2011年08月29日 18時26分

釧路行き鈍行2429Dの旅(18)芽室でスーパーとかち6号と交換。

7回目の交換は「芽室駅」。
2429Dは13:36頃到着。出発は13:44のため8分ほどの停車と
なりました。

対向列車は36D「スーパーとかち6号」(帯広発札幌行き)で、
「芽室」に停車する列車でした。
「芽室」は「スーパーとかち」の全列車と「スーパーおおぞら」の
一部列車が停車し、また「帯広」との間で区間列車も設定されている謂わば
拠点駅で、はたと思いついて芽室町役場のHPを見たら、
人口は2万人弱で結構な町であることがわかりました。
道理で駅の周辺に建物が多いはずでした。

ところでここ「芽室」の名前の由来ですが、『アイヌ語の「メモロベッ」、
すなわち「メム・オロ・ペッ」(わきつぼの所の川)に、
「芽室」の字をあてたもの』とのことで、まさかアイヌ語が起源とは
思いませんでした。
※引用出典…JR北海道/釧路支社HP

何故そんなことを思ったかと言うと、特別な理由があるわけでは
ないのですが、「芽室」という漢字の語感と「めむろ」という読みからで、
何となく明治期に入植した人たちが付けたような気がしたからです。
想像以上にアイヌの文化が今も残り、かつ息づいていることに
気付かされた出来事でした。

2011年08月29日 8時06分

釧路行き鈍行2429Dの旅(17)上芽室信号所で交換。

6回目の交換は「上芽室信号所」でした。
「御影駅」と「芽室駅」の間にあります。

ここに13:24頃到着。待つことしばし。
13:29頃、2434D(帯広発滝川行き)が右側の線路を通過して
いきました。

そろそろ乗っているのに飽きて来ており、我ながら「“乗り鉄”の
わりには情けないなあ」と思いつつ、駅ならホームに降りるという楽しみも
あるものの、信号所では何ともなりません。それでも季節が良いので
窓を開けていても他のお客さんの迷惑にならず、また他のお客さんでも
窓を開けている人がいたので、せめてもの抵抗と言うことではないものの、
外の空気を楽しんでいました。

そう言えば、窓を開けて列車に乗るなんて一体いつからしていないのだろうと
妙なところで感じ入っていました。

2011年08月28日 19時14分

釧路行き鈍行2429Dの旅(16)御影駅でスーパーおおぞら8号と交換。

「新得駅」を出て3駅目。「御影駅」には13:12頃に到着。
13:16出発なので、ここで4008D「スーパーおおぞら8号」と
交換であろうと思っていたら、やはり1線スルーの線路をハイスピードで
通り過ぎて行きました。
本日5回目にして初めて特急列車との交換で、いよいよ『幹線』に
入ってきたことを実感しました。

ここまでにも既に、石勝線と合流した上落合信号所以来、交換列車は
無かったものの、連なって存在する信号所の存在は、駅間距離が長いという
北海道ならではの理由もさることながら、やはり交通の大動脈を思わせるには
十分でしたが、やはり特急との交換があっての“大動脈”と言えそうです。

ところで今回、生まれて初めて目の前を通過する283系を体験しましたが、
「なるほど、速い!」の一言でした。
そして、ここ「御影駅」から、“待つ”(“待たされる”?)ことが
増えていきました。
「そりゃあ時間もかかるよね。」などと思いつつ、滝川から155.9キロの
距離にあるこの駅で全行程の半分(154.2キロ)を越えました。

余計なことですが、阪神・阪急の「御影」の地名の起源は分かりませんが、
JR北海道の駅のある「御影」はこの地の産物『花崗岩』に
因んでいるそうです。

2011年08月28日 9時10分

釧路行き鈍行2429Dの旅(15)狩勝峠を下る。

「日本三大車窓」と言えば、
1)篠ノ井線姨捨駅(善光寺平)
2)肥薩線矢岳駅付近(矢岳越え)
3)根室本線新内駅付近(狩勝峠。三大車窓の区間は昭和41年廃線)
となっていましたが、狩勝峠は新線に切り替わり、「三大車窓」の地位を
降りたと言われています。

