2015年02月21日 20時42分

トワイライトエクスプレスの旅(2)南千歳から乗車。

はるばる来たぜ!北の大地。

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嬉し恥ずかしという気分もあるけど、見慣れたはずの苫小牧の街がこの日は冷静に見ていられない!

と、ここからは少し現実的な話。

トワイライトへの乗車は、昨日も書きましたがジェットスターを予約した段階で始発の札幌からの乗車は諦めており、無理をせず14:39発の南千歳と決めていました。更に悪天候で飛行機が遅れても、最悪、南千歳発15:05の北斗12号に乗れれば洞爺で追いつけることも分かっていたので、真冬の北海道とはいえ欠航でなければ飛行機の少々の遅れは何とかなるだろうと高を括っていたというか覚悟は持っていました。

それでもやはり南千歳で乗りたい!訳で、思いが通じたのか、GK181便は定刻の13:10に到着し、そこからは余裕のよっちゃんで南千歳に向かいました。

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新千歳空港発13:33の快速エアポート135号に乗車。

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南千歳駅ではお約束の駅舎撮影。しかし路面が完全なアイスバーンで、ここでスッテンコロリンしては元も子もないのでこの1枚だけを撮影して慎重にすり足で駅に戻りました。それにしても流石に全列車の停車駅だけあり、新千歳空港とは反対側の駅前広場にはバス停もあればタクシーも待機していたのは驚きでした。先入観を持つのは良くないですね。

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トワイライトエクスプレスの露払い的に走る千歳発夕張行きの2639D。雪の中を行く単行のキハ40形はThis is 北海道の印象が私にはあります。

2015年02月20日 21時20分

トワイライトエクスプレスの旅(1)1月31日の旅立ち。

1月30日(金)の昼頃、休憩に入ったタイミングを見計らったように携帯電話に着信あり。

鉄友で、昨日紹介した鉄道ファンの記事を書かれた鉄道ライターの伊原薫さんからで、「急ですが、明日の札幌発のトワイライトで宴会をしませんか?」とのお誘い。「えっ?それって本当ですか?」と思わず聞き返しつつ速攻で「是非お願いします!」と返事をしました。

(勢いで「してしまいました」が本当の所かな?)

一度は乗ってみたいと思いつつ終焉の日をただ指をくわえて待っているだけであろうと思っていた北斗星で上野駅に降り立ったのがつい2日前。そんな夢の様な旅が実現したばかりなのに、更にありえない話しが舞い降りてくるとは……どんなに言葉を重ねてもその時の舞い上がった心境は伝わらない気がします。あっ、約1名、同じ部署のスタッフが電話のやりとりを聞いていました。(汗)

また現実的な話しで恐縮ですが、休暇を取らずに乗りに行ける(これも重要なポイントです)ことも本当にありがたい話しでした。

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ということで1月31日(土)、神宮前を7:27に出るミュースカイに乗車。

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かくして中部国際空港11:25発札幌(新千歳空港)行き、ジェットスターGK181便の乗客となりました。座席の01Aは最前列の一番ドアに近い席。LCCなのでこの席に指定して座るには別途料金がかかるのですが、もしもこの便が遅れるようならトワイライトエクスプレスに間に合わない可能性もあったため、1秒でも早く機外に出られることを最優先に考えました。

※もっとも特別料金を払ったおかげでJALマイルも貯まりました。

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日本国内のLCCに初搭乗。それにしても1週間で2度も北海道に渡る日が来ようとは、本当に電話をもらったその瞬間まで予想だにしていませんでした。もっとも行くことを決断した段階では『空き』は確認しておらず、逆に空いていなかったら航空運賃は高額になるものの始発の札幌からトワイライトに乗ることの出来る時間のフライトを選べたとも言えます。そうなんです。トワイライトは南千歳から乗車しており、昨日UPした乗車券に南千歳の途中下車印があったのはそれが理由です。

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時間も時間なので昼食用に機内の有料弁当をネットで事前予約。でも量的には足りずもう一つ、カツサンドを追加。人間ドックを直後に控え、その面では無謀な旅立ちでした。

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実は金曜日の昼頃、新千歳空港周辺の土曜日の天気予報は「雪」。しかも強い風も予想されていたのですが、土曜日の出発までには曇りの予報となり、搭乗後の上空は大した揺れもなく順調に快適なフライトで新千歳空港に向かいました。

2015年02月19日 21時40分

北斗星!とトワイライトエクスプレス?

