2011年01月23日 9時16分

冬の釧路に行こう!(9)SL冬の湿原号、出発!

今日の釧路の天候はどうだったのでしょうか?

そうっ、今年も今日から釧網本線の「SL冬の湿原号」の
運転が始まりました。
一人でも多くの方に乗ってほしいと切に願っています。

写真は2010年2月21日(日)10時34分頃、
「SL冬の湿原号」のJR北海道釧路運輸車両所出区を
捕らえたものです。
所謂本線上ではありませんが、晴れ渡る空の雪景色の中、
目一杯煙を出して走る姿に、思わず感動の涙が出そうになりました。
まあ、さすがに「涙」は筆が滑り過ぎですが、
私のその時の気持ちをお察し頂きお許し下さい。

ところでこの写真、朝一番に「釧路臨港鉄道の会」の方から
“出区”を撮りませんかと誘われ、
「車で案内しますので、列車には余裕で間に合います」とのこと。
お言葉に甘え、釧路駅の直ぐ西にある陸橋(広い歩道あり)に
向かいゲットしたものです。
想像以上の迫力に驚いたのを昨日のように覚えています。
※同じポジションからの写真は昨年の2月26日にもUPしています。
つまり、オプショナルツアーではないオプションでした。(多謝)

(情報)
この撮影ポイントは、手軽ということもあって人気があるようで
この日も確か5~6人の『撮り鉄』の方がいらっしゃいました。
私は、手持ちの撮影だったので、
C11を迎え撃つときに、陸橋の上を右に左に移動して撮影しました。

2011年01月19日 18時00分

冬の釧路の行こう!(4)石炭車「セキ」は日本で唯一!

心がけが良いと、冬の釧路が快晴だ!ということで
「太平洋石炭販売輸送」の石炭車「セキ6000型」です。

パッと見は…、よく見ると…。
実は日本で唯一の2両で1組の『連接式貨車』なのです。
「釧路臨港鉄道の会」の方から説明を受け、
まじまじと見て(まあ見なくても分かるのですが)ビックリ!

何の知識も持たずにこのツアーに参加したことを少々、
恥ずかしく思った瞬間だったのですが、
私以外にも知らない方がいてホッとしたことを覚えています。
●写真は撮れていないのですが、オーストラリアの電車に乗車中、
連接式貨車とすれ違い、その時、「オッ、ここにもあった」と
妙に興奮しました。

話しを戻して、撮影地は「春採駅」で、ここで車両基地の見学や
所有するディーゼル機関車や貨車の説明、
はたまた信号を取り扱う運転所(という表現でOKかな?)の
内部をつぶさに見学しました。
デジカメでなければ絶対に「こんなに沢山は撮らない」という位、
シャッターを押し続け80枚近い写真が手元に残っています。

昨年2月28日にUPした「DE601号」を含め
貨車はともかくDLは磨き上げられていた印象で
とにかく美しい車両を見ました。

私は、この時まで「鉄」系のツアーに
一度も参加したことがありませんでしたので、
比較する術がないのですが、
このツアー、何せ一日にそんなに列車が走るわけでも
ないのにスケジュールは寸分の余地も無い『分刻み』!
恐るべし(笑)!!「釧路臨港鉄道の会」!

2011年01月18日 18時26分

冬の釧路に行こう!(3)知人貯炭場で石炭を下す。

ツアーで行かなければ簡単には撮影できないのがこの写真。

「春採駅」で積んだ石炭を、4キロ運んで「知人貯炭場」で
下している真っ最中です。(撮影日は平成22年2月19日)

ちょっと分かりにくいかもしれませんが、
高架橋の「柱」に注目!
右側の方はコンクリートが見えていますが
真ん中のところが“黒く”なって「柱」が見えません。
この“黒い”ところが、まさしく『セキ』から下している
“黒いダイヤ”(石炭)なのです。
※最近、こういう言い方をあまりしませんね。
さて、この石炭下しが始まった瞬間、ちょっと興奮!
こうした作業は、写真では見たことがありますが
実物を見たのは初めてで、安全のため、至近距離ではないものの
それでも十分に迫力がありました。

石炭はここで下されたのち、船積みを待つことになりますが
そのための一時的な“貯炭場”がここになります。
※国内の石炭火力発電所用に、例えば兵庫県の高砂市に
運ばれているそうです。

そうそう、高架橋を使っているのは
それが一番合理的だからで、もしも『セキ』からクレーンなどで
いちいち掬い上げていたらいつまでたっても
作業は終わりません。
昔の運炭車からの船積み写真を見ても
基本、このパターンだったはずです。

