2011年09月10日 18時42分

「愛の国」から「幸福」へ(2)キハ283系の展望室。

以前にも書いていますが、私は今回の釧路訪問まで、283系
(だけではありませんが)の、編成両端にある展望室は全面的に
立入禁止となった誤解していました。
よくよく考えてみればJR北海道も「先頭車両の展望室は立入禁止」と
発表していましたが、「最後尾車両の立入禁止」とは言っていませんでした。

キハ261系ですと上り列車の帯広方の最後尾車両はグリーン車ですので、
それを横断するのは少々勇気が要りますが、キハ283系の
釧路方最後尾車両は普通車ですのであまり気が引けません。

そこで1号車を通り抜け…、と言っても私の指定席は1号車でしたので
さほどの距離を歩くこともなく展望室に辿り着きました。
上段写真の「関係者以外の立ち入りはご遠慮願います。」の札の掛けられた
ロープは、最後尾車両の展望室部分の入り口では、片隅に片付けられて
いました。

こうして私は、指定席を取っていたにも関わらず、この楽しみを
知ってしまったばかりに随分長い時間、この場所を占拠していました。
多分、30分近くはそこにいたと思いますが、その間、誰もここには
現れませんでした。

大多数の『ビジネス』と思われる乗客の方にとっては興味の対象外
なのでしょう。
それとも先頭車ではないので、展望ビデオ気分が味わえないからでしょうか?

2011年09月10日 8時05分

「愛の国」から「幸福」へ(1)「スーパーおおぞら6号」に乗車。

北海道シリーズを延々と続けており恐縮です。
残すところとしては平成23年7月13日(水)の一日だけの出来事ですが、
それは今回から書きますがまだまだ日数が掛かりそうです。
北海道の季節が秋から冬に変わらないことを願うばかりです。

さてその7月13日ですが、朝7時過ぎに起床した私は釧路駅に
ほど近いというか“駅前”と言ってもよい『和商市場』、
あっ、皆さんが知っている前提で書いてしまいましたが、
私が言うのもなんですがテレビの旅番組では常連の北海道の海の幸
(だけではないのですが)を扱う店舗が立ち並ぶ市場です。

釧路にお出かけの際にはお勧めのスポットで、ここで家族への
罪滅ぼしの買い物をし、上段写真の釧路駅から下段写真の8:39発
キハ283系「スーパーおおぞら6号」の乗客となりました。

始発の釧路からなかなかの乗車率で、6~7割の席が埋まっていた記憶です
釧路の方によれば「スーパーおおぞら」はどの列車も乗車率は
まずまずだそうで、グリーン車の利用者も名古屋市民の私が考えるよりは
多いそうです。
もっとも「釧路」~「札幌」間は航空路線もありますし、
北海道らしく車で移動する人も多いとのことで、安閑としていられるような
状況ではなさそうです。

で、「スーパーおおざら6号」で向かった先は「帯広」でした。
もっともその行先は『タイトル』でバレバレですが…。

2011年09月09日 18時09分

根室本線鈍行列車の思い出。(423レ・424レ~からまつ)

昭和の時代、北海道には「小樽」と「釧路」を結ぶ夜行普通列車が
ありました。
私は3度乗車しており、その内2回は寝台車で惰眠を貪りました。

何れも10形(の記憶あり)の3段寝台だったのですが、
一度目は昭和49年2月22日の423列車で、
「大麻」(22:45)から「釧路」(9:30)まで乗車。
●「大麻」から乗車して後に寝台券を購入したため、車掌さんが
発行しています。比較的珍しい部類ではないでしょうか?
また何で「大麻」から乗ったかと言うと、そこに知り合いがいたからですが、
今その方はどうされているのでしょう?