私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスで所蔵する資料は写真とか書籍類に限りません。

北斗星チラシ

北斗星に関するものでは1990年3月発行のパンフレット(左側)、1991年3月発行のグランシャリオの案内(右側)などもあります。表紙を見ているだけでも25年の時の流れを感じますが、北斗星の編成で言えばカニの位置が11号車の隣ではなく、1号車の隣だったりという「そうだったね」なんて言う発見もありました。

寝台券2S

次に私の手元にある2枚の寝台指定券。上が今回の1月27日乗車の北斗星のもので、下が1月31日乗車のトワイライトエクスプレスのもの。トワイライトエクスプレスを『トワイライトEXP』と表記するなんて惚れちゃいますね。

札幌⇒大阪(乗車券

こちらの乗車券は南千歳駅発行の「札幌市内」→「大阪市内」。経由が多すぎて発券機で印字しきれなかったからか、手で「湖西、東海」と書き加えてくれました。最初の3線には「線」があってその後は「線」が無かったりもしたりで、???が一杯の乗車券です。そうそう手書きの追記は私の持っている乗車券でが恐らく初のパターンです。また南千歳駅発行で「南千歳」の途中下車印があるのは何故でしょうか?

えっ?これってもしや?

皆さん事件です!!1月27日の火曜日発の北斗星に乗ったばかりなのに、同じ週の31日土曜日発のトワイライトエクスプレスに乗っちゃいました。当然のことながら実は予定通りの行動、、、ではなくそれはそれは思いもかけぬことから始まりました。続く…。

(次回からのトワイライトエクスプレスの旅:参考文献)

*鉄道ファン3月号…知人の鉄道ライター伊原薫さんが「トワイライト往復 スイート乗り比べの旅」を書かれています。

*鉄道ダイヤ情報2月号

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*DJ鉄ぶらブックス001「伝説のブルートレイン全列車」著者/結解喜幸・結解学 発行/交通新聞社 2015年1月発行

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※結解さんの本には、「北斗星」「トワイライト」「カシオペア」「はまなす」の停車しない駅の通過時刻も載っている時刻表ブロックがあり、単なるブルートレイン本とは一線を画す内容となっています。流石、鉄道ダイヤ情報の本ですね。これから撮影しようとしている方には便利な一冊です。

2015年02月18日 20時45分

北斗星の旅(18)上野駅到着。

上野駅13番線に10:05の定時到着。

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16時間53分という時間はあっと言うまであり、そしてゆったりと流れた時間でもありました。

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夜行列車とりわけ最後のブルートレインの終焉と言うイベント性がなせる技だったかもしれません。

恐らく前回ブルートレインを乗ったのは20年以上前の特急「さくら」号。名古屋から博多までの乗車で、その時は小学生低学年の娘との2人旅でした。そんな思い出と感傷に浸っている内に北斗星が車庫に戻る時間になりました。

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点いていたヘッドライトが

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テールライトに変わり、静かに推進運転が始まりました。

等と書いていつつ3月の最終列車の到着時はきっと大混乱するのだろうなどと思っています。ただ誰が言い出したか“葬式鉄”という言葉は好きではありませんし、ここ何年かの罵声飛び交う大混乱は流石に首を傾けざるを得ません。40年前の名古屋市電の“お別れ電車”に乗ったりしている身としては、全てを否定するものではありませんが、少なくとも鉄道愛好家がメディアの晒しものになる事態が今度こそ起きないことをひたすら祈るばかりです。

こうして北斗星の旅は終わったのですが、この後思いもかけぬ展開が待ち受けていました。明日からの新シリーズスタートは乞うご期待です!

 

2015年02月17日 20時35分

北斗星の旅(17)富士山が見えた!