ところで『セキ』の側面にある石炭を下すための扉の開閉他
列車の解結等の作業は、全て機関車で制御できるようになっており、
さすがに時代に合わせて近代化・省力化は進んでいます。

余談ですが、「釧路臨港鉄道の会」の方によると、
最初、この鉄道の方たちからは「一体何者?」という
あしらいだったそうです。さもありなんですね。
それでも、地元だけに何度も通っている内に
こうした『趣味が存在することを理解』してもらえるようになり
現在に至っているとのことでした。

旅客鉄道ですと、「鉄道好き」が嵩じての『就職』も
あるのでしょうが、貨物の、しかも運炭鉄道には
そういう方はいなかったのでしょう。

2011年01月18日 9時00分

冬の釧路に行こう!(2)太平洋石炭販売輸送・知人貯炭場。

写真の前に…。
「冬のSLと石炭のマチ・釧路」ツアーを紹介した過去のブログは、
「釧路コールマイン」が「カテゴリー」の
「トラム・ナロー・鋼索」にあるのを除き、
すべて「カテゴリー」では『北海道・東北』にあります。
ご参照下さい。但し、それぞれ一番下の方になります。
また、昨年UPした写真は今回は使わない予定です。

さて今朝の写真は『知人貯炭場』。
撮影している位置から見ると、
逆「V」字形に2本の高架橋があり、これはその内の1本。
もう1本は写っていませんが、直ぐ左側にあります。

列車は、前後に機関車が付くプッシュプルトレインで運転され
「知人」に到着するのですが、ここで半分に切り離され
写真の編成は後ろの半分で、最後尾にかすかにDLが
写っています。
ということで前半分のDLが先頭となる編成は、
この写真では見切れている左側にいました。

ところで「太平洋石炭販売輸送」の撮影ですが、
「釧路臨港鉄道の会」の方と「太平洋石炭販売輸送」の連携が
素晴らしく出来ており、
例えば昨年の2月27・28日にUPした石炭列車は、
「春採駅」の出発準備が出来ると
駅で待機の「釧路臨港鉄道の会」のスタッフに連絡が入り、
その方から“撮影ポイント”のスタッフにその情報が伝わります。
そうすると、スタッフが「あとO分で列車が通ります」と教えてくれ、
特に動画を撮影していた方には、“無駄なテープ”を
回す必要が無いため、好評だったと記憶しています。
※一般的に貨物鉄道のダイヤは“余裕”があるため
その撮影は大変と聞いています。(言葉の選択が難しい。)

ここ知人の貯炭場でもその連携は遺憾無く発揮されており、
存分に珍しい写真撮影が出来ました。
勿論、どういった作業をしているかの説明もあり
「石炭産業と釧路」についての知識も増えていきました。

2011年01月17日 18時18分

冬の釧路に行こう!(1)太平洋石炭販売輸送・春採駅

「JR北海道・釧路支社」と、釧路商工会議所を始めとした
「くしろ圏広域観光推進コンソーシアム」が共同で開催する
『冬のSLと石炭のマチ・釧路』というツアー
今年も開催されることになりました。
日程は2月18日(金)~20日(日)の3日間で、
料金等ツアーの詳細は、ツアー名にリンクが貼ってありますので
そちらをご参照下さい。

で、今日の写真は昨年の2月19日(金)~21日(日)の日程で
開催されたこのツアー参加時に、国内唯一の運炭専業鉄道
「太平洋石炭販売輸送」の『春採駅』で撮影したものです。

実は昨年の2月26日にこのブログを始めた時に、
実質最初に書いたのがこのツアーの記録です。
その時、ブログを始めたばかりで、どんな内容をUPすれば
より多くの方に見ていただけるか全く分からず、
手探りなどと言うにもお恥ずかしい内容でした。

そこで今回、その時のリベンジと言う意味も含め、
少々補足説明的に、“情報”をプラスしてUPすることにしました。

なぜそんな気になったかと言うことですが
このツアー、地元釧路を中心にした「鉄」の方たちのグループ
『釧路臨港鉄道の会』のメンバーが、
総力を挙げてバックアップしており、
というか“ボランティア・ガイド”を努めており
それだけに、本当に「鉄」の“ツボ”を心得た
ある意味、地元だからこその信じられない内容だったことを
このブログを読んで下さる方たちに
ちゃんとお伝えてしておく必然性があると感じたからです。
ということで、しばしお付合いの程を。