釧路に到着した2月23日は、「阿寒湖」や「丹頂の里」といった
観光地を巡り、何とその足で424列車「釧路」19:00発小樽行きに
乗り込み、往路とは違って旧型客車の硬いシートに身をあずけ、
「札幌」(5:36着)に向かいました。
『ワイド周遊券』の時代、このように夜行列車を宿代わりにして
広いエリアを旅する人が多く存在しました。
●札幌からは特急「北斗1号」~函館の町を観光~青函連絡船16便
(羊蹄丸)~急行「八甲田」(オール座席車のため当然座席)で
上野には2月25日に戻りました。今思えば若さゆえの暴挙(快挙?)です。
※今シリーズの15で狩勝越えを「2回」と書きましたが
3回の間違いでした。お詫びして訂正します。

2度目は昭和52年2月18日に「小樽」(定刻から6分遅れの
21:22に発車)から「池田」まで乗車しました。
423列車は私が最初に乗ってから暫くして「からまつ」の愛称が
付けられており、下段写真にもしっかり「からまつ」の文字があります。
この時、池田(定刻から30分遅れの6:49着)で下車した私は、
『りくべつ鉄道運転体験』でも書きましたが池北線931Dに乗り
「北見」へと向かいました。
(定刻なら6:49、実際には6:51に発車)

ところで皆さんは北原白秋の名詩「落葉松」をご存知でしょうか?
その冒頭の一節に
「からまつの林を過ぎて、(中略)たびゆくはさびしかりけり。」とあり、
この詩が生まれたのは北海道の風景ではないのですが
「たびゆくは…」は、冬の北海道に似つかわしいのではと私は思っています。
ただこの詩を心の中で歌いながら寝台車に乗り込んでいったかどうかは
不明です。(この詩を知っている人は絶滅危惧種?)

ということも去ることながら、以前、狩勝越えの風景を自分の目で
見ていないと書いたのは「夜行列車に乗っており深夜に通過した」という
理由からでした。オチの無い話しで失礼。

2011年09月09日 9時00分

釧路行き鈍行2429Dの旅(33)2429D完全乗車証明書。

2429Dに全線乗車すると、釧路駅で貰える「2429D
完全乗車証明書」です。

上段が表面で、下段が裏面となります。
裏面から言うと「日本一長~~い定期普通列車」の文字にJR北海道釧路支社の
“気合い”を感じますし、左下にある『滝川発釧路行 2429Dに
完全乗車されたことを証明します』の文字は嬉しい限りです。

ところで表紙に戻って、右上の『2429D完全乗車証』の文字と、
タラコ色のキハ40-777の写真下にある『2429D完全乗車証明書』の
文字は、同じことのほんの2文字違いで、普段なら「少しは工夫が必要」などと
思ったりもするのですが、全行程を乗り終えた直後だけに、
今回だけは全てOKの世界でした。

言っちゃ何ですが、「これほしさに釧路まで来たのか俺は・・・」
とか思っちゃっていたりしている自分がいました。

1000枚限りの予定が増刷されたことで貰えたのですが、『限定』に
惹き付けられて乗った方の中には「きっとがっかりしている人も
いるのだろう」とかいうことも思ってみたりしていました。
(まあでも、許される範囲でしょう)

ところでこの証明書のこのブログでの使い方ですが、
厳密な権利処理を行うとするなら、本来、撮影者であるカメラマンの許諾も
必要と思われます。
そこでこの写真を撮影された方の話しはまた後日・・・。

(2429D、了)

2011年09月08日 18時05分

釧路行き鈍行2429Dの旅(32)無事、釧路駅定時に到着。

平成23年7月12日(火)17:39。
釧路駅に2429Dは定時に到着。
団体旅行のグループの方とも別れの挨拶を済ませ、8時間余の長旅の労を
一人だけで労(ねぎら)いました。
(正確に言うと「釧路臨港鉄道の会」の方が出迎えてくれたので1人では
ありませんでしたが…)

そして駅の外にでて、釧路駅名物『D51467』の動輪と2ショット写真を
撮影。(正確には撮ってもらいました)

車内でのことをいろいろ書いていましたが、実のところ終わってみれば
「アッ」と言う間の8時間余で、もう一回チャレンジするかと聞かれれば、
『当分は結構』と答えることになるのですが、それでも、
難行苦行ということもなく、のんびりした良い「旅」だったといえます。

そのその昔、昭和の時代のロングラン普通停車は、全国で出会うことが
出来ました。が、朝か夕かのどちらかで、必ず風景の見えない時間帯を
走っていました。それに比べ、走行中は多分、真冬を除けばほぼ風景を
楽しめる時間帯を走る2429Dは“快適”な長距離列車と言えそうです。

皆様、一度お試しあれ!

