2011年02月19日 8時01分

三岐鉄道北勢線のこと(8)近鉄時代の車内補充券。

北勢線の最後に、近鉄時代の「車内補充券」です。
左側がそのものズバリ!
右側が北勢線区間のUPです。

今もある駅もあれば無くなった駅もあります。
例えば、「在良」と「七和」の間の「坂井橋」は今は無く、
その近くに「星川」が開業しています。

先にも書きましたが「東員」の名前が無い代わりに「六把野」と
「北大社」の名前があります。
※「大社」=「おおやしろ」と読みますが、
 実は桑名市内に親戚があり、
 それで子供の頃からこの駅名の読み方を知っているのですが、
 考えようによっては意外と“難読”駅かもしれませんね。

ところで「北大社」は、「東員」開業に伴って
廃駅となりましたが、
車庫はそのまま「北大社」にあるため、
駅のあった場所は、そのまま信号所&車庫として機能しており、
比較的珍しいことなのでは思っています。

「大泉東」と「長宮」は駅統合&駅移転で「大泉」に。
「上笠田」・「六石」は乗客が少なく廃駅に。
ただ、この区間は駅間距離が長いので、
乗客が一定確保できていれば残っていたのでは
勝手に思っています。

私は『車内補充券』をいつも購入していたわけではありませんが、
今回、スキャンして思ったのは、ひたすら「乗りつぶし」をしていた時に、
買えるものは買っておけば良かったと少し残念な気持ちを持っています。
それは、特に、大手の鉄道会社では
この写真のような全駅名の記載のある車内乗車券を
最近、見かけなくなった気がしているからです・・・。

2011年02月18日 18時07分

三岐鉄道北勢線のこと(7)阿下喜駅のループ線。

「阿下喜駅」停車中の『272+147+172』です。

「西桑名駅」発11:20の電車は、「楚原駅」を出た後、
『土木学会選奨土木遺産』である
“ねじり橋”と“めがね橋”の2つの橋を渡り、
「阿下喜駅」に定刻の12:20到着。

途中、時速25キロの制限も見受けられるなど、
762ミリの軌道であっても“急なカーブ”が散見され、
駅以外では停車しない『鉄道』の良さが生かしきれているとは思えない
北勢線であることを改めて認識しました。
存続に向けて、鉄道会社+地元のタッグが組まれていますが、
このスピードのレベルでは、
決して“明るい”とは言い難いと感じたのもウソではありません。

ところで“ねじり橋”と“めがね橋”の2つの橋がそんなに価値があるとは、
今回、三岐鉄道のHPで確認するまで知りませんでした。
ここのところ、『産業遺産』として鉄道施設を見直す傾向が
あると感じていますが、
「鉄道」の世界が広がっているというか、
認められるのは嬉しい限りですね。

さて、北勢線の手前に何やら怪しい線路とターンテーブルがありますが、
「軽便鉄道博物館」の線路で、次回の公開日は『2月20日』、
その次は『3月6日』となっていました。
(原則、第1、第3日曜日での公開のように見受けられました)
一風変わった線路レイアウトもあるので、
開館日の再訪を『いずれ・・・』と思いつつこの駅を後にしました。

2011年02月18日 9時00分

三岐鉄道北勢線のこと(6)阿下喜駅。

上の写真は昭和53年12月1日の「近鉄北勢線阿下喜駅」、
下の写真が平成23年2月8日の「三岐鉄道阿下喜駅」です。

三岐鉄道のHPによれば、
下の新駅舎は平成18年12月新築となっていますから、
それまでは上の写真の旧駅舎が使われていたのでしょう。
その旧駅舎は、昭和6年の「阿下喜」延長開業時からの
建物であろうと推察されますが、
北勢電気鉄道~三重交通・・・近畿日本鉄道~三岐鉄道と、
時代の流れを静かに見つめてきた歴史の生き証人として、
また『三重県員弁郡北勢町』の中心としての役目を果たしてきました。

