2011年06月22日 8時02分

三岐鉄道の楽しみ方(11)「ウィステリア鉄道」帽子が一杯。

この庫内で思いの他、目を引いたのは上段写真のズラリ並んだ帽子達。
ミニ鉄道の機関士・運転士さんたちはこれとは違う如何にも
機関士・運転士さんという帽子を被っていたのでそれでは無いようです。
形は駅長さんか車掌さんスタイルですが、この話しの真偽のほどは如何に。

庫内から外を見たのが下の写真。
3本のレールが延びていき、ポイントを経て、奥の転車台へと
繋がっています。
更にその先は、エンドレス区間へと線路は伸びていきます。
また、右側の三角屋根の赤いドラムが給水塔となっています。
今回、給水風景を見ることはありませんでしたが、きっと素敵な光景で
あることは間違いないでしょう。

日曜日の昼下がり、「ウィステリア鉄道」を愛する人たちが集い、
車両を保守しながらミニ鉄道を走らせる。
そこにはいつも子供たちの歓声が響き、その姿を優しい目で見る
家族の姿が・・・。

平和な日々が続き、この風景がいつまでも続くことを、
今だからこそ切に思わざるを得ませんでした。

2011年06月21日 19時30分

三岐鉄道の楽しみ方(10)「ウィステリア鉄道」機関庫の中。

「ウィステリア鉄道」のスタッフの方に、
『機関庫の中に入り写真を撮ってもよいですか?』と聞いたところ、
快諾を得られたので庫内の見学をしました。
中には、工具等が整然と並べられ、掃除も行き届いていて、
ボランティアスタッフの方たちの“愛情”を感じました。

左側写真の右の棚に、この日は走っていなかった
ミニ新幹線「700系のぞみ」の姿も見え、
一方、右側写真は、2両あるSLの内の1両「101号機」で、この日は
修理中でした。

ここでこの鉄道の補足ですが、SLは2両(101号機、102号機)あり、
先回の米粒SLの右側の“巨大SL”の1/8.4スケールで、
ここの鉄道のオリジナルモデルです。
ゲージは5インチですので127ミリとなります。
軌道の総延長は300メートルのとのことで、ミニSLが走るエンドレス区間は
115メートルです。
(「ウィステリア鉄道公式HPから」

そうそう、ライブスチーマーの車両持込も『可』とのことですが、
どれほどの利用があるか興味のあるところですが、結局聞きそびれました。

2011年06月21日 8時07分

三岐鉄道の楽しみ方(9)「ウィステリア鉄道」へようこそ。

三岐鉄道「西藤原駅」のお隣に、「ウィステリア鉄道」があります。
平成13年7月開業の比較的新しい“鉄道”で、毎週日曜日には、
写真では、米粒程度でしか写っていませんが「ミニSL」や
三岐鉄道の「ミニ電車」(101系)も走ります。
※ここに遊びに来ている方の肖像権に配慮しているため、
この『程度』の写真をお許しください。
※ミニSL等の運転時間は10:00~15:00。
 但し、雨天・荒天時は運休。

ここの特徴は、このミニ鉄道に無料で乗れることで、この写真の左側に広がる
芝生広場では、この日(6月5日)も、沢山の家族連れがお弁当を
広げていました。
かくいう私たちもここで、お昼ご飯と相成った次第です。

また、右側のSLは今年の2月27日にこのブログでも少し紹介した
「102号」です。

なお、この「ウィステリア鉄道」は、全てボランティアによって
運営と維持管理がなされており、・・・と書くのは簡単ですが、
車両の整備・子供たちを乗せての安全運行等々、並大抵の気持ちでは
取り組めないとも感じました。

(参考)
最初に私がこの鉄道を訪れた時、「ウィステリア」という
何ともお洒落な響きに、どこかヨーロッパにモデルとなった鉄道でも
あったのかと思いきや、この場所のある、そしてこの鉄道事業に協力した
三重県員弁郡藤原町(現在は、いなべ市藤原町)の町花であった
“藤の花”からきているそうです。
●「藤の花」=英語で「Wisteria」。

2011年06月20日 9時10分

三岐鉄道の楽しみ方(7)「軽便鉄道博物館」意外と楽しいかも…、ミニ列車。

『北勢軽便鉄道ミニ電ホクさん』に私も乗りました。
ミニSLや遊園地にあるような乗り物ですと、一人で乗ってみるのは
少々気恥ずかしいですが、何故かここの“ホクさん”はそんな気持ちが
全然起きませんでした。
※それでも「名古屋レール・アーカイブス」の方に、乗っている写真を
撮ってもらったのですが、流石に恥ずかしいので掲載は見合わせました。
あと数年で60歳にも関わらず素直に楽しそうな私がそこにいました。