2011年09月08日 9時00分

釧路行き鈍行2429Dの旅(31)大楽毛で2列車と交換。

終着の釧路を目前(3駅手前)にして、「大楽毛駅」で長い停車時間が
ありました。
この駅に到着したのは17:13頃で、ここで釧路発帯広行き2530D
(下段写真)と最後の交換をするのは時刻表でわかっていました。

それにしても2429Dの発車時間は17:25ですし、
2530Dは同じ17:25頃到着して直ぐに出発するであろうことを
時刻表から読み取っていました。
ただ次の「新大楽毛」は交換できないので、「新富士」まで行って交換するにも
時間が足りないというところまでは何となく分かるので、釧路直前で
12分も止まるのも「2429Dらしくていいや」と思うようにしていました。

ただ『虫の知らせ』がありました。「貨物が来るのではないか?」と。
ただ確証があった訳ではないので、駅の外で駅舎や駅前の風景を
撮影していました。

それでも何故か「駅構内に戻れ」という天の声が聞こえた気がして、
とりあえず駅改札を入った直ぐのところでカメラを抱えていました。
予感は的中!釧路貨物駅発17:11の高速貨物2094列車の登場。
17:17に轟音と共に通過していきました。(上段写真)
※14回目の交換。

そしてそれからしばらくして下段写真の2530Dがその姿を現し、
これで全15本の交換列車の全てを撮影することが出来ました。

最後の最後であやうく1本、撮り逃すところでした。

●この話しは本当です。決して作り話しではありません。信じて下さい。
貨物時刻表は名古屋に戻ってから見ました。

2011年09月07日 18時54分

釧路行き鈍行2429Dの旅(30)「秘境駅」古瀬駅でスーパーおおぞら12号と交換

「古瀬駅」には多分、16:35頃の到着でした。ここで6分停車。
出発は16:41です。

ここで13回目の交換をする列車は4012D「スーパーおおぞら12号」
釧路発札幌行きです。
※ここまで来て列車番号と列車名の号数が合わされていることに気付きました。
(「おそいっ!ツーの」と突込みがありそうです)

ここは「秘境駅」で著名な牛山隆信さんのランキングでも9位に入る
名立たる秘境駅で、とにかく駅の周りに・・・「人」の気配を感じません。
ただ、音別を出て暫く民家はあったのですが、それが何と言うか『一瞬の出来事』で見えなくなり、森の中に入ったかと思ったらこの駅に到着でした。

