2012年01月12日 21時51分

「東京駅」6・7番線間のゼロキロポスト。

こちらは「東京駅」6番線(京浜東北線)と7番線(東海道本線)の間にあるゼロキロポストです。

先回同様、如何にも本来のゼロキロポストとは異なる明らかに『モニュメント』風です。
「0」の台座となっている「台座」部分に「JR JUNE 23 1996」との刻印が読み取れ、平成8年6月23日に建立されたことは間違いなさそうですが、会社設立は昭和62年ですし、一体に何のモニュメントかは直ぐには分かりません。
でその後、結構自分としては調べたつもりですが、JR東日本のHPを含めその建立理由は見つけられませんでした。
私の努力不足と言うか力不足ですね。

このブログが「中京テレビの取材」の結果の“報道”であれば確実で詳細な情報が提供もできるのですが、何分、このブログは私の趣味ですのでご容赦ください。
(今シリーズは言い訳が多くて申し訳ありません)

それはさておき、台座の矢印が如何にも、「東京駅」が“日本の鉄道の起点”と主張しているようで面白く感じましたが皆さんは如何でしょうか?

(余談)
当たり前と言えば当たり前ですが、ゼロキロポストは東京駅のどの番線にあってもほぼ同じ位置にあります。

勾配標がセットになっていることからもそれが見て取れるのが面白いですね。

●撮影日…平成22年10月12日

2012年01月11日 21時46分

「東京駅」山手線(4番線・5番線)の間のゼロキロポスト。

東京駅で「山手線」の発着する4番線ホームと5番線ホームの間に、如何にもメモリアル的な雰囲気を湛えたゼロキロポストがあります。
写真は5番線から撮影したもので、ゼロキロポストの隣にある勾配標で、東京駅から左方向、有楽町方面に下り勾配となっていることが、先回の勾配標よりも分かりやすいと思います。

本題のゼロキロポストに戻ると「0」の中には「KM」という文字が見え、単なる「0」をモチーフにしただけではないことが見て取れます。

私が所有者であるJR東日本に取材していないので、ここで断定的に書くことは相応しくないのですが、「国鉄100年を記念して設置された」「ブロンズ製」と書かれた記述を各所で見ています。
多分、このゼロキロポストには、設置年月日や設置者の名前が入っているのではないかと思い、それらしいことが書いてありそうなプレート状のモノをつぶさに見たのですが、年月が経ちそれが読めなくなったのか、それともそもそもそうした文字が無かったかすら判別できませんでした。

それはともかく、本当の「ゼロキロポスト」ではなく、“記念碑”的な存在であることだけは間違いなさそうです。

●上段写真の撮影日…平成23年3月10日
●下段写真の撮影日…平成22年10月12日

2012年01月10日 21時39分

「東京駅」京浜東北線(3番線)のゼロキロポスト。

「東京駅」で、京浜東北線が発着する3番線の片隅に何とも地味なゼロキロポストがあります。この「東京駅」シリーズ4回目にしてやっと“らしい”ゼロキロポストの登場ですが、それにしてもお隣の勾配標の汚れ具合も含め、とても大「東京駅」にあるものとは思えないといったら失礼でしょうが、一方で、これが“本物”の『年輪』を感じさせているとも言えます。

ところでこのゼロキロポストは何線のモノでしょう?
「京浜東北線」の電車しか発着しないので地味な感じですが、明らかに『東北本線』の下り列車が発車していく3番線ですので、日本の大動脈『東北本線』のゼロキロポストで間違いない!と私は信じています…。(JR東日本に確認すれば直ぐに分かりますが…)

東京駅を出発する列車は全て『下り』で、東京駅に到着する列車が全て『上り』であることは、良く知られていますが、そのおかげでゼロキロポストの宝庫となっています。
つまり東京駅を起点とする線の数だけゼロキロポストがあるはずですが、1時間程度ではとても回りきれないのでは…。全部の『ゼロキロポスト制覇』を目指す方は時間に余裕を持ってお出掛けください。

