2017年11月13日 20時42分

世界遺産/三池炭鉱(4)三池港。

石炭積出港/三池港。閘門(こうもん)があるのが特徴で、閘門の中で潮の干満に影響されないようにして石炭を積んだそうです。

旧長崎税関三池税関支署。

正直言ってあまり下調べをせずにここ大牟田を旅したのですが、石炭産業の機械的なものだけではなく、ここのように文化を感じさせる建物を見たりすると、より往時に思いを馳せることが出来るような気がするのが不思議です。

旧三井港倶楽部。世界遺産ではありませんが、三池港に入港した船舶の船員に対しての休憩所として作られたそうです。

明治41年(1908年)に三池港の開港と同時のオープンで、平成19年(2007年)に経済産業省の近代化産業遺産に認定されています。

室内は凝った作りになっており、今はレストラン、結婚式場としても利用されています。ディナーは予約制ですが、ランチは予約不要で値段も1200円~3500円と手頃なので、中の見学がてらここを訪れるのも一興だと思いました。あっ、特段何かを飲食しなくても見学は出来ます。

2017年11月12日 13時37分

世界遺産/三池炭鉱(3)三川坑跡。

次に訪ねたのは「三川坑跡」。世界遺産ではありませんが、ここに展示されている炭鉱電車を見るため。

15トン級B形5号

明治41年(1908年)のアメリカ製で、主に三池港駅構内の入れ換えに使われました。L型の独特な形から「ガメ電」と呼ばれ、国内に現存する最古級の電気機関車として貴重な存在です。

以上の解説は大牟田市の「広報おおむたweb」(2016年9月1日・15日合併号からの転載。

このZパンタに私の心は撃沈。

20トン級B形1号

明治44年(1911年)のドイツ製で、本線の貨物列車や通勤列車の先頭に立って活躍。鉄道記念物として保存されているドイツ製EC40形電気機関車に匹敵し、国内でも最古の部類に属します。

このマスコンを動かして運転体験がしてみたい。とは夢物語。

2017年11月11日 13時35分

世界遺産/三池炭鉱(2)宮原坑名物のトイレ。

宮原坑で今も残っている遺構は。第二竪坑関連施設(竪坑櫓、捲揚機室、デビーポンプ室一部外壁)と呼ばれるもの。

この業務用エレベーターに近いものは、坑内で働く人たちが乗ったりもしましたが、揚炭(地下から地上まで石炭を運び出す)の機能も兼ねていたため、かつては石炭を運ぶ炭函を動かすためのレールが坑口から選炭場まで延びていました。参考までにレールの幅は470mm(18.5in)。

これが巻揚機。今と違い、昔は巻き取られるワイヤーの長さでどの辺りに搬器があるかを判断したりもしていたとのこと。

これは何かの拍子に炭函が間違っても櫓の中に落ちないにしているストッパー。これは炭函が通れる状態。

こちらは炭函が通れない位置。当時の安全設備を知ることも面白い。

今回の大牟田行きの決定打となったのがこのトイレ。宮原坑の駐車場にあります。

三池炭鉱専用鉄道(地元の愛称は炭鉱電車)の電気機関車がモチーフとのことですが、パンタグラフまであるのは凄いと思う。

2017年11月10日 20時19分

世界遺産/三池炭鉱(1)宮原坑(みやのはらこう)。

最近、産業遺産を見るのが旅の楽しみの一つになっています。まつ、いわゆるマイブームというやつです。

10月7日(土)は大牟田市で1時間半ほどの時間が取れたので世界遺産をほんの少しだけ回ることにしました。

大牟田市の表玄関「大牟田駅」。今から40年以上前となる昭和49年(1974年)8月3日に降り立って以来。大学の同級生がこの街の出身で、九州旅行の途中で彼の自宅に泊めてもらいました。もっともその頃は「世界遺産」そのものがまだない時代で、また三池炭鉱専用鉄道も今ほど注目される前で、大牟田観光はおろか鉄道巡りもせずに明るいうちからひたすら酒を酌み交わしていた記憶しかありません。当時、鉄道の情報と言えば鉄道雑誌か鉄道趣味の団体等で得るのが一般的で、私自身は一応鉄道ピクトリアル、鉄道ファン、旅と鉄道は定期購読していたものの目を皿にして読み倒すほどでもなく、そもそも大学生の頃は乗り鉄でもなく、ただの旅好きな1個人で、ノンビリと全国を回っていればただ幸せでした。そうそう、今と一番異なる点は旅のスタイルで、当時はちゃんと観光地を回っていました。最近は、国内(世界?)どこに行ってもめったに観光地に足を向けていないトホホな私ですが、間違いなく鉄ちゃんあるあるだと確信しています。

