「五位堂」から「高安」に移動。高安臨時停車の急行に乗れば12分程度なのでちょちょいのちょいで到着。もっともいつも近鉄を利用している人は、五位堂でどっと乗って高安で下車する人の多さにびっくりだったでしょうね。
さてここからは「きんてつ鉄道まつり2014」高安車庫編です。ただ私の中ではここは「車庫」と言うより「工場」です。てなことは50代以上の年齢の方にしか分からないかもですね。
さて車両の目玉はこの2両。「復刻塗装車両15200系あおぞらⅡ」とアーバンライナーです。
※アーバンでは運転台見学を行っていました。
で、写真を撮っていて気が付きました。「あおぞらⅡ」の向こうに「かぎろひ」がいました。往路、五位堂が終点なのにいないなあと思っていたらここにいました。確かに五位堂には留置しておく場所は無かったかも…。もっとも気付いて写真を撮っている人は見かけませんでした。
近鉄のマルチプルタイタンパー、略称マルタイは「つくつくぼうしⅣ」の愛称があります。
何と顔出し看板があったのはビックリですが、これがまた意外と親子連れに人気で、もっともパパ鉄が撮りたかっただけかも知れませんが…。(笑)
近畿日本鉄道の公式サイト内にある「近鉄資料館」~「鉄路の名優」にも掲載されていない数少ない本線走行車両(と、敢えて言いたい)。それにしても用途の目的を考えると「つくつくぼうし」の名前は座布団1枚では足りず、5枚はあげても良いと思いました。
さてその実演。まずは「つく」部分が下りてきて準備完了。
そして枕木を挟むように砕石を突いていきます。よく出来ていますね。初めて見ましたが、このマルタイの実演は、今回の鉄道まつりで絶対に見ようと思っていたイベントの一つです。皆さんも一度ご覧あれ!
ところで車体から飛び出たようになっている何だかカバーの様な部分ですが、今回はイベントとあって肝心な部分を見せる必要がありこの位置にあるのですが、本線で使用する場合は、これを地表すれすれまで降ろし、深夜の騒音対策の一つにしているそうです。
もう40年も前ですが、西武池袋線沿線(線路際)に住んでいた友人宅に泊まった際、その日に何とマルタイが動いており、作業が終わるまでまんじりともせずに一人悶々としていた記憶があります。もっとも友人は「慣れだよ」と言って爆睡していました。トホホ。
最後は、オーストリア製の「つくつくぼうしⅣ」を込みにした鉄道まつり典型写真で締めくくります。
五位堂検修車庫に入った直ぐのところに保存されている「デボ1形」。この日は車内の公開もあったのですが、私が到着した11時過ぎにはとっくに定員に達しており残念ながら見る事は出来ませんでした。「かぎろひ」ツアーでの到着時間の関係で、このほか、会場で予約する見学・乗車等は全て諦めざるを得ませんでした。(勿論お弁当を買う前に、会場について真っ先に行きました。…です。)
あちら立てればこちらが立たず。もっとも想定の範囲内でしたので、地団駄を踏むということはありませんでした。
それはそれとして排障器(救助網)が印象的なこの電車は、正に「古典」といえる存在です。ビューティフォー。
ここは検修車庫ということでドック入りした電車が並んでいます。こうした風景を見る事は車庫見学の醍醐味の一つでしょう。
手間の車両から、ドアの開き具合が段々狭くなり、最後は閉まっています。偶然なのか意図的なのか?いや、意図的だとしたら「やるじゃん!近鉄さん」と思った次第です。
※かつて「やるじゃん!中京テレビ」というキャッチフレーズがありました。もうみんな覚えていないかな?