一方、『灯台もと暗し』ではないですが、私は名古屋駅のゼロキロポストについてはまだ調べていません。
いつかその内に…。

2012年01月09日 18時53分

「東京駅」中央本線(1番線)のゼロキロポスト。

東京駅にあるゼロキロポストを、今日から1番線から順に書いていきます。

まずは昨年の3月10日に撮影した中央線1番ホームにあるゼロキロポストです。4号車付近にそれはあり、東京駅の『赤レンガ』駅舎のイメージに合わせられていてお洒落です。

ただこのゼロキロポストは存在すれど・・・といったところで、中央本線(JR東日本では「中央線」と表記)の起点が神田駅であることは周知のことでしょう。
とは言うものの、中央本線のゼロキロポストが似合うのは、神田駅に始終着の列車が無いこともあり…、ということではなくやはりここ「東京駅」でしょう。
それ以上に「東京駅」が『日本』の“中央駅”であることに異論を挟む方はいらっしゃらないと思いますが、その“中央駅”の『1番線』に「ゼロキロポスト」がもしも無かったら・・・、と考えてしまうと、やはりここにゼロキロポストが『君臨』していて良かったなどと思ってしまう自分がいました。

とはいうもののこの中央本線の東京駅を利用している方が、このゼロキロポストに目を向けるところを一度も見たことが無く、まあそれは「鉄」の方でこの1番線を毎日利用されていたとしても同じでしょう。

2012年01月08日 21時07分

東京駅「東海道新幹線」のゼロキロポスト。

東海道新幹線「東京駅」の17番線と18番線の間に“東海道新幹線”のゼロキロポストがあります。
撮影したのは1昨年(平成22年10月12日)で、上段写真の700系の先頭車の『鼻』の直ぐ下(赤い矢印の先)にあるのが分かってもらえますでしょうか?

ブロンズ(砲金)製のような気もしていますが、残念ながら私には確信がありません。

「新幹線起点」同様、『見るぞ!』と思っていないと足を運ぶことはありません。また下段写真は17番線から撮影しているのですが、その写真でお察し頂けそうですが、18番線からでは、ケーブルの陰に隠れてしまい、ちゃんと確認することは難しいと思っています。

「0」と「KM」の位置関係が何故にホームから見て文字が読み易い方向で無いかについて、私はその答えを持っていませんが、多分そんなことを考える人はそんなにはいないでしょう・・・。

ところでこうした「ゼロキロポスト」の写真にはある秘密が…。
と言うほどの事はないのですが、前にも書いた気がしていますが、私はこのブログを始めてから通勤の時もどこに出掛ける時もカメラを持ち歩くようになりました。

私はもう何年も前から、通勤の時も1泊程度の出張の時も、同じリュックを背負っています。でもこのブログを始めるまで、そのリュックの中にカメラは入っていませんでした。
勿論、「鉄道」の目的で出掛けるときはカメラを持っていたのですが、日常的にカメラを持ち歩くことはありませんでした。
ブログきっかけでカメラを持ち歩き始め、今では目につくものは取りあえず撮影しています。もっともそれはフイルムカメラ時代では考えられず、やはりデジカメ時代だからとも言えます。

“ついで”というか“思いつき”でパパっと撮る写真が、最近は随分増えています。

2012年01月07日 22時55分

東京駅「新幹線起点」。

「東京」に出かけると言えば大半は出張で、プライベートで行くことは1年に1回あるかないかです。

その出張の足は当然の事ながら「東海道新幹線」です。
が、この写真のような東京駅にある「新幹線起点」の場所にわざわざ足を運ぶことは通常であれば…、ありません。
いつもなら携帯電話から「エクスプレス予約」で私の東京駅到着想定時間の直近発車の新幹線の座席を押さえ、東京駅に到着すると予約した号車にまっしぐらです。
また「品川」駅が開業してからは、東京出張で「東京」駅を利用する機会がめっきり減り、この写真も昨年の3月上旬に撮影したものです。

とりとめもない話しで恐縮ですが、それでも「新幹線起点」に「足を運んだ」ことがありますという“証拠”が今回の写真です。
※8号車付近にあるため、東海道新幹線「東京駅」で私にもっとも縁が無い場所です。

ところで1月21日から映画「ALWAYS三丁目の夕日’64」が公開されます。その中に開業直後の東海道新幹線が登場することもあり、そう言えば「新幹線起点」や東京駅の全てではありませんがゼロキロポストの写真があるのを思い出し、今回UPすることにしました。

いつ頃この「新幹線起点」が設置されてかについて調べ尽くしていないのでここで書けないことをお許しいただきたいのですが、新幹線で行くかどうかは別にして東京駅に行く機会があれば一度は見ておきたいですね。
一見の価値はありそうです。

最後に、個人的には「東海道新幹線起点」ではなく「新幹線起点」という潔い表現であったり、「16・17番線ホーム」と「18・19番線ホーム」の2箇所にあるのが面白いと思うのは私だけでしょうか?