では、現代の「日本三大車窓」はどこかと問われた時、私は、
この「落合」~「新得」間の、やはり石狩から十勝に入り、ひたすら十勝平野を
目指し下っていく写真の風景を挙げても良いのではと思っています。
※タイトルの「狩勝峠と下る」という表現が地理的に正しいかどうかは
 さておき、雰囲気と言うことでご容赦を。

「日本三大車窓」と呼ばれていた時代の“絶景”の素晴らしさを知る方には、
今の風景は『さほどでもない』と言う話しを聞いたことがあるのですが、
遠くの町並みや近くに広がる牧場も含め、北海道らしい俯瞰の風景が
楽しめる場所(路線)は、それほど多くは無いと思っており、
そんな気持ちで何枚か2429Dの車内から“窓を開けて”撮影しました。

この風景をご存知の方にはきっとご賛同いただけるのではないかと思います。
とここまで書いていて少し疑問が?
「日本三大車窓」って、どうして峠越えの雄大な風景を見下ろす
ポイントなのでしょう。
海や渓谷の絶景もあるではないかとは思うものの・・・。

今回の「鉄」旅でというか、それも含めこれまで特急列車でここを通ったことは
何度かあるのですが、やはり窓越しではなく、空気を直に感じて風景を
楽しんだのは初めてで、それも好印象の一因でしょうか…。
(下り勾配のため2429Dのスピードは決して遅くはありませんが…)

また、昭和の時代に乗りつぶしをしていた頃、私は普通列車でここを
通ったことが2回あるのですが・・・記憶は全くありません。
その理由は何れまた機会を改めてさせていただきます。

2011年08月27日 18時56分

釧路行き鈍行2429Dの旅(14)上りホームの監視カメラ。

左側の写真は、先回の「積雪計測板」を裏から見たものです。
そしてその写真の右上にあるのが右側の写真の監視カメラです。

ここ「落合駅」は無人駅のため、駅構内が今、どうなっているかを
常時、この監視カメラで確認しているそうです。
(「富良野駅」で見ていると聞いたような気がしていますが、すいません。
記憶が定かでありません。)

何れにしろ、「積雪計測板」はそのカメラに向かって設置されており、
そのためホームに対して不思議な角度となっているとのことでした。

のんびりローカル列車で「先を急がない旅」をする身にとって、
こういう発見をすることこそ『2429D』の醍醐味であると“妙な”
納得をしてしまった次第です。

また到着から出発まで10分以上の余裕があったからこその成果であり、
合わせて、この列車が2両編成と言うのも駅の“探検”には
ピッタリだったのかもしれません。
それにしても、下車して風情を楽しむ乗客の方は思いのほか少なく、
何か勿体ない気が一方でしていました。

そして12:21、2429Dはゆっくりと「落合駅」を後にしました。

2011年08月27日 8時51分

釧路行き鈍行2429Dの旅(13)落合駅での発見。

「落合駅」のホームでこんなモノを見つけました。
上段写真の赤い矢印の先に、下段写真の縦型メジャー(?)が
置かれていました。

奥に除雪車を入れ込んでみましたが、もうお分かりのようにホームの
積雪状況を測るためのものです。
※これの正式な名前は聞き漏らしましたので仮に「積雪計測板」と
 させていただきます。
 また、ここからは2429Dの運転士さんからお聞きした話しを元に
 書きます。

ここ「落合駅」周辺は、“豪雪地帯”と言うほどではないものの、
根室本線では比較的積雪が多い駅で、この「積雪計測板」の最高値である
『120センチ』まで降る事も稀にはあるのだそうです。
とはいうものの、普段はよく降り積もっても下から2つ目の青く塗られた
50センチ程度とのことでした。