等ということはさておき、この“ホクさん”は上段写真の車庫
(展示館)前を出発し、下段写真の転車台を一周し、更に上段写真の
車庫の裏側を一周します。
思いの他、乗り出もあり面白かったです。
乗車無料だからというからではないですが、お勧めの“一品”です。
大人でも絶対に、かつ一人でも(多分)大丈夫です。

ところでこの転車台にも存在する意味があります。
それは是非、現地でお聞きください。

最後にここの開館日は再掲ですが毎月第1、第3日曜日で、
開館時間は朝の10時から午後4時までとなっています。

2011年06月19日 8時00分

三岐鉄道の楽しみ方(6)「軽便鉄道博物館」何の作業かな?

後ろの車庫の中が展示館です。資料が満載で、
見出すと時間が足りなくなります。この日は20分ほどしか時間が
ありませんでしたので私には若干消化不良でした。
行かれる方は、時間に余裕を持ってお出かけください。

という注意事項はさておき、作業をしている方の右側にあるのは、
軌道自転車で、来館者の中でも小さなお子さんたちにも楽しんで
もらおうというものだそうです。
(見事!な手作りです)

一方、現に作業中なのは、何かレールを加工しているように見受けられましたが
定かではありません。
何はともあれ、この館の方たちが、あせらず、時間をかけて丁寧に
一歩ずつ作業を重ねていることだけは感じました。

ところでこの「軽便鉄道博物館」
『ASITA(北勢線とまち育みを考える会)』が運営しており、
その会は「阿下喜駅を残す会」と「北勢軽便鉄道をよみがえらせる会」が
合体して出来たそうです。
※『ASITA』=「Association of Sustainable Incubation
and Town Ability」の略で「あした(明日)」と読んでほしいそうです。

地球に優しい鉄道を守る「会」に育てていきたいとのことですが、
その趣旨には全面的に賛同です。

2011年06月18日 19時07分

三岐鉄道の楽しみ方(5)「軽便鉄道博物館」での復元作業。

この日、「軽便鉄道博物館」では、モニ226号(モニ220形)の
修復作業をしていました。

この電車は、北勢線が現在の三岐鉄道の前の近鉄時代の更に昔、
北勢鉄道が昭和6年に『阿下喜駅』まで延伸した際に導入された、
正に「軽便鉄道博物館」で保存するにはこれほどふさわしい電車は無い!
と言い切れる電車です。

ただ、誕生してからズーっと北勢線にいた訳ではなく、
昭和53年に一旦、内部・八王子線に移籍、そこで昭和58年に廃車となり、
その後、四日市市の施設で保存されていました。
それが平成19年に“ふるさと”への里帰りが実現したのですが、
その里帰りの前の3年ほどの期間の保全が十分ではなく、
車体の痛みが進行してしまい、ここ「軽便鉄道博物館」の方たちが
それから少しずつ『復元』作業を行っています。
※こうした館の“運営”は全て手弁当だそうです。

写真は、テールライトの取り付けをされていましたが、
今作業中の左側の取り付け後、右側のテールライトも
この日に取り付けられました。

こうした作業を見るのは私にとっても珍しく、思わず見入ってしまいました。

2011年06月18日 9時06分

三岐鉄道の楽しみ方(4)阿下喜駅の楽しみ「軽便鉄道博物館」。

今年の2月18日にも同じような写真をUPしましたが、それとの違いは、
行った日が6月5日(日)で、阿下喜駅の直ぐ隣にある
「軽便鉄道博物館」の開館日で、北勢線の電車の右側に
とっても可愛い『北勢軽便鉄道ミニ電ホクさん』が走っているところです。

あまりに小さな電車なだけに、小さな画面でご覧の方にはその存在が
確認できないかもしれませんね。

ところで「軽便鉄道博物館」は、毎月第1、第3日曜日に開館しており、
展示車両だけではなく北勢線の歴史がわかる資料等を見ることが出来ます。

今回、守山生涯学習センターの講座に参加されている方たちと、
特に事前に伺うことを連絡していたわけではなく、
突然の団体での訪問だったのですが博物館の方たちが一点一点、
親切に説明下さいました。
館の方にはこの場を借りて御礼申し上げます。

また、こうした“博物館”の解説は、私たちだけではなく、
個人でこられた他の方々にも同様であり、これから同館を見学される方は、
気軽に話しを聞かれることをお勧めします。

2011年03月25日 8時00分

「リニア・鉄道館」がオープンして(1)。

一昨日の3月23日(水)、「リニア・鉄道館」のオープン後の
入館状況が心配で視察に行ってきました。

正直言って写真の通り、思ったよりも入館者がいて“ホッ”とした
というのが率直な感想です。
撮影したのは朝の10時半過ぎですが、この後、お昼頃には
もっとたくさんの人で賑わっていました。
それでも、東日本大地震が無ければもっと大勢の入館者が
いたのではないでしょうか?

