2011年06月27日 8時01分

春日井市の静態保存機「D51792」(3)部品の刻印。

私は蒸気機関車の構造等が詳しくありません。
もっとも蒸気機関車だけではなく、全ての車両についても同様です。
こう書くとまるで開き直っているみたいですが、そう指摘されれば
「その通りです」と素直に認めてしまいます。
その変わり、最近は、新しい知識に出会えると嬉しくなってしまい、
ここに“周知”のことかもと思いながら書いてしまっています。

今回は、機関車の様々なパーツに刻印された「D51792」を
見付けました。
上段写真はシリンダー部分にあり、
下段写真は第一動輪の上にあるクロスロッドのところであったもので、
“L”の文字があるのは、運転室から見て左側のパーツへの
刻印であるというのがその理由のようです。

因みに、上段写真は、ここで静態保存していることから
文字が見えるそうですが、現役時代は、黒色に塗られており、
ここまではっきりとは見えなかったはずとのことでした。

「D51792」は昭和17年10月31日、三菱重工業で製造され、
昭和48年2月3日に廃車となり、岐阜県の『中津川』が最後の配属先の
機関区でした。

この刻印の存在を私は初めて知ったのですが、
この刻印も「D51192」と共にその歴史を刻んできたかと思うと
感慨深いものがありました。

2011年06月26日 21時11分

春日井市の静態保存機「D51792」(2)整備中。

静態保存機「D51792」の整備を何故毎月一回という、
考えてみればなかなかの頻度とも思える間隔で行うのでしょう?

実は、それほどの回数をこなさないと、ちょっとした“錆び”が
直ぐに浮いてきて、今の美しい姿が維持できないのだそうです。

ということで、この蒸気機関車の象徴とも言えるナンバープレートを
丁寧に磨き上げ、動輪やロッド部分もサンドペーパーで綺麗にした後、
灯油で少し薄めたマシン油を塗り込んでいくのだそうです。

下段写真のバケツの中にマシン油が入っており、作業をされている方の
右手に持った小型のモップに油を浸し、
一か所ずつ進めていきます。
手間仕事というには、少々手が掛かり過ぎる感が無きにしもあらずですが、
手を抜くわけにはいかないとのことで、毎度毎度書いていますが、
話しはちゃんと聞くまでは、何事も分からないものです。

とりあえず写真に撮影したのは、目立った動きの部分だけですが、
実際には、この大きな機関車の隅から隅まで同様の作業が行われていました。

ここでちょっと感じたことが一つ。
蒸気機関車が現役だった頃、銀色に光る動輪のその美しさは、
それをどんな言葉で表現しても、口にした段階で、
陳腐になっていく気がしていました。
果たして今日私が目にした整備を日常的に行っていたのでしょうか?
また、今や動態保存の蒸気機関車が全国で走っていますが、
やはりこうした整備を行っているのでしょうか?
もしもそうであれば、恐ろしく手間暇の掛かることであり、
整備をされている方達の努力に頭の下がる思いです。

2011年06月26日 20時04分

春日井市の静態保存機「D51792」(1)。

今日(6月26日)、愛知県春日井市にある「春日井市交通児童遊園」に
静態保存されています「D51792」に会ってきました。

全国各地で静態保存されている蒸気機関車の中でも、
この「D51792」の保存状態の良さでつとに有名で、
それもそのはず、毎月第4日曜日の午前10時から11時半まで、
月に一回、整備活動が行われているのです。

整備をしているのは、旧国鉄で蒸気機関車の機関士をされていた方や
整備をされていた方もメンバーにいるボランティア団体
『春日井市D51792蒸気機関車保存会』で、毎回約60名の会員の内、
25名くらいの方が参加しているそうです。

今回、私がここをお邪魔したのは、
先回までの『三岐鉄道』の乗りつぶし~『軽便鉄道博物館』~
『貨物鉄道博物館』同様、守山生涯学習センター主催の「鉄道の楽しみ」の
講座の一環で、最終回がこの保存活動への参加だったことによります。

そこで、しばらく『春日井市D51792蒸気機関車保存会』の方たちの
活動話しにお付き合いください。

2011年06月25日 18時10分

三岐鉄道の楽しみ方(18)貨物鉄道博物館で思ったこと。

「貨物鉄道博物館」の敷地から少し離れて、というより、
三岐鉄道「丹生川駅」構内と言ったほうがふさわしい場所に、
写真の91式、97式軽貨車が置かれていました。

草が伸びて、まるで廃線跡に放置された貨車みたいですが、そんなことは無く、
ここの保存車輌です。
私はこの車輌について全く知らなかったですが、旧日本陸軍の貨車で、
車輪の軌間変更が出来ることから様々なところで使われたそうで、
知る人ぞ知る存在なのだそうです。
ただ、先に書いたように、『館』から少し離れて置かれていることから、
目立たない存在のようでした。