この「積雪計測板」の設置ですが、いつからあるかは定かではないとの
ことでしたが、やはり乗客の安全確保を考え、これで積雪状況を把握し、
ホームの除雪および線路の除雪に役立てているそうです。

ところでこの「積雪計測板」ですが、見ての通り、ホーム上に斜めに
設置されており、どこか不自然な印象を私は持ちました。

2011年08月26日 17時49分

釧路行き鈍行2429Dの旅(12)落合駅で2432Dと交換。

平成23年7月12日(火)12:09、狩勝峠に挑む「落合駅」に
到着しました。ここで4回目の交換です。
交換した列車は2432D(帯広発滝川行き)で、2429Dの到着を待って
12:10の定刻で出発していきました。

「狩勝越え」も今は・・・、と言っても旧線時代の昭和41年以前を
知っているわけではないので偉そうには言えませんが、当時、
ここから「新得」まで日夜、峠越えの苦闘が続いていたと思うと感無量で、
その出発点の駅としては思いのほか平らな場所が広がり、
また下段写真の走り去る2432Dを見ていても“ゆったり”した
風景の広がりにいささか驚いたと言うのが実感です。

また昭和56年の石勝線開通以前は24時間体制で忙しかったはずの
「落合駅」構内も、今は『静か』というにもあまりにも寂しく、
よく言う「ローカル線に転落」と言う言葉も、何か遠い存在に覚える
ほどでした。
何せ、エンジンの音だけが辺りに響くだけで、それ以外の音が全くないのです。

列車が行き交う僅かな時間だけは「人の空間」を感じさせますが、
列車が走り去ればきっと「太古の自然」にこの空間を返してしまったようだと
言っても過言ではないでしょう。(個人的感想です)

2011年08月26日 7時00分

釧路行き鈍行2429Dの旅(11)山部駅で3430Dと交換。

2429Dの3回目の列車交換は「富良野」を出て2駅目の「山部」です。
交換したのは3430D快速「狩勝」で、この列車は「釧路」を
2522D「帯広」行きで出発し、「帯広」から同じ車両ではあるものの
列車番号と列車種別が変わり、そのまま「滝川」を目指します。
つまり“特別料金が不要”という括りでは、2429Dと同じ区間を走る
乗換不要の経済的な列車と言えます。

チラッと車内を覗いてみましたが、案の定、空席が目立っていました。

ところで今回、交換する全列車の撮影という目標をたてたのは
良かったのですが、その証拠写真の撮影方法に苦慮した駅が幾つかあります。
「それは何か?」と大袈裟に言うことも無いのですが、
対向列車とのすれ違い時、直ぐ隣の線路を通過する列車を車内から
撮影する場合、如何にカメラを窓外に出さずに撮るかと言う点です。
以前なら、レンズ部分程度なら、多少カメラが窓外に出ていても
許される範囲内と勝手に思っていましたし、そうでなくとも車掌さんや駅員が
その姿を見ていたとしても注意されることはありませんでした。

ただ、流石に昨今の『行き過ぎた「鉄」ちゃんの行動』が話題に上るにつけ、
こうした状況でカメラを窓外に出すのは憚られ、そのギリギリだと
私が思っているのがこの写真です。
正直、あと10センチ外にカメラを出せば、3430Dの後ろの風景も
広がっていたことは想像に難くありません。

そんなこともありつつ山部を11:23に出発しました。

2011年08月25日 17時41分

釧路行き鈍行2429Dの旅(10)のんびり楽しむ道東ローカル線の旅。

「キハ40-737」の車内で見つけたJR北海道の広告です。
『のんびり楽しむ道東ローカル線の旅』と言う文字が最上段にあり、
今、正に乗っている根室本線の「2429D」が主役です。
そして脇役には釧網本線の「摩周&川湯温泉足湯めぐり号」
「くしろ湿原ノロッコ号」といったところです。
参考までに、最下段には「詳しい情報はJR北海道 釧路支社のHPへ」と
ありました。