それに落合駅でも書きましたが、ディーゼルエンジン以外の音が
全く無いのです。流石秘境駅。思わず手を打って納得してしまいました。

とにかく下り列車でここに停車するのは僅か1日4本。
しかもこの2429Dが最終列車です。
参考までに上り列車は3本で、始発列車は14:21です。

なお、停車時間の6分があれば駅の周辺を見渡すには十分です。私の他には
1人だけ下車して私のような行動をとっていました。参考までに・・・。

2429Dに乗っていて、この駅での交換待ちは『秘境駅』がゆえに、
ちょっと得した気分になった時間でしたが、一方で侘しさが・・・。

Wikipediaの「古瀬駅」によれば「駅への道も整備されていない」とあるので
やはりここは本来は『信号所』の役目なのでしょう。

2011年09月07日 8時33分

釧路行き鈍行2429Dの旅(29)太平洋を眺めながら思ったこと。

豊橋鉄道の「納涼ビール電車」との交換を終え、2429Dに戻ります。

根室本線を下っていくと、「厚内駅」の先で太平洋が見え始めます。
そしてこの写真を撮影した「音別」~「古瀬」間も海と併走します。

昨年の2月に釧路を訪れた際にも、ここの海は印象が残っており、
その寒々しい風景に心まで凍ってしまいそうでした。
そんなこともあり、7月の海は、多少は夏の暖かさを感じさせてくれるのでは
ないかと期待していたのですが、現実はそれほど甘くありませんでした。
勿論、雪はなく、陸には緑があるのですが、ただただ砂浜に砕けていく波を
見ていたら、かえって侘しくなり、一人旅を思いっきり感じてしまいました。
そんな感傷的になっても一人なのだからしょうがないのですが、
ボックスシートに身を預ける自分の所在無さが気になっていました。

かと言ってこういう「鉄」旅に付き合ってくれる人はそうはいない訳で、
せめて心行くまでただ「風景を楽しもう」と自分自身を説得しているしか
ありませんでした。
「心が折れる」ってこういうことを言うのでしょうね。

2011年09月05日 9時03分

釧路行き鈍行2429Dの旅(28)音別駅にコンテナが一杯。

尺別を出て音別に向かう途中で「オジロワシ」を発見!
(心のシャッターを押しました)

北海道の大自然に感動しつつ16:25に音別着・発。
窓外を眺めていたらコンテナの山を見つけ、なおかつ荷物を積み込むところに
遭遇しました。

今シリーズ(20)の「帯広貨物駅」の駅名標によれば次駅は
「釧路貨物駅」のはずなのに、ここ音別では「釧路貨物駅」行きの
貨物列車が停車し、コンテナの切り離しを行い、一方で当然の事ながら
その逆もあることは名古屋に戻ってから貨物時刻表で調べました。

この駅の近くに大塚製薬グループの工場(「オロナミンC」などを
作っているとのこと)があり、その出荷荷物を扱うためこの駅に
コンテナの山が存在することになっています。

釧路市役所のHPによればその製品には音別川の伏流水が
使われているとあり、ひょっとしたらここ『音別の水』を私も飲んだことが
あるのかと思うと、ちょっと不思議な感じでした。

なお、この音別駅には「みどりの窓口」があるのですが、
7往復もある特急が1本も停車しません。比較的珍しい存在では
ないでしょうか?

2011年09月04日 19時19分

釧路行き鈍行2429Dの旅(27)尺別で2528Dと交換。

尺別では珍しく対向列車をあまり待たずに16:20に到着・出発でした。

12回目の交換列車は2528D釧路発芽室行きです。
●「芽室駅」は今シリーズ(18)で出てきた、2429Dが、
「スーパーとかち6号」と交換した駅です。

こうして書いていると、何となく2528Dが“区間列車”っぽい感が
無きにしもあらずですが、実際の運転距離は141.9キロあり、
ここ尺別からでも94.8キロと100キロ近い道のりをこれから
ひた走ることになります。
「流石に北海道ですね。」などと書いていて、東海道本線の名古屋周辺と
比較してみたら、「大垣」~「浜松」間が152.9キロなので
それ位の距離であることが分かりました。100キロ超というと『遠い』という感じがしていましたが、JRなら意外と微妙な距離かなと
妙な納得をしてしまいました。

(JR北海道キハ40系の標準塗色のこと)
●JR北海道の標準塗色ですが、一見爽やかな感じで私は『良い感じ』と
思っていたのですが、一方で今回『今一つ』という話しも聞きました。
それは冬の雪の中での視認性です。
この色が雪に溶け込んでしまい、接近してきても気付き難いのだそうです。
それに比べ、リバイバルでブームになっている旧国鉄色「朱色5号塗装車」
(通称?タラコ色)は視認性も良く、「何故変える必要があったのだろう」
とか「雪を知らない人が色調のデザインの良し悪しで決めたのでは?」
という声もあったと聞きました。
それ自体の是非の判断は私には分かりませんが、何かを変えることが
如何に難しいかを考えさせてくれたエピソードでした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!