駅名看板の上の時計が、やや古めかしいものの炭鉱都市を象徴するようなデザインで、こうした発見をするのも旅の醍醐味。

そして真っ先に向かったのは三池炭鉱宮原坑(みやのはらこう)。

以下、大牟田市産業経済部観光おもてなし課のホームページ「おおむたの観光」から転載。

『2015年7月8日に大牟田市の三池炭鉱関連資産を含む「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に登録されました。当地域の構成資産としては、「三池炭鉱宮原坑」「三池炭鉱専用鉄道敷跡」「三池港」「三池炭鉱万田坑」の4つとなっています。』

ということでこの地がその一つ。線路跡も世界遺産となっています。

この地の解説は、書籍やウェブサイトで詳細な情報が出ていますので敢えて書きませんが、それでも一つだけ書けばこの炭鉱は明治31年(1898年)~昭和6年(1931年)に採掘されていた明治時代の主力坑の一つだったということ。

意外と短期間でかつ随分前に閉山されていたことに驚き。何がってそれでも今日までこの施設が残っていたことについてです。

ところで今回はボランティアガイドさんの案内で回っており、この可愛い貨車は「炭函(たんかん)」というそうで、最初「たんかん」って何の事を言っているだろうと思ったら、文字の説明を含めちゃんと教えてもらえました。

この車輪は「HITACHI」製ということもそれで改めて確認(撮影)した一つ。時間にして30分もかかりませんので、ガイドさんと回るのはお勧めです。多分、ガイドさん抜きではここの施設の見所はよく分からない気もします。

2017年10月13日 20時17分

段ボール製1/1スケールのC62(4)丸田斎氏のアートとのコラボレーション。

会場ではどうしてもC62に目が行きがちですが、もう一つ、大きなアートが展示されています。

10メートルの大作「世界平和」。

(丸田斎氏を紹介するHPから作品解説を転載)

『海や山の生き物を始め、古今東西の歴史的な建物や街並みに潜む戦争の記憶や物語、さらに仏や社寺など作家の想いを映す壮大な神話的世界が表現されています。』

紙の上に、0.1㎜のロットリングペンで点を打ち続けるオリジナル技法の点描画の作品。その1つ1つの点を肌感覚で受け止めているとそこで時間が止まります。

この絵の中にC62、D51が合わせて(内緒)両あるとのとこですが、私が見つけられたのは2両でした。

閉館までの約1時間。どっぷりとC62に浸る。(※写真はイメージです。2004年1月11日/梅小路蒸気機関車館)

2017年10月12日 20時15分

段ボール製1/1スケールのC62(3)C62は「改造」で作られた機関車。

今回、このC62を作られた島英雄さんが会場におられお話を伺うことが出来ました。

実はこの状態では完成形にはまだ至っておらず、日々細かいパーツを作りそれを取り付けており、この会場で“公開組立”した9月28日、29日の状態とこの10月7日ではよく見れば『進化(深化?)』しているのだそうです。更に最終日の15日を目指して完成度が高まっていくとのこと。

毎日通っても飽きることは無さそうです。

また昨年公開された『原寸大段ボール蒸気機関車D51』の部品も今回、“訳あって”一部で使っているそうです。会場の案内板の解説を読んでから改めてこの機関車を見れば、「なるほど」と気付くことが出来ます。