埼玉県久喜市にある東北線(宇都宮線)東鷲宮(ひがしわしのみや)駅は下り線が地上ホーム、上り線が高架ホームという変則的な構造となっており、上野行きの列車からは左右とも展望が開けています。

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9:11頃、その高架線から進行方向右側に富士山らしき姿が見えたのであわててカメラを出して撮影しました。

2015_01_26~北斗星の旅_303 富士山

こちらは先の写真をトリミングしたものです。

それはどこからどう見ても富士山でした。北斗星から富士山が見えるとは思っても見なかったので正直、感激!!

ところで富士山って、チラッと見えただけでもどうしてこんなに感動してしまうのでしょうか?日本人(勿論、私も)にとって本当に特別なのだとつくづく感じ入りました。

これも北斗星乗車の良い思い出です。

(参考:東鷲宮~栗橋間には、富士山込みで鉄道写真が撮影できるスポットがあるそうです)

2015年02月16日 19時26分

北斗星の旅(16)北斗星の夜明け。

1月26日(月)は15000歩、27日(火)も12000歩も歩いており、疲れきっていた私が目覚めたのは朝の6時過ぎ。

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定時で動いていた北斗星は既に福島も通り過ぎ、郡山に向かっていました。清清しい朝の風景が窓外に流れています。

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郡山駅には6:38着。気分転換に外に出てみました。(勿論スリッパではなく靴に履き替えています)

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でも通路はまだまだ夜の佇まいです。話し声も聞こえず、皆さんまだまどろみの世界を漂っているようでした。

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食堂車「グランシャリオ」での朝食も頭に浮かんだのですが、11号車から7号車までの移動は止め、席で車内販売のサンドウィッチ(仙台から積み込み)を食することにしました。

結局今回の北斗星では札幌から上野まで11号車から前の車両に行く事はシャワーの予約以外はありませんでした。(そのシャワーも私の数人前で予約終了)

ということでのんびり鉄旅。それも北斗星の選択肢の一つだと思っています。もっとも若ければ先頭車まで探検に出かけていたことでしょう。

●2月13日(金)14:05に札幌を出発した「トワイライトエクスプレス」が25時間32分遅れ、15日(日)14:25に大阪駅に着いたとのこと。報道によると約90人が乗り通したそうですが、途中で打ち切りにしなかったJRの方たちの努力も凄い!と思います。

これで今年に入り、1月6~8日の約16時間遅れ、2月1~3日の約15時間半遅れに続いて3回目の大幅遅延です。途中で打ち切っても大阪まで車両を持っていく必要がありそうした措置をとったのか、それとも「乗る」ことを楽しみにしていた人たちの気持ちに応えようとしたか?どちらにしても実際に車内で乗客の世話をされた乗務員の方たちの大変さも察するにあまりあります。もしもトワイライトがこの春で廃止でなければどうなったのかな?何てことも考えてしまいましたが、まずは無事に到着で何よりでした。

2015年02月15日 20時23分

北斗星の旅(15)夜汽車を楽しむ。

食堂車「グランシャリオ」の予約などは出来るはずも無く、パブタイムに行くにも一人では少々寂しい。

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ということで食料はそこそこ持ち込んでいました。選んだのはその名も「北海道三昧 冬御膳」。

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「南千歳」に停車。

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東室蘭を出ると左手に見える「JX日鉱日石エネルギー室蘭製造所」の煙突はライトアップされています。かろうじて写っていました。

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伊達紋別の駅前には路線バスの姿も…。

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函館駅には21:38に到着。ここから進行方向が変わるため、機関車の付け替えが行われます。

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これが結構観客が多い。想像していた通りではありますが、皆さん熱心にシャッターを押していました。

そして青函トンネルに入ったところでカーテンを閉めてベッドに潜り込みました。

2015年02月14日 20時18分

北斗星の旅(14)11号車1番下段。

11号車1番は、北斗星の最後尾の一番端の端にありました。

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寝台指定券を手にした時は、まずは下段で良かったというのが本音で、ただこの列車は満席と聞いていたので、どんな方たちと同室になるのかとドキドキしていました。実は私、小心者で直ぐには人に馴染めないのです。

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ところが札幌からは誰も乗って来ず、これ幸いに室内の写真を撮っていました。