ところで今回私は、試しに自家用車で行ったのですが、
朝の10時10分頃でもすんなり駐車場に入れたので、
中に入るまでは『ひょっとしてガラガラでは?』と、
少々ドキドキしていました。
●このブログをご覧の皆様は、是非『あおなみ線』をご利用ください。
現時点では説得力はありませんが…。

ただ、入館券を買うのに10分ほど並んでおり、
これは自動券売機の台数が少ないのと、
入館者がその操作に思いのほか手間取っているというのが実情のようで、
館の方による手売りでも販売していたのですが追いついていませんでした。
まあ、どこのテーマパークでも見かける光景ではありますが…。

それはさておき、さすがに春休みに入っていることもあって
小学生~大学生といった年代が多いのですが、
それよりも小さな子供を連れた家族連れ、
それとやはりというかご年配の夫婦が多いような気もしました。
またいかにも私たちの“お仲間”と言える方達も結構いました。

とはいうものの本来、この春休み中は鈴なりの入館者となることが
期待されていました。
少々残念と言えばその通りかもしれません。
ただ、大地震の被災地の皆様には申し訳ありませんが、
こうして「リニア・鉄道館」でのひと時を安心して過ごせる
名古屋の街に、今は素直に感謝しています。

2011年03月18日 18時00分

JR東海「リニア・鉄道館」(10)何を今更、最後にジオラマ。

「リニア・鉄道館」の紹介をテレビ等でする際、圧倒的に時間をかけて
放送されているのが超巨大『ジオラマ』です。
「このブログで紹介してくれなくてもいいよ」という声が
聞こえてきそうですが、そんなことを言わずに暫しお付き合いのほどを。
なお、今回の2枚の写真、上段写真の東京付近の情景並びに
下段写真(矢印のカメラマンの人形に注目)を選択した理由は、
後で種明かしします。

この『ジオラマ』の制作風景は、中京テレビのニュースでも放送されたので、
ご覧になった方もいるかとは思いますが、大阪府豊中市にある
「株式会社ヤマネ」が制作したものです。

スタッフ数が19名と小さい会社ですが、昭和29年から
既に60年近い歴史があり、博物館等の展示造型物の分野では
その表現力は高く評価されており、敢えて“トップランナー”の一社と
言わせていただきます。
●決して『鉄道ジオラマ』の専門メーカーではありません。

それゆえ、制作過程で思わぬ事態もあったやと聞いていますが、
一方で、造形物の専門メーカーならではという部分も見受けられます。
●大規模ジオラマならではのJR東海の拘り。(上段の写真)
*東京・有楽町付近で、「ヤマネ」が作ったジオラマでは「新幹線」と
「在来線」の位置関係が実際とは逆だった(新幹線が西側)ので、
その部分は制作途中で一から写真の状況に作り直しています。
(JR東海からの指摘を受け・・・だそうです)
※在来線を「313系」が走るのはご愛嬌として・・・。

●「ヤマネ」ならではのお話しの例。
*全部かどうかまでは確認していませんが、建物の中など、
ジオラマ見学者の見えない所までも造型がなされています。
⇒見学者は、どうやってもそれを楽しめない。

*約2万5千体の人形には、モデルが存在するモノも!
⇒下段写真のカメラマンは、「ジオラマ」制作を取材した際の某局スタッフ。
(私は、彼の人形を捜すのに苦労した。なお本人からの申し出で、
局名及び名前は公開できず。こんな情報が入る私は一体何者?)
⇒JR東海の実在の社員の人形がどこかにあるらしい。

●とにかく各所に「ヤマネ」スタッフの“遊び心”が満載で、
海の中を『焼き魚』が泳いでいたりするのを探すのも
このジオラマの楽しみです。

昨年の12月25日にUPした「素麺鉄道」の作者、Hさんは以前私に
「お金をかければ出来ることと、お金とは別次元のことが鉄道模型にはある。
それが“遊び心”」と話してくれましたが、
この『ジオラマ』が単に“大きい”だけであったら、
これほど多くのマスコミの取材対象にはなっていないのでは・・・。
プロとアマの違いはあるものの、「ヤマネ」のスタッフの方達はきっと、
入館者を楽しませる前に自分達が“本気”で遊んでいたのではないでしょうか?
それが私たちにも伝わり、多分、多くの入館者を楽しませると思います。
また、こんな自由度の高い発注をしたJR東海も“なかなか”です。

※『焼き魚』の件は、鉄道アーティストの「小倉沙耶」さんから
教えてもらいました。探してください。
※このジオラマは“隠れキャラが一杯”と言われていますが
何せ数が多すぎて、“隠れキャラ”の域を超えています。

