2010年12月22日 9時04分

関東平野大縦断の旅(乗車券)。

平成22年12月3日(金)、「東北新幹線」開業の前日に
「新宿湘南ライン」3660E小田原発高崎行き『特別快速』で
関東平野を縦断しました。

奥羽本線の大鰐温泉~秋田間の136.6キロより
実ははるかに長い距離を乗り通しています。

写真の乗車券は、『新宿湘南ライン』に乗ることを
ちゃんと申告した上で購入していますが
経由は最短距離の「東海道・相模・横浜・八高・高崎線」経由と
なっており、2,940円也でした。(163.8キロ)

さて、では実際には何キロを乗ったのでしょう?
JTB時刻表掲載の「東海道本線」(小田原~大船)
「湘南新宿ライン」(大船~大宮)、
「高崎線」(大宮~高崎)の距離を合算すると188.9キロ。
一方、ネットで調べると
1)「えきから時刻表」⇒198.5キロ。
2)「乗換案内」⇒189.8キロ。
3)「るるぶ.com」⇒192.7キロ
さあ、どれが正解なんでしょうか?
この違いが出る理由は何となく分かってはいるのですが…。

ところで乗車券代は180キロが境目になっており
乗車した実キロで計算した場合は何れにしろ3,260円。
まあ、あまり得した気分にはなりませんでしたが…。
それよりもこちらの乗車券のルートに乗ってみたくなりました。

2010年10月30日 19時09分

成田国際空港第2ターミナルは???

成田国際空港第2ターミナルにある
サテライト連絡シャトルです。
インターネットコーナーの向こう側に見えたのが
今時風だったのでこの写真にしました。
※小さい画面でご覧の方、申し訳ありません。

先に白状しますが、以前、私はこのシャトルが
『新交通システム』だと思い込んでいました。
それがある時、「鉄」の方と“空港内鉄道”話しになった時、
私が「それでさーっ、成田のは…」と言いかけたら
大笑いされて「成田はエレベーターだよ」と指摘されました。
●平成19年8月23日、
「鉄」分ゼロの家族旅行でのトランジット時に乗車。
その時、このシャトルに乗った私は「鉄」分を少し補給したと
思い込んでいた。
しかも、第2ターミナル本館から出る飛行機への
搭乗だったにも係わらずわざわざ「サテライト」まで
行ったのに。

それはさておき、実際に私は乗っているのだから、
製造銘板などを確認していれば
その時点で分かったのでしょうが
何せ私は製造メーカーにそんなに頓着しておらず、
このような事態を招いたのでした。

何れにしろこのシャトル、ホームがあって、
鉄道にしか見えない“かご”(車両)だったりで、
これがエレベーターとはとても考えられません。
私の勝手な解釈は、あながち不見識とは言い切れないと
自己弁護しておきます。
そしてエレベーターというからには
その根拠となる例えば牽引するロープはどこ?
などと思ったりもします。

まあ、エレベーターも“乗り物”ということで
今回はご容赦を。

2010年10月21日 8時56分

品川駅から東海道線で新橋駅へ。

写真は今月12日の15:53分頃の
東海道線品川駅5番線です。

今日の話しは211系の行く末がどうだとか
京浜東北線の233系がどうだかではなく、
211系は品川駅15:55発東京行きで
品川で新幹線を下車した私が、新橋までの移動に
この電車に乗ったという話しです。

品川から新橋まで行く場合、
私は2回に1回程度、山手・京浜東北線ではなく
東海道線の電車に乗っています。
山手・京浜東北線を使わないのは「鉄ちゃん」だからではなく
意外に使い勝手が良いからです。
※但し、5分以上待つ場合はちょっと考えます。

実のところ、品川から新橋・東京へ行く際に
東海道線を利用するお客さんは(想像以上に)結構います。
私が東海道線に乗る理由としては
1)あまり混雑していない。
2)新橋までならノンストップ、
  東京でも1駅のみの停車なので
  山手・京浜東北線に比べ途中駅での乗降による
  煩わしさがない。
3)山手線・京浜東北線の新橋・東京方面は
  同一ホームではないので、
  どちらかを選択する必要がある。
  (京浜東北線が快速運転時は、新橋までの選択肢は無し)
4)数分なら電車を待ったにしても、
  到着時間に大差ない場合は結構ある。
多分、他の同類さんたちも同じなのでは?
※品川駅で、多い時は数十人が乗り込んだ経験あり。

