2018年04月18日 20時37分

「瀬戸蔵ロボット博2018」の「アトム・タイムトラベル館」

「開業30周年 愛知環状鉄道の歩み」を見た後は末広町まで足を延ばしました。

昭和の時代が香るアーケード街。

その入り口に、電車の顔出し看板(顔出しパネル?)発見!鉄道系の顔出し看板はいろいろ見てきましたが、ここまである意味直球勝負は見たことがあまりないかも。しかも一体何年前の瀬戸電?

街は歩くのは楽しいですね。何かと発見があります。

「瀬戸蔵ロボット博2018」は3月27日(火)で既に終わっていますが、3月25日(日)に津から瀬戸まで足を延ばした理由の一つが、この「アトム・タイムトラベル館」を見ることにもありました。

知人の鉄腕アトムコレクター/小池信純さん(日本では多分、一番だと私は思っています)が提供しており、毎度の事ながらその圧巻の展示には舌を巻きます。ところで小池コレクションの全容を私は知りません。少なくともこの時の展示が、そのほんのほんのほんの一部であることだけはこれまで何度か見てきた展示で分かっているつもりです。

私の持っている唯一の「鉄腕アトム」。このTカードは小池さんがお持ちではないとの事で、近々小池コレクションの一つになります。私にとっても嬉しい限り。

最後に見つけたのは「省営バス発祥の地」。省営バスとは後の国鉄バスで、この地には「瀬戸記念橋駅」があり、バスの駅にも関わらず「みどりの窓口」があったことで一部の方には知られた存在でした。

2018年04月17日 20時07分

瀬戸市の瀬戸蔵に出かけました。

台湾の鉄道についてはまだまだ続きがありますが、その前に3月25日(日)の鉄活の報告。

さてこの日の午前中は近鉄電車で津市まで出かけ、そして午後からは名鉄電車で「尾張瀬戸駅」へ。

栄町駅発13:00の尾張瀬戸行きに乗車。

13:37に尾張瀬戸駅着。急行で30分、準急で32分の道のりをノンビリ普通電車の旅。そう言えば先回瀬戸に来た時も普通電車に乗ったような記憶あり。30分に1本の電車との巡り合わせ。

目的地は瀬戸蔵。でもその時開催されていた「瀬戸蔵ロボット博2018」が目的ではなく、

瀬戸蔵ミュージアム企画展「開業30周年 愛知環状鉄道の歩み」【~平成30年(2018年)4月22日(日)までの開催】の見学。愛知環状鉄道が開業30周年とは、もうそんなに経つのかと感慨深い。もっとも「つい最近」は10年前くらいであり、「ちょっと前」は20年ほど前であることは昭和世代の『あるある話』の一つ。話は戻してこの企画展は、愛知環状鉄道の歴史が分かりやすくコンパクトに纏められており、是非ご覧いただきたい内容です。今週末までやっています。

カメラに付けっ放しのズームレンズでは目一杯広角にしても入りきらない尾張瀬戸駅。

携帯電話のカメラに魚眼アダプターを付けて撮影してみる。

続いて駅舎内も撮影。

2017年12月18日 20時58分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(12)湯たんぽで温まりながらトロッコの旅。

到着して直ぐにレールマウンテンバイクの方向転換。

私が乗ってきたトロッコも準備完了。

さてひざ掛けの中は湯たんぽ。この日(11月3日)今年最初の使用だったそうで、足音ぬくぬくで快適なトロッコの旅。でもやっぱりここまで来たからには漕ぎたかったというのもウソ偽りのない感想。

往路は最後尾で、復路は先頭で走るトロッコ。だからこその動画をお楽しみください。

16:20。終点の奥飛騨温泉口駅が近づいてきました。

外国からのお客さんもいて、乗車前の注意事項の説明では日本語だけではなく英語でも行われていました。この飛騨の地の、日本人でもまだまだ知らない人が多いレールマウンテンバイク・ガッタンゴー。「桜の季節もお勧めですよ」とは地元の方の言葉。確かに紅葉の美しさだけがここの魅力ではないでしょう。楽しいひと時を過ごしました。ただ楽しいだけに、その楽しさを誰とも分かち合えない一人での旅により寂しさを感じてしまいました。

