2013年12月29日 21時52分

那珂川清流鉄道(3)蒸気機関車101号機。

「鉄道」界の平成25年のビッグニュースと言えば、

那珂川清流鉄道保存会http://www.ns-tetsudo.com/index.html

の6トン蒸気機関車101号機の登場があります。

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これまで多くの蒸気機関車を眺めてきましたが、新造直後がこれほどまでにピカピカ輝いているとは思いませんでした。

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本当にただウットリするばかりです。

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横顔を一枚。

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「那珂川清流鉄道」「6101 協三工業 平成25年」の銘板。私が語る必要はないでしょう。

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今は室内での展示のため撮影するにはワイドレンズが必須です。ところでこの建物に入る際、那珂川清流鉄道の方から「説明は要りませんよね」と聞かれたので反射的に「大丈夫です」と思わず答えてしまいました。(笑)

確かに車両解説が必要な人は、あまりここにはやってこないかも?ですね。

(追伸)

いつも当ブログをお読みいただきありがとうございます。

昨日このブログの連載が2000回を越えました。ここまで頑張ってこられたのもひとえにお読みいただく方がいたからであり感謝の念に堪えません。これからも引き続きお読みいただければ幸いです。

※このブログへのご意見・ご感想等は中京テレビ/視聴者センターまでお寄せください。

2013年12月28日 22時01分

那珂川清流鉄道(2)簡単には行きつけない意外性!!!

「上大桶」でバスを降り、バスの進行方向に歩いて直ぐの交差点を左に回り、『一寸行った右側』と聞いて行ったのですが、そこにあったのは葬儀場で、他に何も見当たりません。

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とにかく「那珂川清流鉄道」という看板は見渡す限りどこにも無い!でも「上大桶」から5分ほどの所と聞いたのに…。

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その葬儀場の入り口を、およそ場違いな機関車が通り過ぎる…。

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一歩中に入ると、そこにはそのレールの幅はともかく複々線の線路がお出迎え。

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更に足を踏み入れるとそこには車庫がありました。

そうっ!ここが「那珂川清流鉄道」。なぜ案内看板がないのだろうと思ったのはここに辿り着くまでで、展示物を見て、この“鉄道保存会”の代表の話しを聞き「この不親切さはこれで良いのだ!」と思うまでにはそれほどの時間はかかりませんでした。

2013年12月27日 21時56分

那珂川清流鉄道(1)那珂川町コミュニティーバス。

平成25年11月9日の目的地は(知る人ぞ知る栃木県にある)「那珂川清流鉄道」。そこへは「JR烏山駅」から那珂川町コミュニティーバス「山村開発センター」行きに17分乗車し「上大桶」下車。

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それにしてもこのバスは平日8往復。これが土・日曜日は4往復。もっと言えば那珂川清流鉄道のオープン中にまともに到着するバスは実質この10:20発1本と言っても過言ではありません。

バスに乗り込むときに「上大桶」までと言ったら「那珂川清流鉄道ですか?」と聞かれたので「そうです」と答え、「バスで行く人は結構多いんですか?」と質問したら「月に1~2人くらいはいるかなあ…」とのこと。

やはり車で行くところらしい。

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普通に赤信号で止まっているように見えますが、実はさっきから停まりっぱなし。11月9日(土)は地元の高校のマラソン大会で、生徒さんが集団で走ってくると信号とは関係なく、車はストップさせられます。ともすると30分近く通過できないこともあるとのこと。「JR烏山駅」発のバスはともかく「JR烏山駅」行きのバスがこの集団にかかると運転士さんも乗客もJRに乗り継げるかと精神衛生上良くないそうです。ともあれこの日は5分少々で通過することが出来、運転士さんもホッとされていました。

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「上大桶」で下車。来年から本数が更に減るという話しを聞きましたが、公共の交通機関で「那珂川清流鉄道」に行くことは難しいかも???

2013年11月24日 21時49分

四日市/重要文化財・末広橋梁を跳ね上げる。

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列車が通り過ぎ10分ほどしたら橋を動かす人がどこからともなくやって来て橋が上がり始めました。

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手持ちなので同ポジとはなりませんが何となくの分解写真。今時だとストップモーション???