「くしろ湿原ノロッコ号」は観光列車ですが、「足湯めぐり号」は、
名前は付いているものの『4736D』(釧路⇒摩周間の定期列車)と
『4738D』(緑⇒網走間の定期列車)を『8736D』
(摩周⇒緑間の臨時列車)で繋いだだけと言ったら語弊があるかも
知れませんが、まあ、アイデア賞はあげても良いと思いますが
そんなところです。
(「足湯めぐり号」は摩周駅&川湯温泉駅の停車時間中に足湯に入れます。)
それにしても、『2429D』にいたってはただの定期の鈍行列車です。
確かに日本一運行時間の長い列車であることはその通りですが、
普通に考えれば、JRの目玉商品になるのはおこがましいような存在と
いえます。

等と、私の個人的な「鉄」の想いとは別に、随分否定的な書き方を
してしまいましたが、実はこの日、「道東ローカル線の旅」が
観光ルートになっていることを実体験することになってしまったからです。

今シリーズ(4)で、車内に団体さんが乗っていたという話しを書きましたが、
その団体さんが「富良野駅」で下車しなかったので
“ひょっとして?”と思い、1組のご夫婦に話しかけ、どこまで行くのかを
尋ねました。

その団体は、東京の某旅行社が募集したツアーで、その内容は何と、
東京(そのご夫婦は仙台から参加)を起点に鉄道で北海道を周遊するもので、
根室本線の『2429D』に全区間乗車し、翌日は根室まで行った後、
釧網本線の普通列車で網走まで行くということでしたので、
「ノロッコ号」と「足湯めぐり号」に乗車するかどうかは別にして、
この広告通りの『のんびり楽しむ道東ローカル線の旅』を一般募集の
団体旅行が実践していることが分かりました。

この2429Dを下車した後で、「釧路臨港鉄道の会」の方に聞いたところ
やはりこうしたツアーは存在するそうで、私がこの広告に感じた
「よくやるよ」という感想は木端微塵に打ち砕かれました。
でもそれは私にとって何故か「笑みがこぼれる」類のものでした。

余談ですが、このツアーの参加者には中高年のご夫婦の方が何組かおられ、
決して「鉄」ちゃんツアーではなく、色々と観光旅行をして最後に
行きついたのがこのツアーだったといった印象を受けました。

私の一言…恐るべし!!2429D!

2011年08月25日 8時08分

釧路行き鈍行2429Dの旅(9)富良野駅にて。

どうと言うことはないのですが、折角「キハ40-739」に
「キハ40-737」が繋がったのでその連結部分の写真を撮ってみました。
(上段写真)
まだ誰も乗車しておらず、とりあえずこの写真を撮影した私が、
「キハ40-737」に乗り込んだ最初の乗客でした。
高山本線で同様のことがあったとしても多分、写真を撮らないと思うものの、
やはり北海道の富良野という“特別な場所”という想いが私を
思いもかけぬ行動に走らせました。
てなことは全くなく、その内、何かの資料写真として使えればと思い、
撮影したというのが実情です。
※「名古屋レール・アーカイブス」の会員になって以来、日常的な
 写真の重要性を感じており、「撮り鉄」では撮影しなさそうな
 「何てことの無い日常」写真も撮るように心掛けています。

また、下段写真は「フラノラベンダーエクスプレス3号」が到着する前の、
ノンビリとしたローカルのジャンクションの風景です。
キハ150形との並びはそれほど珍しいものではないのでしょうが、
キハ40系の全長21.3メートルに比べ、キハ150形は
ジャスト20メートルで若干の違いがあり、この写真では、富良野線の車両が
少し下がった位置に停車しているように見えますが、2つの列車の
2両編成の最後尾はほぼ同じ位置となっており、この違いが面白いと思い
敢えて選択した1枚です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!