2010年11月18日 9時06分

北海道編の最後に「C11 171」の火床。

真っ赤に燃えているのは
「私の『鉄』にかける思い」です。ということはなく、
『SLニセコ号』を牽引していた「C11 171」の
火床です。

『SLニセコ号』の「C11 171」は
札幌駅や小樽駅の停車中に、乗客を運転台に上げており
中の写真撮影がOKとなっていました。

その際、助手席に座って記念写真という方もいましたが
私のように「運転台の写真を撮らせてください」と
機関士さんにお願いした「鉄」っぽい人の場合は
こちらからお願いするまでもなく“火床”を開けてくれ
私は「ありがとうございます」と言いながら
そそくさとそれを撮影しました。
何せ、決して長くはない停車時間であり、
私の後ろには延々と行列が出来ていましたので、
写真2枚を撮るのが精一杯。
それ以上の撮影をしないのが暗黙のルールに感じました。

私はSL牽引のこうした観光記念列車に乗った経験が
殆どないため他の鉄道会社の状況は分かりませんが、
こうしたファンサービスの積み重ねは
とても大切だと思っています。
勿論、出来ることと出来ないことがあり
ひょっとしたら「SLニセコ」の場合は、
DLの後押しがあるから“火床の撮影OK”と
なっているのかもしれません。

今回、私は「火床」を象徴的に書いていますが
「SLニセコ号」も「箱館ハイカラ號」も
「鉄」以外の一般の観光客の満足度UPへの
取り組みは抜群であり、
鉄道の活性化、生き残りにはそうしたポイントの
積み重ねが必要と改めて感じました。

“苦境”にたつ北海道の鉄道の努力に
敬意の念をこめて今回のシリーズを終わります。

2010年11月08日 8時42分

たまには観光写真。函館の夜景は美しい。

平成22年10月30日(土)、
函館駅に降り立った私は、
まっすぐ宿に入らず、夜景を見に函館山を目指しました。
※写真は17:33頃撮影しました。

函館駅前からは17:00発の循環バス『レクサ元町』に乗車。
このバス、函館駅から「ロープウェイ乗り場」を目指す場合、
一番歩かなくて良い選択肢なのですが、
直行ではないので少々時間がかかります。
しかしその分、函館市内の主な名所をグルッと一周していくので
今、函館にどんな観光名所があるのかよく分かりました。
それにしても私の知っている昭和の時代とは違って
どれだけ新しい施設が増えたかは驚きでした。
(平成14年は市内観光をしていません)

話しを函館山の夜景に戻しますが、
ロープウェイは待ち時間なし。
何故なら、時刻表記載の時間とは関係なく、
ひたすらピストン運転だったからです。
つまり、そうでなけれ捌けないほどのお客さんがいたからです。
(下り乗車時、夜景の見える麓側に陣取るのは大変です)
多分、函館にその時間滞在している観光客の殆どが
ここ函館山を目指していると思ったほど。

さて「夜景」を見て一言。「美しい」。
それ以上に形容する言葉が見つかりません。
※ナポリ・香港と合わせて“世界3大夜景”だそうですが
 少なくとも神戸の夜景とは張り合えそうです。

最近、「鉄」で出かけていると、こうした一般的な観光地には
行って楽しむどころか、足を向けることすらありませんが
今回だけは、「行って」「見て」本当に良かったと思います。
皆さん、たまには観光も良いですよ。(自戒の念を込め)

夜景を堪能した後、「十字街」から市電に乗車し、
「湯の川温泉」へ。
1泊2食、源泉かけ流し温泉付きで6800円の宿は…、
はっきり言って泊まって良かった!
●朝食にはお約束の「イカそうめん」もありました。

2010年11月07日 18時05分

キハ183系「北斗」で思ったこと。

5014D特急「北斗14号」は
長万部駅に15:27定時入線。
私が指定席よりも空いている自由席に
座るやいなや15:28定時出発。

進行方向左側に席を陣取り、
内浦湾(噴火湾)の向こうに見える駒ケ岳の雄姿に
しばし見とれていました。
※正式には「内浦湾」だそうですが、
 以前は「噴火湾」の方が通りが良かったような気が?
 そもそも「内浦湾」と言われてもどこにあるか
 パッと思い出しませんが「噴火湾」なら即OKです。
この後、駒ケ岳は暫く私の旅の伴でした。

とかしている内に、昭和52年2月24日に乗った
瀬棚線の分岐駅「国縫」はいつの間にか通過してしまいました。

話しは変わって、私としては、折角ここまで来たのだから
「森駅」から既に私の記憶の外となってしまっている
「砂原廻り」を選択したかったのですが
何せその場合、長万部発16:16、函館着19:29で
函館着の時間はともかく、夜の早い北海道では
景色は楽しむ時間帯ではないので諦めました。
というか、「北斗」が「森駅」に停車してくれれば
森発16:22の5886Dに乗り継げるはずで
函館着17:49なので、上手くいけば大沼辺りまでは
車窓を楽しめたはず。(ついでに「いかめし」も買えたはず)
何でこの「北斗」は「森駅」通過なのだと思っていました。
しょうがないのですが…。
※森駅通過直後、渡島砂原方面からの下り2843D
 森駅着16:11とすれ違ったので5886Dに
 絶対に乗り継げるはず。