一方、東京・新橋から東海道線で品川まで行くお客さんが
いるかとある時試してみたのですが、
さすがに品川で下車した乗客は
ほんの数人で、圧倒的に上り列車に需要があることが
わかりました。(それでも下車客がいたのには驚きましたが)

だから何なのと言われればそれまでではあります…。
お後がよろしいようで。

2010年10月14日 9時00分

今日、10月14日は「鉄道の日」

『旧新橋停車場跡』にある「0哩(ゼロマイル)標識」。

昨日の復元駅舎から見ると直ぐ裏手にあります。
この標識の“碑文”によると、
昭和33年に鉄道記念物に指定され、
昭和44年に『旧新橋横浜間鉄道創設起点跡』として
国の指定史跡に認定されたとあります。

ひょっとすると『旧新橋停車場跡』という名称は、
当初『旧新橋横浜間鉄道創設起点跡』であり、
汐留シオサイト開発時の発掘調査の結果に基づき
平成12年に現在の『旧新橋停車場跡』と
名称を変えたのかも知れませんね。
私は鉄道史の研究家ではないので、
不確かな憶測ばかりで申し訳ありません。
以上、ここまでの内容は、私のいる「メディア」の世界では
絶対に許されない低レベルと思っています。平にご容赦を。

さて、話しは変わって「鉄道の日」。
この名称、平成6年から既に16年も使われていますが
私はそれ以前の「鉄道記念日」を引きずっていて
相変わらず馴染めません。

「鉄道記念日」は“国鉄~JR”の記念日だから
全ての鉄道事業者の記念日としての名称に変えたという
趣旨は理解できますが、
「宝くじの日」のような語呂合わせで決まったものとは違って、
きちんとした理由があり、
10月14日は、日本の鉄道にとって
あくまでも『記念日』であって欲しかった。
※「鉄道の日」への改称時に、私は初めて「鉄道記念日」が
 国鉄(JR)の記念日と知りました。

話しは少しズレますが名古屋の地下鉄名城線のように、
環状線化時に新しい愛称を公募したものの
結局「名城線」の応募が多く変更されなかった事例もあります。

ここが日本の鉄道の起点である印、「0哩標識」。
今頃私の戯言(たわごと)を嘲笑っているかも?

2010年10月13日 18時42分

明日、10月14日は「鉄道の日」

明日、10月14日は「鉄道の日」ということで
東京都港区にある「旧新橋停車場」跡に復元された
明治5年10月14日の新橋~横浜開業当時の駅舎の写真です。

この地の説明は今更は不要と思われますが
文化庁の国指定文化財等データベースによりますと
ここは『旧新橋停車場跡』という史跡で
昭和40年5月12日に指定され、
さらに平成12年3月27日に追加指定されています。

ただ、写真の建物のところにある“碑文”には
「…発掘調査が1991(平成3)年から…、
1996(平成8)年…、国の指定を受け…」とあり、
文化庁のデータベースと“碑文”の年月日の整合性というか
関係性で今ひとつ疑問が残っています。
※私の個人的な疑問です。悪しからず。

ところでこの『旧新橋停車場跡』界隈ですが、
私にとっては身近な場所。
時折出張で出向く日本テレビが平成15年に奇しくも
正にこの場所、旧汐留駅(貨物駅)の跡地利用である
「汐留シオサイト」に移転しているのと
中京テレビの東京支社は、現在の新橋駅を挟んで反対側に
あったりします。
それより以前、この地で汐留駅が現役であった時代は
新幹線の車内から貨物列車を眺めるのが好きでした。
またここから「カートレイン」が出ていたのも
昔日の感があります。

