が続いていたであろうところに突っ込み、そこで折り返しです。

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346号の右側に立っている方がポイントを操作されていました。きっとこれはフォトランとは言わないのでしょうね。

2015年04月01日 20時00分

渓湖糖廠の五分車(13)フォトラン。

最近「フォトラン」という言葉を耳にすることがたまにあります。鉄道分野では撮影のために貸切列車を仕立て、撮影者の都合に合わせて動かすことを指している場合に使っていると私は理解しています。例えば昨年(2014年)の11月中旬にこのブログでUPしたボンネットバスツアーがその典型だと思っています。

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さてここ渓湖糖廠でも同様のイベントが組まれており、9時50分頃に出発したこの蒸気機関車牽引の五分車は走り始めて100メートルほどの所で停止。早速撮影タイムになりました。

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まるでそれは私たちの要望に応じてポーズをとるモデルが如くでした。ここで10分弱の時間がありました。

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いよいよ出発進行!踏切では車を待たせて良い気分。何でかって言えばナローの、しかも観光鉄道が公道を横切っているのです。日本ではありえません。というか日本でも認められるようになれば廃線になった路線が観光鉄道として復活できるかも知れません。もっとも“台湾”だから可能で、“日本”の基準ではやっぱり無理かもしれません。「りくべつ」とか「小坂」あたりが復活してほしい路線です。

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渓湖糖廠の構内ならともかく終点までの途中で列車を停めることはさすがに出来ないとの事で、私たちは沿線風景を楽しんでいました。

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出発した時には単線だったのが、いつの間にか右側にもう1本の線路が登場しました。複線?それとも単線並列?気になって夜も眠れません。ん、な訳ないか?

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10:12頃、何も無いところにポイントが出現。一瞬、ここが終点かと思ったら、軽くそこは通り過ぎ終点の濁水駅についたのは10:20頃でした。

2015年03月31日 19時52分

渓湖糖廠の五分車(12)まだまだやることはあった。

それで出発準備が終わったと思ったらまだまだでした。

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機関車だけ切り離され、少し先にあった水道のある場所に移動。ホースを持ったスタッフが動き始めました。

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最初は水タンクに給水。水が無ければ蒸気機関車は動かない。

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更に何かをしている…。

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石炭に水をかけていました。

それにしても蒸気機関車と言うのは走らせるまでの準備が大変なんですね。

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そして9時半過ぎにやっと客車に連結されて出発準備が完了とあいなりました。

2015年03月30日 20時48分

渓湖糖廠の五分車(11)転線。

平成26年12月1日(月)。動き始めた機関車は転線。

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客車の連結に向かい始めました。確かに「渓湖糖廠の五分車(2)」で機関車の向こうにいたのは観光用五分車で乗車する客車ではありません。そう言えば私たちが火起こしを見ている時に、隣の線路に客車を牽いたディーゼル機関車が入って来ていたのを思い出しました。

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そして客車が連結されて一息ついたと思った9:10頃に「機関車を動かすから乗らないか」と声がかかり慌てて乗車。

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つまり先の場所は出庫準備をする場所で、乗車するのは製糖工場の横にあるこの場所であることがやっと分かりました。

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輝く真鍮(しんちゅう)から漏れる煙。美しい!

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製糖工場の巨大さに改めて驚かされました。現役の頃を髣髴(ほうふつ)させます。

2015年03月29日 20時46分

渓湖糖廠の五分車(10)蒸気機関車の出発準備完了。

再び台湾シリーズ。

平成26年に戻ります。立ち入ることは出来ませんが見ることは出来たところ。

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2年前にはあった線路が無くなっていました。

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でも怪しい(私好みの)気動車は残っていました。今後、このスペースも観光施設として整備するのでしょうか?