さてこの日、『1日乗り放題パス』で乗車の私は、
自動改札機の横のインターフォンで、
この改札を集中制御する係員を呼び出し、
自動改札を開けてもらって無事、駅の外に出ました。
昭和53年に北勢線に乗り、
その後昭和61年に番組の取材で訪れて以来のこの「阿下喜駅」。
その頃は有人駅で、駅員さんに切符を渡していました。

以前、その所在地は『員弁郡北勢町』だったのが、
今や『いなべ市』に変わっているものの、
実のところ駅舎が新しくなっているのを除き、
町並みがあまり変わった印象が無く、少々淋しい反面、
「ホッ」ともしていました。

2011年02月17日 17時56分

三岐鉄道北勢線のこと(5)楚原駅。

北勢線で働く全ての電車が『三岐色』になったのは
いつのことでしょうか?
一気に進んだ気もしますが、そうでは無かったかも?
それにしても、この電車でこの色をほぼ初めて見るに等しい私にとっても
馴染んで見えるのは、地元の足として定着している証なのかも知れません。

さて、この駅は「楚原」(そはら)です。「いなべ市」の中心駅ですが
どこか懐かしさの残る駅です。

日中は毎時1本がここで折り返します。
が、私の乗った電車は、何とこの駅で9分停車。
11:57に到着して、12:06出発。
運転士さんも手持ち無沙汰な感じでした。

●そう言えばこの「北勢線」に女性運転士に登場しましたが、
その事をすっかり忘れていて
対向列車の運転士さんが女性であったかどうかを確認しませんでした。
出来れば見つけて“エール”を送りたかったのですが…。

それはさておき、何故9分も停車?
この日、帰りがけに「三岐鉄道」本社で購入した
『列車運行図表』(所謂「ダイヤ」です)を見たのですが、
思わず「ンーッ」と唸ってしまいました。

流石にプロが考えて(交換待ち時間を)短く出来ないものは、
素人が考えたって何も答えは出て来やしないということです。
もしも解決方法があるとするならば、朝夕のダイヤのように、
きっと「ネットダイヤ」を崩すことで見つかるのかもしれないのですが、
それは昼間の利用客の利便性を悪くしかねないことであり、
やはり「西桑名駅」方面から「麻生田駅」「阿下喜駅」までの利用客には
多少の不便を我慢してもらうしかないのでしょう。

私の乗った電車は西桑名⇒阿下喜…60分で、
因みに同時間帯の阿下喜⇒西桑名…47分です。
また、同区間の三重交通の路線バスは、
この上下電車のほぼ真ん中位の所要時間です。

2011年02月17日 9時02分

三岐鉄道北勢線のこと(4)東員駅。

一部の列車の始終点にもなっている「東員駅」です。

私が昭和53年に乗った当時は影も形も無く、
近鉄から三岐鉄道に生まれ変わった平成15年以降の新駅で、
平成17年に「六把野」と「北大社」の2つの駅を統合して生まれました。

『新しい』ということはさておき、この新駅だけではなく、
三岐鉄道になってからの北勢線は駅舎・線路・車両等の改良等が
一気に進み、特にこの小さい電車をよくぞ冷房化したものだと
感心せざるを得ません。

まあ、大正3年開業ということから考えれば、
様々な設備の更新時期であったり、
時代の要請の変わり目はあったかとも思いますが、
それにしても乗客にとっては嬉しい変革だったのでは感じています。

さて、この「東員駅」では朝のラッシュ時を除き、
ほぼ全列車がここで交換します。
私が乗車した「西桑名駅」発11:20の電車も4分ほど停車し、
対向列車を待ちました。
この日、この駅のホームからは鈴鹿の山並みもくっきりと見え、
待ち時間はさほど苦になりませんでした。

また側線には保線車両も止まっており、
ここが保線基地のよう見え、そんなところをチェックしていると
待ち時間はもう少しあってもOKなのですが、
こんなことを思うのは一部の「鉄」だけで、
大多数というか、普通は交換待ちの時間は短ければ短いほど
GOODということでしょう。

