2013年03月06日 19時57分

さよなら!!東横線渋谷“地上駅”(4)。

東横線渋谷駅と言えばこの風景。

東横線に乗らないまでも、昭和48年の大学入学以来、学生時代だけではなく社会人になっても、渋谷に来ることは何度あったか数えきれません。もっともここ数年はこの風景を見てはいませんでしたが、こうしてこの写真を撮っていて、今はまだ現役であるにも関わらず、既に「懐かしい風景」と感じたのは、きっとそのデザインが私の中で『学生時代の思い出』となっていたのかもしれません。

さて駅舎の外観を撮影した時間から5分ほど巻き戻して独特のカーブを描く外壁から街並みを覗いてみました。何度となく見てきた都バスが停車する風景もこれで見納めなのですね。等と感慨にふけっていたら、私に声をかけてきた人がいました。

「ここから東京タワーが見えるんですよ。」の一言。オッと思って目を凝らしたら確かにビルの間に東京タワーの姿がありました。教えてくれた方に「ありました。ありがとうございます。」とお礼を言い、早速撮影。渋谷駅のホームで東京タワーが見えるのははここだけなのだそうです。

さてさてこうして時間は12時となり、もうここにいられる限界一杯。その後真面目に仕事をしたことは言うまでもありません。

それにしても、「鉄」が絡むといつもより早く起きるのが苦にならないのはどうしてだろう?そして仕事にも集中できる…、おっとこれは書いてはいけない話しですね。忘れてください。

2013年03月05日 22時25分

さよなら!!東横線渋谷“地上駅”(3)。

2月28日の東急東横線「渋谷駅」にあったカウントダウン。東急のマスコットキャラクターの「のるるん」の姿がそこにありました。

名古屋に住んでいる私にとって、東急に「のるるん」というマスコットがいるのをお恥ずかしい限りですが、今回初めて知りました。そこで家に帰り、東急の公式HPを確認したところ、昨年の8月28日に「東横線渋谷駅開業85周年」でお披露目され、名前については11月11日に決まったとありました。

因みに6206名の応募からその名が選ばれたそうです。

さて1番線と2番線の間のホームの定番“撮り鉄”スポットで5分ほど撮影。絶対撮影しておきたかったすれ違いは思いのほか早くパチリ。シャッターを押すタイミングとしてはもう一寸待っても良かったかも知れません。

そして頭端式の駅の醍醐味の一つ、渡り線を行くクネクネ電車は待つこともなくGET。私の後ろで順番待ちをしていた人に場所を譲りました。

まあ名残り撮影も譲り合いの精神が必要ですね。

2013年03月02日 22時22分

さよなら!!東横線渋谷“地上駅”(2)。

東横線の降車ホームにいる警備員さん。もう何年も東横線に乗っていませんし、また以前乗った時もいつも先頭車に乗っていたので、警備員さんの存在に気付いていませんでした。

この警備員さんの写真を撮っている方もいたので、東横線渋谷駅にとって馴染みのある光景だったのかもしれません。この駅のホームはカーブで見通しの悪いことは間違いなく、列車編成が伸びていくに連れてその必然性があったということなのでしょう。

横浜側からの1枚。ホームの端に立っても、停車中の全電車を撮影することは叶いません。ということで1番線に停車中の電車の先頭を入れ込むことは諦め、こんな感じで撮影してみました。この写真(この場所)の私なりの楽しみ方は、カーブのある駅ゆえに、同じ編成両数でも先頭車の位置が少しずつ異なっているということで、“内輪差”が実感できることです。

そして改札口からホームを見た一枚。『東急東横線発車案内』及び『先発列車の停車駅』ももう見納めです。

それにしても4面4線の巨大駅がまるっと引っ越すというのはもの凄いことだと改めて感じました。

2013年03月01日 21時45分

さよなら!!東横線渋谷“地上駅”(1)。

ドイツの旅は一時お休み。

今日から東急東横線の東京メトロ副都心線との相互直通運転による渋谷“地上駅”とのお別れ話しを書かせてもらいます。

昨日(2月28日)は東京出張だったので、少々早めに東京に向かい、まずは品川で山手線に乗り換え。いきなり「みどりの山手線 50周年」記念ラッピング電車に遭遇。但しこの電車は内回りで、私は外回りに乗る訳で残念ながら見ただけでした。でも数ある山手線の電車でただ1編成の電車に出逢えたのはそれだけで上々の出来事でした。

恵比寿で山手線を降り、日比谷線に乗り換えて「中目黒」へ。ここ「中目黒」駅で狙ったのは東横線直通の電車。3月16日からは日比谷線直通電車も無くなります。

今更ながらですが、方向幕の列車種別の『各停』ですが、日比谷線内では出されておらず、ここ「中目黒」で出されていました。

2012年10月19日 22時26分

東京駅「赤レンガ駅舎」復原。

東海道新幹線と東北新幹線と言う大動脈を乗り継いだ「東京駅」の『丸の内駅舎』が“復原”されました。既に新聞・テレビを始め様々なメディアに、ありとあらゆるアングルと時間帯に撮影された映像が出ていますので、あまり紹介されていないモノを選びました。駅名板と駅舎の組み合わせは、折角の駅舎が一部しか入らないのであまり見かけないのでしょうね。広角に強いコンデジの威力と言ったところでしょうか。