皆さん、「リニア・鉄道館」を様々な視点から楽しんでください。

2011年03月18日 10時40分

JR東海「リニア・鉄道館」(9)展示の意義について一考察。

今朝から「青い森鉄道」「IGRいわて銀河鉄道」が全線で
運転を再開しました。

また、昨日の国土交通省の発表資料で
山形新幹線(福島~新庄)が復旧作業に入ったことがわかりました。
東北本線でも一ノ関~北上が20日には開通の見込みです。
これで一関~盛岡~目時~青森が繋がることになります。
また、JR貨物では、東京エリアでの貨物の引き受けを始めました。

ここで地震災害への備えを「地震被災地取材の経験者」として少し。
地震に限らず、停電・断水時にとても困ることに「トイレ」があります。
水や食料の備蓄をしている家でも、そこまで準備している人は
少数派でしょう。
私の家では一定期間分の「非常用トイレ」をトイレに置いています。
いまは常備していませんが、自家用車には「携帯トイレ」も
一時置いていました。
考えるまでも無いことですが、「水」が無ければ「水洗」は使えません。
また、「トイレ」に数回分溜めておくということもありますが、
「大」を溜めるといざ流そうとして“詰まる”危険性があります。
風呂の水を抜かずに常に非常事態に備えるということも
よく言われているのですが、それも限界があります。
「非常用トイレ」はホームセンター等で手に入りますので、
是非、準備をされておくことをお勧めします。
但し、これは一義的には“自宅が使える”ことが条件ではあります。
避難所では、個人が用意した数回分の「非常用トイレ」は焼け石に水で
あまり意味がないと思ってください。

また避難所の仮設トイレは、汲み取り式が多いと思われます。
便を溜めておく場所が足元に見えるタイプの場合、
不慣れからトイレに恐怖感を抱く人もいます。
また、便器が和式の場合、神戸では、和式で用をたせない子供達への
対応に苦慮していました。

何れにしろ「トイレットペーパー」の備蓄は必要です。
ただ、現状で必要以上に買いだめすることは、
東北地方への供給に支障を来たしかねないので
あくまでも、平常時の備えとしての話しです。
また、家に備蓄があったとしても、それは“個人”レベルではなく
被災者で共有できるものは“共有”という心も必要です。

(JR東海「リニア・鉄道館」(9)展示の意義について一考察。)
シンボル展示コーナーでは、狭軌のSLでのスピードの世界記録を持つ
「C62 17」、
電車方式での当時の世界記録を持つ「300X 955-6」、
鉄道としての世界記録を持つ超伝導リニア「MLX01-1」が
美しい並びを見せています。
このラインナップは、J東海ならではでないでしょうか?

ところで『アーカイブズ』というと、どうしても“過去”の文書・資料・
写真等々というイメージがあります。
でもこの“過去”が曲者で、実際には、今、私たちが生きている
一瞬一瞬から“過去”は始まっています。
その意味で、「リニア」の展示は、『アーカイブズ』としての意義があります。

中京テレビの『アーカイブズ』(映像ライブラリー)では、
撮影した映像を同日もしくは出来る限り撮影日から近い時点で
『アーカイブ』化しています。
その『アーカイブ』化で何をしているかと言うと、撮影日・
撮影した番組名・ディレクター(ニュースなら記者)・カメラマン・
『アーカイブ』化する映像の保管場所・『アーカイブ』化する映像に
写されている被写体の詳細等々、とりあえず考えられる限りの情報を
データベース化しています。
このデータベースが無ければ、『アーカイブ』化した映像は
“絵に描いた餅”です。何故なら、中京テレビが今現在、どんな映像を
持っているかの調べようが無ければ、そもそも使うことが出来ないからです。
もしも撮影した本人でしかその“ありか”が分からなかったら・・・、
如何に活用(再利用)することが困難かと言うことは皆様にも
ご理解いただけると思います。

さて、3月14日の「リニア・鉄道館」開館を控え、
私が内覧会で感じた纏めですが、“開館”は『アーカイブズ』の
到達点ではなく、単なる一里塚、いやスタート地点にやっと立ったと
言っても良いでしょう。
JR東海が『これから始まる“過去”』を如何に集積し、データベース化し、
活用(ここでの展示を含め)するかはまだ端緒にも付いていないので
ここで軽々に語ることは許されませんが、私はこの「リニア・鉄道館」が
『アーカイブズ』として将来に繋がる場所となることを切に願って止みません。



ADVERTISEMENT

電子書籍「稲見駅長の鉄道だよ人生は!!」
稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ―各駅停写の旅―

カレンダー

2021年2月
« 7月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!