などなどそんなことを考えているうちに
16:47函館駅に定時で到着しました。

2010年11月07日 8時53分

初「キハ150系」で、いざ長万部へ。

「キハ150 14」と「キハ150 17」の2連の
2940D(小樽発長万部行き)はニセコ駅発14:07。

SL牽引客車からDCに変わっても、
のんびりしたムードは変わりません。
※先頭のパノラマデッキ(?)や最後尾まで
 行ったり来たりしながら、コンデジで撮影している私と違い
 一眼レフで写真をずっと撮影していた
 「鉄」お父さんに振り回されている雰囲気の家族連れに
 妙に親近感を覚えました。以前は私もこうだった…。

「SLニセコ号」の折り返し駅「蘭越」を通り、
いつの間にかなくなってしまった
C62牽引の「急行ニセコ号」の撮影名所の下車駅
「上目名」の跡は『えっ、どこ?』状態で通過し、
その昔、私は乗りたいと思いつつ中学生ゆえ
その願いは叶わなかった寿都鉄道の分岐駅「黒松内」で
下り2943Dと交換。

息つく間もなく「蕨岱」「二股」と、
貨車駅舎の駅に連続して停車・・・。(車内から写真撮影)
函館本線山線はどこまで行っても見所一杯で
居眠りを許してくれません。
※「蕨岱」はよくある緩急車改造でしたが
 「二股」は貨車そのまんま。
 私にとってはちょっとした発見でした。

そして暫くすると進行方向左手から室蘭本線が近づいてきて
15:21、長万部に定時に到着。
心の栄養補給には丁度良い1時間強という時間でした。

さあここからは「北斗」で函館に一直線。
その前に、「長万部」発15:26の札幌行
「スーパー北斗」を見送りました。
今回も函館行きはやっぱり「北斗」。
つくづく「スーパー北斗」には縁が無い。
※10月22日にUPした「平成14年のSL函館大沼号」を
 ご参照下さい。

2010年11月06日 21時00分

C11のナンバープレート売ります。

今週水曜日に今年度の運転を終えた「SLニセコ号」ですが、
車内で『当日』使用した「ナンバープレート」「サボ」
「エンブレム」「車票」などなどの販売をしていました。
※写真の「ヘッドマーク」は販売の対象外。
※この件、ご存知の方も多いと思いますがお許し下さい。

因みに「C11 171」のナンバープレートは
限定1枚¥58,000.-。
「SLニセコ 10周年記念」サボは
2種類合わせて限定8枚で1枚¥3,000.-。
値段はまあ、納得の線でしょう。

これらを購入する権利は、下りの「SLニセコ号」に
札幌駅まで乗車しないともらえません。
なおかつ、小樽駅到着までに申し込みをし、
応募者多数の場合は抽選です。
ただ、下り「SLニセコ号」に札幌まで乗るかどうかは
思案の為所(しどころ)です。
下り列車の小樽駅到着は16:52で発車は17:42。
そしてDL牽引で札幌駅到着は18:29と
時間に相当余裕があるか、そもそも最終的には
例えば「ナンバープレート」を買う気満々で望まないと
私なんぞは乗るのに躊躇してしまいます。
まあ、上り列車に乗ったからそういうことになるのですが
それでもこの時期、小樽からは闇の中の運転で
景色は楽しめません。

例えば「C11 171」のナンバープレートは
“レプリカ”なら、JR北海道の通信販売で購入可能です。
『使用済み』だからこそ価値があるのですが
私は、この『使用済み』と『箱館ハイカラ號』を
天秤にかけ、結局後者を選びました。
●流石にナンバープレートは値段的に無理にしても
 サボと携帯ダイヤには心惹かれました…。

購入代金は無視したとして
皆さんならどちらを選択されますが?

(追記)
購入代金は現金だそうで、また持ち帰りが原則ですが
「ナンバープレート」だけは取り外した後、
梱包して宅配便で送ってくれるとのことでした。
もっとも「持って帰れます」といわれても重すぎます。

(お詫び)
11月1日にUPした「SLニセコ号に乗りました」の中で
『箱館ハイカラ號』の『箱館』を『函館』と書いていました。
このブログを書いていて「ンッ」と思い、
見直してみてミスを発見し修正しました。お詫びいたします。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!