2011年11月26日 18時06分

小田急MSEに乗りました(3)小田原駅の解結。

先回も書いた通り、『メトロはこね23号』は10両編成で、「小田原」駅で
後ろの4両の解結を行っています。

で、その解結をしっかり見ようと思っていたのですが、先回の写真を
撮影している内に幌は外され、最後に貫通扉が閉まりきる瞬間に
かろうじて間に合いました。(左側写真)
そして16:39、定刻で箱根湯本に向け出発して行きました。(右側写真)

因みに右側写真で「箱根湯本」行きの車両を見送っている方は
小田急の方で「同好の士」ではありません。

さて今回のMSEですが、私の乗った10号車には「表参道」~
「町田」間でも10人ほどしか乗っておらず、乗車率で言えば20%以下で、
とても採算が成り立つような状況ではありませんでした。
恐らく平日朝の出勤や夜間の帰宅の足としての利用はあるのだろうとは
思うものの、土休日の昼間がいつもこの程度の乗車率であるとするなら、
知名度がまだまだ低いのか、それとも走る時間帯に難があるのか、
何れにしろ先行きが不安になってしまうほどでした。

「小田原」編成の各車両の乗車率は、下車した乗客の数から察して、
さほど10号車と大差は無さそうでしたが、残念ながら「箱根湯本」編成の
乗車率は確かめていません。ただそれでも同様だったのではと思っています。

今回私が書いていることが「実態と異なる」ということであれば
是非、ご指摘頂きたいのと、私の気持ちとしては「実態と異なっていて
欲しい」というのが本音です。

(余談)「小田原」編成の車内のLED案内表示を見ていて面白いと
思ったのがこの『メトロはこね23号』の行先が終始一貫して
「小田原」となっていたこと。
乗客サービスとしては『あり』と思いますが、「箱根湯本行き」に
乗っている者にとっては少々紛らわしいかもしれません。

2011年11月25日 17時48分

小田急MSEに乗りました(2)ブルーリボン賞受賞車。

平成20年登場のMSE/60000形は、平成21年に栄えある
『ブルーリボン賞』に選ばれました。
まあ今回の列車のスピードはともあれ、地下鉄線内を走る
定期「ロマンスカー」の価値がそれで損なわれることはありません。

写真は『メトロはこね23号』の「小田原駅」到着直後で、
私は最後尾の10号車に乗っていたので、そのままホームの端に行き
撮影しました。
車内整備の方は、駅の出口とは反対方向に歩く乗客がいるとは
思っていなかったようで、いささか驚かされました。

などと言うことはさておき、その正面を見ていたらそこには
「Blue Ribbon・・・・・ROMANCECAR MSE 2009」の文字が!
それで「ハタ」と気付いたのが、小田原で開放される4両編成って「1編成」と雑誌で読んだ記憶が…、と言うことです。 

お恥ずかしい話しですが、10号車に座っていて乗務員室ドアの左上に
『ブルーリボン賞』のお馴染みのプレートを見つけた時、
少々得した気分になっていました。
これまで『ブルーリボン』賞を受賞した系列の車両に乗ることは
度々ありましたが、受賞プレートを見かけることはそうそうある出来事では
なかったからです。

「乗り鉄」にも、「路線に乗る派」と「様々な車両に乗る派」の2つが
ありそうですが、何せ私は「路線に乗る派」で車両(形式)に疎く、
こんな初歩的なことは失念していました。
家に帰ってから思わず調べてしまったのですが、『やはりやはり』で、
“4両編成”のMSEはこの1本だけでした。
まあ今回は、ご愛嬌と言うことで・・・。