ところでこの「貨物を運ぶ鉄道」という“テーマパーク”の存在は、
『鉄道趣味の一ジャンル』という捉え方では不十分で、
日本の近代化を支えた文化遺産の宝庫といっても過言ではありません。
かといって『鉄道趣味』の人や、産業考古学の研究家だけのものであっては、
その存立意義は低くなりかねません。

“文化的な価値”と“活動資金(お金)”との鬩ぎ合い(せめぎあい)は
毎度のことではありますが、貴重な遺産の管理は本当に難しいものが
あります。

私自身こう書きながら、今以上のことが出来ない自分に限界を感じています。

2011年06月25日 9時00分

三岐鉄道の楽しみ方(17)“シキ”まである貨物鉄道博物館。

国立科学博物館「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」にも登録された
「シキ160形160号」。
昭和30年の日本車輌製で、大型変圧器輸送用の130トン積大物車です。
元々富士電機製造向けに作られ、社名変更後の
「日本AEパワーシステムズ」の名前が車輌には入っています。
この段階で全長23メートルという巨大さですが、変圧器を実際に運ぶ際は、
更にその大きさの分だけ長くなるというもので、一体どれだけ大きいのだと
敢えて言いたくなりますが、このシキに限らず、他のも含めてシキが
実際に動いているのを見たことは残念ながらありません。

下段写真の蝶番(ちょうつがい)のようになっているところが左右に
開くそうですが、その状態を見てみたい!というのもさることながら、
ここを広げて保存して欲しかったなどとは、スペースの問題のみならず
オープンスペースでの管理上の問題もあるので、まずは適わぬ夢
なのでしょう。

ところで今回「シキ」の「シ」が『大物車』で、
「キ」が『積載重量25トン以上』というのを初めて知りました。
(これはおまけです)

それにしても、実物のシキを目の前にして、本当によくここまでこのシキを
運んできたものだということと、どでかいシキを保存する
「貨物鉄道博物館」にここで改めて敬意を表します。

2011年06月24日 18時06分

三岐鉄道の楽しみ方(16)復元作業中の貨車。

写真はワ11形11号で、新潟県にあった蒲原鉄道にいた10トン積有蓋車です。
昭和4年製で、側面が鋼板張りではなく、板張りなのが特徴で、
私たちが訪れたときは、その修復の最終段階に入っていました。
枠の鋼体部分の茶色は多分、錆び止めの塗装でしょうが、
そこに嵌め込んである『板』が、如何にも一枚一枚寸法通りに製材し、
丁寧に“組み込んでいます”感が伝わってきて、
何だかとても良い感じでした。

ところで、貨車を保存する場合、鋼材と木材とどちらが“持ち”が
良いかということですが、博物館の方の話しでは、
メンテナンス次第という面はあるものの、意外と『木材』が優れている場合も
あるとのことでした。

鋼板が錆びていくのを防ぐには、定期的な全塗装などが
欠かせないそうですが、『木材』の方は、当初にキチンと対応しておけば、
途中の手間は少なくて済む場合もあると聞きました。
※但し、その“当初”は、仕事ではなくボランティア作業ゆえの
大変さはあるようです。

そう言えば、鉄道車両に限らず鋼材は、塗装等のメンテナンスを怠ると
本体強度に影響があると聞いたことがありますが、
それは気のせいでは無かったと思う・・・。

2011年06月24日 9時00分

三岐鉄道の楽しみ方(15)貨物鉄道博物館の展示車両たち。

ここには1両の蒸気機関車と14両の貨車が屋外に展示されています。
で、取っ付きやすいのやはり蒸気機関車B-4形39号です。
明治31年の英国製で、東武鉄道の貨物牽引機として昭和41年まで
活躍していました。

ところでここの収蔵車両の一部が昨年の10月6日、
国立科学博物館「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」に登録されました。
1)ト246号(10トン積無蓋車)
2)ワフ21120号(2トン積有蓋緩急車)
3)シキ160号(130トン積吊掛式大物車)
4)三岐鉄道「東藤原駅前」での展示車両ですが
ホキ25767号(40トン積セメント専用ホッパ車)
●主な選定理由…「貨車は、使用済みのものは廃却処分になるものが
殆どである中で、本貨車群はいずれも当該技術分野で残されている
唯一のものである。」(抜粋)

また、本年5月には「貨物鉄道博物館」の保存車両・資料群一式が
2011年度『産業考古学会』推薦産業遺産
「貨物鉄道博物館の保存車両・資料群」として認定されました。
ここにいる車両たちが、こうして正しい評価を得ていくことは、
「貨物鉄道博物館」を支えている人たちがいるからこそではありますが、
一方で、訪れる私たちにとっては、貨車の博物館でその車両と接する際の
最初に押さえるべき指針が与えられた気もしました。