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これで跳ね上げ終了。

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この桁の下には信号がついています。

信号トリミング

が、分かりにくいのでトリミング。

ここには今生きている重要文化財がありました。

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プラス末広橋梁の南側にある道路橋「臨港橋」。実はこの橋も跳ね上げ式の橋です。更に言えばこの橋は末広橋梁の撮影ポイントでもあります。

2013年11月23日 21時47分

四日市/重要文化財・末広橋梁を渡る。

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15:07頃四日市港から四日市~富田~東藤原へ戻る列車を撮影。

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振り返って一枚。

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橋が降りた状態をここで確認。

2013年11月22日 21時40分

四日市/重要文化財・末広橋梁番外編太平洋セメントにて。

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平成25年10月30日(水)。次の末広橋梁を渡る列車が来るまでの時間を使い、太平洋セメントを見に行きました。(13:50頃)

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入れ替え作業をするOD451は、私の個人的な感想ですがDE10形を一回り小さくした感じ。入替機(スイッチャーという言い方もありますね)というよりは貨物専用鉄道の機関車と言った方が似合いそうです。

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私のブログでは良く出てくるパターンで恐縮ですが、ポイントの造形美。好きだなあ…。

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この写真を撮って次の末広橋梁の撮影ポイントに向かいました。

2013年11月21日 21時26分

四日市/重要文化財・末広橋梁番外編入れ替え(2)。

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OD451が牽いて来た列車の最後尾にDD511801が繋がれます。

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連結作業は毎度のことながら心ときめく一瞬です。

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そして編成が整うと出発準備完了。

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こうして下の図でD線からA線に転線して、重要文化財を通り四日市(東藤原)に向かっていきました。

Microsoft Word - 文書1

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B線~D線と列車を引っ張ってきたOD451はそのままD線を戻り、C線に転線してDD511801が牽いて来た列車に繋がれました。

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そして太平洋セメントに向けて徐(おもむろ)に出発していきました。

(注意)

この入替を撮っていると末広橋梁を渡る戻りの列車は撮影できません。理由は…、止めときます。それほど勿体ぶることもないですね。実はこの入替中、C線とD線を跨ぐ踏切が“開かず”となり身動きが取れない状況となるからです。2枚前の写真に写っている踏切です。

2013年11月20日 21時22分

四日市/重要文化財・末広橋梁番外編入れ替え(1)。

一昨日UPした「重要文化財・末広橋梁」の貨物列車は10分少々で来た道を戻って行きます。その様子を見てみましょう。

Microsoft Word - 文書1

A線から来た列車はC線に入ります。

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そこに太平洋セメントからB線を通り、入替機関車(OD451)に牽かれた列車がやって来ます。列車はA・B合流地点の手前(写真では奥)で一時待機。

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C線の貨物を牽いて来たDD51はタキ(貨車)を残し、E線~D線~A線と戻り、そこで待機します。

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そしてB線の列車はD線に入ります。

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四日市~富田経由で三岐鉄道東藤原に戻される長大なタキ(16両)を牽く入替機を見ていると鉄道貨物の全盛時代を髣髴(ほうふつ)させてくれました。

2013年11月19日 20時00分

四日市/重要文化財・末広橋梁は美しい!

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現役では最古の鉄道可動橋、末広橋梁。

昭和6年(1931年)12月に製作され全長は58メートル、幅は4メートル。平成10年(1998年)12月25日に国の重要文化財に指定されました。

そうなのです。国の重要文化財に指定されて以来、早い時期に来たかったのですが、いやはや10年以上の月日が流れてしまいました。

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末広橋梁は「跳開式(ちょうかいしき)」と呼ばれる可動橋で、要は列車が走らない時間は、船が通行できるように橋桁を跳ね上げておくタイプです。その時、跳ね上げてなくても通れそうな船が私の前を行き過ぎました。

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文化庁の「国指定文化財等データベース」⇒「末広橋梁」⇒「構造及び形式等」には、以下のような解説がありました。

●鉄製プレートガーダー橋 四基(跳上橋 一基を含む)、コンクリート製橋台 二基(築堤部護岸を含む)・コンクリート製橋脚 四基(機械室を含む)、バランスウェイト・支柱及び巻上装置 一式(操作室を含む)よりなる

とまあここの構造物のその全て、つまり遍く(あまねく)指定されていることは間違いなさそうです。

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ところでデータベースの所有者名には、株式会社日本貨物鉄道・株式会社東海旅客鉄道・三重県とあり、港湾施設となるので三重県の名前も入っているのであろうと思いましたが、意外性はありました。

それにしてもただの動く橋なのですが、その美しさに目を奪われました。

2013年11月18日 20時52分

四日市/重要文化財・末広橋梁。

平成25年10月30日(水)。突発的に休めることになり、三重県四日市市の末広橋梁(旧四日市港駅鉄道橋)に出かけることにしました。

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DD51が牽引する貨物列車がゆっくりと橋を渡って行きます。(12:53頃撮影)

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少し遅めの昼食を済ませ、次の下り列車を待ちました。のんびりとした昼下がりです。(14:55頃撮影)

何れも三岐鉄道東藤原駅発のセメント列車で、JR富田駅~(関西本線)~JR四日市駅~(通称・四日市港線)~太平洋セメント四日市出荷センターを結んでいます。

10月17日の赤川鉄橋に引き続いての貨物列車撮影。でもここは特別な理由があって来たわけではありません。いやっ、理由はあったのですが、ただ赤川橋梁のよなに何か差し迫った事情もなく、でももう何年も前から来たかった場所です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!