2011年11月24日 17時45分

小田急MSEに乗りました(1)始発の北千住駅で・・・、私は迷いました。

11月3日(木)、所用(仕事ではありません)で東京に出かけ、
その帰りに小田急のMSEに乗車しました。

本当は、午前中の所用を済ませた後、東京から更に別場所に出かける
予定だったのですが、夜の8時頃までに名古屋に戻る急用が出来、
そのため、せめてもの“抵抗”で小田急のMSEに乗り、東京メトロの
千代田線内の『ロマンスカー乗車体験』をし、小田原から新幹線で
帰名することにしました。
(北千住発14:43、小田原着16:34の『メトロはこね23号』)

で、まず向かったのは始発の「北千住」駅ですが、
ここで『メトロはこね23号』の特急券&乗車券を買う場所が
なかなか見つからず、結局、駅員さんに聞いて自動販売機(上段写真)に
辿り着きました。私の探し方が悪かったのでしょうか?
「北千住」初心者の方でMSEを利用される方は要注意です。
(私の個人的な感想)

その『メトロはこね』は発車時間の14:43の1分少々前にやっと入線。
(下段写真)
そそくさと乗り込んだところで直ぐの出発とあいなりました。

“特急”と言っても地下鉄線内で前の列車(「北千住」を4分前に出発)を
追い抜くことは無いので、ゆっくりゆっくり走ります。それでも、
リクライニングシートに体を預けて地下鉄線内を走るのは面白い経験でした。

「北千住」~「表参道」間の所要時間は29分。各駅停車と全く同じ時間が
掛かります。
(「北千住」~「小田原」間の所要時間は1時間51分)
次に「表参道」~「小田原」の所要時間は途中、「町田」の1駅に停車し
1時間22分。この所要時間が実は長い!ことに気付きました。
この列車の前を走る「はこね33号」は「新宿」~「小田原」間を
1時間9分(1駅停車)、更にその前の「さがみ73号」は4駅停車で
1時間14分です。

代々木上原で乗務員交代があり、運転停車はしますがそれは手元の時計で
1分も掛かっておらず、何せ、地下鉄を抜けてもノロノロだったので、
時刻表を見て驚いた次第です。まあ、考えようですが「東京都心」から
「町田」「小田原」「箱根湯本」まで座っていける列車と言うことと
考えることにしました。
(新宿~小田原間の急行よりは10分ほど速いと思います)

2011年07月13日 8時06分

品川駅の郵便ポスト。

さて、先回の『ゼロキロポスト』の隣には電車型の“郵便ポスト”が
あります。
右の写真は『ゼロキロポスト』込みで、左側の写真が、
まさに左サイドから見た“郵便ポスト”です。

“郵便ポスト”の方は単なるオブジェではなく、ちゃんとした『現役』で、
平成17年10月1日、品川駅の駅中ショッピングモール
『ecute品川』誕生を記念して作られたものです。
(ご存知の方も多いかと思いますがお許しください。)

正直、何故ここにポストを設置することになったのか?とか、
「ポスト」=「郵便を運ぶ列車」で何故『クモユニ70形』を選択したのか?
などということはさておき、この“郵便ポスト”は良く出来ていると
思っています。
まず原型となったのが『クモユニ70形』であることは、
左側写真の車体部の下辺に「クモユニ74001」とあることから
間違いありません。ただ、クモユニ74形のトップナンバーは
「クモユニ74000」であり、なぜこの番号となったかまでは私の力量では
分かりません。
●若い人に『クモユニ70形』と言っても、殆どの人はピンと
来ないでしょうね。

まあ、そんな本筋とも横道ともとれる話しは気にせず、
このポストからは「クモユニ74形」の雰囲気が実に伝わってきます。
特に、郵便物の投入口あたりの処理(電車で言えば正面窓)は“上手い!”
の一言です。
それ以外にも車輪等のあしらいも良く、その昔、長距離電車の先頭に立ち、
風を切って走っていた時代を思い起こさせてくれました。
(東海道線でも活躍していた)
と言っても、私はそれほどその現役時代を知っている訳ではありません。
ただ、鉄道で「郵便物」を運んでいた時代そのものを思い起こさせてくれるには
十分でした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!