2011年06月23日 17時55分

三岐鉄道の楽しみ方(14)流石です。貨物鉄道博物館。

ということで、今回は日本の近代史を支えたと言っても過言ではない
鉄道による貨物輸送なのですが、ここではその一端に触れることが出来ます。

まずは館内ですが、そこで一番に目を引いたのが下段写真のコーナーです。
私自身は『そういえばここは「貨物鉄道博物館」だよね』と
思わず笑ってしまったほどユニークな貨物列車が走る鉄道模型。
ジオラマ中央にあるのは、普通のレイアウトではまずありえない工場です。
「うーン!」と唸らざるを得ませんでした。

そして気を取り直して館内をゆるりと回りました。
展示されているのは(当然ですが)貨物関係の資料と、
貨車に取り付けられていた部品などで、
旅客関係の様な日頃から私たちの目に触れる、馴染んできたモノとは言い難く、
正直、どこからどう楽しもうかと
逡巡してしまったことは否定しません。

ただ、見るにつけ段々「産業遺産」としての役割は理解できるように
なってきました。
また、ここでは所蔵する一部資料(様々な貨車の図面類)が
公開され閲覧できます。
公開資料と閲覧規定は「貨物鉄道博物館」の公式HPで
ご確認いただければと思いますが、「鉄道院工作局」作成という文字は、
インパクトがありました。
そうっ!「国鉄」でもなく「鉄道省」でもなく「鉄道院」なんです。

再訪する楽しみ(理由?)を見つけた気分でした。

2011年06月23日 8時00分

三岐鉄道の楽しみ方(13)貨物鉄道博物館とは?

「西藤原駅」13:40の電車に乗り、「丹生川」駅13:54下車。
この日の次の目的地は日本でここだけの鉄道貨物輸送の専門博物館
「貨物鉄道博物館」です。
私はここが2回目なのですが、先回の訪問日は開館して間もない
平成15年10月19日で、家族同行で如何にも道すがらに
『何かある・・・。見つけてしまった』風を装ったため、
じっくりと中を見ておらず、実質今回が初「貨物鉄道博物館」となりました。

写真の向かってくる電車の右側の建物がそれで、博物館の方の案内で、
参加者の方はすっかり貨物“通”になったようでした。

ところでこの博物館の場所は一見、丹生川駅の構内に見えますが、
実際のところ、丹生川駅の旧貨物ホームを流用していると聞いています。

ところで「鉄博(てっぱく)」と言えば、大宮だったり、今年に入って
「リニア・鉄道館」だったり、大型の鉄道博物館が人気を集めていますが、
こうした思いっきり地味な“てっぱく”も『良いもんだ』と
声を大にして言いたい所ですが、やはり“貨車”は地味すぎなのか、
鉄道趣味のジャンルとしてもマイナーなためか、
この日も来館者はいるものの『人気施設』とは言えない状態で、
これだけの展示物を持ちながら勿体ないというのが素直な感想です。

2011年06月22日 18時01分

三岐鉄道の楽しみ方(12)メジャーで確認も鉄道の楽しみ方。

何やらメジャーで何かを測っている怪しげなおじさんが2人。
NPO法人名古屋レール・アーカイブスのAさんとUさんです。

今回の守山生涯学習センターの『三岐鉄道』乗りつぶしの実施に当たり、
「三岐鉄道の楽しみ方(1)」では、3つの軌間が確かに
“762ミリ、1067ミリ、1435ミリ”であるかを、
実際にメジャーを線路にあてて、参加者の方に説明し、ご納得を頂きました。

ここ「ウィステリア鉄道」では、その余勢を駆って、
敷地内に置かれた車輪の直径を測り、それを基にこの車輪が
どんな車両に使われていたかの推理大会が始まりました。
と言っても、生涯学習センターの参加者の方はこの時には同席していません。
あまりにもディープ過ぎてついていけない懸念があり、
呼びかけることすら憚られた為です。(これは冗談です…)
それはさておき、その結論は・・・。
皆さんも是非、現地で見て触って推理してみてください。

ところで、「ウィステリア鉄道」には下段写真の各ゲージの見本も
(無造作に)置かれています。
上段写真のAさん、Uさんはこのゲージも測り、確かに
“762ミリ、1067ミリ、1435ミリ”の3種類であることが分かりました。
それにしてもただ置かれているだけで、何の説明板も無く、
そんなこともあって、ここで遊んでいる家族連れの方たちは全く無関心でした。
少々勿体無いと思いました。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!