体験運転の係りの方から「国指定重要文化財」となった魚梁瀬森林鉄道の遺構の内、安芸まで戻る途中にあって比較的見つけやすいものを教えてもらいました。
犬吠橋(いぬぼうばし)。魚梁瀬と馬路村の中心部を結ぶ県道の橋として利用されていましたが、昨年の9月に陥没が見つかり、今は通行止めとなっています。
写真は現場のう回路から撮影していますが、地元の方によると原因は大型車両(重い車)が通ったからとのことでしたが、事故にならなくてよかったとは地元の方だけではなく私も同感。大正13年(1924年)製ですから年代モノではありますが、今どきの大型車が通る道路橋として考えると華奢(きゃしゃ)な感じもします。
平瀬(ひらせ)隧道。魚梁瀬に向かう時より、帰りの方が見つけやすい。
入り口だけ覗いてお別れ。石積。
釜ヶ谷(かまがたに)桟道。
石造りのアーチ橋。県道として使っているので、車に乗っているとどこがその橋かが分からないと言われていましたが確かに分からない。
島石ピクニック広場の看板を目安にしてそこに車を停め、この吊橋を渡って見に行きました。
魚梁瀬駅には森林鉄道の現役時代の写真や資料が展示されています。その中の一枚で、ダムに沈む前の魚梁瀬地区。赤い矢印の場所が地区全体が高台移転した場所。
魚梁瀬ダム湖を望む展望台から撮影。一番奥に今の魚梁瀬地区が見えています。
望遠レンズで寄ってみる。
かつて森林鉄道が走っていた当時の話を運転体験の係りの方から聞いており、それを思い出しつつ見る風景。それにしても必要性があったとは言え、こんな山奥までよく線路を引いたものだと思う。もっとも山から海岸までは坂を下る一方だったので、機関車の役割は主に空の貨車を山まで引き上げることとのこと。聞いてみて納得。もっとも木材運搬列車には、編成全体を通すブレーキシステムは無かったようで、制動夫というブレーキをかける担当が貨車に乗っていたそうです。
平成29年5月28日(日)。日曜日にここ馬路村に来るべく全日程を組んだ今回の旅。その理由は…。
お世話になった宿。ネットで調べた結果では、ここ高知県馬路村魚梁瀬地区で恐らく1軒だけの宿。但しネットで予約する術はなく、久しぶりに電話で予約。旅に出る際、宿の手配がネット経由オンリーになって久しいことに気付く。余談ですが、宿を電話予約したのは2011年、北海道三笠市に蒸気機関車の運転体験に行った時以来のはず。
庭に鯉が泳ぐ。そんな風情が良い。林業でこの魚梁瀬エリアが活況を呈していた時代は、ここを訪れるお偉いさんたちがこの旅館に泊まっていたことでしょう。
森林鉄道の魚梁瀬駅。と言っても昔からこの場所に森林鉄道の駅があったわけではありません。
かつてこのエリアは木材の一大産地で、山と海岸(運び出すための港)は森林鉄道で結ばれていました。しかしその歴史は昭和38年(1963年)に終わり、それを今に伝える施設がここ魚梁瀬にあるのです。
と言ってもともと「魚梁瀬駅」があったところは、今はダム湖に沈んでおり、ここは魚梁瀬地区全体が高台移転した場所に、森林鉄道の往時を伝えるために作られた施設。
ところで写真にある日本遺産とは?
「日本遺産(Japan Heritage)」は(地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するものです。
ストーリーを語る上で欠かせない魅力溢れる有形や無形の様々な文化財群を,地域が主体となって総合的に整備・活用し,国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより,地域の活性化を図ることを目的としています。
以上、文化庁のホームページから転載。
森林鉄道は日本遺産です。
でここで何をするかと言えば「運転体験」。
杉板の体験記念乗車券。
日付印もちゃんと杉板に。
4月16日の曲目。
*私のお気に入り
*夢と想い出のミュージアム(「リニア・鉄道館」CM音楽)
*桜ソングメドレー
*銀河鉄道999
*恋
スギテツさんはこれまでプロのオーケストラから学生さんのオーケストラ、アマチュアの吹奏楽団と数々の共演をしていますが、さすがにこれは初めてであろう“チアリーダー”との共演。
始めはどうなることかと思いきや、これが楽しい!
ピアノとバイオリンの演奏で踊るのもなかなか。どういうきっかけでこのアイデアが出たかは聞いていませんが、観客の反応も良く、これはありのパターンです。
最後にチアの皆さんと記念写真。
こうした構図はきっとスギテツ史上初。チアの皆さんもお疲れ様でした。
4月16日(日)のリニア・鉄道館。
スギテツさんと「JR東海音楽クラブ」の皆さんとのコラボレーション。
スギテツさんとこのクラブとの共演を聞くのは2014年10月12日の「東海道新幹線開業50周年記念トリビュートコンサート」以来。
その時のコンサートとの違いは…クラブの方の制服の色が違う…ということもありますが、奥の新幹線車両が変わったことが大きいかな?「のぞみ」の時代を築いた300系と700系の並びに敬意を表します。
ただ個人的な好みとしてはこちらの背景もたまりませんですなあ。
杉浦さん。
モハ52形をバックに演奏する岡田さん。
音響はともかく、演奏を行う会場としてのリニア・鉄道館は私の好きな場所です。
もう30年以上も前の私の個人的な話ですが、オーケストラの番組を担当していたことがあり、こうして写真を撮っていると何台もあるカメラのカット割りをしている気分です。
3カメでスタンドプレイUP。なんてね。
おおっ、誰かと思えば鉄道アーティストの小倉沙耶さん。学生時代に、部活でテナーサックスをやっていたということで今回実現したスペシャルコラボレーション。
ところでこの演奏の1時間以上前、イベントへの出演等は場慣れしていて、いつもなら緊張感の中にもどこか和やかさを漂わせる小倉さんの笑顔がいつもの笑顔じゃない。
で、演奏が終わった後はいつもの『沙耶ちゃん』。
今年は国鉄が民営化されて30年の節目の年。
ということでやはり買ってしまいました記念トイカ。
そしてもう一つ忘れてはならないのが右側に置いたしおりで分かるように「のぞみ号」が登場して25年であるということ。1992年(平成4年)3月14日から名古屋人には忘れがたい「名古屋飛ばし」が始まり、「のぞみ誕生」よりもそちらの方が地元ではインパクトのあるニュースになったのも今や語り草です。
それにしても新幹線で「のぞみ」が「ひかり」を凌駕する時代となるとは当時は夢にも思っていませんでしたし、今も思い返せば不思議な感じです。
さて以前にもご紹介したアルバム「JNR to JR」。その発売を記念したイベントが各所で行われているのですが、その内、地元名古屋で開催された回を明日から紹介します。
※アルバムのプロデューサーはスギテツの杉浦さん。勿論、スギテツのお二人の演奏も入っています。