2017年12月17日 14時56分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(11)神岡鉱山前駅点景。

神岡鉱山前駅から高原川の対岸の神岡鉱山まではかつて専用線があり、ここ神岡鉱山前駅から硫酸を積んだ貨物列車が出発していました。

今は昔の貨物扱いがあった時代に思いを馳せつつ、現実を見ればそこには軌陸車が停車中。

駅には大黒天様がいます。

この先、猪谷方面に向かうことは出来ません。

片道約3キロ。15:51に奥飛騨温泉口駅を出発し、10分強の終わりに相応しい、年月をかけて自然に埋もれつつある2本のレール。もっとも殆どの観光客には無縁の風景。まして感傷にふけっている人はきっといなかった。

2017年12月16日 14時55分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(10)神岡鉱山前駅。

飛騨神岡駅(国鉄時代は飛騨船津駅)を通過。歩かない廃線跡巡りも楽しい。

高架線上から神岡の街を見下ろす。

山間(やまあい)をガッタンゴー。

渡り線が見えればそこは神岡鉱山前駅(国鉄時代は神岡口駅)。レールマウンテンバイクの折り返し駅です。

1面1線のホーム。ここだけ見れば、今も現役の風情。

駅名標は、現役時代のまま。と書きつつ、レールマウンテンバイクが走っているので、今も現役です。観光客の方の記念写真スポットの一つ。

2017年12月15日 20時53分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(9)絶景と暗さと。

ガッタンゴーに乗る段になって気付いた、昔の駅名標。まだ残っているのですね。

さていよいよ出発。ホームの高さから地上のレールに降りる線路はジェットコースター気分。

紅葉の始まった線路を行くトロッコ。先に結論を書きますが、もしもレールマウンテンバイクが予約で一杯でも、トロッコに空きがあったら乗ってみることをお勧めします。これホント!

車窓からの風景。絶景。

旧神岡大橋駅。国鉄神岡線時代にはなく、神岡鉄道神岡線になってから誕生した駅。トロッコの目線で見ると、ホームが異常に高く見える。こうして低い位置から見上げてみれば、全てが新鮮に映る。

第2神岡トンネルに突入。この暗さが堪らない。

2017年12月14日 20時51分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(8)準備完了。

神岡鉄道神岡線は、昭和59年(1984年)に第3セクターとして開業し、平成18年(2006年)に廃止となりました。確かその翌年からレールマウンテンバイクが始まったと記憶しています。その時から気にはなっていたものの、名古屋からそれだけを目的に行くには少々不便で、暫くして電動アシスト付き車両になり、人気が急上昇して行く姿の報道に触れるにつき驚きを感じていました。

15時過ぎから15:30スタートの回の準備が始まりました。

車両の方向転換の方法は面白い。

地元の方の手作りと聞いていますが、こうした工夫をする方がいるのは、やはり地元の強み。

私が乗ったトロッコ。ひざ掛けが用意されていますが、自転車を漕がない人にとっては必需品であると実際に乗ってみての感想。

2017年12月13日 20時50分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(7)「おくひだ1号」。

駅構内。

今年、実際に走れるように整備され復活を遂げた「おくひだ1号」(KM100形)。この復活を含め、廃線跡を観光資源として地元活性化に繋げる取り組みを実際にこの目で見てみたいと思っていたのはその通りで、その想いがこの日(11月3日)、やっと実現しました。「ガッタンゴー」がまさしく軌道に乗り、「おくひだ1号」のこの姿を見られる日が来るとは感無量。