折角の浴衣ですが、私はこうして撮影しただけで夜は持参のパジャマを使いました。「JR」マークに袖を通すことも考えたのですが、何せ寝相が悪いのでOUT。

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上段の奥にある荷物置き場。私の荷物が一個だけ入っています。

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11号車は喫煙車のため“現役”の灰皿があります。

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窓際のテーブルにカメラを置いてセルフタイマーによる自撮り。他のお客さんが居ては出来ません。

因みに途中から親子連れが乗り込みましたが、結局上段は最後までお客さんはおらず、恐らく車掌さんの持っている予備と思われました。4人での「旅は道連れ」とはなりませんでしたが、スペース的には余裕のある旅となりました。

2015年02月13日 19時06分

北斗星の旅(13)毛ガニ、そして北斗星入線。

北斗星の出発は17:12。札幌に16時前に戻ったのはお土産を買うため。会社はともかく家庭には…。

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こうしたことをちゃんとしておかなければ次が無くなる恐れがあります。と言ってもこれを大人買いしたわけではありません。あくまでも北海道土産の一例です。(笑)

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札幌駅。もう何度も見ているはずなのに今日は何かが違って見えました。大仰ではなく、確かに私にはそう見えたのです。

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入線時刻は17:03。その少し前に私たちにその姿を見せました。

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凍える手でシャッターを押すこと全9回。DD51×2に12両の客車を従えた堂々たる特急寝台列車、ブルートレイン「北斗星」の入場いや入線です。

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実はこの先頭写真は乗車前日の1月26日に撮影したもの。最後尾から2両目の11号車の指定券をもつ身としては到着して直ぐに乗り込むことを念頭に、先の入線写真を当日撮影では優先し、この位置での撮影は最初から諦めていました。まあ結婚式で言う新郎新婦の前撮りみたいなものです。

その前撮りも「北斗星の旅(7)」で紹介した写真を撮影した後、回送「北斗星」を追いかけるように走る電車に乗り込み、札幌駅で下車してダッシュで4番線に移動。かろうじて間に合ったものです。ただヘッドマーク付きのDD51はホーム端に停車しているので、ワイドの効くコンデジでかろうじての撮影でした。

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この最後尾(カニ24 506)の写真を撮影したところでそそくさと列車に乗り込みました。入線から出発まで僅か9分では、先頭車を撮影してから11号車に移動するのは実際には“無理”で、「旅立ち」の情緒にはいささか欠けるというのがこのばたばたの感想です。もっともこれは撮影しているからでそれをしなければもう少し心の余裕が持てたはずです。

そうこうしている内に、いよいよ札幌~上野間1,214.7 km、16時間53分の旅の始まりです。

2015年02月09日 22時01分

北斗星の旅(9)お立ち台/札幌駅-北斗星。

今回の札幌での撮影行動を簡単にここで纏めます。

【1月26日(月)】

●14:30頃/苗穂駅~15:05頃/琴似駅~15:15頃/発寒駅~15:40頃/琴似駅(北斗星の回送)~札幌市電(ホテルからの夜景)

【1月27日(火)】

●札幌市電(ホテルからの朝景)~9:10頃/苗穂駅(札幌行きカシオペア&トワイライトエクスプレス)~10:20頃/札幌駅(北斗星到着)~11:45頃/札幌市電(ホテルからの昼景)~12:35頃/琴似駅(トワイライトエクスプレス回送)~14:10頃/札幌市電~北斗星乗車

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札幌駅にて北斗星到着までの時間を使い駅撮り。

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大粒のみぞれとも雨とも思える情景を1/40秒のシャッターで撮影してみました。右端に停車中は785系NE-3編成。個人的には789系よりこちらの方が好きです。

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11:13頃、撮影の目的たる北斗星が姿を現しました。

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ゆっくりと近づいてきます。ホームにいた恐らく20人近い人たちも盛んにシャッターを切っていました。

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ヘッドマークが目視できる位置まで来ました。その姿を認めてから既に2分近い時間が過ぎています。

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「北斗星」カラーのDD51重連は、ブルートレインを牽くに相応しく、威風堂々たる感じです。

それにしても『DD51』がこんな風に出迎えられる時代が来よう、もといDD51をこんなに高揚した気分で撮影する日が来ようとは思ってもみませんでした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!