その割には、というか実は、この『旧新橋停車場跡』を
初めて訪ねたのは確か去年の冬の寒くて暗い日。
日本テレビでの打ち合わせが終わり、次のアポまで
ちょっと時間があったので覗いてみました。

あまりにも「いつでも行ける」存在であったため
行く気にすらなっていませんでした。
なおかつその時は写真を撮っていません。
故にこの写真は昨日(10月12日)、
東京に出張したのでついでに立ち寄り撮影したものです。

2010年09月26日 8時06分

昭和55年4月5日の東武鉄道乗りつぶし 乗車券編

私は「乗り鉄」の時に使用した乗車券類を
アルバムに貼っていました。
(今はやっていませんが…)

左上の乗車券は見にくいですが
伊勢崎~230円区間(軟券)。多分西小泉まで。
右上は西小泉から葛生まで乗った260円の乗車券(?)。
左下が葛生から北千住までの580円の乗車券。
右下が「りょうもう28号」の急行券で
館林から61キロ以上区間用の600円のものです。
因みに指定席は2号車42番です。
(運賃・料金が時代を映しています)

この時代にはまだ硬券の乗車券が普通にあったんですね。
それと「りょうもう号」の急行券が
乗車券サイズの硬券で、日付と号車がスタンプで
かつ席番が手書きというのも思わぬ発見をした気分です。

またいつかここに書いたことを忘れて再度書きそうですが
当時の『乗り鉄』に必須の鉄道(電車)の時刻は、
交通公社発行の「時刻表」だけが唯一の手がかりと言っても
過言ではありませんでした。
ところが私鉄の全駅・全列車の時刻などは掲載されておらず
この東武鉄道の乗りつぶしにしても
思いっきり“行き当たりばったり”で
それでも各区間の所要時間だけは「時刻表」でわかるので
それであたりをつけながら乗っていたと記憶しています。

はっきり言って、とまでは言い切れませんが
葛生まで乗りに行き、もしも最終の新幹線に乗り遅れたら
多分、『大垣夜行』で帰る位の覚悟はしていたと思われます。

2010年09月25日 21時03分

昭和55年4月5日の東武鉄道乗りつぶし 後編

東武鉄道の乗りつぶしの後編です。
※写真は佐野線葛生駅。

1)伊勢崎線:伊勢崎発:15:21⇒太田着15:46
2)小泉線:太田発16:23⇒東小泉着16:31
3)小泉線:東小泉発16:33⇒西小泉着16:37
4)小泉線:西小泉発16:43⇒館林着17:01
5)佐野線:館林発17:09⇒葛生着17:44

(帰路)
1)葛生発18:09⇒館林着18:46
2)館林発19:05⇒北千住着20:05
  (りょうもう号に乗車)

こうして並べてみていると幾つか思うところが…。
●基本的に乗り換えは直近の電車なのですが
 伊勢崎から太田乗換での小泉線への接続は
 恐ろしく不便。
●館林での小泉線から佐野線への接続はGOOD。
●私はいつ食事をして、いつトイレに行っているのでしょう。

それはさておきこの後、私は新幹線で名古屋に
戻りました。
翌日は日曜日。でも私には仕事が…。

昭和55年4月7日(月)、
北陸自動車道の敦賀IC~米原JCT間が開通し
その開通記念特番の取材のため。
今思えばとても懐かしい思い出ですが
まだ高速道路の開通が地方の鉄道路線を
完膚(かんぷ)無きまでに打ちのめすまでには
至っていないもののその兆しが見え始めていた
時代と記憶しています。

2010年09月25日 9時30分

昭和55年4月5日の東武鉄道乗りつぶし 前編

皆さんおはようございます。
実は、一旦イギリス話しに戻ろうかと思ったのですが
引き続き昭和55年4月5日(土)の行動をUPします。

この前日、4月4日(金)は出張で東京におり
番組の編集だったのでほぼ徹夜だったと思います。
※日本テレビの仮眠室で少しだけ寝たのかも?
それでも5日は作業がなかったためそのまま「乗り鉄」に。

