2014年02月13日 20時13分

銚子電鉄(6)仲ノ町駅。

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仲ノ町駅13:26。

建物の可愛らしさに驚きました。

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下車した目的は「仲ノ町車庫」の見学。

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駅名標かと思いきやそうではなく、これより先進入禁止!でも「上り調子」「本調子」は洒落が聞いています。

 *「本銚子」駅はありますが「ほんちょうし」ではなく「もとちょうし」です。

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銚子電鉄名物「デキ3」。11月11日時点では集電装置がポールになっていました。

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台車も可愛い!

さてさてこれで銚子電鉄の旅は終了。私のような鉄道ファンが出来ることはせめて乗って、買い物をして…位しかありません。独立採算の鉄道会社としては限界を超えていると実感せざるを得ませんでした。

2014年02月12日 20時38分

銚子電鉄(5)アッと驚く為五郎!と言いたい2000形。

2013_11_11鹿島鉄道~銚子電鉄_114犬吠駅で次の銚子行きを待っています。暫くして2502(写真で見えている電車)+2002の元京王帝都電鉄の車両が、銚子方面から見え始めました。

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ひたすらこの外川行きの電車の折り返しを待つことになります。

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私は大学時代、京王線の笹塚駅の近くに下宿しており、京王線は毎日利用していました。懐かしいデザイン、そして塗色の電車ですね。

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ではなく一見、京王の名車「5000系」ですが車体裾の絞りが無く、電車が近づくにつれそうではないことが分かります。

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5000系の色に塗り直されたので、余計に見紛うばかりです。2013_11_11鹿島鉄道~銚子電鉄_118

でも“2002”の方が顔を見せると、元京王帝都電鉄2010系であることが分かります。ただ色は馴染めません。

2014年02月11日 20時58分

銚子電鉄(4)犬吠駅。

 

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平成になって建て替えられた犬吠駅。

美しいその姿は第一回関東の駅百選選定駅です。

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この写真の右側にチラっとその金看板が写っています。

そしてメインで写っているのは1日乗車券「弧廻手形」で、一番下にある「ぬれ煎餅」1枚サービス券をこの駅で使いました。もっとも1枚を試食してから…買って家路につきました。

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「ねれ煎餅」が切り取られた1日乗車券。結構生々しいかも?(笑)

おまけに外川駅の来駅記念券。「萌え~っ。」と言えばよろしいでしょうか?どうもこのパターンには慣れません。

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さてさて犬吠駅のトイレに合ったメッセージ。

「銚子電鉄の動力は電気ではございません。…」胸が熱くなりました。記念乗車券・ぬれ煎餅その他、精一杯の協力をさせてもらいました。

2014年02月10日 22時10分

銚子電鉄(3)外川駅の今昔。

銚子電鉄(銚子電気鉄道)外川駅。

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12:15に始まった小さな鉄道の旅は12:35に終わりを迎えました。僅か20分の出来事でした。

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駅の外にでて駅舎をパチリ。

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昭和の時代と比べても停まっている電車が違うだけで、大きな駅名看板を含めてその姿は変わっていません。

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6分間の折り返し時間を有意義に過ごしています。

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35年前の昭和54年(1979年)との違いはやはり電車だけでした。

※昭和の画像データは、退色した感じですが取り敢えず画像ソフトで触ってはいません。当時の写真でもポジフィルムがあまり変色が無いのですが、ネガフィルムは厳しいものがあります。

2014年02月09日 21時03分

銚子電鉄(2)笠上黒生駅。

笠上黒生(かさがみくろはえ)駅。1月11日に脱線事故が起きた駅です。

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この写真で左側の進入してきた電車が「外川」発「銚子」行き。その電車の奥にあるポイントの場所で事故はおきました。

そして脱線した電車は正にここに写っている編成です。ということはともかく減便ダイヤとなる前、日中はこの駅で交換しており、この写真を撮影した次第です。

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この駅での交換は下り列車が先着で、少し時間があったので、電車を降りて駅舎を撮影していました。

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この出札口は「国鉄」とは異なる地方私鉄の小駅の雰囲気を今も残す貴重なものであり、マニア的にはGOODだと思いますが、ここ銚子電鉄にあっては経営の苦しい地方私鉄の現状を感じさせるのが少しさびしい感じです。

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駅の外からの一枚。思いの他小さい駅舎と赤い電車の組み合わせ。慣れの問題かもしれません。

2014年02月08日 18時45分

銚子電鉄(1)減便直前の鉄路。

2013_11_11鹿島鉄道~銚子電鉄_61 11月11日、11:56に銚子駅着。

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元営団2000形、現銚子電鉄デハ1000形。営団丸ノ内線塗装で私を出迎えてくれました。

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この電車の車体番号は、銚子側には「2040」と表記され、外川側には「1002」と書かれていました。

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連結器が面白く一枚撮影。

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昭和54年(1979年)1月16日の銚子電鉄。昭和5年新潟鉄工所製のデハ301で、その時代に合っても既に古豪の雰囲気が溢れていました。

ところで今回の北関東・東関東の「鉄」旅ですが、ここ銚子電鉄が最終目的地。ここ数年、もう一度訪ねたいと思いつつ、北海道や九州より何故か心理的な距離が遠く、「行こう!」という決断が出来ませんでした。でも運行本数が11月21日に、33往復から21往復に減便されると聞き、居ても立ってもいられない気分になり、ついに決断しました。でもその後の事故のため、今はその21便から更に減便を余儀なくされています。