2011年02月16日 18時01分

三岐鉄道北勢線のこと(3)日本唯一の踏切。

こちらもかの有名な“3種類の軌間”を一度に楽しめる踏切です。

参考までに、三岐鉄道の踏切名は「西桑名第2号」で、
JRと近鉄の踏切には「益生第4号」の標識が出ていました。

同一名でないのは新鮮な発見でしたが、
考えてみれば名鉄「神宮前駅」の直ぐ隣にある踏切名も
名鉄とJRで異なっており、当たり前なのかも知れません。

ところでこの踏切の利用者は思ったより多く、
隣の「三崎跨線橋」の歩道よりもはるかに利用されていました。
ちょっと発見でした。

さて踏切を渡った際、私はまずは762ミリを一跨ぎし、
それから1067ミリを一跨ぎ。
最後に1435ミリは、走り幅跳び寸前の格好で跨ぎました。
※恥ずかしいので勿論、他の利用者がいないことは確認済みです。

もしも私が、この踏切の“味わい方”を聞かれれば、
絶対にこの方法をお勧めします。
普通に歩くよりは“軌間の違い”を実感できるはずです。
そして肝心なのは、狭い方から広い方に向かって行く事です。
それがより特殊狭軌の狭さを実感できるのではと思ったからです。
などと言うのは冗談で、
広い方からでも狭い方からでも結果は同じことですが、
たまたま北勢線の踏切からスタートしただけの話しです。
悪しからず。

●余談ですが、軌道幅が順番に並んでいるのもここの良さですね。

2011年02月16日 8時46分

三岐鉄道北勢線のこと(2)3つのレール幅。

昨年のレギュラー番組「芸能界鉄道研究会 鉄研」ではなく、
一昨年の3月29日に放送した「芸能界鉄道研究会 鉄研 オフ会」
(DVDでは、「完全版」)の中で、
特殊狭軌の話題を放送しており、
その中で紹介している『三崎跨線橋』から見た風景です。

左から「近鉄名古屋線」(標準軌/1435ミリ)
「JR関西本線」(狭軌/1067ミリ)
「三岐鉄道北勢線」(特殊狭軌/762ミリ)の3つの軌間が並んで
見えます。
※時間の都合で、北勢線の車両を写すことが出来ませんでした。

やはり、今回はまずもってここに行かねば全ては始まらないと考え、
電車に乗る前に直行しました。
この橋の上に立ったのも、まして撮影したのも初めてですが、
「鉄道写真」を撮影する場所と言うよりは、
「記録写真」を残す場所と言うのが私の感想です。

ただ、「電車を見る」ということで言えば、
かの有名な『向野(こうや)跨線橋』にも匹敵するのではないかと言えば、
まあ多少言い過ぎではありますが、
なかなか楽しい場所ではありました。
※『向野跨線橋』は“オフ会”で収録をした場所ですね。

私事ですが、私はこうした「鉄」の名所にあまり出向いたことが
ありません。
「乗り鉄」だからとか「撮り鉄」だからとかいうジャンルの問題ではなく、
単なる嗜好の問題なのでしょうが、
出かけてみると意外と面白いと言うことも多く、
最近は時間が許せば足を運んだりもしています。
実は『向野跨線橋』も、番組の収録が初訪問で、知り合いの方から「信じられない」を連発されました。

2011年02月15日 18時15分

三岐鉄道北勢線のこと(1)西桑名駅。

近畿日本鉄道北勢線、今の三岐鉄道北勢線に最初に乗ったのは
昭和53年12月1日でした。

その起点である写真の「西桑名駅」は、
様変わりしたといえばその通りで、
確か以前は、「桑名駅」から雨に濡れずに行く事は出来なかったかはず…。
それでも、雰囲気は大きく変わらずJR・近鉄の「桑名駅」の南側に
ひっそりと佇んでいます。

この2月8日、平日でしたが私は久し振りに
この北勢線と、同じく三岐鉄道の三岐線に乗りました。
暫くそのリポートにお付き合い下さい。

まず、何故にこの2線区に行ったか?です。
以前もこのブログで書いていますが、
私は『仕事』として中京テレビの“有料携帯コンテンツ”
「鉄研/鉄道検定」を作成していますが、
今年に入り既に一ヶ月以上新作のUPをしていません。
それでそろそろ新作を考えようかと、
検定問題のリサーチのために訪問しました。