昨日から引き続き近鉄電車の話題です。
平成26年11月2日(日)、きんてつ鉄道まつり2014を開催している「五位堂検修車庫」に行きました。
とりあえず鉄道まつりらしい感じを一枚。
ところで私と同行者(同好者)は、時間も時間なのでまずは昼食としました。折角ということで選んだのは「元祖特撰牛肉弁当」と「特製しまかぜ弁当」。
中身はこんな感じ。牛肉は「松阪牛」ではなく「黒毛和牛」使用となっていました。松阪牛の名称の使用は現在、様々な条件をクリアしたものに限られており、そのような表示となっており、そのあたりの解説は弁当カバーの裏面に詳しく書いてありますので商標等に興味のある方は是非ご覧下さい。私は仕事の関係で成程と思いながら読んでいました。
昼食を食べる(もしくは休憩の)場として、留置電車の車内が開放されていました。CTY号の「CTY」は三重県四日市市に本社のあるケーブルテレビ局で、奈良県でこの電車を見るのは不思議な感じですが、検査入場だったのでしょうか?わざわざここに持ってきていたとしたら近鉄さんに拍手です。
因みにこちらは平成24年(2012年)9月22日、近鉄八田駅で撮影したCTY号です。
さて話を五位堂に戻しますが、休憩場所にも関わらず優先席を使用することに多くの方にはばかられた様で、60歳を超えた2人組はそんなスペースでゆったりのんびりしていました。
でも結局、近鉄「吉野口」~「橿原神宮前」~「大和八木」~「近鉄名古屋」の特急3連続乗車の旅を選んでしまいました。
近鉄名古屋着は20:52で約20分遅い時間です。
吉野口発18:30発はその少し前に姿を見せました。フィルム時代には考えらないデジタル時代の産物の写真です。
橿原神宮前での乗り継ぎ。ここで夕食を買いました。構内のパン屋さんが開いていたのでサンドウィッチを選択。名物「柿の葉すし」のお店もあったのですが、何せ昼に食べたものですから…。
大和八木からの特急は何と満席。もっとも名張で1/3の方が下車しました。さて次回の近鉄は何に乗るのでしょうか?
4連続特急は是非、再チャレンジしたい!!!
この場所が専用道の入り口と言うか出口です。
ここでバスを一旦止めて最後の撮影会です。でも…。
バスの後ろにはオートバイが停まっています。このバスを追っかけて撮影してきた人が、そこに放置してこの辺りで撮影しているはずでした。当然、写りこむ場所だったため怒声が飛んだのですが誰もそこには戻りませんでした。そもそもバス専用道であり、オートバイは「車」です。
最後にそんな残念なこともありましたが、それはさておきこのツアーの満足度は200%。これがあったからこそ今回の和歌山・奈良探訪を決めたのですが、「来て良かった」と心底思っていました。
最後になりましたが、運転手さんも車掌さんも本当に素敵な方たちで、また参加者の方もマナーが良く、皆さんに感謝しつつ名古屋に戻るため「“五條”駅」で下車しました。
廃線跡巡りは数度経験したことがありますが、未成線巡りは初めて。もっとも考えようによっては数日早い「葬式鉄」とも言える訳で、「鉄」か「バス」か、「廃線」か「未成線」か…等々少々ややこしいツアーでしたがそんなジャンル分けのできない旅はもう二度となさそうです。
サヨナラ五新鉄道。
でもこのボンネットバスはこれからも走り続けます。一層のご愛顧を!(by 奈良交通)
その昔、「田舎のバスはおんぼろ車…」という歌が流行りましたが、Wikipediaでは1955年発売とありましたから私が生まれた頃の話しだったんですね。
「田舎のバス」は当時、勿論ボンネットバスで、ただ戦後と言う言葉がまだ現役の時代にあって、その歌は“田舎”を揶揄していたのは間違いないのでしょうが、ただ一方でそれ以上の愛情があったと子ども心に感じていたような気がします。で、正にこの光景は「田舎のバス」です。でもこの日乗ったバスはもう一世代後の車のはずです。
正に「やりたい放題」と言う言葉がこれほど似合うツアーを私はかって体験したことがありません。
一般道ではなく専用道だからこそですが、人気が出た理由がよく分かりました。
道路と道路の交差点に「遮断器のある踏切」があるという事実は、実はこの日、初めて知りました。
かって現役だった遮断器の名残りが今もありました。
そんななんやかやで今日は「リクエストストップ」を題してみました。