 

2014年02月06日 20時31分

香取駅での出来事。

香取駅到着は10:28。

香取駅発は111:16。

乗り換え時間は48分。(今は)無人駅で、しかも駅前には人家しかない。スマホでネットを見るにも、電池の無駄使いに思え、しょうがないから駅の中に面白い『ネタ』がないものかとうろうろしていたら、時刻表に無い電車(銚子⇒香取⇒成田方向)が到着。

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この写真の撮影時間は10:53。試しに時刻表を調べて頂ければこの時間に電車がないのは一目瞭然です。

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方向幕は「行先」ではなく「試運転」。で、まず目についたのは「訓」の文字。

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続いて「練」の文字。

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10:58に電車はこの駅を去って行きました。鉄道ですから「訓練」の電車があるのは不思議ではありませんが、こんな紙が貼り出されているとは知りませんでした。それともJR東日本だけ???

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11:16に乗った銚子行き電車。停車中の電車のドアから入ったのかそれとも暖かい日だったのでどこかの窓が開いていたのかも知れません。綿毛が一つ、シートについていました。

2014年02月05日 22時18分

鹿島臨海鉄道の旅(5)銚子への道。

2013年11月11日。

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9:41に鹿島臨海鉄道の2度目の完乗を終え、10:12の鹿島線に乗車。

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水郷の風景は本当に素敵です。

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香取駅には10:28着。

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このチケットは乗車前日の11月10日に購入しました。

それは水戸駅での乗り換え時間が8分と短く、ラッシュ時なので改札の外に出るのは時間的に厳しそうだと思ったからですが、もう一つ、JRと鹿島臨海鉄道の間で連絡運輸を行っているのではと思ったからです。

予想は的中だったのですが…。

勝田~水戸~鹿島神宮~香取までは問題なかったのですが、何と成田線区間の香取~銚子間が発券できないとの事。JR~私鉄~JRという“またぎ”が出来るのに何故にほんの少しの区間が発券できないのか、その理由は今も不明です。

2014年02月04日 22時04分

鹿島臨海鉄道の旅(4)がんばっぺ!茨城。

平成25年11月11日の車両にはご覧のステッカーがありました。

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あかげさまで全線開通。平成23年の東日本大震災時に、その路線が寸断され、全線復旧まで約4か月かかったことをこのステッカーを見て思い出しました。

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「鹿島神宮」駅に到着。お約束の駅舎写真。

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そしてこちらは昭和60年(1985年)8月31日の「鹿島神宮」駅。30年経っても私のレベルに進歩がない象徴かも???

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昭和60年のホームでのスナップ。

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そしてこちらは昭和54年(1979年)1月16日の同じホーム。ところで「鹿島港南」から乗車した理由ですが、それはその当時の始発列車が「鹿島港南」発だったからで、僅か1日3往復の列車を効率的に乗るにはそれしか方法がありませんでした。どういうことかというと、列車は「鹿島港南」を起点に「鹿島神宮」を往復しており、「鹿島神宮」からの始発列車(8:38発)に乗った場合、「鹿島港南」着9:07で、同駅での「鹿島神宮」行きの出発は12:01でした。

ただ当時は情報が殆ど無い時代だったのでどうやってバスの時間を得ていたのかが疑問です。多分、前日入りしているので、「鹿島神宮」駅で聞いたのでしょう…。

 

2014年02月03日 22時34分

鹿島臨海鉄道の旅(3)北鹿島駅を知っていますか?

11月11日(月)9:35。「鹿島サッカースタジアム」駅を通過。(通常、停車する列車はありません)

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ところでこの「鹿島サッカースタジアム」という駅名はJR東日本のHPでの表示。一方、鹿島臨海鉄道の大洗鹿島線HPでは「鹿島スタジアム」となっており、更に言えば貨物線の鹿島臨港線の路線図では「カシマサッカースタジアム」とあります。一体どれがどれ???鹿島臨海鉄道に乗っているのだから…。

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一方こちらは昭和54年(1979年)1月16日の「北鹿島駅」。

この駅が今の「鹿島サッカースタジアム」駅で、昭和53年から58年までの短い期間でしたが、国鉄鹿島線「鹿島神宮」駅~「北鹿島」駅(ここでスイッチバック)~鹿島臨海鉄道/鹿島臨海線「鹿島港南」駅間に旅客列車が運行されていました。

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「鹿島港南」駅に停車中の「鹿島神宮」行き。

7:51発のこの列車で「鹿島神宮」を目指したのですが、実はここまでは関東鉄道『バス』できており、枝線にもかかわらず往路と袋で違う交通機関を選択しています。

 

(追伸)

「第3回こども鉄道博士選手権」の経過報告です。

ホームページでの第1次予選を勝ち抜いたこどもたちが集まった第2次予選が、先週の土曜日(2月1日)に行われ、決勝進出の10名が決まりました。2次予選の問題は、こどもたちに知っていてほしい鉄道の知識を中心に数問ですが大人でも手強いものもありました。

それにしてもこどもたちとの「鉄」会話は楽しかった。私がこどもだった半世紀近く前はそもそも「鉄道」の情報を得る手段が限られていましたが、今はネットを含めて情報があふれています。その情報をまたこどもたちはよく覚えているのです。凄い時代が来たものです。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!