ただ、半分以上は趣味でもあり、
プライベートの乗車であったことを最初にお断りします。
そのため、三岐鉄道への取材はしておらず、少々中身が薄いと言うか、
情報不足の面があるのはご容赦下さい。

さて北勢線ですが、ナローゲージではあるものの、
電車の小ささを除けば全駅で自動改札機が導入されるなどの近代化が行われ、
都市交通の体をなしています。
(北勢線について)思いっきりローカル気分で行った私は、
まずは入り口で驚かされました。

さあ、これから20.4キロの小さな旅の始まりです。
でもその前に・・・。

2011年02月01日 8時31分

シグナス森林鉄道をご存知ですか?(2)

写真はご覧の通り、『ラックレール』です。

これは「Wokipedia/シグナス森林鉄道」によれば
『リッゲンバッハ式』というのだそうですが、
実際に乗った時に、走行音にものすごく違和感があり、
かつ思いっきり急勾配(最大138パーミルだそうです)を
上り始め、私は「えっ、えっ、えっ」「何事」状態でした。
※日本で「ラックレール」と言えば、私は「アプト式」しか
知りませんでしたが、あるんですねぇ。こういうタイプも…。

実は、駅の目と鼻の先に写真の通りの急勾配とラックレールが
あるのですが、私の目には何も入っていませんでした。

これが私の心に“ジャストミート”!
(お前は福澤朗か!と一人突っ込み。すでに知らない人も多い?)

本当にゆっくりと、一歩づつ『上って行く』、
いや今回は『登っていく』という表現の方が似合っています。

そしてこの後、林の中を少し走ると終点「アルタイル」駅。
と言ってもループ線があるだけで、
列車はそれをグルッと回って来た道を戻っていきます。

今回、写真はUPしませんが、冬枯れの「アルタイル」駅周辺が
またいい味を出していたのです。
列車を入れずに線路と周りの風景だけを撮影すると
まるでどこかの“本物”の『森林鉄道』の原風景みたいなのです。

「シグナス森林鉄道」は、私の心象風景では
確かに『森林鉄道』でした。
※あくまでも私の個人的感想です。
『風景の良さ』を保証するものではありません。
などと、通販の宣伝のような一言を最後に・・・一応・・。

2011年01月31日 14時00分

シグナス森林鉄道をご存知ですか?(1)

妙見山ケーブルの終点「ケーブル山上駅」を降りると
そこから「能勢妙見山」に向かうのが本筋なのでしょうが
そこには向かいませんでした。
理由は写真のとても可愛い遊覧鉄道「シグナス森林鉄道」。

写真の場所が「ベガ駅」で、そこから「アルタイル駅」までの
340メートルを一周10分で結んでいます。
軌間は15インチ(381ミリ)で、能勢電鉄のHPによれば
車両・線路は全て能勢電鉄の社員による手作りだそうです。

遊園地の乗り物に大の大人が一人で乗るのは結構勇気がいり、
私も普段なら乗ることは無いのですが、この時ばかりは妙に心惹かれ
幸いというか、日曜日なのに不幸というか
他のお客さんが殆どいなかったおかげで
この「シグナス森林鉄道」に乗車することが出来ました。

今、その時のことを思い出しながら書いていますが
そもそも遊覧鉄道の「シグナス森林鉄道」が
どんな“鉄道”かということはあまり興味がありませんでした。
多分、「一応見ておこうかな」程度だったと思います。

それが一目見て・・・惚れてしまいました。
手作り感バリバリで、実物を見ないと決して分かってもらえないと
思いますが、本当にいい味を出しています。

でも、この「シグナス森林鉄道」はそれだけではありませんでした。
乗ってみて始めて…、とにかく只者ではなかったのです。



ADVERTISEMENT

電子書籍「稲見駅長の鉄道だよ人生は!!」
稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ―各駅停写の旅―

カレンダー

2021年2月
« 7月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!