この頃、既に国鉄は完乗しており、
次のステップである私鉄完乗を目指し
最後の追い込みに入っていました。
●写真は東武鉄道曳舟駅

で、この日は東武鉄道を中心に回ることにし
1)亀戸線:亀戸発9:25⇒曳舟着9:32
2)伊勢崎線:曳舟発9:37⇒太田着11:41
3)桐生線:太田発11:54⇒赤城着12:28
4)上毛電鉄:赤城発12:35⇒西桐生着12:44
5)上毛電鉄:西桐生発13:15⇒中央前橋着13:59
6)国鉄両毛線:前橋発14:43⇒伊勢崎着14:54

今なら未乗区間を乗り継ぐなら必ず乗換駅の外に出て
駅舎の写真を撮影するのですが
この頃はまるで“修行僧”もしくは“求道者”の如く
ひたすら乗り続けており、曳舟駅はともかく
途中での写真は殆どありません。

後編に続く。

2010年09月24日 18時10分

上毛電鉄『西桐生』駅

上毛電鉄の『西桐生』駅です。
但し、昭和55年4月5日ですが…。

さて、やっと上毛電鉄を今回UPした本題に入ります。
中京テレビでは、年に何本か映画の製作に係わっています。
明日から、
映画「君に届け」が全国東宝系で公開されます。

実はこの映画の中で、ほんの瞬間ですが
この『西桐生』駅が登場します。
(私の思い込みではないと思います)
因みに上の映画タイトルに公式HPへのリンクが
貼ってありますがそこでは『西桐生』駅の話しは出てきません。
悪しからず。
なお、ストーリーは高校生の超純情ラブストーリーで
心の汚れきったおじさん(私のことです)の人生時計は
40年遡って、“純情”だったあの頃を思い出し、
不覚にも目頭が熱くなってしまいました。

話しは戻って、私は仕事柄、
一般公開前に映画を見ることが時々あります。
今回も「君に届け」は8月末に既に見ているのですが
その時、瞬間出てきたこの駅に私は反応してしまったのです。

正直言って、映画の製作スタッフや
映画会社の宣伝担当の方にも
「視点が少し違う」と呆れられることがあるほど
映画の中の鉄道に反応してしまう私です。(習性?)
今回の映画も正直言って「鉄道」が出てくるとは
思ってもみませんでした。

それだけに、どこかで見たことがある『駅』で
なおかつ『駅舎』に特徴があっただけに
気がついた訳です。
こんな風に映画を楽しむのは私だけ???

(追伸)
この『上毛電気鉄道西桐生駅舎』も平成17年、
国の登録有形文化財に登録されています。
登録基準としては「国土の歴史的景観に寄与」だそうです。
鉄道関連の文化財が増えることはとても良いことだと思います。

2010年09月24日 9時03分

上毛電鉄『中央前橋」』駅

上毛電気鉄道乗車時の思い出というか記憶は
誠に申し訳ありませんが殆どありません。
●写真は、『中央前橋』駅

中央前橋駅も写真を見つけ出してきて
こんなビルの1階の駅だったっけ、てな具合です。

この日に乗った他の東武鉄道線の方が
よほど記憶に残っています。

最近思うことの一つに、デジカメの功罪の“功”です。
初期のデジカメはともかく
最近のデジカメはメディアの容量も増え
バッテリーの持ちも格段に向上したおかげで
私なんぞ、用もないもの(「鉄」ではないもの)も含めて
やたら撮りまくっていることが結構あります。
※前にも同じことを書いた気がする。
そうするとどうなるかと言えば
実は、そのデータが日記代わりになっており
特に撮影日時が記録されるのと
撮影順もしっかりわかるので
その“用もない”写真をきっかけに記憶が呼び戻され
結果、その時の「鉄」の思い出が形成されていく
可能性があると感じています。

であればこの上毛電鉄のように
『殆ど記憶が無い』という状況は今後起きにくいのではと
思うのです。
まっ、そんな言い訳はこれくらいにして
ようは面倒くさがらずに“日記”(備忘録)でも
つけていればと、このブログを始めてから
本当に何度も後悔しています。
こういうことを「後の祭り」といいます。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!