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さて蒸気機関車の出発準備が完了したようです。

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平成26年12月1日(月)の朝9時。遂に346号が動き始めました。火起こしから1時間もかかっておらず思ったより短い時間でした。

とはいうものの私たちの乗車する列車は10時頃に出発すると聞いていたのでどえらい早い…、、、まだ何か作業があるのかな?と思いつつ…。

2015年03月23日 20時44分

渓湖糖廠の五分車(9)今はここには入れません。

2013年(平成25年)2月23日(土)の訪問記を続けています。

今回の渓湖糖廠訪問で入れなくなっている場所があるのに気付きました。

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それがここで、廃車体がズラリ並んでいました。

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何とも不思議な場所にいる気動車と思われる車両。

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車庫らしきところにも用途が分からない事業用と思しき車両。何とも魅力的というか悪魔の囁きに誘われてその術中にはまってしまった感じでした。

とそんなこんなでこの時は台北に戻ることにしました。

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台鉄員林駅までの戻りは路線バス。少し迷って、道を聞きながら辿り着いた渓湖のバスターミナルです。

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そこから乗って員林駅のバスターミナルで降りたのがこのマイクロバス。バスターミナルで聞いて乗ったので間違いはないと思うのですが、何せ走った道路はマイクロバスでもやっと一台が通れるかどうかと言いたくなる街中の細い道。日本でも地方で路線バスに乗ると郊外では広い道を走り、集落では旧道を走るパターンがありますが、それをより極端にした感じです。往路で利用したタクシーとは通った道が全然違っており、どうもメインではない路線バスに乗ったようでした。これも旅の醍醐味???

2015年03月22日 20時40分

渓湖糖廠の五分車(8)渓湖糖廠のもう一つの面白さ。

今回の渓湖糖廠の五分車(4)で取り上げた車両の屋内展示スペースもじっくりと時間をかけて見学し、その上で撮影もしています。

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それはさておきオープンエリアの構内の見学自体は自由という雰囲気だった(多分そう言ってくれていたと思います)ので、2014年では歩いていない場所にも行っています。緑地の中にいた内燃機関車。少し大きいと思ったら「七分車(1067ミリゲージ)」。

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ふと貨車の連結器を見たら自動連結器とピンリンク式の両方がありました。珍しいものを見せてもらいました。

※今回の台湾製糖鉄道の旅で、製糖鉄道と台鉄の接続ポイントでは、ナローと1067ミリの3線区間があったのを知りましたので、そこで入替用に使われていた車両かもしれません。

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構内の側線の造形美。こうした配線は結構見かけるのでそれほど珍しいものではありませんが、ナローと言うだけで何だか楽しい気分でした。

2015年03月21日 20時37分

渓湖糖廠の五分車(7)2013年の渓湖糖廠。

2013年(平成25年)2月23日(土)、私はここ渓湖糖廠を訪ねています。

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台北から新幹線で高鐵台中まで行き、台鉄新烏日から区間車で員林へ。(写真は員林駅)

そこから本当はバスに乗る予定だったのですが、乗車予定の台鉄新烏日からの区間車が突然運休!更に次の列車も遅れており、蒸気機関車の運転開始時間に間に合わせるべくタクシーを飛ばしました。

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巨大な製糖工場が見えてきました。

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蒸気機関車346号が出迎えてくれましたが、観光客が見当たらず閑散としていて火も入っていない。どこかおかしい…。

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人がいないので写真は撮り放題で、しかも他の観光客の動きを気にする必要もない。でも何かが変。

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広い構内にはディーゼル機関車を先頭にした観光列車が停まっているものの動く気配が無い。そこでスタッフらしき人を見かけたのでこの日の列車の運転時刻を確認してみました。と、そこで驚愕の事実を知ることになったのです。

本来、土・日・祝祭日に運転されるこの渓湖糖廠の五分車ですが、何と旧正月の休み期間に動かしていたのでこの日は運休とのこと。しかも次に動くのはどうやら3月に入ってからという事が何となく分かりました。どうやってそれを知ったかって?当然ですが日本語も英語も通じないのですが、カレンダーを持ってきてそれに「○」「×」を書いてくれたのです。来る前にネットの公式サイトも確認していたのですが、残念!の一言です。もっともそれがあったからこそ今回のツアーには是が非でも参加してリベンジしたいという強い気持ちが生まれたのは間違いありません。

台鉄の電車といい臨時運休の渓湖糖廠といい、まあ海外はそんなものだとは思っていますが、ついていない時はジタバタしないことが肝要です。(トホホ)



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!