こちらは“丸の内北口”のドーム下にあるディスプレイで、写真ではまるで静止画の様ですが、実際には0系新幹線は動いています。東京駅にお出かけの際は、是非お楽しみいただければと思います。

ところで今、「赤レンガ駅舎」は絵描きさんたちの人気スポットのようです。今回の写真を撮影した時には、少なくとも20人を超える方が絵筆を握っていました。正に“絵”になる駅ですね。

(余談;“復原”と“復元”)

今回、私は“復原”という漢字を使っていますが、これはJR東日本の発表資料がそうなっているからです。一方新聞はと言えば、恐らく多くの新聞社の記事では“復元”という漢字を使っていたはずです。また「テレビニュース」も同様です。一方全てではありませんが雑誌や「一部のテレビ番組」は“復原”を使っているのを見かけました。これは新聞の報道の場合、同じ読み方をする漢字で意味が似ているような場合、読者(視聴者)の混乱を最小限にするためにどちらかに統一している(今回の場合は“復元”)社が多いと聞いています。

では“復原”と“復元”に言葉の意味にどれほどの違いがあるのでしょうか?私が調べた限りでは『違い』はあります。JR東日本の“復原”という文字への思いは理解できました。ここではその違いは書きませんが皆さんには是非、調べてほしいと思っています。

 

2012年04月28日 21時54分

平成24年4月25日、『保存・復原工事』中の東京駅。

「東京駅丸の内駅舎」の『保存・復原工事』が着々と進み、徐々にその姿を現し始めました。

撮影したのはこの4月25日で、まず駅舎を正面から全て入れられないものかと、駅舎を抜けて正面の道路を少し歩いたのですが、私のカメラのワイド端では収まらず、上段写真が精一杯でした。その撮影ポイントまで行く手前で、中段写真と下段写真を撮影しています。
まだ全容が見えているわけではないのですが、もともと私自身、実に“優美”だと思っていた「丸の内駅舎」が、建築当初の『写真でしか知らない世界』を抜けだし、『現実の世界』にやってきたのを見て、その創建時の姿を『保存・復原』する意味合いを深く感じることになりました。
大袈裟ですが、この工事中の写真自体も東京駅の歴史の一ページであるとさえ思っています。もっとも下段写真のドームが見えていなかったときにも写真を撮っておくべきでした。

ところでゴールデンウィーク明けの5月8日から「東京ステーションホテル」の予約が始まります。きっと当分の間は予約困難間違いなしでしょう。(宿泊料金はそれなりですが、私も何とかやり繰りし、一度は泊ってみたい)

閑話休題;日本語の話しですが、タイトルにもある『復原工事』の文字ですが、最初『復元工事』と打ち込んでいました。JR東日本のHPや工事を行っている鹿島建設のHPに『復原』とあり、えっ?『復元』とは違うの???と考え込んでしまいました。
少し調べてその違いが分かったのですが、一言でいえば「再現」的なモノが『復元』であり、「時間の経過で形が変わったものを、資料等の根拠に基づいて正確に元に戻す」のが『復原』のようです。
今回、この記事を書く際にもう一度『JR東日本』のHPをちゃんと確認して「鉄」的には良かったと思っています。それにしても新聞社のネット版では『復元』の文字も見受けられ、では『復原』を使わないかと言えばそんなことも無く、返す返すも日本語は難しいと感じました。

2012年03月02日 19時10分

東京メトロ有楽町線の“ホームドア”・・・。

上段写真は、名古屋市営地下鉄桜通線のホームではなく、東京メトロ有楽町線の「麹町」駅(池袋方面)です。
撮影したのは平成24年2月23日で、東京出張の際でした。

名古屋市交通局で「可動式ホーム柵」と呼ばれているものが、お江戸の地下鉄では、“ホームドア”と呼ばれています。(東京メトロのHP参照)
そんな他愛もないことはおいておき、有楽町線の「ホームドア」は平成24年度完成に向けて着々と進んでいます。
今回、私はJRから「有楽町」駅で乗り換え、有楽町線に乗車したのですが、「有楽町」駅はまだ設置工事中で、と言っても『ホームドア』本体の設置は終わっているのでもうしばらく経てば稼働し始めるはずです。
因みに、ここ「麹町」は昨年の11月12日から使用開始で、途中駅の「桜田門」「永田町」も予定通り、それぞれ使用が開始されていました。
*永田町…2月4日
*桜田門…2月11日
ところで、名古屋の桜通線ではあまり見かけなくなりましたが、ここ有楽町線では、ホームドアが閉じるタイミングに慣れていないと思われる駆け込み乗車のお客さんがおられ、挟まれそうになるところを一度ならず見かけました。閉まりゆく電車のドアとのタイムラグから来るものでしょうが、そもそも駆け込み乗車は『電車遅延』の原因となります。