そしてその横には神岡鉱山で使われていた車両の展示。

私の知人で廃バスの「赤錆」好きという方がいまして、その影響かどうか、ジャンルは異なるものの私もこうした引退車両を見るのは好きです。

駅前の機関車のみならずこのシンプルさが堪らない。

貨車のさび具合がまた良い。もっともそれは忙しく働いていた輝かしい現役時代があらばこそ。

2017年12月12日 20時49分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(6)囲炉裏と瓶飲料の自動販売機。

駅舎内は展示スペース。

日本鉄道表彰選考委員会「「蘇ったレール」特別賞の楯が誇らしげに展示されています。

今や注目度満点のこのガッタンゴー。シーズン中は予約が取りづらい状況となっており、今回かく言う私も、自転車を漕いで行くいわゆるレールマウンテンバイクは乗れずじまいで、スタッフがオートバイで後押しする木製トロッコに何とか乗ることができました。

囲炉裏(いろり)のある飛騨らしい室内。

自在鉤(じざいかぎ)の上にある天棚(あまだな)には何故かアメリカの蒸気機関車の模型がある。

今や懐かしい瓶(びん)に入った飲料の自動販売機。思わず写真を撮ってしまいましたが、子供たちどころかその親の年齢であって、ここで初めて見た人も多いと思う。昭和の時代の演出かな?

2017年12月11日 20時47分

奥飛騨名物/ガッタンゴー(5)旧奥飛騨温泉口駅に到着。

名古屋から飛騨古川までのルートは幾つかの選択肢があります。どれを選ぶかは人それぞれですが、どんなルートがあるのかな?とか考える時が一番の楽しみかもしれませんね。

話をもう少し深掘りするなら、岐阜県飛騨市神岡町まで公共交通で行くルートは、今回の私は、飛騨古川から路線バスに乗っていますが、他にも猪谷まで高山本線で抜けて、そこから路線バスに乗る選択もあります。そうすれば旧国鉄神岡線/神岡鉄道神岡線気分を味わえるはずです。

古川駅前13:15発の濃飛バス神岡営業所行きのバスは、よもやの観光バスタイプ。てっきり普通の路線バス車両が来るものと思い込んでいたので。これが神岡行きとは目の前で行き先を確認するまで思ってもみませんでした。もっとも翌日の神岡から飛騨古川への戻りのバスはごく一般的な路線バスタイプでした。

参考までに飛騨古川~神岡間のバスは20キロ超の距離を45分乗って驚きの300円。JRの幹線並み。

 

岐阜県飛騨市神岡町。私が以前数度取材で来た時は岐阜県吉城郡(よしきぐん)神岡町。鉱山の街として栄えたことで知られています。今も往時を忍ばせる風情ある家並みが印象的です。

街の真ん中を流れる高原川。この写真だけ見れば開けた感じですが、高原川に沿って走っていた旧神岡線は、よくぞここに鉄道を敷いたものだと感心するほどの急峻な山間を走っていました。

さて15:30からの「レールマウンテンバイク ガッタンゴー!!」(Rail-MTB Gattan Go!!)を予約していたので少し早めの14:45頃に旧奥飛騨温泉口駅に到着。駅名の奥飛騨温泉口は神岡鉄道時代の名前で、それ以前の国鉄神岡線時代は神岡駅でした。

私が現役時代のこの駅に最初で最後に降り立ったのはその「神岡駅」で、昭和53年(1978年)3月2日、猪谷発5:47の621Dは6:16に神岡駅に到着。

高山本線の夜行列車からの乗り継ぎで、奥飛騨のスキー場に遊びに行くための下車で、ここまで知人に迎えに来てもらいました。

思い出話を終えて、駅前には「神岡トロッ庫」と称して、かつて神岡鉱山で使われていた電気機関車と人車、それと何故か立山砂防(通称。正式には国土交通省立山砂防工事専用軌道)のディーゼル機関車が展示されています。

例によって私の好みはこのパンタグラフ。

こういう運転台に座って運転してみたい。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!