まずは鉄道の線路の横を、塔頂体験する橋脚まで歩いて移動。
こうして見れば、新幹線用にもう一本線路が増設される準備がされているのが良く分かります。
10:54、岡山発高松行き快速「マリンライナー21号」が通り過ぎる。
まだまだ先は長いが、早くも絶景に目を奪われる。
11:01、岡山発松山行きの特急「しおかぜ7号」が通過。
11:02、高松発岡山行き快速「マリンライナー24号」が目の前を行く。
電車が近づくのをもっと早くから気付くかと思いきや意外と直前にしか分かりません。
もっとも通過する電車に熱心にカメラを向けていたのは少数派。そうなんです。このツアーは鉄道愛好家対象ではなく、ごくごく当り前のことですが普通の観光客が対象なのでした。
それでもツアーでなければ絶対に出来ない『瀬戸大橋を渡る電車の間際を歩く』体験に「おおーっ」と歓声が上がっていました。
9月11日の「瀬戸大橋塔頂体験」。午後に乗船した船からの写真で少し解説。
左側が南備讃瀬戸大橋で右側が北備讃瀬戸大橋。その北備讃瀬戸大橋の右側の橋脚に登りました。
話は戻って宇多津から与島までまずはバスで移動。瀬戸大橋が見え始めたところでワクワク。
どの橋脚に登るかはこの時点では実はまだ良く分かっていない。
これが何かと言えばスマートフォンなどの携帯電話を入れる首からぶら下げるタイプのカバー。登る際には両手を空けておくのが条件で、かつ眼鏡・カメラを含め首から提げられるようにしなければなりません。私はネックストラップにスマホを付け、かつポケットに入れて動いたのですが、そこは時代なのでしょうか、ちゃんとこんなストラップタイプのカバーが希望者に貸し出されていました。
ここから本州四国連絡高速道路の担当者の案内でいよいよ登頂開始です。
鼻面が並ぶ高松駅。
オレンジ色が一瞬台湾新幹線をイメージさせた。
まあそんな気がしただけで、こういうのはあまり現実的に想像しないほうが良さそうです。
駅構内で見かけた「四国の新幹線実現を目指して」の看板。瀬戸大橋は、将来の新幹線開業対応をしていることを知っている方もいるかと思いますが、今もこうして看板が掲げられているのは知りませんでした。
そういえば「四国新幹線」と「四国横断新幹線」と2つの構想があり、瀬戸大橋の新幹線対応は「四国横断新幹線」といことを地元以外の人で知る人は少ないような気がします。さて今後、どうなるのでしょう。
高松発8:57の「南風リレー号」に乗車。名前の付いている列車ですが各駅停車です。
この電車で集合場所の宇多津駅に向かいます。
このツアーは宇多津集合で高松解散と、高松集合で宇多津解散の2コースがあり、私が選んだのは宇多津集合。このコースには高松~宇多津間の乗車券が付いており、普段は見ないタイプだけに一寸得した気分。
平成28年9月11日の旅。
JR四国の『上から下から瀬戸大橋を楽しむ旅「瀬戸内クルーズ&瀬戸大橋塔頂体験」』です。そうっ!瀬戸大橋の橋脚の天辺(てっぺん.頂き)に今日は上がるのです。
スタートは高松駅。
広告を募集する看板。「元気な花を咲かせましょ(ハート)」はなかなか秀逸。こういうのは好きです。
9番線まであるホームに改めてここが四国の玄関口を実感。
特急「いしづち3号」松山行き。8000系電車は当り前ですが名古屋では見かけませんので興味津々。
7000系も撮影してみる。
名古屋駅で近郊電車を撮影することはまずありませんが場所が変われば話は別です。
それにしても昭和50年代はもっと長い編成の列車が走っていたと思うのですが、一方、これほど本数はなかったような気もします。
昭和53年(1978年)4月13日。高松発4:08の客車列車121レに揺られ松山に向かったのをふと思い出す。こういう話は若い人には受けないだろうなあ。
仏生山に出掛けたのは、車庫見学が目的ではありません。
駅から徒歩10分弱のところにある仏生山温泉。6月11日~12日の北海道の旅で同行だった「温泉通」さんから、高松に行くのなら日帰り温泉「仏生山温泉」があるよと聞き、その言葉に従ったのです。夕方とあってか地元のお客さんで一杯。流行っていました。夏場だからでしょうか源泉そのままというぬるめのお湯。これがまたよし。
今回の高松の宿。久しぶりの畳。こうした和室の良い点は荷物を広げられることと部屋が明るいこと。寛げます。日本人だねえ。
でも時代は今や電気なくして旅は出来ない時代。ということでこんな延長コードあり。ありがたいサービスでした。
夕食は宿の近くの居酒屋さんで日替わり定食。私のような1人で旅する者にとってはビールを一杯飲んで丁度良い感じ。但し、地元色はありません。私のようにそれほど郷土料理に拘らない人もいるでしょうからきっと需要はあると思います。
これも旅の思い出。