それと多分、気のせいでは無いと思うのですが、有楽町線の電車に座っていて、桜通線の駅でいつも見ているものが見当たりませんでした。それはホームドア本体(いわゆるドア部分ではありません)の電車側に掲示された各駅の駅名表示。(下段写真参照)
ホームドアは、電車の窓のほぼ半分を覆い隠すことになり、ホーム上の駅名表示を確認するよりホームドア本体にそれがあれば利便性はあると思われました。
桜通線でも、確か車端部の窓部分には無かったはずですが、それでも現状はOKと改めて思った次第です。
タイトルの「・・・」の意味はそういうことです。

2012年01月15日 18時06分

「東京駅」の『ゼロキロポスト』とは言えなさそうですが…。

平成22年10月12日に、東北新幹線「東京駅」『20番線』から『10番線』を臨んだものです。

上段写真の赤い矢印の先(殆ど何が有るかが分からない状況)に、下段写真の「0K000」の標識が金網にぶら下げてありました。

新幹線側に向いているので、先回の「0Km POINT」が東海道新幹線の「新幹線起点」と同様のものだとすれば、こちらが“ゼロキロポスト”でしょうか?
たまたまその存在に気付いたので写真に撮ったまでですが、「0」Kの後に3桁も「0」が続いているのが面白いと思いました。

この日は、たまたまゼロキロポストを集中的に撮影していたので目に入りましたがそうでなければ気付くことは無かったでしょう。

さて「東京駅」のゼロキロポストにシリーズはこれにて一旦終了します。実は地下ホームに、ゼロキロポストの撮影に行っていません。
悪しからずご了承ください。

ところでこのゼロキロポストの話題は、もっと以前にまとめて書こうかと思っていました。正確に言えば昨年の3月下旬頃です。
このシリーズの最初の「新幹線起点」(撮影日付を書き忘れました)を始め、昨年の3月10日に撮影した写真が結構あります。東日本大震災の前日、私は仕事で東京に出張しており、その日は日帰りだったので何事もなく私は名古屋に戻りました。

タイムリーに書いていきたいと思った話題は、震災とは別にこれまで書いてきましたが、この東京のゼロキロポストについては書く機会を全く逸していました。
ほんの少しではあるものの私も仕事として関わっている映画「ALWAYS三丁目の夕日’64」の1月21日の公開が私の背中を押してくれたものと思っています。

2012年01月14日 18時04分

東北新幹線「東京駅」の『ゼロキロポスト』。

東北新幹線「東京駅」の20・21番線ホームにある「0Km POINT」です。
(22番・23番線ホームにも同じものがあります)

亀甲状に配置された石(?)の真ん中に六角形のブロンズ(?)が埋め込まれ、その真ん中にはそこがまさしく「起点」であると主張しているような小さな丸い点「○」があり、その下に「0Km POINT」と書かれています。この文字の上方が北というか、新青森方面となっています。
もっともこの写真を撮影したのは平成22年10月12日であり、その頃はまだ「八戸」までしか通じていませんが…。

ところで相変わらず性格が素直では無い私の視点は少し人と違うようで恐縮ですが、撮影した時は気付かなかったのですが今回、こうして書いていて気付いたことが…。
「0Km」の「K」と「m」は何故大文字・小文字の組み合わせなのでしょうか?
因みに「1番線」及び「4番線」「5番線」の間のゼロキロポストを始め、東海道新幹線も含め“ゼロキロポスト”にはことごとく「KM」とあり両文字とも大文字です。
大文字か小文字で統一するというか、どちらかと言えば「k」も「m」も小文字の方が私にはシックリくるのですが…。何故でしょう?不思議ですね。

さて今回、何度も書いていますが、この「0Km POINT」を気に留める人は、他の「ゼロキロポスト」同様全くと言ってよいほど見かけませんでしたが、それでも東海道新幹線の「新幹線起点」よりはその上を歩く人が少ない気がしました。

2012年01月13日 21時56分

「東京駅」10番線のゼロキロポスト。

さて「東京駅」10番線(東海道本線)の線路というか東北新幹線の線路の直下にもゼロキロポストがあります。

この番線にあるということは…、と言うことで私はこれが『東海道本線』の正式なゼロキロポストであると思っています。

モニュメント系の賑々しさに比べ、本来のゼロキロポストは実に地味で、それでも質実剛健と言うか、この佇み具合が却ってその存在をアピールしていると言ったら言い過ぎでしょうか?
(私の思い込みが先行しているかもしれません)

何れにしてもこのゼロキロポストは10番線からしか見えません。ホームに電車が停まっていた場合、数分で折り返していくことは殆どありませんので、是非見たいという方は事前に発着時刻を調べるか待つ覚悟をしてお出掛けください。

と書いていて、そう言えばこのゼロキロポストは昔からここに有ったのでしょうか?東海道本線(在来線)のホームは今より2本多く15番線までありました。
さてその真実は・・・。まあここから先は研究家の方にお任せしましょう。

●撮影日…平成23年3月10日。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!