C62の向かって左側面。どうやってこの造形物の強度を作っているかの参考になりました。

ところで『原寸大段ボール蒸気機関車D51』は全国17か所で展示されたのですが、名古屋ではそうしたイベントが無く、私が見ることは叶わなかったのでした。ということでどこかで常設展示している場所は無いものかと調べ始めたところ、この「C62」の情報に接し、この場所に立つことが出来ました。

2017年10月11日 20時24分

段ボール製1/1スケールのC62(2)各パーツの表現力に脱帽。

現役時代のC62。昭和45年(1970年)3月31日。

呉線電化を控え、ヘッドマークも誇らしげに東京行き急行「安芸」が行く。

当時、広島機関区に入ることは原則、申し出れば許可されていました。恥ずかしながら高校生の私。これも含めて時代の記録だと思っています。

※C6217…現在「リニア・鉄道」館で展示中の、1954年に狭軌鉄道の蒸気機関車としての世界最高速度(129km/h)を記録したあの機関車です。

さて『原寸大段ボール蒸気機関車 C62初公開』に戻ります。

各パーツを見れば確かにそれは段ボールで出来ています。

車輪は幾重にも段ボールが重ねられ、見れば見るほど緻密な計算の上にこのC62が成り立っていることが実感できます。

レールも勿論、段ボール製。

見上げればそこには運転台。運転台の中も表現されています。

ところでC6251の意味は、…。是非C62の製造番号の推移をご自身でお調べ下さい。きっと楽しいと思います。

2017年10月10日 20時03分

段ボール製1/1スケールのC62(1)大迫力。

今日からは、9月23日(土)秋分の日に、英国の鉄道ファングループが豊橋鉄道東田本線(豊橋市電)を探訪した際の話を書く予定でしたが、それを変更。

福岡県筑後市にある「九州芸文館」(JR筑後船小屋駅前)で今週末(10月15日/日曜日)まで公開されている『原寸大段ボール蒸気機関車 C62初公開』を紹介します。

その姿を初めて見た時の興奮は今も覚めていません。現役時代を知る者として、それが形をそのままにここに現れていると言っても過言ではないほどで、素材や色は異なれど、まるで今にもこのC62が走り出すのではないかと思うが如くの高揚感に包まれました。

九州芸文館を訪ねたのは10月7日(土)。今回は1泊2日(~10月8日)の九州旅行でしたが、そのメインの旅先がここで、夕刻になれば少しは空いているであろうと思い、16時頃に到着することを念頭に2日間のスケジュールを組み立てていました。

館内に足を踏み入れてC62の姿が見え始めた時、早速、私の心がざわつき始めました。

直径1750ミリの大迫力。

2017年08月23日 16時43分

鉄道歴史パークin SAIJO(3)ぽっぽ橋。

動き始めた電車の後ろの橋が鉄道歴史パークin SAIJOの北館と南館を結ぶ「ぽっぽ橋」。

渡っている時、足元にこんなイラストを発見。

芸が細かい。

こうした小さな積み重ねをしているところがこの施設の愛される理由の一つでしょう。

伊予西条駅でも足元に何かがあった。

見上げればそこにはツバメの雛たちの姿。前々日に高知で見た雛たちより一回り育っている感じ。そう言えば最近、名古屋ではツバメたちを見かけない。いつからそんな状態なのだろう。

2017年08月22日 16時39分

鉄道歴史パークin SAIJO(2)機関車の部品の名称の勉強。

こちらは南館。

C57とキハ65の2ショット。

キハ65には栓抜き(センヌキ)がある。昭和ですね。でも当時、瓶はちゃんとリサイクルされていたのでしょうか?もう一つ、センヌキってどうしてカタカナ表示だったのでしょう?

平成29年にして昭和に疑問を持つ。

DE10もこうした施設で展示されるようになる日が来るとは思わなかったというのが本音の感想。私にとってDE10とはドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」で知られるようになった校閲者と似ている存在だと思う今日この頃。

ここの展示で私のツボにはまった展示が信号機のあれこれ。

そして各部品の名称を教えてくれる表示。「ラジアスロッド」「スライドバー」など初めて知る名前が続出。

「チリコシ」って何?語感で何となくイメージできますが、私の汚れた心の塵(ちり)は濾(こ)してくれないでしょう。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!